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王子と占星術師

カナリアのお披露目パーティーに関して、着々と準備が進められている。当日のドレスは勿論、ディナーのメニューに招待客への招待状、王宮内の整備とみながそれぞれの仕事で忙しくしていた。また、招待客に関しては“結婚”が絡んでくるため、慎重に選ばれている。

適齢期のいる王国にはもれなくその招待状が届いているだろう。そして、誰もがこの「カナリア姫」に関して興味を抱いている。全世界を思うままにできるであろう、星の力を持った王国 アルバート国 その王家にまだ未婚のものがいたとなれば、どんな手を使ってもお近づきになりたいというものだ。

その貴重な招待状を昨夜受け取ったのが、サンデル王国の若き王子、クリストファー・サンデルだ。

アルバート王国のベリルとは大学時代からの親友で、卒業してからも親交がある仲だ。学生時代からクリストファーとベリルは正反対な性格だったが、それがきっかけでとても仲良くなった。同じ長男として国を支える者同士、なにか通じるものがある。

「カナリア姫ももう16歳か…」

実際に本人は見たことがないが、ベリルはいつもカナリアの話をしていたと記憶に残っている。しかしその姿は、ベリルの親友でさえ見せてもらったことがない。実在するかどうかも怪しいが、ベリルの様子を見ている限り嘘ではなさそうだった。

「なにかある気がするな…」


「兄さん!」

控え目なノックの後、弟のルシアンが部屋に入ってきた。

クリストファーとルシアンは、サンデル皇室特有の濃紺の髪色に、海底を思わせる紺碧の瞳と、それぞれ武術で鍛えられたしなやかな体躯を持っている。しかし、二人とも同じ容姿だが受ける印象は違っている。

兄のクリストファーは見た目通りの真面目さと、口数が少なく少し近寄りがたい雰囲気だが、ルシアンは愛嬌と活発さを感じさせる。クリストファーはサンデル王国を継ぐ王子として、国民から期待と尊敬されている。一方ルシアンは、国民によりそう王子として有名だ。気ままに城下に表れ、護衛も付けず人々と交流していた。彼がいると周りは笑顔に包まれる。2人の印象は違えど、国民から愛されていた。

彼にカナリア姫の式典の招待状であると説明し、手紙を渡した。ローズオーラとルシアンは同じ年であるため、彼もまたカナリア姫の存在は知っていた。

「ようやく噂のお姫さまに会えるってことか〜」

「ルシアン、わかってると思うが…くれぐれもアルバート王国で問題は起こすなよ」

招待状を眺めて笑顔でいる弟に、釘を差しながらため息をついた。ルシアンは見た目通りやんちゃな部分があり、しばしば兄や、両親を困らせていた。人当たりが良く、誰とでもすぐに打ち解けるルシアンを慕う娘は多く、しかしトラブルも多くある。その度に、兄は頭を悩ませていた。

「大丈夫だよ〜!というか、俺はいつも悪くないんだが…」

「その問題の中心になってるだろ、いつも」

「はいはい…」

華やかな場所が好きなルシアンは、いつもパーティーにでると、話題の中心になる。そこから、問題もおおくあるのだが、外交の部分ではかなり役だっている。

「そういえば、兄さんはローズオーラの妹のカナリアって会ったことあるのか?」

「いや、私もない」

ベリルも、ローズオーラも自分の家族の話はあまりしない方だった。あんなに話題の中心にいるのに、だ。

「あそこの王国は、なかなか見えないな…」

独り言をつぶやいた時、ルシアンがあ!と何かを見つけた。それは兄の机の上に置いてあった書簡だ。

その封筒には兄の名前ではなくルシアンの名前が記されていた。

「これ、俺宛の手紙だ。なんで兄さんのところに…」

「!、ルシアン!それは…」

クリストファーが止める間もなく自分宛と書かれた手紙の封を切った。


その瞬間、バチっと大きな音がしてルシアンは手に持っていた封筒を下に落としてしまった。

「ったぁ…なんだこれ…」

「ルシアン!!!」

体を折り曲げてうずくまるルシアンに駆け寄ったクリストファーは、ルシアンの体を確認した。そして近くにいたものにアルフを呼ぶように指示を出した。

「兄さん…?」

普段は冷静な兄がここまで動揺したところは見たことがなかった。バタバタと複数の足跡と共に、ルシアンの侍従のアルフレッドと4人の見慣れない人物がクリストファーの執務室に入ってきた。

