七 消えた生命
あんな規格外のガキはもう懲り懲りだと呟いたキアスは、人選を始めた。
腕の立つ騎士を十数名と、近所に住む異常に腕の立つキアスの元同僚で友人。
キアスと彼は一騎当百、他の騎士は一騎当十ぐらいにはなると考えると、騎士団も人材に恵まれているようだ。
「一応他の駐留所にも」
そう考えて他の詰所に応援を頼む。時間的には間に合わないだろうが、賊の捕縛、被害者の保護ぐらいは頼めるだろう。
それから睡眠薬の煙の出る薬玉とか、毒張りとか、簡易式の罠とかを大量に持ち出してみる。騎士らしくないとかは言わない。キアスが煙たがられた原因が、その騎士らしくない戦い方であってもだ。
キアスの信念は、人数で敵わないのなら、最初に極力戦力は減らしておくに限る、だ。
「あのガキらにもなんか持たせといた方が良いよな…」
取り敢えず、少女の方は武器は持っていなかったようだし、非力だろうから、と短剣を選んだ。
刀と弓矢を持っていた少年には毒矢と刀に滑る毒を渡してみようと考えた。
丁度準備を済ませていた二人にキアスがそれを渡せば彼らは酷く驚いた顔をしていた。
彼がそんな親切をするように思えなかったのだろうが、キアスは少し落ち込んでやさぐれた。
気を取り直す。
キアスは皆を集めて辺りを見回し、よし、と頷いた。
「行くぞ」
そう掛け声をかけて馬に乗り、全力で馬を駆る。この速さについてこれるのは彼らぐらいだろう。
ちらりと後ろを見て、ムメとキトの乗った馬がかなり近くでついてきているのに驚いた。
あの集落の異常性を問いたい。
全力で駆ったお加減ですぐにアジトにはついた。キアスはごくりと固唾を飲んだ。
〜・*・〜・*・〜
全力で馬をかけて、やっとアジトについた。おしりがいたい……。あたし、馬に乗れるけど、多少時間がかかってもキトに力を使ってもらって走っていきたかったなあ。
「ここだよ」
体のあちこちが強張るのを伸ばしながら、あたし達は言う。
落書きだらけの、今にも崩れ落ちそうな外壁。落書きの内容は、今までの武勇伝だ。
あたしたちの里をやったのもそのうち書かれる筈だったのだろう。ああ、反吐がでる。
今までなぜこんなあからさまな館が見つからなかったのだろうとキトに聞いたら、こんな山奥に来る人はそういないだろうと言われた。確かに。
そんな館の死角に集まったあたしたち。
「行け」
所長の静かな一言で、一人の騎士が館の中へ侵入する。
紛れて罠を仕掛けているらしい。
あたしも罠を仕掛けようと思って地面の草にこっそりごにょごょ話しかける。
草は快く承ってくれて、館の中に伝えてくれるらしい。
「今だ」
次の合図で、その人が館の中にたくさん薬玉を入れていた。
痺れ薬と睡眠薬の調合らしい。
その為に窓や戸を、次々とぴったり閉めていたらしい。決してかあさん達に害が残るものでは無いから安心していいと言われた。
あたしも何かしたい。
そう思ったけど何をしていいのか分からなかった。
キトはひっそり館に忍び込んでいる。見つけるのが間に合えば、風を操る力でかあさん達を薬玉の痺れ薬から守ってくれると言っていた。
「そろそろだな」
所長の声に従って、みんなが突撃を始めた。
それと同時に、薬が効きにくかったのか生き残った山賊が外に這い出して来る。
しかし大体が騎士団員に斬りかかる前に、何も無いところで躓いて転んだ。
「は?」
あたしはほくそ笑む。
山賊の足元には草を結んで作った輪があるはず。
頼んだら、すごく楽しそうに引き受けた草は、みんな笑ってる。
『タノしい、タノしい』
『しかかえし、タノしい』
『ザマア、みやがれ』
…嫌な笑いだね。
でも、これでみんな楽になったはず。
あたしも、館の中に忍び込むことにした。
樹の枝を伸ばして貰って、2階から入ると、もうそこには誰もいない。
多分、下の乱闘に手一杯なんだと思う。
なんてったってイタクおじさん3人分の戦力があるからね。
ゆっくりゆっくり館の中を一部屋一部屋覗き込む。
でもぜんぜんかあさん達は見つからない。
キトは見つけられたのかな?
