#22 襲撃した、冥炎山 8
(ちょっと焦りましたぜ、リク様。)
俺の頼みに応じて距離を置き手出しを控えてくれていたアグリスが大槌肩に担いでそう念話で語りかけながら近づいて来た。
「驚かせたみたいで悪かったな。後最後まで手を出さないでくれて感謝するよ。」
(ま、そういうご指示でしたからね。それでこれからどうします?)
「個別に船倉へ下りてまだ残っている奴がいないか確認しよう。もし親玉のような奴が残っていたら殺さずに俺の前に連れてきてくれ。」
(御意、じゃあ先に行かせて貰いますけど、これからは自分を試そうとして下手な手加減はしないで下さいよ?)
「分かってる。単独行動中に無茶はしないし、十分注意するさ。」
(本当にお願いしますよ。)
そう念押ししてアグリスは船倉へ入っていた。
俺も続いて船倉へ入ろうとするとケルブから強い反応が送られてくる。
危機感を伴っている感じじゃないので何か報告でもあるだろう、隷属刻印の魔力を頼りに会話ができて傍にいるティータへ念話をつなげた。
(ケルブに反応があった、何かあったか?)
(はい、妹を見つけました。今から上へ連れて行くので首輪を外して頂けませんか?)
ティータの妹が奴隷化の首輪をしている事は想定通りで奴隷狩りの命令があれば俺達に攻撃を仕掛けて来るだろう。
奴らは粗方片付けていると思うが、上まで連れてこさせるのと俺が出向くのとどっちがよりリスクが低いだろうか。
(その前に教えろ、周りに人の気配がするか?)
(いいえ、妹は奴隷の収容準備をさせられていたようで、奴らは必要な時以外この区画へは近づきませんから。)
(そういう事なら妹を連れて近くにある別の船倉へ移れ。魔力の反応を頼りに俺の方から出向く。分かっていると思うが奴隷狩り共に気付かれたら妹を使われる前に片付けろ。)
(ご指示に従います。)
そこで念話を切り船内は狭いと思うのでガロとラザの実体化を解いてティータが入った船倉への入口へ向かった。
きちんと警戒して出入り口を潜りそう広くない船内の廊下や階段を進んでいくが、全く人の気配を感じない。
誰とも遭遇せず船底近くだと思う当たりまで下りてやっとティータやケルブの反応と横に並ぶ層に着いた。
二名のすぐ近くにはティータとよく似た魔力の反応がありこれが妹だろう。
牢屋のような船倉の間にある廊下を三名の近くまで進んで到着を告げると物陰から出て来た。
ティータの横には背の高さや体型に顔立ちと髪の色が区別できないほどよく似ていて、髪の長さだけが腰まであるダークエルフの女がティータに支えられながら立っていた。
「もしかして双子ってやつか?」
「はい、そうです。妹のティーエといいます。」
「初めまして、魔人様。」
挨拶をした後ティーエゆっくり頭を下げた。
正直ティーエの扱いは全く未定だがこの船の奴等に対する奴隷状態をまず解消しておこう。
処遇を決めていない以上体に直接隷属刻印を打ちこむのは不味いし、溶融同化で首輪を外して自由にするのも今の時点では不味いので、首輪に隷属刻印を打ちこんで言動を制限しよう。
「ティーエだな、分かった。少しじっとしていろ。」
声を掛けてからティーエの首輪に手を伸ばしたがやっぱり脅えられてしまい、へこむ内心が態度に出ないよう気をつけて首輪に手を触れて魔力を流し込んだ。
「首輪に細工をして従属する対象を俺へ切り替えた。奴隷狩り共を全員始末するまではこれで我慢して貰う。早速で悪いがこの船にどんな奴が何人残っていたか教えてくれ。」
「この船の所有している海賊の居残り組が10人程と奴隷商人にそいつが雇った傭兵が2〜3人残ったはずです。」
俺達が片付けた人数とティーエの話を突き合わせると船に残った奴らは大体仕留めたと考えてよさそうだ。
ただ奴隷商人という身なりの奴はいなかったよう思う。
「その奴隷商人っていうのはどんな背格好の奴だ?」
「背丈は私よりも小さく中年で小太りです。」
俺達が片付けたのは皆20代から30代位だったので奴隷商人がまだ船内に残っているのは確定でいいだろう。
船内に散っている眷属達に徹底捜索を指示しようとしたらアグリスから念話が飛んできた。
(リク様、身なりからして商人だと思う小男を捕らえたんですけど、どうしますか?)
