#74 踏み入った、氾濫した森 15
俺の合図で走りだすバルバスを先頭にした一隊とガディを先頭にした一隊が目標の群れの最外縁で単独行動をしている別々の2本角のオーガ目掛けて殺到していく。
戦闘力に比べて2本角の索敵能力は大した事無いがそれでも周囲を警戒中だけあってバルバス達の接近に両方とも気付かれた。
警戒の奇声をあげられ戦闘の構えを取られもするがここまではバルバスも織り込み済みだ。
後は多くの2本角が単独行動をしている間にどれだけ手早く仕留めていけるかだったが、これも問題ないと双方とも証明してくれる。
バルバスの隊は先頭を行くバルバスが目標とした2本角の間合いへ一気に踏み込んで放つ神速の突きが心臓を貫き、その背後に続いていたマドラが溶解毒を利用して頭に手足を引きちぎって仕留めてしまう。
そのマドラの後ろに続いていたネイミやヴォーガイ達は出番すらなく次の目標へ向かって行った。
ガディの隊も初撃でガディの打ち込んだ大剣が受け止められたが、それで動きが止まった隙を逃さずドグラとグリアがガディの左右から仕掛け棍棒を持つ腕や足に噛みつき完全に動きを封じてしまう。
続くガディの2撃目が2本角の首をはね、魔術を待機していたギャルドやクライフに精霊術を準備していたティータやティーエはそれを使う必要なくも次の標的へ移っていった。
そうやって最初の1体を仕留めたバルバスとガディの隊は逆回りに別れて円状に散らばり単独行動をしていた2本角を次々仕留めていってくれる。
双方とも手間取る事無く4分の1周ほど円を描くように行く手の2本角を各個撃破していってくれたが、5本角も無策では無いようで大気を振るわせるような怒声を上げると2本角がすぐに行動を変える。
5本角の周りを固めていた2本角達が二手に分かれ,索敵のため散開していた他の個体もどちらかに合流するよう動きだしバルバス達へ向かって行った。
まあ、この行動もバルバスの予想通りで、5本角から取り巻きを完全に引きはがすためバルバスとガディの両隊は足を止めて陣列を整え正面から2本角の集団を迎え撃ってくれる。
ここでどちらかでも劣勢になるようなら待機している俺達が援護に入り2本角を全て排除した後一旦退却するつもりだ。
けどバルバスの隊はもう一体目の2本角を仕留めて優勢なようで、ガディの隊の戦況は拮抗しているが無理をして戦っているようには見えないのでバルバスの隊の方が片付いて援護に回るまでは十分持ちそうだ。
ここまではバルバスの作戦通りで5本角が次の行動へ出る前に俺達も動き出した方いい。
俺の前を固めるアグリスとアデルファへ視線を向けると振り返っていた二人とも同じ考えのようで無言のまま頷くと最初に見つけた場所から動いていない5本角目掛けて先に走り出してくれる。
俺も昨日の戦闘を見て思いついたというバルバスの提案で撤退時の遅滞砲撃役として後ろに控えてくれていたダルクへ目配せして前を行く二人に続いた。
5本角との戦闘では他に意識を割いていると時間稼ぎさえも難しそうなので、みんなを信じて意識を5本角との戦闘だけに集中していく。
周囲の戦況に影響されず時間を稼ぐには接近戦が一番だろうから体の換装は行わず一番向いている溶岩体のままだ。
最初から出し惜しみなく全開で行くべきで走りながら契約している精霊を4体とも周りに呼び出し愛用している刀も格納領域から取り出して鞘から抜く。
続けて精霊武装を発動しラザをパワーアシスト付きの岩石で出来た全身鎧として身に纏い、ケルブには手に持つ刀を覆い切れ味と耐久性を強化する炎の刃になってもらった。
溶岩体が持つ属性の問題で風の精霊であるガロと水の精霊のウォルトは身に纏えないが、もし2本角や3本角が戦闘へ割り込もうとして来た時や撤退時の牽制役として俺の左右に続いてもらう。
さらに全身だけでなくラザやケルブが武装化してくれている鎧や刃の先にまで魔力を纏わせた所で5本角や3本角の視線が俺達を捉えた。
どういう反応をするかその動きに集中するが、有り難い事に取り巻きの3本角が前に出てきてくれる。
横一列でこちらに向かって来る三体の3本角に合わせてアグリスとアデルファは走る速度を緩め、こちらを静観している5本角と適度に距離を取った場所で迎え撃った。
そんな二人の動きに合わせて俺は走る速度を維持したまま横に逸れ、元の進路へ大きく回りこみながら視線は激突の瞬間を追いかける。
