#53 戦地へ向かった、輸送隊 1
エクトールさんが出発を決めてから一夜明け早めに身支度を整えて客室を出た。
食堂へ向かう途中すれ違った商会の従業員は早朝だというのに殺気立つほど皆せわしなく動き回っている。
まあ、重要な物資輸送の前だし慌ただしいのは仕方ないだろう。
俺達の準備は昨日のうちに終わらせているので従業員たちの邪魔にならないよう手早く朝食を済ませ厩舎にいるグリアの元に仲間を集めて待機しているとエクトールさんから呼び出しがかかる。
指示通りグリアも連れて全員商会の表に回るとエクトールさん待っていて馬車は使わず徒歩で商会を出発した。
大通りを歩いて進み昨日も足を運んだ北門が見えてくると十数台の大型馬車がすでに列をなしていた。
これ等の馬車は商会の建物では見た事がないので、恐らく別にある倉庫から直接やって来たんだろう。
馬車の準備をしていた人達も近づいてくる俺達やエクトールさんに気づいたようで、金属製の鎧で身を固め大剣を背負った壮年の男が向こうからも近づいて来た。
「見送りありがとうございます。会頭」
「構いませんよ。ザイデル。準備は万全のようですね」
エクトールさんへ頷き返したザイデルと呼ばれた男はそのまま俺達の前に立った。
「あんた達が会頭の新しく雇った魔物討伐へ出る傭兵だよな。俺はギラン商会の警備部に所属していて今回の輸送隊の隊長でザイデルっていう。よろしくな」
「こちらこそよろしく。俺はリーダーのリクって言います。輸送隊の護衛中はザイデルさんの指揮下に入りますから、指示をください」
「そう言ってくれると助かる。なら輸送隊の最後尾について護衛してくれ。もしもの時は悪いが殿を頼む」
俺達にしても危険な時は周りに人がいると擬人化が解けず全力が出し辛いのでこの提案は渡りに船というやつだろう。
「分かりました。任せてください」
「快諾してくれて助かる。準備はほとんど終わってるからすぐ最後尾について出発を待ってくれ。では、会頭行ってきます」
「無事の帰還を待っています」
頷き返し輸送隊の隊列に戻っていくザイデルさんを見送ってエクトールさんは俺達の方を向いた。
「リク殿も武運を祈っています」
「図ってくれた便宜に見合う程度の実績は上げてみますよ。じゃあ俺達も行きます」
最後に一礼してエクトールさんの元を辞し輸送隊の最後尾に着くと本当にすぐ出発だというザイデルさんの声が響く。
先頭の馬車から順に出発していき、最後にゆっくり動き出した最後尾の馬車に付いて俺達もアルデスタの北門を潜った。
荷物が満載してあるだけあって馬車の行き足は歩きほぼ変わらない程度だが、街道がきちんと整備されているようで輸送隊は休憩以外立ち止まる事は無く北を目指していく。
これといったトラブルなく道なりに進め、夕方近く最初の野営地と休息の時に聞いた街道沿いの農村へ着けた。
話は事前に通してあるそうで揉め事なく村の広場に円陣を組んで馬車を止め、さらにそれを囲むように御者やサイデルさん達がテントを張っていく。
俺達もそれに倣って最後尾だった馬車の隣にテントを準備した。
御者の人達が中々豪勢な夕食を振舞ってくれ、その途中サイデルさん達と話し合った夜警の順番が俺は夜半過ぎになったのでひと眠りするためテントで横になった。
「リク様。悪いんですが、起きてもらえますかね」
夜警の時間が来たのかと思いゆっくり目を開けると、普段より厳しい表情をしたアグリスが目に入り一気に眠気が覚め体を起こす。
「何かあったのか?」
「恐らく賊ですね。今さっき50程の気配が村の入口付近まで近づいてきてこっちの様子を窺ってますよ。すぐに仕掛けて来ない所を見るともう少し夜が更けるのを待つつもりでしょうね。念の為シャドウフレイム達を偵察にやりました」
「確かアデルファと一緒に夜警についていたよな。見張りに残ってくれたのか?」
「ええ、そうです」
「だったらまだ気付いてないふりをしておくか。夜警の交代に見えるよう俺は見張りにつくから、アグリスがザイデルさんへ報告してくれ」
「御意。まあ、あの様子なら奴らもすぐには動かないと思いますけど注意はして下さいよ」
軽く頷いて出て行ったアグリスに続いて不自然な間が開かないよう装備を格納領域から身に纏いテントを出た。
広場の一角に夜警のため用意された焚き火の傍には、アグリスの言った通りアデルファがまだ待機していてくれた。
不自然にならないよう隣に座り、村の外までは結構距離はあるが念のためアデルファへは念話で話かけた。
(ご苦労様、アデルファ。アグリスから一通り事情は聞いてる。問題の怪しい奴らって今どの辺りにいる?)