「クリストファー様、連れてきました。ただ、無意味かもしれません。」

「それでも、いないよりはましだ。始めろ。」

部屋のカーテンはすぐに閉められ、真っ暗になった部屋でルシアンは言われるがまま中央のソファに座らされた。その間、周りにいた4人の男たちは落ちた封筒を調べ、ルシアンの体を確認しながら呪いを始めた。


「ルシアン様、あなた様は今、とてつもなく危険な状態です」

初老の男性が、震える声で話しかけてきた。

「は?」

「…ルシアン、お前が先ほど手にした封筒は…呪いがかけられたものだったのだ。」

「…呪い!?」

普段から王宮に届く郵便物は全て、城にいる数少ない占術師が異常がないかチェックしてから、クリストファーやルシアンの元に届く。今回の手紙も彼らが事前に察知し、ルシアンの手元に渡らないようにしていたのだが、まさかこの部屋で見つけてしまうとは…

「申し上げ難いのですが…我らの力だけではなんの呪いを受けたのかはわかりません。」

その一言で、部屋全体の空気が一気に冷えた。

呪いの種類が分からないと、その解き方もわからない。的確な処理をしないと、どうなるかもわからない。


「現状で言えることは、一刻も早くなんの呪いか特定し呪いを解くことしかありません。」


最もな答えを聞いても、その先の行動ができない今、誰も動くことができなかった。

その時、床に落ちた封筒から淡い光が漏れてきた。

その光は花火のように打ち上がり、部屋中を包んだ。部屋にいた誰もがその光の眩しさに目を瞑っていると、暫くして光はまた消えて、部屋は元の真っ暗闇に戻った。

「なんだったんだ…」

誰かがカーテンを開け部屋に明かりを入れた。誰1人としてなにが起こったかのか分からず呆然と立ち尽くしていた。

ルシアンはそんな状態をみつつふと、自分の手首に違和感を感じた。

「…兄さん!見てくれ!」

そう言ってルシアンが自分の左手首をクリストファーに見せると、そこにはタトゥーのように黒色の荊模様が手首を一周していた。

「なんの呪いなんだ…!?ルシアン、痛みは?」

「いや、ないけど…」

「…クリストファー様、これは一大事ですので、ベリル様にご相談してみては、いかがでしょうか。」

それまで黙って状況をみていた、アルフレッドがクリストファーに提案してきた。

「ベリルに…」

「先ほども申し上げましたが、サンデルには優秀な占術師がおりません。このままではルシアン様は最悪、死ぬでしょう。それは避けなくてはなりません。唯一この状況に助けを求められるのはアルバート王国だけです。」

考え込むように黙ったしまったクリストファーを、皆が固唾を飲んで待っていた。

「…わかった。急ぎ馬を走らせベリルに助けを求めよう。なんなら、私が直接向かってもいい。」

「おいおい…そんなにやばい話なのか…!?」

一人状況が飲み込めていないルシアンを置いて、話はどんどん進んでいった。

それからしばらくルシアンは呪いが進行しないようにと、特別な部屋に3日間拘束された。そして、4日目の朝、拘束生活に終わりが来た。


「ルシアン様、おめでとうございます。軟禁生活が終了です」

「やっとか…俺は違う意味で死にそうだったぞ…アレフ」

「呑気ですね。呪われた本人がここまで呑気だと、助けがいがないですよ。」

「相変わらず、なんだその対応は!たく、誰も何も説明もなしにこんな呪いだらけの部屋に拘束されたら、どうも反応できないだろう」

「ルシアン様に説明しても、どうせわからないじゃないですか。無駄なことはしない主義です。」

アルフレッド・コートナーはルシアンの侍従だ。年齢も同じで小さい頃から一緒に育ってきているので兄弟に近い存在だ。

「それよりも、これからは馬車への軟禁地獄です。今すぐにアルバート王国へ旅立ちます。」

「は?今から!?」

「先方のアルバート王国に事情を話した結果、設備の整ったところで対処した方がいいということになりましたので、向かいます。はぁ、こんな事になるとは…また仕事が溜まってしまいますよ。」