3体の3本角はそれぞれ走るスピードを上乗せしたかなりの力感を伴う棍棒の一撃をアグリスとアデルファへくり出すが、二人は流れるような戦鎚と戦斧捌きで難なく地面へ受け流した。
続けて一拍の間も置かず体勢の崩れたそれぞれ別の3本角へアデルファとアグリスは戦斧や戦鎚を叩き込み手傷を与えて見せてくれる。
3本角もすぐさま回復力に物を言わせ受けた傷を無視して2撃3撃と2人へ殴り掛かるが、その連撃も流れるようにいなして反撃を返していった。
もしも極端な劣勢になるようなら横から手を出すつもりだったが、この様子だとアグリスとアデルファに最低でも負けはなさそうだ。
俺は視線を5本角へ戻し精霊やダルクを連れて真っ直ぐ突っ込んで行った。
これでいく手を遮る取り巻きはもうおらず、近づくまでの時間を利用して看破眼を5本角へ向けてみる。
俺と同等以上だと感じた通りで鮮明には見通せないが最低でもレベルは40以上ありそうだ。
他にもオーガの種族能力やネイミも持っていた瘴気炉の他にもう一つ能力の詳細は分からないが何かのアビリティを身に着けているみたいだ。
スキルもレベルまでは見えないが戦鎚に戦斧や体術と魔纏術を持っている。
これは本当に僅かな油断が命の危険を招きそうな相手で、改めて気合を入れ直す。
仲間達は取り巻きを完全に抑え込んでくれているようで何処からも邪魔は入らず後一息でお互いの間合いが詰まる所まで近づくと5本角が静観の構えを解く。
背中に見えている武器の柄に手を伸ばす瞬間に合わせて一気に加速し懐へ飛び込んだ。
速度を殺さず胴薙ぎに刀を振り込んで行くが、一瞬で全身に魔力を纏った5本角は背中から片手で抜いた人間だと両手で扱う大きさがある金属製の戦斧にまで魔力を纏わせ打ち合わせてきた。
勢いのまま全力で刀を振り抜こうとしたが、単純な力は5本角が俺より上なようで両手で押し込む刀と片手で受けて立つ戦斧が拮抗する。
そんな10秒に満たない鍔迫り合いの後、一旦バックステップで間合いを開けるが5本角の注意を俺だけに集めるためすぐに距離を詰め切り掛かって行く。
2度3度と間合いを詰め続けて刀と戦斧を打ち合わせていくとどうやら単純な武器の扱いと魔纏術の技量は少しだが俺の方が上だと感じ取れた。
力は5本角が上だが、技量では俺が上回っており5合10合と間合いを詰めた互角の打ちあいが続いて行く。
そうやって何合目かの双方が全力を込めた打ち合いの衝撃で互いの武器が弾けた。
双方共に姿勢が崩れたその瞬間、5本角が力にものをいわせて俺より一瞬早く体を制御し1歩踏み込んで左拳を振り込んでくる。
何とか俺も反応して互いの左拳が正面から激突し、俺はとっさに拳へ炎を纏い強化してあったがそれでも威力は互角だったようでお互い数歩後退った。
間合いを保ったまま左手を握ると若干の痺れが出ているが力は十分に籠められる。
まだまだ十分に戦えそうだ。
それは5本角の方も同じようでほぼ同時にお互いが前に出て打ち合いを再開した。
何度も刀と戦斧が激突し鍔迫り合いを繰り返していく内に段々と手応えに変化が出てくる。
原因を確かるため鍔迫り合いに持ち込んで5本角の様子を探るが一目でその理由は分かり、鉄製だろう戦斧の刃が何カ所も刃こぼれを起こしていた。
多分傭兵あたりから奪ったこの戦斧はそう業物ではなく魔力を纏わせて耐久力を上げても俺と5本角の激突についてこられなかったんだろう。
これは明確な急所だろうから遠慮なく狙わせてもらおう。
同じ刃毀れをした個所を狙って打ち込むのは難しかったが、10合20合と全力で打ち合い続けているとついに鉄製の戦斧は衝撃に耐えきれず刃の部分が破断して宙を舞った。
予想した通りに好機が来たと思ってさらに踏み込んで行くが、5本角は嫌な笑みを浮かべて躊躇なく壊れた戦斧を放り捨てる。
そのまま戸惑いなく全身へ力を込める5本角から膨大な瘴気が吹き上がってきた。
その溢れ出す瘴気の奔流に押されバックステップで後ろに下がらされる。
人間に対して大量の瘴気をぶつけるのは能力の低下や体調の変調を誘発出来そうで有効に思えるが、転生魔人の俺にはただの強風と大差はない。
何の意図があるのか謀り兼ねていると溢れ出ていた瘴気が一気に逆流していき、次の瞬間には鉱物的な質感を持つ全身鎧と同じ質感で自身の身長より長い戦斧を携えた5本角が嫌な笑みを浮かべたまま俺の前に立っていた。
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