#20 襲撃した、冥炎山 6
奴隷狩り共の足跡からティータが進行方向を割り出してくれ、グリアとドグラが夜の森の中を快調に飛ばしてくる。
おかげでまだ空が暗いうちに海岸線まで出れて、目の前が砂浜という森の端から視界確保のためドグラに騎乗したまま奴隷船を探してみた。
砂浜には人が上陸したと思われる足跡が残っており、そこから逆算して沖へ視線を向けてみると海岸から7〜800m沖合に2隻の大型船が投錨していた。
一隻ずつ詳しく観察してみると両船とも火を焚き見張りを立ててはいるが、船の規模に対してかなり少ないように感じる。
人手不足か油断しているのかは判断できないが、上陸した奴等からもう連絡が入る事は無いので自然と警戒は厳しくなるだろうし最悪逃げ出す可能性もある。
他にも船が沖合にありタリンダに運んで貰うなら夜が気付かれ難い事を考えると、拙速かもしれないが今から夜明けまでの間に船へ奇襲を仕掛けるのが最善手かもしれない。
そうなると時間的余裕もないのでタリンダやバルバス達は楔の転移機能で呼び寄せるのが最速だな。
早速楔を作り出し魔力を注いで干渉地を探してみると、すぐに幾つか楔と引き合う場所を見つかった。
目の前の砂浜やより強力な場所が後ろの森の中にありそうだが、ここから少し南にいった海蝕崖の上にある一番弱い干渉地に決めグリアとドグラに向かって貰った。
何故そこを選んだかというと海面から高度がある場所にあり、タリンダがほとんど羽ばたかずに飛び立てグライダーのように音を立てず運んでくれる事で見張りに見つかる確率を減らせると思えたからだ。
地形の関係で大回りになったがグリアとドグラが快足を飛ばしてくれ、あっという間に崖の上に出てくれる。
ドグラから下りて干渉地に楔を刺すが、感じた通り干渉力の弱い場所のようで崖上の一帯を占有領域化出来ただけだった。
それでも楔の転移能力は有効化出来たので船へ仕掛ける準備を急ぐとしよう。
ドグラの後ろを追随してくれていたグリアを傍に呼び寄せ、背中にいる二人に下りるよう指示する。
グリアが腹這いの姿勢を取ってくれティータが獣人の女性を支えるように地面に下りると二人の前に立った。
「ティータどちらの船に妹がいるか、予想がつくか?」
「少し調べるお時間を頂ければどちらにいるかはっきり分かります。」
「それなら仲間を連れてくるからその間に調べておけ。」
ティータが頷くと次はドグラとグリアへ念話を送る。
(二体とも。この獣人の女と一緒に楔で獣人の里へ送る。むこうに着いたら眷属全員に楔の周りに集まるよう招集をかけてくれ。)
(へい、頭。任せてください。)
ドグラが念話を返してくれグリアも頷いてくれた。
三名を里へ送る前にティータの言葉を嘘にしないよう奴隷化の首輪を取るため獣人の女性に手を伸ばすと酷く脅えられてしまう。
内心かなりへこむが極力態度へ出ないよう気を付けて首輪に手を触れ溶融同化で取り込む事で外してやった。
俺が手を引くと獣人の女性は最初呆然としていたが、首に何度も手を触れて首輪がないと確信が持てると大粒の涙を幾つも流して大泣きを始めてしまった。
こういう場合は泣き止むまでそっとしておくのが一番なのだろうが時間の問題もあるのでドグラ達に目配せし転移で里へ送り出す。
1名と2体が目の前から消えると俺もティータへすぐ戻ると声を掛けて楔の転移機能を起動した。
外輪山の山頂付近にあるタリンダの巣穴に奥へ転移を終えると、タリンダの雛達が嬉しそうに駆け寄ってくる。
いつも俺が魔石を持ってくるので今回も魔石を貰えると思ったようで甘噛みしたり頭を摺り寄せて甘えて来た。
1分程三匹のもこもこな毛並みをいつものように楽しませて貰うと格納領域から魔石を3つ取り出しそれぞれ一つずつ口に放り込んでやる。
