#15 襲撃した、冥炎山 1
楔が確認していた通りの機能を発揮してくれ、無事火口洞窟の楔の元へ連れて行った眷属と一緒に転移で帰還出来た。
偶然だと思うがグリアとドグラが楔の元に揃っており、急に俺達が現れたのでかなり驚かせてしまった。
不満気に見えるドグラが文句を言ってくる。
(頭、驚かさないで下さいよ。)
「悪かった。こっちは仕掛けて来たあの巨鳥相手に不戦と協力の約束を取り着けて、概ね目的を達成できた。お前達の方は何か変わりがあったか?」
(楔の防衛、洞窟の巡回共に問題ありやせん。後新顔が一人、頭に報告があるって昨日から待っていやす。)
ドグラが顔を向け方に目をやると、シャドウフレイムの一体がフッと姿を現して一礼してくれた。
そのまま俺の前まで漂って来ると、バルバスが助言してくれる。
(リク様、相手が見聞きした出来事をそのまま体感できる念話の応用法があるのでそれを試してみてはどうですかな。手解きいたしますぞ。)
「確かに便利そうだな、教えてくれ。」
(今回はわたしが行うので、念話で同調して使用感覚を覚えて下され。)
俺が頷くとバルバスは集中を始めたようで、俺もバルバスへ念話をつなげて集中していくと自然と目を閉じた。
真っ暗な視界の中におぼろげな輪郭が浮かび上がってくる。
それはすぐに鮮明になっていき森の場景が視界に広がった。
先を走る恐らく山羊系統だと思われる女獣人の背を追う森の場景が10秒程続くと、前方に2人の人間が見えてくる。
その女獣人は二人の人間の前まで来ると足を止め、お互いを確認し合うような間が空いて女獣人が口を開いた。
「今日呼び出したのは、何故?」
「その前に変化を解け、確認する。」
また僅かに間が空いて女獣人の容姿が変化する。
シャドウフレイム達が監視位置を調整していたお蔭で顔を確認でき、容姿の変化が終わると肩まで伸びる銀髪の間から金属の首輪が見え、長く尖った耳をして暗褐色の肌に肉感的な体つきをした女の姿になった。
「これで満足?」
「ああ、ダークエルフのその姿、確かにお前だな。呼び出した用件は伝言と確認だ。どうやら本隊がもうすぐこっちに着くらしい。下準備の状況を知らせるよう督促する伝書が来た。今の準備状況を教えろ。」
「あの里の獣人全員に触媒となる水を井戸を介して飲ませ終えているわ。後は里全体に効果が出るように呪具本体を設置して起動すれば、呪いによって里の全員を行動不能へ追い込める。門や里の中の建物の配置や警備の体制に変更は無しよ。」
「分かった。そう報告しよう。予定に大きな変更がなければ、次につなぎを取る時は里への俺達の引き込みになる筈だ。警備を掻い潜る手段の手配と呪具の設置位置の選定、怠るなよ。」
「言われるまでもないわ。」
そう吐き捨てるように言ったダークエルフと呼ばれた女は、また獣人の姿に変化し二人の人間の元を去った。
そこからは早回しのように目の前の景色が変化する。
シャドウフレイム達は機転を利かせてくれたようで、2体が獣人を装った女を追い後の1体が人間たちを追ってくれたようだ。
獣人を装った女は、人間との密談の後真っ直ぐ獣人の里へ戻り警備のいない壁を飛び越えて一軒の家に入ったようだ。
人間たちは密談場所から少し離れた所にテントを張っていたようでその中へ消える。
シャドウフレイムの1体が獣人を装った女を監視し、もう1体が人間たちを見張り、この1体が両者から情報を受け取って戻って来てくれたようだ。
最後に見えていた人間たちが張ったテントを見通していた場景がぼやけていき、視界が真っ暗に戻った。
ゆっくり目を開けると、バルバスが念話を送ってきた。
(リク様は、あの女の偽装を見抜いて調べてみたいと思われたのですな?)