「俺の心配より、仕事の心配か!!」

「もともと進んでなかったところに、今回の呪いが加わったことで更に遅れてしまいますからね。スケジュール管理をする身としては、そちらのが重要です。それでは、参りましょう。」

「俺の存在価値が…」

こうして、ルシアンと、クリストファーは一足早くアルバート王国へと向かった。


****

「ルシアンに呪い、ねぇ〜…」

クリストファーから早馬が到着し届いた手紙を読んで驚いた。あのクリストファーの城で呪いが発動するとは思ってなかったからだ。

(誰よりも注意深いクリスが、どうして?)

何か裏があるとは思いつつ、親友のたっての頼みとなれば断るわけにはいかない。

自分はかなりのシスコンであるのは自覚しているし、シスコンの何が悪いと開き直っている。ローズオーラもカナリアも世界で一番大切だし、守っていかねばならない存在だ。だから、大学時代もそこは隠さずいたが、クリスも本人は認めていないがベリル並みのブラコンだ。口には出さないが、誰よりも弟のルシアンを心配し、気にかけている。

早馬で届いた手紙を見て驚いた。あんなに支離滅裂な手紙は初めて受け取った。(アルフレッドの手紙がなかったら、全くわからなかったぞ…)

サンデル王国の第二王子のルシアンは有名だ。兄に負けず劣らずの容姿に、誰とでも打ち解けられる社交性、そして女性の扱いも上手いというものだ。よくあの兄がいてこの弟が育ったと感心する。

ルシアンは第二王子のため、王になる可能性は低いが、伯爵という爵位もあるため貴族からはかなりの人気だ。どのパーティーに行っても、ルシアンの周りには女性が多い。

「呪いって…女性関係とかかなー?そーゆーの、面倒臭さいんだよね〜」

呪いの内容について考えていたら、ノックとともに、一人の男性が入ってきた。


「ベリル王子、失礼します」

「はいどーぞ。待ってたよ、ルッツ侯爵」

「ベリル王子、私は今侯爵という立場ではなく、隊長として、伺っているのですが」

「どっちでもいいよ〜ルッツ。とりあえず、そこに座って。」

「あなたは…相変わらずですね。」

失礼します、といってルッツ・オースティンはソファに座った。ルッツ・オースティンは貴族でありながら占星省に努める若きエリートだ。ベリルとクリストファーと同じ年で大学も一緒だった。学生時代はよく3人でつるんでいたそうだ。

占星術の力も一流で、その力ゆえ若くして一部隊を任されている。

「ところで、クリスの弟の件はもう聞いたよね?」

「ルシアン王子の事ですか?」

「そうそう。明後日には到着するってことだから、それまでに適任者を決めてほしい。」

また、早いですね〜と、外を眺めながらルッツは答え、今回の事件について、確認しだした。

「報告書によると、いつの間にか届いていたルシアン王子宛の書簡から、呪気を感じ取ったサンデルの術師がクリストファー王子に報告、保管されていたところを誤って呪われた本人が開けてしまった、との事です。」

ルッツは「なぜ見えるところに呪気がある書簡を出しておいたのか不明ですね」と、呆れながら報告書を読み上げた。

「しょうがないさ、サンデルは我が国の様に十分な設備や術師がいないのだから」

「まぁ、いいでしょう。ここからが、問題です。」

その後、再び書簡から光が上がり、気づいたらルシアン王子の左手首に荊模様の呪いができていた。その後の処置に関しても記されており、結果サンデルでは手に負えないためアルバートに助けを求めたということだった。

