第二話「想像してたのと全然ちがーう!」
夢を見ていた。
手にした武器を一薙ぎすればどんな相手も倒れ伏し、呪文ひとつで屈強なモンスターを消し炭に変える。周囲には自分を慕うたくさんの美女たち。絵に描いたような冒険譚。とても幼稚だけど、心から楽しいと思える夢。
だが所詮、夢は夢だ。どんなに素晴らしくとも美しくとも全ては露と消え現実に引き戻される。
その戻る瞬間は虚しくともゆっくりと感じるもの……なのだが、突如として顔面に走る衝撃が、意識を急激に引き戻す。
「ぶはッ!げほっげふっ」
呼吸がうまくできず、咳き込みながら飛び起きた。咄嗟に顔に手を当てると濡れた触感。視線を落とせば、顔面どころか上半身までびしょ濡れになっていた。どうやら、起こすために水か何かをかけられたようだ。
咳をしたせいかまた胃の中身がこみ上げてくるが、嗚咽を繰り返しながら何とかそれを抑える。ゆっくりと深呼吸しながら、波が過ぎ去るのを待つ。ようやく落ち着きを取り戻す頃には、寝ぼけていた視界もはっきりしてきて落ちた眼鏡を拭いて付けなおす。
「起きました」
低い男の声が聞こえ、ハッとして周囲を見渡す。
正面には男達を斬殺した背の高い女が仁王立ちをしていて、自分が目覚めたのを確認してか軽く首を縦に振りじっと見ていたのだ。その周りには騎士みたいな人間?達が囲んでいる。
頭の中にさっきの殺戮映像が呼び起こされ、恐怖が瞬く間に復活していく。しかもこの状況は最悪。多分女の仲間と思う奴らに捕まっているのだろう。一応身体は自由だが下手に動けない。
顔からすーっと血の気が引いていくのが分かった。このあとどうなるのか全く予想ができないからだ。もしかしたら殺されてしまうと感じて恐れ慄いている。これこそが夢であってほしいと願った。
女が一歩近づき話しかけてきた。どうなるのかと緊張で強ばっていたが、女のそれは予想と反した。
「んん、こ・と・ば・が・わ・か・る・か?」
「………へ?」
「わ・た・し・た・ち・が・わ・か・る・か?」
なんであろうか?カタコトでしかも何か宇宙人にでも話しかけているようなこの伝え方。
「ど・こ・か・ら・き・た・の・だ?」
やっぱり同じように質問をしてくる。何かバカにされている気がするのだが、伝えている顔が真剣なので笑う気も怒る気もしない。むしろポカーンという表現が相応しい。
「……困ったな。どうやら上手く伝わらないらしい」
自分に伝わらないと判断したのか、困った様子で肩をすくめる。いかん、変に誤解されるのも面倒そうだ。
「いや、大丈夫。最初から充分に伝わってるよ。言葉分かるよ」
返事を返すと、女は勢いよくこちらに振り返り、かと思えば見る見るうちに顔が赤くなってしまった。すぐさま後ろを向き、なら早く言え!と軽く怒鳴られた。理不尽だ。
だが、そんなリアクションのおかげかある程度の緊張は消え安心が出てきた。それは相手が話せる相手で、とりあえず今すぐには殺されないだろうと思ったから。無論さっきの男達と比べたらだ。
しかし、改めて正面の女を注視して観察する。
「……すげぇ」
思わず呟いた。
女の着ている鎧は明らかに他と違い、赤と銀色の立派な物でかつ動きやすい物だ。更に銀のブーツにガントレット。金をかけたコスプレにしては凝りすぎているほどだ。
だが何より目を引いたのは3つ。
まずは顔。改めて見てみると、すごい美人だ。凛とした表情からは怖さや厳つさよりもむしろカッコよさを感じるし、ポニーテールにした黒髪は太陽の光に照らされてまるで宝石のようだ。こんな女性はテレビの中ですらお目にかかれないんじゃなかろうか。
次に、持っている武器。腰に下げている得物は明らかに普通の剣より大きく、どう考えても女が扱うものではない。
それは大剣クレイモアと呼ばれるもので、女には不向きな武器だ。通常女の筋力ではレイピアかショートソード等がスタンダードなのだがこいつは平然と腰に下げて扱っていた。現に視界に見える他の騎士みたいな奴らは誰もクレイモアを持っていない。
しかもこのクレイモア、よく見れば柄の所に宝石のような物が嵌め込まれているし、細やかな装飾まで施されている。間違っても、一般兵に支給されるようなものには見えない。多分特注品かなにかだろう。
そして最後。彼女の体つきだ。
鎧から見える腹筋は六つに割れ、腕を組んでいるのに服の上から力こぶが出ている。これならクレイモアを軽々と扱えるというのも納得だ。
