#87 交渉した、商売人 5
「一撃で殺さずに戦闘不能に追い込むのは流石だな。バルバス」
「お褒め頂きありがたいのですが、リク様の陽動が完璧だったからなので面映ゆいですな。後報告になりますが、向こうの傭兵達も殺めず制圧し、他の者達が拘束を進めておりますぞ」
「ご苦労さん。後でみんなにも礼を言わなきゃな。じゃ、こいつも拘束しておくか」
頷いてくれたバルバスが俺より早くこの護衛を組み伏せて土魔術を発動し、地面の土を材料に手枷と足枷を作り出して拘束してくれた。
ギルドの連れてきた他の傭兵達はレベル20から25くらいだったので枷を魔術で十分強化すればそのまま拘束しておけそうだが、こいつは実力が頭一つ抜けているのでもう一手対策を打っておこう。
手元に残してある奴隷化の首輪を取り出して嵌め、後で動機を聞き出したいので喋れる程度までは回復魔術で治療もしておいた。
「これでよし。こいつを生け捕りにした他の連中の所へ運んでおいてくれ。俺は馬車にいる女性陣と話をしてくる」
御意、という返事と共に一礼を返してくれたバルバスが手枷足枷の嵌ったこの護衛の襟首を掴んで引きずって行くのを見送って俺は女性陣のいる馬車へ足を向けた。
近づきながら土魔術を発動させ自分作り馬車を囲っている土壁を地面へ戻す。
無用な警戒を避けるため少し距離を取って馬車に掛かった幌の中を見ると蝋燭を持ったサラを先頭に侍女とアリスの順で向こうも外の様子を窺っていた。
「その様子だと無事みたいだが、三人共怪我はしてないな?」
「はい、全員大丈夫です」
答えてきたサラに続いてアリスや侍女も頷いた。
「じゃあ、外の様子はどれ位分かってる?」
「大まかな事態の推移は聞きましたし聞こえていました。メリエラさんが夜番をしてくれていて、ドワーフの方たちの宿舎で異音がした時点で寝ていた私達を起こしてくれいます。その後誰かが近づいてくる足音がして急に土壁が出来てからも剣戟の音は聞こえていました。お答えできるのはこれ位ですが、今度はわたし達がお聞きしていいですか?」
「ああ、いいぞ。何が聞きたいんだ?」
「では、今外で起こっていた事態の正確な推移をお聞かせください。あとどうしてトロスに向かったはずのリクさんがここにいるのでしょうか?」
サラの返してきた疑問はもっともなので頷き返して答えていく。
看破眼の性能を誤魔化すため見えた情報は伏せて、廃坑までの危険度に比べてサラ達が連れてきた護衛の数の多さに疑問を持って何か企みがあるのではと推測したことにしておいた。
後はほぼ事実通りに何かあるなら事を起こしやすいようトロスに戻った振りをして廃坑に引き返し監視をしていたこと。案の定夜半を過ぎてサラ達が連れてきた傭兵達が動きだし、俺の雇ったドワーフや魔物狩り達を襲おうとしたので制圧して、アリス達の護衛までこの馬車を襲おうとしたためその護衛を俺と仲間が取り押さえたと説明した。
「生け捕りにした連中は一か所に集めていて、これから動機や裏の事情を尋問するつもりだ。よかったらサラ達も立ち会うか?」
「私達が加わってもよろしいんですか?」
アリスが侍女の後ろから問いかけてきたが、サラもその表情から見て同じように思っているようだ。
「尋問の立会い証人になってくれるなら俺達にとってもありがたいんだよ」
「そういう事なら喜んで。準備をするので少しお時間をください」
「ああ、その寝間着から着替えるんだな。分かった。少し離れて待ってるから準備が終わったら声をかけてくれ」
ありがとうございますと一礼を返してくれた三人へ手を挙げて答え、幌の中が見えないよう立ち位置を変えた。