「荊模様の呪い…それは一体なんなんだ?」

「現物を見ていないので断定はできませんが、恐らく…」

「恐らく?」

「…怨恨、もしくは女性問題による呪いでしょう」

そういうの、ベリル王子は無縁ですね〜とのんきに紅茶を飲みながらルッツは笑っていた。

「(やっぱりか・・・)なら、適任者を選出しすぐにでも対処してやってくれ」

「…良いのですか?」

「何を言ってるんだ。最初からそのつもりで話に来てるんだろ?間違った指示はしてないつもりだよ」

「いや、でも…」

「私はそれよりも、あと数週間後に迫ったカナリアの成人の儀の方が心配なんだよ!まだドレスも決まってないって言ってるし…あぁ!この私の選んだドレスを早く見せたい!!!」

ルッツはベリルとは付き合いも長いから驚きはしないが、国民がこの姿をみたら絶望するんだろうな、と密かに思っている。ベリルのシスコン(特にカナリアへの愛情)はハンパない。何においてもカナリア第一になるところは微笑ましいといえば聞こえはいいが・・・カナリア本人からしてみたらうざったことこの上ない。

「それでは、私が適任だと思った人選を申し上げます。」

「わざわざ、言わなくても…」

「いいえ、聞いてきただきます。まず初めに、先ほどベリル王子は適任者の素早い選出と、対応に当たれと言ったことを訂正、適任者の変更はしないとお約束下さい。」

「なんなんだ?確かにそうは言ったが…」

「訂正はなしですよ?」

「…わかっている!早く教えろ。」

「…では、申し上げます。今回の事件の適任者にはルナ・ユースティンを任命します。以上!それでは、失礼します。」

「!!!?ちょっ!ルッツ!本気か!?お前何を…」

「訂正、変更しないと、お約束しましたよね?」

ドアノブに手をかけながら、体を震わせた顔色の悪いこの国の王子をルッツは半目でみた。

「し…しないとは言ったがなにもルナ・ユースティンじゃなくても…」

「たぶん、この呪いには何重もの呪いが絡まってます。それを解けるのはこの国でルナ・ユースティン以外おりません。まぁ、時間がかかっても良いなら何人かでやればいいですが、それをクリストファー王子が許してくれるか、ですけど。」

「そ…それは…」

「ルナ調査員には私からしっかりお伝えしますので、ベリル王子は大好きなカナリア様のドレスをゆーっくり選んでくださいね。それでは。」

「…なんてことだ!!!こんだ大事なときに!!!」

ルッツが提案した、ルナ・ユースティンはこの国で最強の占星術師であり、ベリルが愛してやまない、カナリアである事はほんの僅かな人物しか知らない極秘事項だ。




****

「と、いうことでルナ調査員。君がルシアン王子の担当だから。」

「…は?」

あの後、自分の職場である占術省に戻ってきたルッツは早々にルナ・ユースティンを呼び出した。そして今、簡単に今回の事件の説明を話し終わったところだ。

「…それ、ベリル王子はなんと?」

「え?それは勿論、ご自分で言った言葉を訂正するようなお人じゃない。快く快諾してくれたよ(本当は泣いてたけど)」

「…はぁ。分かりました。」

ルッツ・オースティンはベリルの親友であり侯爵でもあるためカナリアの件はもちろん知っていて、カナリアが占星省に入省した際、すぐに自分の部隊に呼んでくれた。そしてしっかりカナリアが何者であるか理解した上で普通に接してくれる理解者でもある。


