#2 魔人となった、火山洞窟 2
俺の目線よりさらに高度を上げるリンに釣られて立ち上がると、一旦天井近くまで上がったリンは高度を下げて俺の目線でホバリングをしてくれる。
「まずは地脈炉からですね。」
「待った。一番上にあった溶岩神造魔体ってやつからじゃないのか?」
俺の問いかけにリンは幾分困った表情になった。
「すみません。先程言ったように私には最も基本的な事しかお教えできないんです。リクオさんの能力で説明の対象となるのは地脈炉と眷属創操の基本的な使い方だけなんです。後はご自身で能力を確認しながら試行錯誤して貰う事になります。ご理解下さい。」
リンの説明を聞いても多少納得できない気持ちが胸にわだかまるが、目をつぶり一つ息を吐きながらわだかまりを鎮める。
目を開くとリンも表情を戻してくれていた。
「分かった残念だがしょうがない。話の腰を折って済まなかった、続けてくれ。」
「では改めて、地脈炉の表示に付帯していた情報も確認されていますね?」
「ああ、この体にとって心臓にあたる物で、大地や周囲から力を吸い上げていろんな事を可能にしてくれるんだろ?」
「はい、それで合っています。ちゃんと理解されているようなので、まずは大地から力を汲みだす所までやってみましょう。」
目の前でホバリングしていたリンが俺の左肩の上に移り、俺もそちらに視線を移した。
「先程、自身の能力を確認した時のように集中し、今度は地脈炉の部分だけに意識を集めながら、同時に杭を連想して下さい。今度も私がナビゲートしますから落ち着いてゆっくりでいいのでやってみましょう。」
リンに頷き返し目を閉じて先程と同じように集中すると、自然と掌を上にして腕が上がった。
確かにリンがナビゲートしてくれているようで、それに沿って意識を束ねながら1m程の杭を思い浮かべると手に違和感がした。
意識を散らさないよう気を付けて目を開けると、両の掌から今の体と同じ質感のものが湧き出し、一体となって何かを形作っていく。
不思議と気持ち悪いという感じがしないまま湧き出しが収まるのを暫く待つと、拳大の岩が付いた1m程の杭が手の中に出来上がった。
「杭が自分の中から出来たのは不思議な感覚だったけど、これと力の汲みだしに何か関係があるのか?」
「そうです。その杭は地脈の楔または単に楔と呼ばれ、地面に刺す事で力の汲みだしが可能になります。ただ何処でもいいという訳では無く、地脈あるいは龍脈と呼ばれる大地を流れる大きな力の奔流に干渉出来たり、力が湧き出している場所に限られます。余談ですがそういう場所は竜泉や霊泉に瘴気泉などと呼ばれていますね。」
「ならその泉は、どうやって探せばいいんだ?」
「その楔にご自身の魔力を与えて起動すれば、周辺にある打ち込み可能な場所へのナビゲート機能が立ち上がりますから心配ありませんよ。お手伝いするので楔へ魔力を送ってみましょう。」
そう言い終えるとリンは左肩から左手首の上に移動し、微々たる量だが俺から何かを吸い上げてそれを楔に送り込んで行く。
「こんな感じですね。リクオさんも試してみてください。」
俺を見上げるリンに頷いて、右手側で試してみる。
リンが魔力を組み上げ続けてくれるおかげか、体内に魔力があるという感覚はすぐ掴めた。
だが魔力を動かすというのが難しく、30分ほど掛かってようやくリンより微々たる量だが、楔へ魔力を送り込めた。
そこらは順調に込める魔力の量を増やしていけ、今度は楔に込められる魔力の限界量が分かって来る。
限界量の半分ほどの魔力を送った所で楔が起動したと感じ、杭の頭の部分についた岩の割れ目が赤みを帯びるが、魔力を扱う訓練を兼ねて限界量まで楔に魔力を込めた。
ついでに起動した楔の能力を自身の能力を確認したように調べてみると、干渉地へのナビゲートというものがあったので使ってみる。
すると特定の方向に手の中の楔が引き付けられるように感じ始めた。
「どうやらナビゲート機能の立ち上げまで済ませたようですね。お見事です。早速楔が導く場所に行ってみましょう。」
俺が頷くとリンは手首から舞い上がり、左肩に移動するのを待って一歩目を踏み出した。
歩き始めて2〜3分は洞窟の景色も珍しかったがすぐに飽きてしまう。
暇つぶしを兼ねて歩きがら魔力を動かす訓練をしているとリンが話かけてきた。
「リクオさん、魔力の扱いは危急時生死を分ける技術なので訓練に励むのはいい事なのですが、魔力の枯渇には十分注意して下さいね。」
「まだ体内に十分な魔力があると思うけど、枯渇したら不味いのか?」
「はい、枯渇状態になるとどの種族であれ行動不能になり、解消されるまで強制的に生命力が魔力へ置換されます。生命力が低下していてもこの強制置換は起こるので、本当に注意して下さいね。」
「確かに不注意で自滅なんて最悪だな。教えてくれて有り難う。」
「元々提供予定の情報ですから、お気になさらず。」
会話が途切れた所で曲り角となり、特に注意を払わずその角を曲がるとそいつと鉢合わせした。