(情報を引き出したいから喋れる状態で拘束してくれ。こちらもティータの妹を確保したから一度合流しよう。勝手の分からない船の中じゃ行き違いになるかもしれないから、甲板へ出てくれ。俺達も直ぐに向かう。)
(御意、ではまた後で)
アグリスが念話を切ったのでティータ達へ意識を戻す。
「俺の配下が奴隷商人だと思われる男を捕らえたみたいだ。甲板上で落ち合う事にしたから俺達も上へ行くぞ。」
ダークエルフの二人が頷いてくれ俺が先に歩き出した。
ケルブを最後尾に置きティータとティーエを連れて下りてきた階段を上がり甲板上へ出ると、アグリスが商人の身なりをした小男の手足を縄で縛り足元に転がして待っていた。
近づくと足音で俺達に気づいたようでこちらに顔を向け俺の後ろにいるティータやティーエを目にすると喚き始めた。
「ティータ!ティーエ!お前達の魔術や精霊術でこの化け物たちを片付けて、さっさと私を助けろ!」
2人がどういう反応をするか好奇心で振り向いてみると、2人共憎悪を含んだ冷たい視線で小男を見下ろしていた。
何か事情がありそうだが聞くのは後回しにして向き直ると、小男は裏切り者だの恩知らずだのとティータやティーエへ延々と喚き続け鬱陶しくなってくる。
黙らせるため指先に火を灯し喚く小男の額に押し当てると絶叫を上げて暴れまわり、火傷を作ると共に隷属刻印を打ちこむと小男を上から見下ろした。
「これからは無駄口を叩くな。聞かれた事にだけ正確に答えろ。」
俺の行為や指示が気に食わないようで今度は俺へ向かって喚こうとしたが声は出ずあえぐだけに終わり、それで自分が何をされたか気づいたようで喚いて紅潮していた小男の表情が青ざめものへ一変した。
同時に小刻みに震えだして失禁し、手足を縛る縄を切ってやると滑舌良く俺の質問に答え始めた。
まず里の獣人へかけた呪いの解除法を訪ねてみると、小男は大まかな指示を出しただけで細かい段取りは部下へ丸投げだったみたいだ。
ただ丸投げされた部下もそれを全部ティーエへ押し付けていたようで、解呪の方法を知っているし準備も終えていると後ろからティーエが答えてくれた。
次にこの小男自身の事を聞いてみると、普段は大陸西部の数か国を股にかける奴隷商人だそうだ。
ただ最近諸々の事情で普段の活動領域では奴隷が手に入り辛くなり、たまたま奴隷として手に入ったあの里出身の獣人に故郷の事を吐かせると閉鎖的な隠れ里と分かったので今回の事を企てたようだ。
海賊と組んでいたので他にも企みに加わっている奴がいないか問いただしたが、組んだ相手は船を提供した二組の海賊だけのようで両船の船長は共に上陸したと言っているのでもう始末は終えているみたいだ。
知りたい事は大体分かったので小男の所持品を看破眼で調べて行く。
占有領域化ではないので不完全だが着ている特注の服や大半の高価な装飾品には特別な機能は無く、ネックレスの一つが精神防御機能を持つ魔道具で指輪の一つが格納庫だった。
魔道具のネックレスは勿論何かに使えるかもしれないので高価な装飾品も外させ格納庫の中身も外へ出させる。
小山になるほどの銀貨に金貨や宝石と貴金属が甲板上へ積まれ、全て出し終え格納庫自体も外させると小男は壊れたような笑み浮かべ放心してしまった。
これでこの小男にもう用はないので刀に手を掛けると後ろからティータに待って下さいと声を掛けられる。
振り向いてみると切羽詰まった表情で俺を見上げてきた。
「お願いです。その男を始末するならわたしにやらせて貰えませんか?」
「何か因縁でもあるのか?」
「はい、わたしとティーエの恩人を罠にはめて自分の罪を被せ死刑にしたんです。仇を討たせてください。」
「そう言うことなら構わないぞ、ティーエの仇でもあるみたいだから一緒にやるといい。武器はその辺に転がっているのを好きに使え。」
甲板の上に転がっている奴隷狩りの居残り組が使っていた武器を指差すが二人は揃って首を振った。
「その男は欠片も残さず灰にしたいので炎の中位精霊様の御力を借りてもいいですか?」
「ケルブのか?ああ、いいぞ。全力でやるがいい。」
ケルブへ頷いて合図を送り船への延焼を抑えるため放心していた小男の襟首を掴んで持ち上げると、助けてくれだの許してくれだの喚き始めたが無視して二人の前へ掲げた。
俺が小男を掴みあげる間にケルブは二人の間に移動したようで、ティータとティーエはケルブの背中を撫でて火の粉を手に取りそれを二人で強大な火球に成長させると俺へ最後の許可を求めてくる。
頷いて許可してやると小男目掛けて火球を撃ちだし喚くのをやめ恐怖に顔をひきつらせて絶叫する小男へ直撃した。
溶鉱炉のような火球が悲鳴を上げ続ける事さえ許さず小男を焼き尽くしていき俺は船への延焼だけを押さえて炎が治まるのを待つと、小男は灰も残さず消え去りティータとティーエの目尻には涙が浮かんでいた。
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