「うん、よろしくね。あ、そうそう補佐としていつも通りトーマとアーサーと一緒に頼むよ」

「了解です。それじゃ、私は資料を集めに…」

カナリアが部屋を出ようとした時、同じ部署のアーサーが入ってきた。

「ルッツさーん、なんか王宮から急ぎの手紙、届いてますよ〜お、ルナおはよう!」

「おはよう、アーサー。もう昼だけど。」

「まぁ、固いこと言うなよ〜!俺だって朝からちゃんと職場に来たかったんだが、サリーが離してくれなくてさぁ〜…」

「あら、この間はリリアンではありませんでしたか?」

「…ルナ、大人にはいろんな事情があるんだよ」

「はぁ…」

同僚のアーサー・ファルセンは伯爵でありながら、占星術の素質があるためここで働いている。かなりの遊び人で、毎回付き合う女性が違うことでも有名だ。そして、ルナ・ユースティンがカナリア・ステラ・アルバートである事を知っている数少ない人物だ。このほか、同じチームのトーマ・イースターもカナリアの正体を知っている。

「…ルナ、今回はちょっと骨が折れるかも。」

アーサーが持ってきた手紙を読みながらルッツは、呆れたように今読んでいた手紙をカナリアに手渡した。

「……なにこれ!!?」

なになにー?と上から覗き込んだアーサーが手紙を読み上げた。

「1、絶対にルシアン王子に正体がバレないようにすること。2、必要以上にルシアン王子に近づかないこと。3、ルシアン王子と話すときは必ずアーサーかトーマが同席した状態であること。4、絶対に二人きりにならないことぉ〜?なんだこれ?ほとんどルナへの注意書きじゃん!」

このほか、10項目以上の注意書きが書かれており、最後の方は、兄が選んだドレスを着ること、と自分の願望まで書かれてあった。

「…無視しましょう!!!まったく!何を考えてるんですか!?あの人は!!これじゃ、呪いの解除なんてできません!!」

大声を出しながら、兄からの手紙をビリビリに破り捨てた。

「とにかく、無視します!私はこの手紙を読みませんでした!以上!!!失礼します!」

手紙をばら撒き、カナリアはルッツの部屋を出て行った。

「あちゃ〜…ベリル王子、間違えましたね」

言いながら、アーサーはカナリアが撒き散らしていった手紙を拾い始めた。

「安易に私と約束するからこうなるんだよ。」

「まぁ、兄としたらルシアン王子の噂を聞いてたら心配するのが普通ですけど…最後の項目とか、ルシアン王子関係ないし!!」

「シスコンもここまでくると、何も言えなくなるな。」

「まぁ、俺らも心配なんで出来るだけ側にはいますけど。」

「よろしく頼むぞ。間違ってルナに呪いが影響したら、それこそ一大事だ。」


勢いよく、ルッツの部屋を飛び出たカナリアは前方からきた人物に勢いよくぶつかってしまった。

「きゃぁ!すみません!」

「…ルナ、大丈夫?」

「トーマ!どうしたの?」

「ルナとアーサーが戻ってこないから呼びに来た。」

「あら、ごめんなさい。今、話が終わったところなの。これからルシアン王子の呪いについて資料を取りに行こうと思ってたんだけど、トーマ一緒に行きましょう」

トーマ・イースターはアーサーと同じ歳だが、アーサーとは正反対だ。寡黙で冷静でちょっとのことでは、表情が変わらない。

「そのことなんだけど…」

「ん?どうしたの?」

「…もう来ちゃった。」

「…え?」

「だから、そのルシアン王子がここに到着した。」

「…ええぇ!?」


****

「クリストファー王子、ルシアン王子、とてもお早いお着きでしたね。予定では明後日のはずですが?」

「…道中、道が空いててな。」

「んなわけねーだろ!!なんであんなにスピード出してるんだよ!!うぷ…」

どうやら、クリストファーはかなりスピードを上げて、ここまで来たらしい。通常、早馬でも3日はかかる道中をどんなスピードでかけてきたか知らないが、2日で到着するとなるとかなりの速さだ。

クリストファーの顔色はなんの変化もないが、ルシアンは顔色が真っ青だ。

「ご挨拶がおくれましたが、私が今回の事件の責任者のルッツ・オースティンです。」

「オースティン…そなた、貴族か?」

「まぁ、そうですね。ただ力は本物ですよ。」

「それでは、ルッツ殿素早くルシアンの呪いを解く準備を…」

「まぁ、落ち着いてください。クリストファー王子。こちらも、まずは呪いの種類や状態を見てからでないと何もできません。それに、今回の件は私ではなく違うものが担当しますから。」