体高は俺の肩まであり岩の肌に鋭い牙や爪を持った大蜥蜴の姿をしているそいつは、驚いて動きを止めた俺の首目掛け問答無用で噛みついてくる。
リンは俺の肩から飛び上がり、俺もとっさに楔を持った左腕で首をかばうが、そいつは気にせず俺の左腕に噛みついた。
大蜥蜴の牙がゴリゴリ音を立て俺の左腕を噛み砕こうとし、両前足が爪を立てて腰や足へ打ち込まれるが、俺には甘噛みされたりじゃれつかているようにしか感じない。
大蜥蜴が放つ殺気も本物で、俺を押し倒そうとしているようだが中型犬にもたれ掛られている位だった。
かなり驚かされたが、この体のお蔭で死なずの済みそうだ。
効果の無い攻撃をただ繰り返す大蜥蜴が多少鬱陶しくなってきたので、助言を求めてリンの方を見上げる。
「なあリン、こいつは魔物ってやつでいいんだよな?」
「その通りです。」
「なら何で俺は襲われてるんだ?俺の偏見かもしれないが、魔物は魔人に敵対しなかったり問答無用で服従したりするんじゃないのか?」
「確かに普通の魔人の場合はリクオさんのおっしゃる通りなんですが、リクオさんのような転生魔人の場合普通の魔物は問答無用で敵対してきますし、人族については言わずもがなですね。ただいい点もあって人族同士や魔物同士では相手を倒しても、得られる経験値のようなものに99%以上の減少補正が掛かりますが、転生魔人にそれはありません。また一般の魔人は人族を眷属化できませんが、転生魔人の方は魔物だろうが人族だろうが関係なく眷属に引き込めます。」
「つまりこうか。転生魔人はこの世の全てに敵対され代わりに糧へ出来ると同時に、全てを仲間に引き込む事が出来る種族って事か?」
「そう捉えて頂いて結構です。」
そう答えてくれたリンの表情に変化は無いので、嘘では無さそうだ。
なら今噛みついてきてるこいつも眷属ってやつにして仲間に出来るんだろう。
だが転生魔人がリンの言う通りの性質なら、こんなふうに襲われる事が生きている限り続く筈だ。
「リン、教えてくれ。俺がこの世界で人や魔物を殺さず、人の平均寿命くらい生きられるか?」
「確率的に0ではないと思いますが、恐らく何百、何千万分の一位でしょうね。」
「そうか、なら戦い方の助言をくれないか?武道のようなものは、かじった事も無くてな。どうすりゃいいかさっぱりなんだ。」
俺の言葉に、リンは少し意外そうな表情になった。
「倒してしまわれるんですか?楔にしたようにその蜥蜴へ魔力を送り込んで抵抗を突破すれば、眷属として配下に出来ますよ?」
「いいんだ。人や魔物を殺さず生きていく事がほぼ不可能なら、最初の殺しはきちんと自覚を持って自分の手でやりたいんだ。そうすればこの世界で生きていく覚悟ってやつが少しは出来ると思うから。」
「なるほど。分かりましたが、その程度の相手なら簡単に倒せますよ。指先に魔力を集めてそいつの首に手刀を落としてください。力まず振り切れば、それで充分ですから。」
余りに簡単そうにリンが言うので多少半信半疑な部分はあるが、リンに頷いて指先に魔力を集める。
そのまま右手を振り上げスピード重視で手刀を大蜥蜴の首に振り下ろすと、包丁で豆腐を切るような手応えで手刀を振り抜けた。
切り離した胴体が音を立てて地面に沈み、頭部の左腕に噛みついたままだが音を立てなくなった。
19ポイント取得しました
余りに簡単だったので倒した実感を掴みかねているとそう声が頭に響いた。
「リン、俺に話かけたか?」
「わたしではありませんが、ポイント取得のアナウンスがちゃんとあったみたいですね。詳しい説明は楔を打ち込んだ後にしますので、少しこのまま待機して下さい。」
蜥蜴の生首に噛みつかれたままというのは気味が悪いがしばらく我慢すると、首や胴体から僅かに黒いもやが立ち昇り、牙や爪に長方形の外皮が残るだけで後の死体はかすみが晴れるように消えてしまった。
「これが魔物の死体に起こる特徴的な変化で、魔力が強く残留する場所以外は消えてしまうんです。これは魔物独特の現象で人族などには起きませんから覚えておいて下さい。人族はこの魔物が残した素材で色々な道具を作りますし、リクオさんにも役立つ活用法がありますので、回収していきましょう。」
確かに役立つなら捨てていくのはもったいない。
持ち運ぶための道具など無いので、外皮を風呂敷代わりにして牙や爪を拾い集め包んで持ち上げようとすると、リンが注意してくる。
「リクオさんそこに一つだけ質感の違う石がありますよね。それも魔物が落とす素材ですよ。」
リンが指さす場所をよく見てみると、一つだけ魔力を感じる石があったので拾い上げてリンへ見せた。
「これの事か?」
「そうです。魔石と呼ばれる一番用途の多い素材なので、忘れないでくださいね。では移動を再開しましょう。」
頷くとリンは左肩に戻ってくる。
魔石を外皮の中に仕舞い、楔が引き合う方へ歩き始めた。
お読み頂き有難う御座います。