#39 スカウトした、トロスのスラム 4
スラムの路地を歩いていると先導してくれていた男が俺達へ振り返った。
「そういえば、まだ名のってなかったな。俺はボルトンという、よろしく頼む。」
「ああ。こちらこそよろしく頼む。」
頷き返してくれたボルトンがまた前を向きスラムの路地を進んで行くと一軒の廃屋の前で立ち止まった。
ここで待っていてくれと言いその廃屋に入っていくボルトンを見送り、言われた通りにしていると暫くして戻ってくる。
顔役への面会許可が出たと言うのでボルトンの後ろについてその廃屋に入ると一階にある一室へ通された。
その部屋には中年の男が一人壁にもたれて立っていただけだが、壁の向こうに幾つかの気配を感じるので不用心という訳ではないようだ。
俺とバルバスを値踏みするような視線を向けてくるので先にこちらから話を切り出した。
「あんたがここら辺りの顔役さんでいいのか?」
「ああ、そうだ。悪いが一見の奴に名乗るつもりはないぞ。」
「それは別にかまわない。ただ挨拶に来た訳じゃないんで早速本題に入りたいんだが、俺達がここを訪ねた目的があんたの耳まで届いているか?」
「それなら聞いている、ここから魔物狩りの人手を雇いたいそうだな。」
「話が早くて助かるよ。ボルトンが上手くやれるようなら断続的になるが雇う人手を増やしいて行こうと思ってる。後でも揉めないようここを仕切ってるあんた等に挨拶と許可を貰いに来たんだが何か条件はあるか?」
そう俺が問いかけると顔役は値踏みするような視線を強め、暫く黙って俺とバルバスを見定めてから口を開いた。
「ここから人を引き抜いて行くのに何も言うつもりはない、ただ俺達の島を荒らすようなら相応の対処を取らせて貰うぞ。」
「つまりスラムで雇った奴にここでの裏の仕事をやるよう命じない限り、あんた達は干渉してはこないって理解でいいか?」
俺が問い返すと顔役は徐に頷いた。
「分かった。俺達もその条件で文句は無い。無駄な対立なく話し合いでケリをつけてくれて感謝するよ。」
「あんた達ほどの腕利きに面子を立てて貰ったんだ、礼を言われるような話じゃない。無駄に揉めずに済んだだけでこっちとしては十分だ。」
それだけ言うと顔役の男は壁から背を離し部屋を出て行った。
面会は終わりのようなので俺達も廃屋を出るとスラムの入口までボルトンに送って貰い明日の予定を再度確認して別れた。
翌朝、バルバスだけじゃなくティータとティーエも連れて南門へ行く。
すると革鎧を着こみ鉄剣を腰に差したボルトンがもう待っていたので軽くお互いに挨拶を交わしてトロスを出立した。
レベルが12あるだけあってボルトンはきっちり俺達に付いてきてくれる。
昼前に全員坑道の入口に着くと不死特効の剣を格納庫から取り出しボルトンの前に差し出した。
「これが昨日話した対不死魔物用の剣だ。試してみてくれ。」
「分かった、やってみる。」
ボルトンは剣を受け取ってくれたが、元が量産品だけあってどこか半信半疑のように見えるので少しフォローしておこう。
「俺達の方でも試してあるから効果は保障する。念の為俺達も後ろをついて行ってもしもの時は援護するし、外傷回復用の魔法薬もあるから積極的に攻めてみてくれ。」
これで多少でも疑念が晴れればいいと思ったが俺の予想以上にボルトンは食いついて身を乗り出してきた。
「魔法薬を手に入れる伝手がリクさん達にはあるのか?」
「ああ、だからケチるつもりはないし、今日使う事になっても代金はいらないぞ。」
俺の返事に何故かボルトンはもどかしそうな表情を一瞬浮かべたが、すぐに引き締め2度3度と剣で素振りをして具合を確かめると坑道へ入っていった。
俺達もすぐ後に続いて後ろから様子を見ているとボルトンがスケルトンとゾンビの群れに接触する。
多少心配だったが昨日のティータと同じようにボルトンも全て一撃で片づけて見せてくれた。
戦闘後少し呆然としているようだが倒した魔物が魔石に変わるのを待つ間に剣の使用感をボルトンへ聞いてみる。
「実際にその剣を使ってみてどうだった?」
「あ、ああ。正直ここまで楽に倒せるとは思ってなかった。体から何かが抜けていく感じもしたが大した事は無かったしな。」
ボルトンの言う何かというのはきっと魔力の事だろう。
そういえば俺もリンに魔力を実感させて貰ったのをきっかけに扱えるようになった。
ボルトンには魔力に関する資質はあまりないように見えたが、魔力を使う感覚に慣れていけばいずれは魔纏術スキルを覚えられるかもしれない。