「…違うもの?」

張り詰めた雰囲気の中、カナリアがクリストファーとルシアンにお茶を出した。

「ルシアン様、体調が優れないようでしたら、ぜひこちらのハーブティーをどうぞ。ムカつきが引きますよ。」

「ありがとう…」

ハーブティーを一口、二口飲んだルシアンは先ほどより大分顔色が戻ってきた。

「…すごいな、このハーブティー!これは君が入れたのか?」

「はい。その時の症状などで変えますよ。」

「すごい…」

関心してカナリアを見つめていると、ルッツが大声でそうそう!と、話を始めた。

「今回の呪いの担当者ですが、彼女になりますので、よろしくお願いします。」

「君が!!?」

「…本気か?」

二人の目の前には、アルバート王国ではありふれたブラウンのロングヘアーに顔の半分はあるんじゃないか、というような大きな黒ぶちの眼鏡をした、小柄な少女が立っていた。

確かに、省庁の職員である、詰襟の白い制服を着用し、胸元には占星術師のシンボルである星型のバッチをつけていた。

2人の驚きを見て、カナリアは表情をかえた。

「…若いから、バカにしてます?」

「いや…そういうわけでは…」

「クリストファー王子、彼女はこの省庁きっての術師ですよ。ご心配なく。」

まだ、すこし納得していない二人をみて、カナリアは提案した。

「それでしたら、一つ、過去を当ててみせましょう。」

「過去を当てる?」

「私たち占星術師は過去と未来をみることができます。特に過去は得意な分野ですので、なんでも当ててあげましょう。そうですね、昨日の朝食でも当てましょうか。」

「…そんなこと、できるのか?まだあって間もない俺のことをみるなんて…」

「時間は関係ありません。」

では、始めます。といって、カナリアは占星術で使う道具をテーブルの上に出し始めた。

カナリアが行うのは伝統的な方法でホロスコープと、太陽、月の位置とで見る。それと、カナリアにしかない“星見の力”で過去と未来を見るのだ。

「……見えました。ルシアン王子が食べた朝食はチキンサンドと、ストレートの紅茶、トマトのピクルスと、りんごが半分。どうですか?」

「……当たってる!」

「本当に…」

「それでは、問題の呪いを見せていただけますか?」

満面の笑みを浮かべ、カナリアはルシアンの目の前のソファに腰掛けた。



「…どうやら、呪いは一つだけではないようですね。」

しばらくルシアンの手首を見て、カナリアは答えを出した。

「一つだけではない?」

「ルナ殿、それは一体どういう意味だ?」

カナリアの答えを聞いて、ルシアンとクリストファーが怪訝な顔をした。

「殿下、私のことはルナで構いません。つまり、いくつか混ざって、本来の意味とは違う呪いになってしまったということです。」

「本来の意味?」

私が説明しましょう。と、カナリアの隣に座っていたルッツが説明しだした。


呪いには大きく分けて2つある。一つは災いを避けるもの。もう一つは災いを呼ぶもの。この災いとは、なにも悪いことだけではなく、いい意味でも使われる。例えば、天気。ある国では、雨が降らないようにとの呪いで憑代をかたどった人形を軒下に吊るしたりする。しかし、その憑代を反対に吊るせば、雨が降りますように、という反対の呪いになるのだ。