早くかあさんに会いたい。
かあさんの無事を確かめたい。
そして、あたしはその部屋を見つけた。
あたしは必死で悲鳴を堪えた。
うちの集落のさらわれた女は、かあさん以外みんなそこにいた。
大体みんなぼろぼろの服を纏っていて、ぐったりとしていた。
もう殆ど意識の無い人もいるみたいだった。
多分薬玉が効いてしまったんだろう、と思ったんだけど、ここに薬玉の残骸はないし、何かが違う気がした。
キトはまだ、みんなを見つけられてないみたい。
みんなの周りには大きな格子があって、牢屋みたいになっていた。
その前にあたしは立ち尽くすしかない。
あたしには、助けられる力が無いから。
「みんな、生きてる?」
こそこそと話しかけたけど、ぜんぜんみんな反応が無かった。
「ねえ…大丈夫?」
イヨ姉さんの首に赤い点々がいっぱいあった。
キトのかあさんは、手首足首に荒縄の跡がついていた。
これは…怪我、なんだよね?
なら、あたしが治したら、みんな元気になってくれるかな?
「今、みんな元気にするから」
地面の、みんなに一番近い所に手をついて、あたしは手に力を込めた。
ぽわっと周りが明るくなって、光の粒子がみんなに降り注ぐ。
跡は消えなかったけど、幾人かの目が覚めた。
まだ、目を覚まさない人もいる。
「…いやっ!」
目を覚ましたはずのイヨ姉さんは、まだ夢を見ているようにがたがたと震えて後ずさった。
「イヨ姉さん?」
どうしたの?あたしだよ?
どうしてあたしを怖がるの?
とにかく震えるイヨ姉さんを、イヨ姉さんの姉さんのマナさんがなだめてた。
あたしはただそれを見てる事しか出来なかった。
それからあたしに気がついたキトのかあさんが驚いて言った。
「ムメ!あんたどうしてここに!?」
キトのかあさんが格子の方までよろよろと駆け寄ってくれる。
あたしは何だかそれが嬉しかった。
あたしとキトのかあさんは格子越しにひそひそと話す。
「助けにきたの。キトも一緒だよ」
「キト!!キトも助かったの!?」
心の底から嬉しそうにキトのかあさんは喜ぶ。あたしもすごく嬉しくなった。
「他には?助かったのかい?」
でもこの質問でつい俯いてしまう。
「………キトが全員確かめたって」
そう、とキトのかあさんは溜め息をついた。深く、深く。
「そっちはみんな無事?」
気分を変える為に振った話だけどそれは失敗しちゃった。
「アタシとイヨちゃんとマナちゃんとしかここのは生きてないよ」
吐き捨てるようにキトのかあさんは言った。
「え…?」
ここのみんなは死んでるの?
「辛くて辛くて自分から死んだり、暴力で死んだり」
脳裏に甦ったのは、草木が見せてくれたあの記憶。
辛くて辛くて苦しくて苦しくて、我慢強いうちの集落のみんなでも耐えられないことがあったの…?
「ああ…ごめんね。こんな事聞かせちまって」
あたしの体が震えてたせいで、キトのかあさんはあたしに謝ってきた。
キトのかあさんは悪くなんか無い。
あたしは決めた。
「待ってて!すぐに助けを呼んで来るから!!!」
もうこれ以上、みんなを辛い目に合わせたりなんかしないっ!!