このアンバランスな体なのにも関わらず女はスラリとした体型と美しい顔を持ち合わせているのだ。そう、まるでゲームの中に出てくる「戦乙女」かなにかのように。
「とりあえず、言葉が分かるなら話を続けるぞ」
女はこちらの視線を気にするでもなく、話を続けようする。だが、ちょっと待ってほしい。
「ま、待って!なんでも話すから、今は先に何か食物をくれ!」
こちとら一日何も食べず、命懸けで逃げた上に吐くわ気絶するわの有様だったのだ。流石にそろそろ空腹の限界である。頭の整理をし情報を得るためにも、まずは腹ごしなえをしなければならない。
女は唐突な「腹減った」宣言でしばし呆気に取られていたが、すぐにフッと笑みをこぼす。
「いいだろう。だが全部食べたらこちらの質問には全て答えてもらう。いいな?」
コクコクと頭を縦に振り相手に返す。今はとりあえず、体力を戻すことだけを考えよう。
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しばらくして、兵士と思われる男達が食事を持ってきてくれた。礼を言って皿を受け取り、すぐさま口に放り込む。
パンのようなものは思っていたより固く、ジャムなどもかかっていないので味もあまり美味くない。果物の方は割とそれっぽい味だったが、触感は知っているどの果物とも微妙に異なり、しかもあまり熟れていないのか甘いというより酸っぱい。
まあ、今は味を気にしている場合ではない。とにかく手当たり次第に掴んでは噛り付き、飲み下していく。
皿が空になるころには、空腹で痛みすら訴えていた腹もすっかり膨れていた。
「ふぅ。ご馳走様でした」
コップに入った水を飲んで一息つき、手を合わせる。味の方は……この水以外、正直不味かったが。
「よし、質問を再開する」
女はこちらが落ち着いたのを見計らって言葉を出し質問を再開する。
「君は一体何者なんだ?どこから来た?ここの村の住民に確認したが誰も知らないそうだ。だからといって盗賊の類とも見えない。ああ、持っていた持ち物はこちらで預かっている。中身も見せてもらった」
「質問を返す様で悪いけど、まずここは何処なんだ?あんたは誰なんだ?」
女の質問に答えようにも自分の状況を確認しないといけなかった。でなければまともに答えることもできないから。
が、女の横にいた男が突然大声を上げた。
「貴様、何だその態度は!ふざけているのか!」
(えぇ!?今のそんなに怒ることなの!?)
自分は何か悪ことをしたのか?ただただ驚いて目をパチクリさせている。いきなりの大声に驚き心臓は早鐘のように鼓動する。
確かに女は他と比べると上質な鎧を来ているし、気品も漂っている。だが、だからといってそこまで怒られるようなことはしていないと思うのだが……
と、怒鳴った男の前に女が手を出し下がらせる。
「済まない。私はリーデ王国第2王女兼軍総将軍キルシェ・フォルシス・ルン・リーデだ。ここはリーデ王国領地内にあるテルの森。今はその森の近くにある村、テル村に立ち寄っている。君の名は?」
「お、俺は宮國竜一です。りーで?てる?王女?」
わからん。全くわからん。聞いた事もない。頭の中で都市、国、はたまた歴史を検索しても一致しない。強いてわかったのはこの男は、相手が王女様だから自分の態度に腹がたったんだなとだけ。
「ミヤグニ?リュウイチ?聞いたこともない名前だ。どこの国の者だ?」
いや、そんなことよりも。この反応、先ほどの質問の答え。もしかして、
「ちょっと待って!ここは日本だろ!?」
そう、今は何よりも自分は日本にいたはずなのに、いや、いると思っていたのに、距離を超越してこんな所にいるなんてありえない。今にも飛び出しそうな勢いでこの質問をする。
「ニホン?違うぞ。ここはリーデ王国領内のテル村だ」
日本なんてわからないと首を傾けながら答えた。
反応を見てやっぱりかと思ったのだ。こんなことは絶対に無いと思っていたある仮説が脳裏を通過する。それは非現実すぎる仮説。
でも、本当は何となく思っていた。気づいたら突然の森、変な格好した男達とそいつらを殺した女。極めつけは聞いたこともない国。でも、もう一つ、仮説の為に聞いておきたいことがあった。
「あの、ナポレオン、カエサル、ワシントンって人やヨーロッパやアメリカという国を聞いたことや会ったことありますか?そもそもここは地球のどの辺ですか?」