この世は“陰”と“陽”で成り立っている。どちらか一方だけの呪いは存在しないのだ。

また、一方だけの強い思いが混ざりすぎると、反動で反対のことが起きてしまうこともある。

「…つまり、今回のこれもそれってこと?」

「簡単に説明すると、ですね。」

あらかた説明したルッツはテーブルの上のハーブティーに手を伸ばした。

「殿下、ルシアン王子には複数の人物からの“想い”の呪いが強くみえます。」

「“想い”?」

「それは…」

カナリアが言い淀んでいると、ルッツが微笑みながら、告げた。

「つまり、これは全て女性問題ですね!」

「…ルッツ!」


努めて明るく言い放った言葉聞いて、兄弟2人はそれぞれ違う反応を見せた。

「…ルシアン、あれ程問題は起こすなって…」

「いやいやいや!待ってくれ兄さん!これ、俺は悪くないだろ!?なぁ!ルナ!」

「へ!?あ…まぁ、好きな気持ちが強くなってこう言った呪いをする女子は多いですから…ただ、普通は1人にこんなに集中はしないもので…」

「うわー!俺ってすごいな!」

「ルシアン…」

額を抑えて悶絶する兄に対して、弟はあっさりしている。

「それで?これはどうやったら解除できるんだ?」

「…方法は一つです。」

「なんだ?」

「…呪いをしている本人が、対象を諦めれば、呪いの力は無くなり、絡まった呪いも解けます。」

「…え?」

つまり、想いが強いあまり、対象を縛り続けてしまうため、簡単な方法はその強い想いをなくせばいいだけなのだ。

しかし…

「本人を特定するのが、極めて困難です。」

想いは見えないため、特定するのはかなり難しいことだ。なにか手がかりになるような贈り物や、手紙があれば捜索は少しは楽になるが、今回の場合、手がかりになる手紙はもう消えてしまったため、別ルートから探る必要がある。

「だが、届いた手紙は一通だけだったが…」

「それが、今回の謎です。」

「謎?」

本来であれば、届いた手紙一通分の想いが呪いとなって、影響するはずが、なぜか今回は複数の呪いの気配を感じる。

「これは、まだ定かではありませんが…この手紙にはもう一つ、呪いが掛かっていたと思われます。しかも、暗殺を企むような…」

ルッツが声を落とし、クリストファーとルシアンを見つめた。

「ルシアン王子、これはただの事情のもつれだけではありません。内部的犯行も考えたほうがよろしいでしょう。つまり、国内の中にあなたをよく思わない人物がいる、ということです。」

「まさか!」

カナリアもその可能性を考えていた。たった一人の想いで、人を殺すほどの呪いが発動するとは思わない。これにはもっと協力な呪い師が影に隠れている。

「クリストファー王子、ルシアン王子、これはサンデル国の内情に深く関わってしまいます。我々はサンデルとは、良好な外交を望んでいます。しかし、この事件がアルバートに何かしらの影響が出るようなら…呪いを解除する前にルシアン王子を抹殺するかもしれません。それでも、よろしいですか?」

「ルッツ…」


呪いは便利なものだけではない。一歩間違った使い方をすれば、政治的に干渉できてしまう。その為、アルバート王国には諸外国から、占星術を学びに多くのものが訪れる。そして、その力を会得した者は、自国を守るため、日々力を使い続ける。

干渉されないよう、それぞれの国には呪いで守られ、よめないようにしている。しかし、今回の事件は少なからずサンデル国内の情報をよんでしまう可能性があるのだ。


「…ただ、ルッツが言うように第三者の呪いをとかずに、本来の呪いだけ取ることも可能ではあります。」

「なんだって?」

「それが、先ほど申し上げた通り想いを断ち切ればこの呪いの効力も消え、便乗したまじの力も弱くなります。そうすれば、サンデルの占星術師でも追うことは可能でしょう。ただ、呪いが解けた瞬間、その犯人への糸は切れます。犯人もわからなくなります。」

「…結局、暗殺者は分からずじまいってことか…」

「この呪いをするには、かなり高度な技術が必要です。そして、もしかしたら犯人は…」

カナリアは次の言葉を言い出すことができなかった。自分の考えが、思い違いであればいいと思っている。しかし…

「…ルナは犯人はこのアルバートに王子たちが来ることを計算して、かけた可能性があると考えています。つまり、我が国への侵入も兼ねて。」

「!!」


アルバート王国は謎に満ちた国だ。なぜ、この国の者だけが占星術に長けているのか。ここで学んだ者は優れた術者として自国で活躍できるが、決してその力は遺伝しない。その為、後継者が続かないのだ。しかし、この国だけは、力が引き継がれる。だれも、この国の内情を知ることが出来ないでいた。

