ぬるま湯のような平和な日々
色々考えて結局は知らぬ存ぜぬで通すことにしました。
本当の事を話した所で誰も信じてくれない事は確実だし、そのうち見慣れる事でしょう。
人のうわさも七十五日。長い人生から考えればほんの少しの間だけ人々の奇異の目線に耐えればいいだけの事です。それに希望的観測ではあるのですが、時間が経って生え変わる際に黒くなるかもという期待もあったのです。
とりあえず一日治療院に泊まった僕は大きな変化もないとの事で家に戻れる事になりましたが・・・。
家に帰ってからが大変でした。
まず兄妹に抱きつかれて、もみくちゃにされながらどれだけ心配したかと矢継ぎ早に告げられ、それぞれにお礼と謝罪の言葉を投げかけていきます。
ひとしきりその儀式が終わると今度はお説教の時間がやってきました。
お父さんがどでんと座り、その横にはお母さん。
扉の陰からはバレバレの空気で兄妹達がこちらの様子を伺います。
要約すれば、無事見つかったからよかったものの今度からは十分に気をつけて森には近づかないように、というお話です。
言われずともわかっています。わかっているんですってば!
両親のいう事はご尤もだと思いますので、素直に頷きますとそこでお説教はお開きとなりましたが、家を出るのに制限がついてしまいました。
その1、門限は日が沈むまで。
その2、どこに行くか行き先を告げる事。
その3、森へは決して近づかない事。
ちょっと出歩きづらくなるので困るのですが、いかんせん三日間も行方不明になってた身です。
何も言い返す事は出来ません。
それから数日は家でおとなしくしている事にしました。
家で親の言う事を聞いておとなしくしている勇者。シュールです。実にシュールです。
何もしないのは手持ち無沙汰なるので家の事を手伝います。
掃除、洗濯、買い物・・・は行かせてもらえませんでした。ちぇっ。
特に大きく変わった事はありませんでしたが、ふと気付けば戸棚の上にあるお菓子をつまみ食いしようとしていた末の妹が棚(当然足場などないのでとても昇りづらいのですが、食欲と言う奴に突き動かされてそこまでよじり昇ったようです。恐らく引っ張り出した抽斗を足場に変えたようです)の上から落ちた時、その動きがものすごくスローモーションに見えました。
とっさに危ない!と、駆け寄って下で受け止めたのですが受け止められた当の本人がきょとんとしていたのが印象的です。
振り返ってみれば元居た場所は廊下を挟んだ10mほど先。
えーっと・・・やっぱりあの神様に出会ったのは嘘ではなかったのかなぁ・・・。
と、なるとやはりそのうち村を出て魔王の城まで行かなければいけないのでしょうか。
そんな事を考えていたら、妹から声をかけられます。
「お兄ちゃん・・・? 見てた?」
もちろん、見てましたよ。つまみ食いしようとしている所をばっちりとね。
「凄い! 全然気付かなかった! 忍者? ねぇお兄ちゃん忍者なの?」
何ゆえ我が妹は忍者などという単語をご存知なのでしょうね?
お兄ちゃんとしては妹はもっとこうメルヘンな世界に没頭して欲しいのですよ。
お姫様とかそういう辺りの。
それからというもの末の妹から僕は忍者であると認識されたようで、事あるごとに「ハンゾウか・・・」などと実に渋い趣味を全開にしながら僕の事を忍者扱いして来ます。
どうせ外出禁止の暇人ですので特に家の手伝いがないときには構ってあげてたのですが、それが拍車をかけたようでして、まだまだしばらくは忍者ごっこは止めさせてくれそうにありません。
手裏剣の練習でもしておくべきでしょうか。
試しに折り紙で手裏剣を作ってみて、壁に向かって投げてみたら衝撃の展開!
なんと!壁に手裏剣(紙製)が突き刺さったのです!
待て待て。いや、待てって。
紙の手裏剣が壁に突き刺さるって身体能力向上とかそういう問題じゃないでしょう。
つーかどうするんですか、この壁の傷。
お母さんに見つかったらなんて言い訳をすればいいんですか。
と、とりあえずしょうがないのでポスターでも貼ってごまかす事にします。
別に好きでもなんでもないですが、家にあったクラウディス姫のポスターを貼り付けておきます。
これで良し!
後日、お母さんにシロロもそんな年になったのねぇ…と感慨深げに呟かれました。
いや、別に好きじゃないですからね? たまたま。
た・ま・た・ま、家にポスターがあっただけですからね?
話を戻しますと、ほんと誰ですかね。
うちの妹にあんな実在したかもわからない胡散臭い話を吹き込んだのは。
東方の国はとうの昔に人が住めなくなったはずで、文献なんかもほっとんど残ってないはずなんですけど・・・。
そんなある日、家の書棚を整理していたら「だれでもわかる! にんじつにうもん」なる本が出てきました。
なんでこんな本がうちにあるんですか・・・。
そりゃ我が家は他の家よりは裕福かと思いますが、本をバリバリ買える程裕福ではないはずです。
写本魔法なるものが発明されてからは従来に較べれば圧倒的に安くなったとは言えまだまだ高級品です。
ちなみに写本魔法とは、従来手書きで移していたものを魔法を使うことによって、別の無地の本に丸ごと移す魔法の事です。
従来数日かかって作っていたものを一瞬で作れるという事で生産性は圧倒的に向上し、他の魔法は出来なくても写本魔法さえ使えれば食うのには困らないというレベルの便利魔法なのですが、いかんせん物凄い集中力が必要という事で使い手がそれほどいません。
実用的な本がメインになるのは当然の事で子供向けの本や、娯楽的な本はまだまだ数は少ないのが実情です。
まぁそれでも手で書くよりは圧倒的に早いという事で大分安くなったのですけどね。
ってこれ手書きの本じゃないですか!!
・・・ひょっとしたら実は我が家って僕が思っている以上に裕福なのでしょうか?
わかりません。
翌日、買い物(今では買い物位には行かせてもらえる様になりました)から家に帰ると何故か教壇がありました。
神様とか祭るあれです。
買ってきた父曰く、きっと神様が助けてくれたのだから敬うのは当然の事だろう、との事。
あんな神様敬わなくてもいいよ、との言葉が出そうになるのを飲み込んで、形だけのお祈りを捧げます。
どうかあんな神様に他の神様からの拳骨がおちますよーに。
それからしばらくは何事もなく過ぎました。
祭壇にお祈りする振りをしたり、掃除をしたり、ポスターを眺めたり、にんじゃごっこをしたり。
日向ぼっこをする猫のようなぬるま湯な日々が過ぎていったのです。
何かが起きたのは僕が家からの外出が許されてから。
試しにちょっと外に出たいんだけどと言って許されたその日。
『買い物以外で外出を許されるなんてやったぜひゃっはー!』と珍しくハイテンションになって、元気に外に出て行ったその日の出来事です。
森になんて近づくつもりは全くなかったのですが、蟲の知らせとでも言うのでしょうか。
何かに呼ばれたような気がして、入り口まで行くとそこには見たこともないピンク色の髪をした女の子が居たのです。
その日を境に村には劇的な変化が訪れたのです。