それはここが過去の時代であるかの確認だ。過去ならば少なくとも日本という島があるはずなのでそこを目指すことや、その時の時代をもしかしたら学校等で習ったかもしれないので色々対処の仕様はある。
だが答えは、首を横に振って知らない会ったこともないそうだ。そしてまさかの地球って何?ときたもんだ。
ならば決定的だ。最後に残った仮説。一番確率が低く妄想の域の仮説。そうここは、
「別世界」
知らない世界に来てしまったというありえない現象。妄想や夢の類のものではないかという疑いたくなる事が今起こっていた。
もしかしたら実は外国の辺境かと思ったが、日本語が通じるのはおかしいと思い一蹴した。そもそも日本から気づいたら外国ということ自体最初からありえないと思うのだがそれは一先ず置いておく。
「別世界?まさか我々とは違う世国から来たとでも言うのか?」
「あ、ああそうなるな?」
(なんだこれ、なんだこれ、なんだこれ、なんだこれ、なんだこれ!?)
信じられないと思った。漫画やゲームの話じゃあるまいし、こんな事が実際に自分に起きている。頭の中は混乱し情報処理が追いつかずパニック状態だ。
嬉しくない。現実こんな事が起きているなんて冗談じゃない。
こういうファンタジーの類は見ていたり妄想するのが楽しいものなのだが、現実に身に降りかかったらどうであろうか?
いきなり美女が現れようと特殊能力が使えても、通常の人なら錯乱一歩手前か泣きじゃくっているだろう。せめて美女だけなら来て欲しい。
「嘘をつくな」
男の声によって現実に引き戻らされ声の主の方へ振り向く。先ほど怒鳴った男がキルシェと違い冷静に自分を見てまた前に出てきた。
「別世界?くだらん。そんな児戯みたいな嘘で我らをたばかる気か?」
「だがモルト副長。この者の名前といい、着ている服は我らが知るものではない。荷物の中身も理解できる物があったか?」
「おおかた、どこぞの商人からガラクタを買ったのでしょう。そうやって油断させるために」
モルトと呼ばれた男は、こちらから一切目を離さず殺気を放ちながら会話をしていく。
「う、嘘じゃない!本当だ!」
「ほう、なら聞かせてくれないか?貴様の夢の国を」
最初から信じる気が一切無いと完全にバカにして上から目線で言ってくる。なんか腹が立ってきた。
確かに、異世界から来た。には信じられないという事にはしょうがないけども納得はする。だけどもこっちは半ばパニック状態だというのに心配する気持ちとかわいそう等のそういった哀れみというものが無いとは人してどうであろうか。
コイツのこの態度が無礼千万だと思う。だが、体格からなんやらまでどう考えても勝てる気がしないのでそれは胸にしまい込む。我ながら何てヘタレなんだ。
「やめないか。すまないが教えて欲しい。君の国と、ここまでどうやって来たのかを」
モルトを諌め、話を続けるようキルシェは頼んでくる。しかし、どう説明したら良いか?とりあえず自分がどうやってここまで来たのかを分からないけども分かりやすくかつ簡潔に説明していく。
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話を聞いている二人はものすごく対照的な反応を示している。
キルシェは目を輝かせて自分に質問をしていき自分の生活等日本の国の物一つ一つに反応し明るくなるが、逆にモルトは嘘くさいと言わんばかりに目と表情は冷ややかになる。
「すごいなまるで魔法の世界みたいだ。素晴らしいくも羨ましい」
「姫様。デタラメです。真にうけないように」
ここまで対照的だとある意味面白い。漫才コンビのような感じだ。
「それに、カルソの粉も持たずにこの森を歩いていたとはモンスターに出会っていたら大事だったぞ」
「モンスター!いるの!あの森に!」
こくんと頷くキルシェ。モンスターの他にもさっきのような盗賊も出るとのこと。では、あの時見た緑色の正体がモンスターだとするなら、深追いしていたらと思うとゾッとする。おっそろしい森である。
しかし、さっきの言葉を自分は聞き逃さなかった。
「ん?ちょっとまって。まるで魔法の世界?羨ましい?この世界には魔法は存在しないのか?」
「何を当たり前な事を言っている?」
モルトは常識だろとはっきりと答える。
(え?)