10分程で着替えて馬車から出てきたサラ達を連れ、気配を頼りにバルバス達の元へ向かう。
ドワーフ達の宿舎と魔物狩りに雇った者達の宿舎の中間あたりに生け捕りにした連中が集められており、仲間達が取り囲んで監視していた。
近づいて先にみんなを労っていると後ろ手に拘束した出張所の所長候補の男を引き立ててティータとティーエもやってきた。
「リク様。こいつが一人逃げ出そうとしていたので捕らえてきました」
「二人もご苦労さん。丁度いい、まずそいつから話を聞こうか」
頷き返してくれた二人がその男を俺の前に座らせ、尋問がし易いようアグリスとアデルファが両側に立ち威圧をかけてくれる。
その男は明らかに怯えていたがそれを隠そうと俺か問いかけるより先に吼えた。
「きさまらこんな事をしてただで済むと思ってるのか!!」
「自分達から俺達に喧嘩を売っておいて良く言うな。大方廃坑から魔物が溢れたって事にして真実味を持たせるため俺が雇った連中を殺し、自分達も襲われたが魔物は仕留めたって手筈だったんだよな。後は俺達の管理責任を理由に自分達が殺した連中の分も合わせて賠償金を吹っかけて俺から有り金全部毟り取ろうとでもしてたんだろう?ここまでの事をやっておいて、もしかしてトロスの傭兵ギルドに守ってもらおうって腹積りか?それともお前の依頼人が手を回してくれるとでも思ってるのか?」
そう問い返すと粗方は図星だったようでその男は言葉を詰まらせ黙ってしまった。
「サラ。トロスのギルドはこいつ等をかばうか?」
「いえ、それは無いでしょう。嘘を見抜ける内部監査の者が一応事情を聴いて確認を取ると思いますが、リクさんのお話通りならわたし達は一切かばいません。それはその男を派遣して出張所の所長候補へねじ込んできたアルデスタの統括支部も同じでしょう。厳罰に処すので出来れば処分は私達にお任せ頂きたいくらいです」
サラの表情にそれほどの変化は無いが、確かな怒気は感じられた。
その男も押し黙ったままなので取り敢えずは間違いないようだ
「じゃあ、依頼人が手を回してくれると思ってる訳か。お目出度い奴だな。ガルゴ・アルデスタ男爵様がお前を助ける訳ないだろう」
依頼人の名前まで出てくるとは思ってなかったのか、その男の表情が驚愕のまま固まった。
「その顔、間違いないみたいだな。でもほんとにお目出度いな。あの男爵様が救ってくれると思ってるなんて」
俺がそう返すとその男は驚愕の表情を引っ込めまた吼えてきた。
「正直男爵様の名前まで出てくるとは思わなかったが、丁度いい。男爵様が貴様の嘘の戦功を暴いて罰を与えようとした我々を守って下さる。お前達の方こそ罪の上塗りをする前にさっさと我々を解放しろ」
「ああ、今ので事情も大体分かった。魔人を討ったと嘘の報告した俺達を誅せよ、とかを男爵様に言われた訳だ。で、自分に変わって罰を与えよって唆されたのか。この鉱山が欲しかったのか、単に俺へのいやがらせが主目的かは分からないが、お前ら始めから捨て駒として使われたな。同情したくなる程あんまりに哀れだから最後にいい物を見せてやる。仮にもギルドの職員ならこれが何か分かるか?」
格納領域から魔人結晶を取り出し顔の前まで差し出してその男へ見せてやると表情がまた驚愕に固まった。
「・・・それはまさか魔人結晶?」
「その通り。じゃあ、俺が嘘の戦功をあげたっていうその討伐で指揮をしたグライエン様じゃなく、俺がこれを持ってる意味は説明しなくても分かるな?」
ここまで話すとガルゴ男爵が嘘をつき自分が本当に捨て駒として使われたと納得したようで出張所の所長候補の男は呆然としてうなだれた。
周りで話を聞いていたその男が連れてきた護衛達もほとんど同じ反応だったので今以上の情報は持っていなさそうだ。