「キトっ!」
部屋を飛び出せば、キトとかち合う。
「早くみんなを助けて!!!」
部屋に引き込んで、目を白黒させているキトに能力を使わせて檻を壊す。
窓も壊して、館の壁を這っている蔦にお願いをして、みんなを外に出して貰った。
もちろん、死んでしまったみんなも一緒だ。
全員を丁寧に寝かせて、あたしの母さんがいないことが身に滲みいる。
不安で足場が崩れそうな喪失感。
あたしはかあさんを探しに行く。絶対に。でも、みんなを置いていくことなんてできないから、キトに守って貰うことにしようと思った。
「ムメ!ムメのかあさんはオレが探すから、ムメはここに居ろよ!」
でも、キトの猛反対を食らってる。
でも、これは譲れない。
「あたしがかあさんを助ける」
「それはオレがやるから!」
「でも、キトはみんなを守んないと。あたしじゃみんなを守れないから、だから、キトが守って」
それはキトも分かってることで、渋々頷いた。
「………分かった」
「ありがとう!みんなをよろしくね!」
軽く抱き付いて、走り出す。
あたしは後ろでキトが赤い顔をしてることなんて知らない。
そして、また一つ一つ扉を開けだした。
早くかあさんに会いたいよ。
〜・*・〜・*・〜
キアスは歯を食いしばっていた。
目の前には、女の髪を掴んで剣の切っ先を首筋に突き付ける山賊のボス。
始まりは優勢だった。
罠が効を奏した上に、たくさんの雑魚が何も無いところで躓いて転んでくれたからだ。
大体を倒し終えたところで、今までどこにいたのか気ちがいじみた目をした男が現れた。
「おぅっとぉ?動くなよー。動けばこの女の命ねーからなー」
黒髪の女を人質に、その男は武器を手放すことを求めた。
キアスたちは従うしかない。
そして自らをボスと名乗った男は、ゆっくりゆっくり人質を嬲り始めたのだ。
キアスは指を捻られても、爪を剥がれても、呻き声しかださないその女性の強い精神に感服し、ひどく悔しがっていた。
「その女性を放しやがれっ!」
怒鳴ろうと喚こうとその女性に対する暴力は変わらない。
悔しくて悔しくて握り締めた拳。
爪が一層手の皮膚に食い込んだ時、その声が聞こえた。
「かあさんっ!?」
〜・*・〜・*・〜
走って走って、全ての部屋を探し終わった。
でもどこにもいなくて、外に飛び出せば、衝撃的な場面が目に入る。
「かあさんっ!?」
かあさんが、男につかまってた。
生きてたってことに安堵したかったけど、かあさんの指はねじれ、皮膚が紫になってた。
「かあさんっ!!」
叫んで駆け寄ろうとしたのに、男の嫌な声が聞こえた。
「おぅっとぉ!そこのガキ、止まれや。大事な大事なおかあちゃまが、死んじゃっても知らないでちゅよー」
おどけたような仕種、冷たい目、挑発するような口調が共存してた。
気持ちが悪くて仕方が無い。
でもかあさんの首筋には剣が突き付けられてて、動いちゃいけないって分かった。
「………ム…メ」
かあさんが掠れた声であたしを読んだ。
かあさんの目は、逃げろって言ってた。
でもそんなの絶対できない。
「ムメちゃんっていうんだ〜きみ。ムメちゃんのおかあちゃまが、どうやって死んじゃうのか、眼ん玉かっぽじって見てなよ〜」
そう言って男はかあさんの足の爪をゆっくりゆっくり剥いでいった。
「うぅ…ぁがっ…」
かあさんの苦痛の声が聞こえた。
絶対に許さない。絶対に許さない。
「絶対に許さない!!!!」
あたしは力を使う。
「あああああああああああ!!!!!」
あたしの力の本質は、植物の声を聞くことじゃない。植物を操ること。
樹が枝を動かせるわけが無い。蔦が人を運べるわけが無い。
それが出来るのはあたしがその力を彼らに貸しているから。
許可をとってからじゃないと、勝手に植物を操っていい分けないと思ってたから、会話をして、力を借りてた。
でもそんな余裕、もう無い。
「あああああああああああ!!!!」
あたしは絶叫した。
「おお?活きがいいね」
許さない。
あたしはかあさんのところに向かって走った。
「うわぁっなんだっ」
男のひどく慌てた声が聞こえた。
草や木や蔦が急速に成長して、男に絡んでるから。
「かあさんを返せぇぇぇぇ!」
「ちょ、何なんだよこれ」
慌てた声が聞こえた。
あたしはその男に短剣を投げ付けて、男に放り出されたかあさんの元へ向かった。
「かあさん!」
「………ム…メ」
弱々しいけど確かにかあさんは生きてた。
「今治すから!」
「……むだ…よ」
かあさんはほほ笑んで治療を拒んだ。
「どうしてよ!」
あたしは力を使って、気がついた。
かあさんは首と脇腹を、もうどうしようもないぐらい深く斬られていた。
「いやだいやだいやだ!」
必死に力を使っても、ぜんぜんかあさんはよくならなくて、涙がポロポロ流れた。
「……ムメ、…ありが…とう…」
「かあさん、喋らないで」
「………しあわせ、に…なって…」
かあさんが瞼を閉じた。
「うわああああああ!」
意識が飛んだ。
次で終わります