「はぁ!?あんたらの誰かが俺を召喚したとかで呼んだじゃないのかよ?」
違う。と二人は首を横に振り否定する。
どうなっているのだろうか?こんなファンタジー世界は魔法や超能力といった不思議なパワーがあってもおかしくない。でなければ自分がここにいることの説明がつかない。
では、誰が、どうやって自分をここに引き込んだのだろうか?
「ちょっとごめんなさい。試させて」
キルシェ達にそう言って、少し離れた場所に立つ。
もし、今自分の置かれている状況がいわゆる異世界転移ってヤツだとするなら、何かしらの異能の力に目覚めたとかあっていいんじゃないか?さっき、キルシェは「この世界に魔法はない」って言っていたけど、異世界人ならその法則から外れることだってあるかもしれないじゃないか。
そんなことを考えていると、だんだんその気になってきた。心なしか、身体の奥から力が溢れてくる気もしないでもない。今の自分ならきっとやれる、そう信じて一つ深呼吸をし、右手を前に突き出して意識を集中させる。
ファンタジーだとよく魔法は想像力が大切って言うし、具体的なイメージを浮かべる方がいいだろうか。こういうときの定番は……火魔法あたり?だったら火球とかかな。掌から火球が飛ぶイメージ……
あとは頭の中に勝手に呪文が浮かんできたり……はしないようなので、とりあえず頭に浮かんだ呪文を叫ぶ。
「ファイア!」
……
……
……何も起きない。
キルシェ達の方から「何をやっているんだあいつ?」とでも言いたげな視線が飛んでくる。まあいきなり唸ったり叫んだりすれば当然かもしれないが。
しかし何も起きないとなると、本当に魔法なんてものはないのか?、いやまさか、そんなはずは……。単純にやり方が間違っていた可能性だってあるはず。
「サンダー!ブリザード!!ビーム!!!」
思いつく限りのそれっぽい呪文を唱え、腕を振るったり拳を突き上げたりと色々試してみる。だが、一向にそれらしいものが出る気配はない。こうなるとさっきまで力が溢れてくる気がしていたのも、だんだん気のせいな気がしてきてしまう。
ならばアプローチを変えてみようと、今度は好きな特撮の変身ポーズを幾つかとってみる。……何も起きない。召喚能力的なものかと思い、地面にそれっぽい魔法陣を描いたり知っている天使や悪魔の名前を叫んでみる。……これも何も起きない。だったら肉体面で変化がないかと、ジャンプしたり走ったり、地面を殴りつけてみる。……やっぱり何も起きない。むしろ手が痛い。
自分の考え付くあらゆる手段を試してみたものの、結果は自分の体力が減っただけだった。
「なんでだ!」
思わず頭を抱える。
こういう場合、漫画の主人公や異世界から来た人間は凄まじい力とか不思議無双パワーが身についているものじゃないのか。なのに、自分には特に何も無しだと?そんな馬鹿な……。
そんな自分を見ていたキルシェ達は自分の行動にポカーンとしている。恥ずかしい。むしろ笑ってくれた方が清々するのに無言の反応は地味に辛く心に痛い。
いっそのことキルシェに何かしらのちょっかい出してみようかと思ったが、殺されるイメージがわいたのでやめました。
もう、どうしたらいいか自分には分からくなってしまった。自分は帰る方法を見つけるために逆に質問をくり出す。
「とりあえず、魔法が無い事は理解した。じゃあこの世界には異種族も存在しないのか?エルフやドワーフは?ドラゴンは?」
「ああ、彼らは普通に私達と共存している。彼らを始め他の種族も魔法を使えるなんて聞いたことないな。そうだろう?」
キルシェは気軽に挨拶するように兵士達に確認する。
よく見ると兵士の何人かは少し小柄な奴もいるし、耳が尖っている奴が確認できた。こんなに近くにエルフやドワーフがいた。