「ああ、あの偽装の方法が分かればいろいろ役に立つと思ってな。バルバスは方法に当たりはつくか?」
(恐らくですがあそこまで高度な偽装ですとあの女固有の特殊能力か、かなり高度な魔道具を使用しているかの、どちらかだと思いますぞ。)
「偽装の方法が知りたければ、生け捕りが必須って事だな。そうなるとあの女が所属している盗賊団との対決も必至だな。」
(リク様、今の者たちは恐らく盗賊ではなく、奴隷商人配下の奴隷狩り共だと思いますぞ。)
「どうしてそう思うんだ?」
(盗賊なら引き込み役を潜り込ませるまではよくやる手ですが、住人を皆動けなくするまではやりませんな。ここまでやるのは、住人を皆連れ去りたい奴隷狩り位ですぞ。)
そうなるとあの女が逃げ出す時には連れて行かれる獣人が周りに山ほどいる筈だから、俺達の事を悟られず生け捕りを狙うのは難しいか。
かといってあの女と人間たちがしていた話の内容を考えると、あの女はもう単独で里の外へは出てこない可能性が高い。
俺達の存在の秘匿を最優先するならこのまま傍観するという選択肢もあると思うが、里の住人が全員行方不明になったらどういう反応が周囲で起こるのだろうか。
「なあ、バルバス、里の獣人達が全員連れて行かれたら、どういう変化が周りで起こると思う?」
(そうですな、奴隷狩り共も馬鹿ではないでしょうから、魔物や魔人に襲撃され皆殺しにされたように偽装するくらいはやるでしょうな。それを里に訪れる行商人などが見付けて周囲へ喧伝していくと思いますぞ。)
「偽装された里の様子が外へ伝わったら、腕利きがここへ調査に来ると思うか?」
(あの里が外とどれ位交流しているか分からないので、可能性が0ではないとしかお答え出来ませんな。)
今手元にある情報から考えると、あの女をいつ襲おうが見逃そうが俺達がみつかる可能性は上がりそうだ。
何もしないでも事態が悪くなるなら、あの女を見逃す事は無いだろう。
だがあの女を生け捕ろうとすれば恐らくどの場面で仕掛けても、獣人達に俺達の事を気付かれる。
だったら奴隷狩りに襲われたところであの女を生け捕るついでに助けてやれば、最低でも相互不干渉を取り付けられる筈だ。
「決めた。あの女を生け捕りにして、偽装方法を聞き出そう。仕掛けるタイミングは奴隷狩り共が里の連中を呪いで動けなくした時だな。女を捉えるついでに獣人達を助けてやり、眷属化はしないけど俺の支配下に組み込んで俺達の存在の隠蔽に一役買って貰おう。確率は低そうだが奴隷狩り共が里の襲撃に失敗したら、逃げ出すはずの女は狙うが里への干渉はなしだ。取り敢えずこう予定して準備に入りたいんだが、バルバスの意見を聞かせてくれ。」
(女を捕らえる事自体に異論はありませんがな、もし獣人達が大人しく配下に下らぬ時は、どうされるのですかな?)
そう念話を送ってきたバルバスの表情は分からないが、その声色には俺を試すような響きを感じるので、真剣に応えよう。
「獣人達は呪いから助けてやるつもりだし、目の前で奴隷狩り共を叩き潰して力を見せつけ、配下に下る代わりに里の周囲の魔物退治位を引き受けてやれば拒む事はしないと思ってる。それでも難色を示して来るなら、相互不干渉と俺達の情報を外に漏らさない事を約束させて俺達はこの洞窟に籠って監視を続ければいいよ。これでもし戦いを挑んでくるなら堂々と迎え撃って、皆殺しにするか眷属化してしまうかこの洞窟を放棄して余所に移るかはその時考えよう。」
(御意、微力ながらお手伝い致しますぞ。)
胸に手を当てバルバスは一礼してくれる。
念話の声色も納得した感じなので、どうやらバルバスの眼鏡にはかなえたようだ。
「頼りにしてるぞ。それで具体的は準備としては、移動を迅速に行う為に里の近くに楔を設置してその防御。奴隷狩り共の本隊を捕捉して戦力の確認。俺達の戦力の増強も必要だな。襲撃のタイミングは、このままシャドウフレイム達に監視して貰っていればつかめるだろうし、後は何があるかな。」
(リク様、恐らく奴隷狩り共の本隊は、海から船で来ると思いますぞ。それに戦力の増強も皆の力の底上げ位で、無理に頭数を増やす必要は無いと思いますな。)
「バルバス、そう考える根拠を説明してくれるか?」
(勿論そういたしますが、納得して頂く為にリク様がこの辺りの地理をどれだけご存知か、お教え願えませんかな?)
