#36 スカウトした、トロスのスラム 1
「リク様、少しお時間を頂いてもよろしいですか?」
朝の廃坑下層で魔物狩りを終えトロスの家の日の当たるソファーで昼寝をしているとそう声を掛けられたので目を開けるとティーエが傍に立っていた。
少し不安げな表情をしているので何かあったんだろう。
「ああ、構わない。今の生活や役割に不満や問題があるなら何でも言ってくれ。出来る範囲内で善処するから。」
俺の答えを聞いてティーエは若干表情の強張りを解いてくれる。
「では、お言葉甘えてお願いします。実は今住まわせて頂いているお部屋が広すぎて居心地が悪いんです。今まではティータちゃんと2人小さなお部屋で暮らして来たんであの広さになれなくて。もう少し狭い部屋へ移ってもいいですか?」
「何だ、そんな事か。ああ、いいぞ。俺が部屋割りをしたからって気がねせずに暮らしやすい部屋へ移っていい。家具の移動はクライフやギャルドに念動魔術で手伝って貰え。何だったらティータと相部屋にしてもいいぞ、まあティータも了承したらだがな。」
そう答えると嬉しそうにティーエは俺へ一礼し小走りに部屋を出て行った。
ティータの気配へ近づいて行くので早速相部屋の相談をしに行ったんだろう。
ティーエのお願いは他愛ないものだったが、ネイミ達を眷属にし坑道を占有領域下へおいて2週間が経つ。
他の眷属達にも今の状況への不満や俺への要望があるかもしれない。
ある程度配下の願いに答えるのも主の務めだろうから一通りみんなに聞き取りでもしてみるとしよう。
早速ソファーから起き上がり地下室の楔経由でまず冥炎山へ飛ぶ。
アデルファとアグリスが楔の警備をしていたので声を掛け何か不満や要望があるか聞いてみるとアグリスがすまなそうに念話を送ってきた。
(じゃあ、お言葉に甘えて一つだけリク様にお願いがあるんですよ。むこうの坑道でロックモールとの戦闘を解禁してもらえませんかね?)
「どうしてか理由を教えてくれるか?あの土竜は坑道を拡張強化してくれるから残してるんだ。現にこの2週間程で坑道は広くなってるし新しい支道も出来始めてる。そのお蔭で魔物の発生数も微増してるからお前にとってはいい事なんじゃないのか?」
(いや、坑道の下層はリク様の調整のおかげでゾンビやスケルトンが強くなりロックゴーレムやロックリザードも出るようになって掃討もやりがいがあるんですけど、上層は動きの悪く弱いゾンビやスケルトンだけで戦闘じゃなくただの作業みたいなんですよね。ロックモールでも相手に加えてくれなと退屈で仕方ないんですよ。やっぱダメですかね?)
「あ〜、確かにそれはアグリスの言う通りだな。」
俺もこの2週間で何度か坑道上層の掃討をやったから退屈なのはよく分かる。
だからといって退屈しのぎにロックモールを狩ると坑道の拡張が鈍化し、それが湧いてくる魔物の増加の鈍化にもつながるので戦いを求めるアグリス達には結局損になると思う。
新しい眷属を作って任せるという手もあるがそいつが強くなって来ればまた新しい眷属を作る羽目になると思うので一時凌ぎにしかならない。
色々考えてみて獣人達を呼んでやらせてみるかと考えた所で閃いた。
「悪いがアグリスの要望は一時保留だ。でも願いを無下にするつもりはないし対策を閃いたから相談に乗ってくれ。バルバスやクライフの意見も聞きたいし俺は他の眷属の話も聞きに行くから、アデルファとアグリスはここの警備を次へ引き継いで先にクライフの研究室で待っていてくれ。」
考えを纏めてそう答えると2体とも御意と念話を返して一礼してくれた。
暫く待つとグリアとドグラが楔の元へ戻ってきてくれ警備を次へ引き継いだアデルファとアグリスが転移で移動し俺は残った2体に話を聞いてみる。
2体とも特に不満はないが戦える魔物の数や種類の増加を希望しているようなので改善の継続を約束して坑道の方へ移動した。
転移が終了するとネイミとマドラが楔の警備をしてくれていたようで俺から声を掛ける。
「ネイミ、マドラ、楔の警備ご苦労さん。ふたりとも調子はどうだ。」
「あたしは絶好調よ、リク。覚えさせて貰った水や土の魔術でバンバン魔物を倒してレベルもぐんぐん上がってるんだから。」
(僕の調子はいまいちかな、リク兄。)
「どうしてだ、マドラ?」
俺が問いかけるとネイミも小首を傾げてマドラを見上げた。
(だって僕、頭を一つ切り離して作った分体でネイミ姉の狩りに付き合う以外ここから動けないんだよ。むこうへ転移しても楔の周り以外動けないし、どっちも通路が狭すぎて本体を満足に動かせないんだから調子が上がる訳ないよ。)