(村に近づいてきてからは変わらず入り口付近の柵で身を隠すようにして伏せていますね。)
俺自身でも確認のため視線を向けないよう夕方通ってきた村の入口付近を気配探知スキルで探ってみる。
俺の気配探知の精度はまだまだだが確かに報告してくれた通りに人が潜んでいて、気配の大きさから強さを判断すると皆レベル7前後でこの程度だと俺達なら一人で追い払えそうだ。
粗方の確認が終わると丁度アグリスが戻ってきて夜警が終わりで眠るのを装いテントへ潜ってから念話を送ってきた。
(戻りました、リク様。ザイデルも気付かれないよう迎撃の準備に入るそうです。)
(分かった。それで俺達への指示は何かあったか?)
(迎撃の準備ができたら伝令を送るんで、前に出て掃討して欲しいって頼まれたんで引き受けてきたんですけど、不味かったですかね?)
(いや、構わない。それに俺が渋っても自分一人で蹴散らせると思ったから引き受けたんだろ?)
(ばれましたか。じゃあ引き受けるって事でもう一つ指示があります。掃討を始める前に後で賊じゃないと言い訳をされないように警告をしろって事なんでお願いしますよ。リク様。)
(・・それも分かった。伝令がきたらまた念話で教えてくれ。)
御意とアグリスが答えてくれて念話は終わり、気を引き締め直して賊たちへ気配探知を向ける。
そうしているとシャドウフレイム達が戻ってきてくれたようで、俺やアデルファの後ろに着きいつものように映像を送り始めてくれたので目を閉じた。
どうやらアグリスとアデルファは伏兵や増援の有無をシャドウフレイム達に探らせたようで、この村の周囲の様子が早回しで視界を流れていく。
幸い村を包囲するような伏兵はいないようだが、村を少し離れた街道上に待機している連中がいるようだ。
その上装備が異様で剣や短剣を腰に挿しているだけの村のすぐ外にいる連中と違い、顔を隠しているのはわかるが20人程いる全員が馬に騎乗し全身鎧を身に着けており、剣を佩びるだけではなく槍を持ちクロスボウを鞍に吊っている。
流石にここからは距離があるので気配は探れず腕前の程は分からないが、この重装備を扱いきれるような腕があるなら要注意だ。
単純な力押しだと怪我人が出るかもしれないので相談のため俺から仲間の全員へ念話をつないだ。
(皆もシャドウフレイム達の報告を見たな。俺として村の外にいる奴等はアルデスタへ斥候を潜り込ませている盗賊団がこの輸送隊は運ぶ物資の量に比べて護衛が少ないと思って追ってきたと突発的な襲撃と考えてたんだが、もしかしたら計画的な襲撃なのかもな。それとも街道にいる連中はこの襲撃とは関係ないんだろうか?)
(無関係って事は無いと思いますよ。なんせ夜の街道上で顔を隠し野営もせずに騎乗したまま待機してるんですから。)
(アグに賛成ですが、少し疑問もあります。馬やあれほどの重装備は手に入れるだけじゃなく維持するのにも相当の金や手間がかかり、ただの盗賊の装備にしては過剰に感じます。この襲撃には何か裏があるかもしれませんね。)
アデルファの話が多少以外だったので確認のため視線を向けるとしっかり頷いてくれた。
そうなると本当に裏があるか確かめたいが、村の入口付近にいる連中は大した事を知らないだろう。
金の掛かる装備を与えられている街道で待機している奴等なら裏事情を知っているかもしれないが、村の入口付近にいる連中を先に仕留めてしまうと見捨てて逃げたり、関係ないとしらを切る可能性がある。
それをさせないためにも俺達で両者の関係がはっきりするよう誘導する必要があるな。
(そういう事なら、すぐ外にいる連中の首領格をわざと街道の方へ逃がして様子を見よう。あそこいる連中が無関係って事はなさそうだから、それで俺達へ仕掛けてくるなら返り討ちにすればいいし、口封じをしようとすれば逃がした奴を生け捕りにして双方の関係性を吐かせよう。)
みんな念話越しに同意を返してくれ、それぞれの希望を聞きながら大まかな作戦を決めた所でアグリスが報告してきた。
(今、迎撃の準備が整ったってザイデルの部下が連絡に来ました。向こうが動く前に俺達のタイミングで仕掛けてくれ、だそうです。あとこの村に出来るだけ迷惑を掛けたくないそうで戦闘はなるべく外でやって欲しいともて言ってましたね。)
(俺達の思惑とも一致するし最後の要請も問題ないな。じゃあ、行こうか。)
みんなからもう一度同意の返事を受けて念話を切った。
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