「分かった。まずここの火山は、冥炎山と呼ばれていて大陸の南端にあり南に突き出している半島のさらに先端付近にある。麓には瘴鬼の森って呼ばれるゴブリンやオークみたいな人鬼が大量に湧く巨大な森広がっていて、その森と冥炎山に挟まれた耕作が可能な僅かな土地に獣人達は里を作っているみたいだな。後ここから北東に1週間から10日位の所にそこそこの港町があって、半島の南端部にも小さい漁村があるけど、ここから西側は瘴鬼の森が海岸まで広がって未開の地になってる。これが貰った情報で知った周辺の地理情報の概要だ。地図に起こすとこうだな。」
リンに貰った情報から地図を頭に浮かべ、それをそのまま地面に書いた。
俺が書き終えると、今度はバルバスが地図を書き足しながら念話を送ってくる。
(なるほど。ここまでご存知なら、1点だけ情報をお伝えすれば納得して頂けそうですな。実はこの半島と大陸の付け根部分には1カ所しか街道が通っておらず、そこ以外ではとある理由でとても大人数での移動など無理なのです。奴隷狩り共は人目を嫌いますからな、この街道は使えんでしょうし、この半島内で奴隷として売ると足がつく可能性が大きすぎますな。となると残る奴隷の移送手段は、船しかないと思うのです。)
バルバスが書き足した地図には、半島の付け根に大きなバツがついた。
「確かにな、奴隷狩りの本隊が船で来るって予想は納得だ。じゃあこっちに頭数が必要ない理由は何だ?里には300人以上獣人がいて、それを全員奴隷として連れて行くなら本隊もそれなりの数になる筈だ。こっちも頭数がいないと対応しきれないんじゃないか?」
(理由は奴らが奴隷商だからですな。高価な呪具を使うと決めているのに、さらに大量の人員を投入してはいくらなんでも赤字になりますし、動けない者を捕らえるだけなら少数でも可能でしょう。恐らくですが、本隊の総員は50名程度で、半数以上が船乗りだと推察しますな。奴隷商に与する弱兵が30に届かぬ数なら、わたし一人でも蹴散らして見せましょうぞ。それにもし頭数が必要になれば、わたしがやったようにここに湧く魔物を一時的に掌握すればよいではありませんか。)
「ああ、その手があったな。助言ありがとバルバス。そうなると後は本隊の船が何処に現れるかだけど、やっぱり西の海岸線で砂浜のあるこの辺りかな?」
地面に書いた地図の森と冥炎山の境が海岸線とぶつかる場所を囲むと、バルバスも頷いてくれる。
(同意しますぞ。リク様。)
「だったら次は監視する方法だけど、・・・そうだ、タリンダに1日1回朝方この辺りを見回って貰おう。タリンダには後で頼みに行くとして、皆今決めておきたい事が何かあるか?」
眷属達をぐるっと見回すと、ガディが一歩前に出た。
「何かあるのか、ガディ。」
(ここに湧く魔物の強さの調整は、どうなるのでしょうか?)
そう言えばタリンダの巣へ向かう事になって保留にしていたか。まあ上げるのは確定だけど、何処までの強さにするかな。
タリンダの巣へ向かう前はレベル4から6位をまず試そうと思っていたが、もうすぐ大きな戦いがありそうだし俺も含めて皆レベル15をクリアしているのでレベル7から9に一気に引き上げてみよう。
「勿論強化するぞ。ただし4から6じゃなくて、いきなりになるが7から9まで上げる。理由は奴隷狩り共との戦いまでに少しでも効率よく俺達を強化したいし、非常時の戦力の底上げになるからだ。この変更に合わせて皆に一つ命令する。湧いてくる魔物の強さを正確に把握するまで単独行動は禁止だ。必ず2体か3体で組を作って行動してくれ。」
指示を出して眷属達を見回すと皆頷いてくれる。
もう一度何か決めておきたい事がないか問いかけてみると、皆首を振るか、ないと念話を送ってくれたので解散を指示した。
しゃがんで楔に手を触れ湧いてくる魔物の調整をして立ち上がると、ガディにダルクとギャルドが楔を守ってくれるようで、グリアとドグラが組んで巡回に向かってくれた。
バルバスは俺と組んでくれるようで後ろで待機してくれている。
俺達も洞窟を一回りした方がいいが、その前に少し相談したい事がある。
「バルバス、今から新しい名持ちの個体を鍛えて、奴隷狩り共の襲撃に間に合うかな?」
(指揮官役の追加をお考えですな?)