「なるほどな、理由は納得だけど俺でもすぐにはその問題を解決できないな。ロックモールが通路を広げるのを待つか、どうしても今すぐっていうならギャルドにでも頼んで土魔術で工事をして貰うしかないぞ。」
「だったらあたしがひと肌脱ぐ。どんどん魔力を供給するからギャルドに頼んで道を広げてもらお。」
(やった。ありがと、ネイミ姉。)
自慢げにネイミが胸を張ると嬉しそうにマドラの4つの首が舌を出し、丁度そこにガディと共にギャルドが帰ってきたので早速二名に捕まって坑道へ連れて行かれた。
それを見送ってガディの近況を聞いているとバルバスやダルクも戻ってくる。
ついでに要望や不満がないかこの3名にも聞いてみると狩場の拡大を希望したのでどうやらロックモールによる自然拡大だけじゃなくクライフとの鉱石採取にも精を出さないといけないようだ。
話を聞き終わると坑道の楔の警備をガディとダルクへ任せバルバスとトロスの家を地下へ飛ぶ。
楔の周りは転移での移動が激しいので1週間前クライフの研究室用にギャルドへ頼んで元の部屋へ隣接するように増築した新しい地下室へ入ると、色々な機材が増えてきた部屋の中にクライフとアデルファにアグリスもきちんと待ってくれている。
俺に続いてバルバスも中に入って来たので早速話を始めた。
「今回集まって貰ったのはアグリスからの要望について俺なりに閃いた事があるからそれについてみんなの感じる問題点を指摘してくれ。まずアグリスの具体的な要望は坑道上層に湧く弱い魔物の掃討にもっと手応えが欲しいというものだったんだけど、これの解決策として坑道上層の魔物掃討はトロスで雇った人間達にやらせてみようと考えてる。どうしてそう考えるかいうとあの坑道は拡大傾向にあるから、かなり眷属を増員しないと湧いてくる魔物を全て狩る事はいずれ出来なくなると思ってる。俺の眷属は少数精鋭でいきたいし、弱い魔物を人間に狩らせれば楔の機能で最低限のポイント収入を確保した上でポイント収入効率のいい強力な魔物の狩りを少数の眷属でも回せると思うんだ。それに雇った人間が仕留めた魔物から得た魔石をギルドへ売り、その代金で賃金を払えばトロスの街に新しい仕事と魔石の供給になって街の活性化の一助となりポイント収入の増加につながるとも思うんだ。ここまでで何か問題点があるようなら言ってくれ。」
「では一つ、坑道内で眷属と雇った人間が遭遇したらどう対処させるつもりですかな?」
「それについては眷属と人間の狩場を完全に分けようと考えてる。具体的にはおの立坑の丁度いい場所を土の精霊術や魔術で封鎖すればいいと思う。人間達には強い魔物を外へ出さないためと説明すれば疑わない筈だ。弱い魔物の掃討が目的だから封鎖を破るほどの手練れを雇うつもりはないし、もし破られたら俺達の手に余る手練れが侵入した合図にもなるから坑道から撤退する目安にもなるしな。」
俺がそう答えると質問してきたバルバスは頷いてくれた。
「ここからが元人間のみんなに相談したい所なんだけど、ロックモールは別として坑道上層のゾンビやスケルトンを相手にどれ位の腕前の人間なら安定して狩れると思う?」
(まあ一通りの装備を揃えたレベル10以上の奴なら問題ないと思いますけどね。)
アグリスがそう答えてくれ他の皆も同意するように頷いてくれる。
「そんなもんなんだ。だったら対不死に特化した武器でもクライフに作ってもらって貸し出してやれば一般の成人した男や女でも狩れそうだな。」
獣人の隠れ里やトロスの成人は大体レベル5〜7位なので行けると思ったが否定的な意見が飛んでくる。
(リク様、そんな武器を貸し出せば間違いなく持ち逃げされますよ。)
(アデルファ殿の言う通りなると思いますよ。リク様が言われたような武器は問題のゾンビやスケルトンから取れる最低質の魔石2〜300個分の値が着く事もありますから。)
まともな反論だったのですぐに次の言葉が出てこなかった。
ただどうせ雇うなら傭兵じゃなく一般人を雇いたいのでしばらく考える時間を貰って次の意見を口にした。
「それならまず問題の武器と奴隷化の首輪を連動させた上で武器を貸し出す時に首輪をつけさる。もし武器と首輪が離れたり坑道から逃げ出そうとした時首輪が発動するようにし、武器の返却時首輪が外れるようにしたらどうかな?」
今度の意見は全くの荒唐無稽じゃなかったようでみんな真剣に可能性を検討してくれる。
暫く待つとこういう事情に一番詳しいクライフが念話を送ってきた。
(リク様が今言われた方法なら恐らく上手く行くし技術的にも不可能では無いと思いますが、どうして一般人を雇う事に拘られるのですか?)