魔力に適正のある者が試せば魔術を覚えやすくなる可能性もあるし、それらを確かめる意味でもボルトンへきちんと助言をしてやろう。
「ボルトンの言う体から抜けていく何かってのは、恐らく魔力だ。攻撃時に魔力が抜けていくのをきちんと自覚して魔力を使う実感を掴んで操作できるようになれば、いずれこれも出来るようになるかもしれないぞ。」
声を掛けるのと同時に左手に可視化出来る程の魔力を纏って見せると、ボルトンは呆けていた表情を引き締めて頷いてくれる。
その時丁度ゾンビやスケルトンが魔石に変わったのですべて回収して移動を再開した。
それから坑道の上層で3つゾンビやスケルトンの群れを潰した所でボルトンに魔力枯渇の症状が見られたので魔物狩りの試しは終わりにし手に入れた魔石は全部ボルトンへ譲った。
ただ不用意に入り込まれたら問題になる立坑へ連れて行き、ここの下層にはボルトンじゃ手に負えない魔物がいると教えてついでにティーエとティータにラザの力で立坑に開閉可能な土壁の封をして貰った。
それをボルトンにも見届けさせて坑道を出ると貸していた剣を返してもらい向き合った。
「さて、改めて聞くがこの剣を使って魔物を狩ってみてどうだった?」
「そうだな、正直ここまで楽にゾンビやスケルトンを狩れるとは思ってなかった。これなら問題なく続けられると思う。」
「確かに俺も魔物狩り自体に問題は無いと思う、ただ魔力量の関係であれくらいの数がボルトンの一日に狩れる限界だと見えたんだが異論はあるか?」
「いや、俺もその通りだと思う。魔力が消耗して疲労する感覚は初めてだが、もし止めてくれなかったら次の戦闘中に動けなくなったかも知れない。」
「やっぱりな、そうなるともう3〜4人に雇わないとダメか。」
最後の言葉は半分以上独り言だったんだが、ボルトンのプライドを傷つけてしまったようで棘のある声色で問いかけてくる。
「俺じゃあ能力不足って事か?」
「いや、ボルトンの力不足じゃなくてこの坑道が広いせいで湧いてくる魔物の数が多いんだ。任せるつもりの範囲でも恐らく1日に4〜50湧くし放っておけばその分強くなるしな。そういえばボルトンのいた廃屋に他にもいくつか気配があったけど、あれってボルトンの仲間か?」
「そうだが、今の話と何の関係があるんだ?」
この魔物狩りに参加する人数が増えれば1日に狩られるゾンビやスケルトンが増えるとみて探りを入れてみたが、ボルトンの声音に棘だけじゃなく疑念の色も混ざる。
俺達だけじゃなくボルトン達の利益にもなると思うのでここは俺の提案を押そう。
「ボルトンと一緒に雇えないかと思ってな。あの時感じた気配の大きさからいって魔力量もボルトンより少ないんだろうが、それでもこの剣を使えば10や15位は仕留められる筈だ。出来るだけ数を狩れたほうがお前達にとっても良いだろうし、湧く奴を全部狩っても手が余るようなら交替で休める。もし戦えない奴がいても街からここまで水や食料を運ばせれば分け前を出すいい口実になるんじゃないか?」
一旦言葉を区切ってボルトンの様子を見ると、表情の険はとれ真剣に俺の提案を検討しているように見える。
もう一押しするため次のセリフを考えているとボルトンの方から口を開いた。
「この話確かに有り難いんだが、みんなを説得するため一つリクさん達に頼みを聞いて欲しい。」
「ああ、どんな頼みだ、言ってみろ。」
「魔法薬を手に入れる伝手があるって言ってたよな?その伝手で大怪我の後遺症を直せるやつを手に入れてくれないか?勿論きちんと代金は払わせて貰う。」
「もしかして、仲間の中にそういう奴がいるのか?」
ボルトンは真剣な表情で頷いた。
「分かった。絶対に手に入れると確約はできないが、トロスにいる知り合いの魔法薬師にそういう薬が作れないか聞いてみる。出来るようなら制作依頼を出して手に入ったボルトン達に売ろう。これでいいか?」
「十分だ。今の話をすればみんなもこの依頼に参加すると思う。ただ説得や役割分担の調整に少し時間をくれないか?」
「それは構わないぞ。雇う人数が増えるならもう何本かこの剣を用意しないといけないし、ボルトンには悪いが盗難防止用の措置も取らないといけないからな。多分俺達の方が用意に時間が掛かると思うから準備が済んだら俺達からまたあの廃屋へ足を運ぼう。その時に報酬や剣を貸し出す条件なんかの詳細を詰めようか。」
俺の提案にボルトンが真剣な表情でもう一度頷いたので話し合いはここまでにしてトロスへ引き上げた。
お読み頂きありがとうございます。