この世界で、未来を見ることは、世界の王になる一番の近道だ。この力がない国は、世界から取り残されてしまう。


「推測でしかありませんから、お気になさらず。まぁ、我が国が他国の占星術師に負けるはずがありませんので、そこまで気にしていませんから。とにかく、この呪いに関しては少し時間がかかります。殿下たちは、来月行われるカナリア姫の成人の式典にはご出席されますね?その間は、王宮に滞在するのですか?」

「そのつもりだ。ただ、私は一度国に戻り再度式典に間に合うように来る予定だ。」

「なるほど。こちらとしても、カナリア姫の成人の式典までにはなんとかしたいと思っています。ようやく、成人を迎えられる姫さまの晴れ舞台ですからね。ルナ!楽しみだな!」

「(ルッツのばか!なにその不敵な笑みは!!どーせからかうだけじゃない!!)」

ルッツは満面の笑みを浮かべてカナリアを見ながら式典の話を振ってきた。

あれほど、ベリルにバレないように、と言われているのに。

「…そういえば、そのカナリア姫ってどんな人物なんだ?」

「え!?」

ルシアンが興味ありげにルッツに問いかけてきた。

「おや、ルシアン王子はご存じないのですか?」

「ご存じもなにも…カナリア姫の情報なんてひとつも漏れてきてないじゃないか!ローズオーラとも顔見知りだが、一度も妹の話なんて聞いたことがない。」

(へぇ!意外!お兄様やお姉様のことだから、有る事無い事自慢げに話してると思ったのに…)

「あのローズオーラ様やベリル様がお話なさらないことを、たかが一国民がそうそうと、話せませんよ〜!」

「…話さない、のではなく話せないのではないか?ルッツ殿」

「おや?どういう意味ですか?王子?」

(なになになに!?なんなの、この雰囲気!!!空気が重い!!)

クリストファーとルッツはお互い探るような目線を送り合いながら、相手を観察していた。

「どういう意味ですかね〜?」


その時、ドアのノックと共に、アーサーとトーマが入ってきた。

「失礼します!お話中、申し訳ありません。ベリル様から、クリストファー王子とルシアン王子をお呼びするようにとの、伝言でございます。」

グットタイミングで入ってきた2人を見て、カナリアはホッと息をついた。

「…わかった。それでは、ルッツ殿、ルナまた」

「また明日、お待ちしております。」

ルッツとカナリアに挨拶をして、二人は出て行った。


「…もう!ルッツ!なにやってるの!?」

腰に手を当て、座ったままのルッツを見下ろした。

「だってさーなーんか、クリストファー殿下、探ってるんだよなー…カナリアのこと。」

「え?」

「…まぁ、ルナがカナリアってバレてないからそんなに気にすることないよ。それよりも、あと2週間だけど準備はどうなんだ?」

「…最悪よ!毎日入れ替わり立ち代り、兄様と姉様がドレスの試着をせがむし…もうやんなる…」

かなりストレスが溜まっているのか、カナリアにしては珍しく早口で不満を吐き出した。普段、不満や愚痴などを言わず黙々と仕事をする姿しか見ていないため、自分の感情を素直に出した姿を見るとただの16歳の少女でしかない。

けれど、彼女はこの国で最も強い力を秘めた術師であると一体何人のものが見破れるだろうか。


「まぁまぁ、二人ともカナリアのことが可愛くて仕方がないんだよ。かくゆう私も、君の才能に惚れているけどね!はっはっはー」

「…なにそれ」

「この私から褒められるなんて、光栄なことだぞ!もっと喜びたまえ!」

「別に…ルッツに褒められたからって…」


それから二人はしばらく今後の予定を話し合い、明日からの準備に備えて執務室を出た。

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