「それに、多くの不思議な力を使えたとされるドラゴンは遥か大昔に絶滅したと伝えられている。ドラゴニュートならいるがまだ私は見たことないな」
「…はぁ!?」
モンスター生息。異種族もおる。しかし、ドラゴンと魔法は無し。なんという中途半端なファンタジーなんだろうか。色々と残念で間違っている気がしてたまらない。
そして、最も大事な質問をする。
「……帰る方法は?」
おそるおそる聞かれてキルシェは重くゆっくりと首を横に振る。
「そんな………」
絶望が襲った。仕事帰りの際に襲ったものとは比較にならず本当に頭と心が壊れそうなほど重く深い絶望。
そんな時に一人の兵士がやって来た。
「報告いたします。先ほどの賊の正体が判明いたしました」
「許す。この場で報告しろ」
モルトは先ほどとは違い歴戦の戦士の顔と雰囲気を表に出す。場が緊張に包まれ、キルシェも黙って聞いている。
「はっ!死体を確認しましたが、やはりこの辺の賊ではありませんでした。証拠もありました」
「やはり隣国か?」
兵士はコクりと首を振り肯定する。がまだ報告は続く。
「それと、もう一つ報告が」
兵士は二人の顔を伺う。まるで報告したくなさそうに。
「申せ」
「はっ、斥候が賊の集団を発見いたしました。その数およそ100。こちらに向かって来ており、このままだと夕刻前には戦闘になります」
「なっ!」
モルトは怒りと殺気に満ちた顔でこちらの胸ぐらを掴む。そしてもう片方の手は剣の柄を握っている。
「貴様!やはり我らを貶める間者だったか!」
「ち、違う!俺は関係ない。知らない!」
このままでは殺される!必死に全否定を相手に伝えるが聞いてくれない。手に更なる力が加わり掴む力が増す。
「やめろ!その手を離せ!そして落ち着け!」
喝一閃!自分の話を聞いていた時とは別人のように凛としてモルトの上った血を冷まさせる。そのおかげで胸ぐらから手は離れ助かった。
「彼を斬ってもこのままでは賊は来るぞ。それに、その者が関係あるとも思えん。今はどうするか考えることが先決だ」
しぶしぶと承諾して殺気も弱まる。しかし弱まっただけで収まってはいない。
「申し訳ありません。ではどうしますか?戦いますか?撤退いたしますか?」
「この数で勝てるとは思えない。しかしここで撤退すれば民と村が……」
冷静に答えているが手に力が入り、唇を噛んでいるのが見える。苦渋の選択だろうと思われる。
「撤退いたしましょう。それが最良と判断します」
モルトがこれしかないと力強く決断する。話を聞いていた自分もそう思う。悪いが、この数では勝てないからとっとと逃げるに限ると思う。でも、
「住民には森に逃げ見つからないよう隠れることを伝え、その後に王国に避難させましょう。今は姫様の御身が第一です」
「……それしかないのか」
「ま、まって!」
黙ってはいられなかった。聞きたかった。
「俺はどうなる?」
「………住民と共に避難してくれ。そして生きてくれ。生きて、また話を聞かせてくれ」
……この女は、見捨てやがった。あれだけ目を輝かせて興味深々に話を聞いても、所詮は立場の違う人間。ましてやちがう世界の人間ならなおさらだと。
例えそれが苦渋の決断だったとしても。だからここでサヨナラしようと?
(冗談じゃない!ふざけるな!)
またあのモンスターがいる危険な森に入りたくないと思い、心で叫ぶ。ここまで理不尽が続くと怒りが沸いてくる。
逃げる事のその判断には間違っていない。しょうがないとも思わないでもない。が、こと自分に危険が降りかかるなら話は別だ。
(生きてやる!なんとしても生きてやる!こんなところで死んでたまるか!)