「ああ、それでどう思う?」
(そういう事ならリク様に引き合わせたい者達がおります。ついて来て下され。)
俺を先導するように歩き始めるバルバスを追って、俺も楔の元を離れた。
グリアやドグラがきちんと魔物の掃討を行ってくれていたようで、魔物に遭遇せず溶岩湖へ出られた。
バルバスからの追加の説明はなく、横穴にある元部下たちの墓の前に着くとバルバスは足を止めた。
(しばらくお待ちくだされ。)
それだけ念話を送ってくるとバルバスはまた黙るので、言うとおり待ってみると二つの墓の上に一体ずつフレイムファントムが現れる。
臨戦態勢を取ろうとするとバルバスに手で制され、よく観察すると害意をほとんど感じなかった。
「もしかして引き合わせたい者達って、このフレイムファントム達の事か?」
(御意、どうやら元配下が2人、昇天出来ずフレイムファントムと化したようなのです。自我も保っており襲撃に間に合うかは分かりませんが、眷属化しわたしのように体を与えて頂ければ短期間で戦力となりましょう。どうですかな?)
「ここの瘴気の影響や教会への恨みでフレイムファントム化したなら、バルバスの手で止めを刺してやったほうがいいんじゃないのか?」
(最初は私もそう思って確認のため声をかけたのですがな、話してみるとどうやら戦いを渇望して昇天出来ないようで、逆にリク様の眷属へ推してほしいと頼まれてしまったのです。この二人は生前戦いを好んでいましたが狂ってはおりませんでしたし、命令には常に忠実でしたのでこの者達を配下にしては頂けませんかな?)
バルバスが話し終えると2体のフレイムファントムは胸の辺りに手を当て一礼してきた。
「確認するんだが、本当にこいつ等は命令に忠実か?後腕前はどうだ?」
(どちらもわたしが保障致しますぞ。)
バルバスの返してきた念話や態度には自信がありそうなので信じてもよさそうだ。
「分かった。こいつらを眷属にしよう。ついでに融合昇華を済ませるけど、フレイムジェルマジシャンとマジックマグマアーマー、どっちが向いてるか助言をくれ。」
(二人とも生前は長柄の重量武器を得意にしておった戦士なので、マジックマグマアーマーにしてやって頂けますかな。)
バルバスに頷いてまず片方に近づき眷属化を行うと抵抗なく受け入れてくれる。
バルバスは自分の遺体を取り込む事で強化が起こったので看破眼で一応確認し、墓を巻き込む形でマグマアーマーを生み出し一気に融合昇華まで行う。
もう片方も同様の工程で一気に融合昇華まで行い、双方の変化の終了を待った。
2体はガディとよく似た外見と体格で安定し、体を動かし始めた所で鑑定してみると種族はマジックマグマアーマーのままだったが、レベルが15まで上がっていて幾つかのスキルを既に持っているので遺体を取り込んだ効果はあったようだ。
俺が双方の鑑定を終えると2体とも体の確認が終わったようで、俺の前に揃って膝をついて礼を取ってくれる。
(アグリス、と人だった時は呼ばれていた。リク様のため働かせて貰う。)
(アデルファ、と人だった時は呼ばれていました。リク様のために働かせて頂きます。」
「アグリスとアデルファだな。その名前はそのまま使ってくれればいい。働きに期待している。バルバス、二人に体の使い方や魔術の指南をしてやってくれ。」
御意と重なるようにバルバス達は念話を返してくれた。
訓練を始める前にタリンダへ偵察を頼むため3名を連れて楔の元まで戻り、転移で外輪山の楔へ移動する。
すぐに戻ってきた俺にタリンダは驚いたが、偵察を頼むと雛の餌になる魔石の供給で手を打ってくれた。
それからは獣人の里近くの干渉地に楔を刺して里を占有領域下において、その楔を洞窟の入口からハックに移動して警備して貰った。
魔物を倒し訓練をして事態の進展を待っていると、5日後タリンダの影が溶岩湖に落ちた。
お読み頂き有難う御座います。