すると雛たちの興味は魔石に移り嘴の中で魔石を転がし始めると俺から離れ、代わりにタリンダが近寄ってきた。
(魔石を持って来たようですね、リク。)
「いや、今日はタリンダの力を借りに来たんだ。これから直ぐに見つけてくれた船へ空から運んで欲しいんだ。いけるか?」
(夜空を飛ぶのは余り得意ではないのですが、リクの頼みです、いいでしょう。ついでに連れて行ってあげます。私の背に乗りなさい。)
「好意は有り難いが急いでるんで楔の転移で移動したんだ。タリンダの方がもう少しこっちにきてくれるか?」
(仕方ありませんね。)
翼を膨らませてタリンダは少し不機嫌そうだったが楔の傍まで来てくれる。
魔石を食べ終え満腹そうな雛たちへ大人しくしているよう注意しタリンダを連れて獣人の里へ転移した。
里の広場へ出ると先に送ったドグラ達を含め眷属全員が楔の周囲に集まってくれている。
傍で先に呪いを解いてやった獣人達も捕まっていた獣人の女性と再会を喜び合っていたが、急に現れたタリンダの巨体を見上げて固まってしまった。
獣人達へ畏怖を与える良い材料になりそうなのでタリンダの事は何も説明してやらず、体が大きいので船への強襲に向かないドグラとグリアに里の警備を任せ後の眷属達と共に転移した。
海蝕崖の上に戻ってくると海の方を向いていたティータがこちらを振り返りタリンダへ目が釘付けになってしまう。
それでもティータはすぐに動揺を抑え込めたようで、自分から報告してきた。
「魔人様、妹は向かって左側の船に乗っています。間違いありません。」
ティータへ頷くとタリンダを見上げる。
「ここからあの船まで羽ばたかずに俺達を運べるか?」
(勿論です、侮りはお止めなさい。ただそこの人形たち一体分位の重さが限界ですよ。)
「分かった。運んで貰う重さには気を付けるから、なるべく音を立てないように頼むよ。」
タリンダとのやり取りを終え眷属達を見回すと皆一戦戦った後とは思えないほど気合が乗っている。
上陸した奴らの力量から判断してもこの状態なら単純な力押しでも船を十分制圧出来そうだ。
「これから夜の闇に乗じてあそこに見える船2隻を空から同時に襲撃し制圧する。向かって左側への先鋒は俺とティータ、右側の先鋒はバルバスとギャルド、他に情報収集のためシャドウフレイムを双方一体ずつ連れて行く。バルバスとギャルドはタリンダが運んでくれ。」
ここで会話を一旦切り船の襲来を待つ5日の間に契約した風の精霊へ魔力を分け与える。
止まり木代わりに上げた左腕の上にタリンダの卵から力を得ていた影響だと思うが、大鷲の姿をした風精霊の分体が実体化した。
眷族達やタリンダには事前に見せていたので特段の反応はないが、ティータの目は風の精霊であるガロへ釘付けになる。
中位精霊とつぶやくと息をのんでしまうがすぐに俺へ視線を戻してくれたので話を続けよう。
「俺とティータはガロに運んで貰う。船に乗り込んだら基本的に襲って来る奴は仕留めてくれて構わないが、奴隷化の首輪をしている奴は気絶させるだけに留めておけ。アグリスはガロが運んで俺達の、ガディにはタリンダに運んで貰いバスバス達の後詰めを頼む。アデルファはガディを運び終えた後のタリンダと共に緊急時の即応要員として船の上空で待機してくれ。ダルクはここから狙撃で支援を頼む。ただ船上の奴を直接狙うんじゃなくて、タリンダやガロを狙う攻撃を撃ち落としてくれ。襲撃を始めた後は左の船は俺が、右の船はバルバスが指揮を執ってくれ。何か不測の事態が起きた時は仲間の命が最優先だ。朝日が出る前に片付けてしまおう。」
最後に気合を入れて締めくくると眷属全員が御意と力強く念話を返してくれた。
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