「こうも哀れだと俺達で止めを刺す気も失せるな。サラ、こいつら全員を犯罪奴隷として売った場合の売却代金分にその半分を詫び料としてギルドが増額して払ってくれるならこいつ等の身柄を引き渡すがどうだ。勿論出張所の件はそのままでいい、ただ出張所を担当する護衛については予め身元を保証してもらうがな」
「そうですね、金額の詳細をトロスに戻ってから詰めさせて頂きたいですが、上からも概ね異論は出ないと思います。リクさんの寛大な処置に感謝します」
「じゃあ、決まりだ。後はこいつだな」
うなだれたままの出張所の所長候補の男はもう置いておき、拘束しうつ伏せまま転がしてあるコランタ商会の護衛の脇に立った。
「それでお前は誰の命令でサラやアリスさん達に危害を加えようとしたんだ」
俺が問いかけても始めこの護衛は口を閉ざし黙秘を通そうとしていたが、嵌めておいた首輪が起動しうめくように口を開いた。
「・・・グリシャム様だ」
その名前に聞き覚えがなく、完全記憶領域まであさって調べたが聞いた事はないようだ。
「俺達は知らない名前なんだが、アリスさん達に聞き覚えはあるか?」
コランタ商会関係者の可能性が一番高そうなので振り返って問いかけてみたんだが、アリスの表情は真っ青になっていて後ろで支えている侍女が代わりに答えてくれた。
「アリス様の腹違いの兄君がグリシャム様と言います。後はお察し頂き詮索無用でお願いします」
兄妹の仲がどうなっているかは分からないが、アリスの父親は商会の会頭だと言っていたので跡目争いという事だろう。
「そういう事なら俺達が口出しすべきじゃないな。あともう一つ答えろ。依頼者が別なのに何でこいつ等と一緒に行動を起こした」
「・・・俺がここまでの案内役を手配しに一人でギルドへ行ったら、そこの男からこの襲撃を黙認し自分達に有利な証言者になるよう求めてきた。そこの小娘の殺害を指示されてた俺にとっても渡りに船だったんで俺にも有利な証言をする事を条件に要求を呑んだんだよ」
アリスは青ざめ黙ったままなので侍女のメリエラに事実か問うと、確かにこの護衛が一人で案内役を手配したそうだ。
「一応筋は通っているが、あのまま馬車を襲えばサラも殺す事になったはずだ。それは何でだ」
「それもそこの男の要求だ。お前が雇った連中だけじゃなく、ギルドや商会からも犠牲者が出れば俺達の証言に真実味が増すから尊い生贄だと言ってな。俺としても明確な目撃者は出したくなかったんで、これも渡りに船だった」
「よく分かった。俺が聞きたい事はもう無いんだが、アリスさん達には何かあるか?こいつの処分についての意見でもいい」
「そのお申し出はありがたいのですが、お嬢様のショックが大きいので冷静にお考えを纏められるようになるまでお時間を頂けますか?」
「まあ、すぐに決められないんならそれでもいいし、こいつをトロスまで護送する位はやってもいいが、それ以降の面倒は見ないぞ?」
「それだけ十分です。その男の拘束の継続はギルドへお願いできるでしょうし、リク様やギルドへは私の権限で十分な報酬を払わせて頂きます」
その後を受けて俺が問いかける前にサラが問題ありませんと答えてくれた。
「じゃあこいつもトロスへ連れ帰って、その後はギルド預かりで処分は保留だな。さて時間が時間だし明日中にはトロスへ戻りたいんで、サラ達は無理でももう一度朝まで休むといい。こいつ等の見張りは俺達が交替でやるし、ティーエ達を護衛につける」
ご配慮ありがとうございますとサラ達は一礼してきて、ティータ達と馬車へ引き上げるのを見送った。
お読み頂きありがとうございます。