「いや、どうせ人を雇うならきちんと稼いでいる傭兵よりスラムで燻ぶってる力自慢の奴等を働かせた方がより街の活性化につながると思うからだよ。」
(なるほど。リク様はそこまでお考えでしたか、ならばこのクライフがお望みのものを作ってみせましょう。ただ実体がなく念動魔術もまだまだ未熟ですので少しお時間を下さい。)
「クライフ、きちんとした体があれば開発の時間を短縮出来そうなのか?」
(まあ、工具を手に持てれば武器に魔術的な効果を持たせる刻印を刻み易くなるとは思います。)
今まですっかり忘れていたが幽霊に実体を持たせるのはバルバスにアデルファやアグリスですでに経験済みなので早速目を閉じて眷属創操の魔物創造リストを意識して呼び出す。
ゴーストの項目に集中しマグマスライムやマグマアーマーと仮想融合昇華を試してみるがどうやら相性が悪いようで新しい魔物の追加は無い。
当てが外れたので今度は虱潰しにリストの魔物と仮想融合昇華を試してみるとスケルトンの項目で反応がありスカルウィザードという項目が追加された。
本当はゴーレム系が良かったんだが骨の体でも実体があれば少しは役に立つだろう。
今日の魔物掃討で得たポイントがあるのですぐにスケルトンを創造し融合昇華で強化してやれるがクライフの意思確認しておくべきだな。
一旦リストを消し目を開けるとクライフへ顔を向けた。
「今確かめてみたら俺の能力でスケルトンの体を与えてやれるみたいなんだが使ってみるか?」
(スケルトンですか、まあ体がないよりかは諸々の作業がやり易くなると思うのでお願い出来ますか?)
クライフへ頷くともう一度魔物創造リストを脳裏に呼び出しスケルトンをクライフの後ろに作り出す。
俺から分離した魔力が実体化するようにスケルトンが現れるのを確かめ融合昇華を発動した。
するとクライフがスケルトンへ吸い込まれるように消え同時に骨の体の下半身がもやが晴れるように無くなると上半身を覆うようにぼろぼろのローブが実体化した。
そこで変化は止まり動かなくなるが新しい体に馴染む時間が必要だと思うので暫く待っているとゆっくり腕を動かし始める。
クライフはローブに両腕を通し指も動かして動作を確かめ念動魔術で工具を引き寄せ手に持って感触を確かめると念話を送ってきた。
(ありがとうございますリク様。スケルトンの体と聞いてあまり期待していなかったのですが、生前とほとんど変わらぬ感触で工具が持てます。これならスムーズに各種作業をこなせると思いますのでそうお待たせせずに御所望の武器を作れるでしょう。)
「そうか、その体が使えそうで何よりだ。こうなると念動魔術を勧めたのが無駄になったかな?」
(いいえ、そんな事はありません。生前工具を4~5個同時に扱いたいと思った事が何度もあったのでこれからも念動魔術の修練を続けていきます。)
「無駄にならないんなら良かった。あと不死特効の武器はこれをベースに作ってみてくれ。」
海賊船から回収して手元に残していた剣を格納領域から取り出しクライフへ手渡す。
(これは数打ちの量産品ですか?ああ、なるほど。市販品からの改造で調達費用を押さえ数をそろえ易くするという事ですね。分かりました、早速やってみます。」
俺の意図を説明なしでも気付いてくれたクライフがもう作業を始めてくれたのでバルバスたちと目配せをして全員研究室を後にした。
お読み頂きありがとうございます。
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