そうやって村の周りを確認し頭をフル回転させる。たとえ頭に血が上ってもここは絶対に取り乱してはならない。冷静に考えなければ。
「この状況と、この場所」
そうして閃く。いや、思い出したと言っていい。
「なあ、あんたらの兵と武器の数は?」
「?聞いてどうする?さぁ早く非難するんだ」
いきなり聞かれて困惑し自分に避難をすすめてくる。邪魔だ。
「条件がある。俺の安全と生活を保証してくれるなら、なんとかなるかもしれない」
「え?」
素っ頓狂に反応するが間髪いれず自分は問いただす。
「時間がないんだろう?早く答えろ!俺は死にたくないんだよ!」
もう半ばヤケクソだったので大声で睨みつけながらキルシェに迫った。モルトは自分の態度にまた怒りの形相で睨んでくるが、今は意に返さない。これも邪魔だ。しかし、自分の大声に驚いたのかキルシェは一瞬戸惑いながら答えた。
「わ、わかった。条件を飲む。言ってくれ」
「姫様!なりません!」
そうしてキルシェはモルトの静止を無視して戦力を教えてくれた。話をしてからはモルトの顔の皺が深くなる一方だった。
キルシェ達が連れて来た兵の数は全員で30人で、武器は通常のロングソードかショートスピアーを装備。勿論キルシェとモルトは除く。
ちなみにモルトはキルシェに匹敵するほどの実力を持ち、装備は他とは違う上等のロングソードを左右の腰に一本づつ差している。二刀流が彼のスタイルらしい。
そして、一人一人に馬と弓矢を持たせている。彼らはキルシェ率いる王都の親衛隊で騎馬隊らしく強さも申し分ないらしい。
だったら逃げずに戦えばいいと思うが、さすがに数で攻められればどうしようもないらしい。
ただし、今回連れてきているのが全員ではないらしいので、王都に行けば更に増えるとのこと。
では、援軍を呼べないのかと聞くと、ここから王都や他の砦までは時間がかかってしまう為とても往復で間に合わせる事は不可能だそうだ。
次にこちらに向かってくる敵のことも聞く。
報告では数は約100人で、さっきの男達と似たような格好をした者達。でも、賊の格好をしていても完全な盗賊ではなく格好だけさせた隣国の兵士とのこと。目的はおそらくこの村の占領と略奪。
確認できた武器には特別な物は特に無く、ほとんどが接近戦用武器とのこと。でも明らかに数が倍以上なので勝率は余りにも低いとキルシェは答えた。
更に言えばこの村にはおおよそ防壁や物見櫓といったものは無く、篭城して戦うなんてことは出来ない。強いてあげるなら、村を囲む森の木々が防壁の代わりぐらいだろう。
だがそれは侵入しにくいという意味で、当然木々からは隙間が空いているので意味がない。
状況は最悪だ。でもやるしかない。自分の思い出したものも大体こんな状況だった。
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自分は二人に事の説明をした。二人は真剣に聞いていたが、時折チラチラとこちらの顔を見てくる。
何か説明していた時にまずいことを言ったのか?自分は説明していて不安になりそうだ。
「どうだ?できる?」
「………君はこの短時間でここまで考えたのか?すごいな」
驚嘆と感心が混じりで自分を褒める。むずがゆい思いだ。
が、正直に言おう。冷静に考えてこんなことは無謀以外にない。成功の確率なんて10%も無いと思う。まさにハッタリと口八丁の画餅。
「やれる。この策を急ぎ兵と村長に伝えよ!また、できる限り村の男達に協力を要請しろ!女子供はいつでも逃げられる準備だ!」
「お待ち下さい!こんな策は危険で、成功するとは思えません。万が一失敗した場合は全てを失うのですよ!この者を信用するなどあってはなりません!」
ひどい言われようだ。だがまぁ、この反応は至極当然といえる。初めて会った人間に命をかけるなんて酔狂な真似、普通ならまずしないだろう。
「確かに副長の言は一理ある。だがこれを成功させたらすべてを守れるのだ。しかも、この策は素晴らしく、成すことも高いではないか。王国にとって優先することも考えればこの策は実行すべきものだ。モルト副長、私達ならできる。信じるのだ」
(いいえ。成功率は高くはありませんし、そんなに自分を信じないで下さい。責任取れません)
心の中で否定しておく。これが成功したら奇跡だと思うな。
「………かしこまりました。急ぎ準備いたします」
納得してない様子で命令を承諾し兵達の元へと走っていく。この時自分は見逃さなかった。すれ違い様にすごい殺気を放ちながら自分を睨みつけていたことを。
ああ、なんか、成功してもしなくても自分は無事では済まなそうと思えてきた。