崖から滑り落ちたらそこには神様が居た。
足を滑らせて崖の下に転がり落ちたら、そこは雲の上だった。
何が起こったのかさっぱりわからない。
わからないなりに首をきょろきょろと動かしてみれば、そこにはいかにも胡散臭い格好をした小さな子供が座り込んでこちらをじっと見つめていた。年の頃は多分僕と同じ位。恐らく十歳前後で僕と同じ黒い髪で異様なまでに整った顔をした男の子だ。
僕と視線があった事に気付くと、男の子はぱっと顔を輝かせ、満面の笑顔でこう言った。
「ぱんぱかぱ~ん! おめでとうございます! 君は神様たる僕に選ばれた勇者だよ! さぁ!喜び勇んで魔王の城までれっつごーだ!」
もうどこからツッコミを入れればいいのかわからない。
まずぱんぱかぱ~ん!の時に神様なら楽隊くらい用意しろよって所からなのか、勇者ってなんだよ僕はしがない村人だって言うのに、どうやって選んだんだよって所からなのか、つーかそもそも…。
「君のどこが神様なんだよ」
「この誰からも好かれそうな太陽のような笑顔さ!」
ここで思わずグーで思いっきりぶん殴ってしまった僕はきっと悪くない。
…何故か10m程ぶっ飛んで行ったのだがきっと気のせいだ。
「あいたたた。出会って二十行以内で殴りかかってきた人間はさすがに君が始めてだよ。でも今までの自分とはどこか違うって思わないかい? 人間だったら、グーで殴った程度じゃこんなにふっ飛ばないだろう?」
見なかった事にしたい事実ではあったけど、どうにもさっきの吹っ飛び方は現実らしい。
そしてその事から考えてみるにどうやら本当に僕は普通の人間ではなくなってしまったらしい。
「とは言え僕も鬼では無い。ここで君には二つの選択肢をあげよう」
「何?」
さすが神様(自称)実に慈悲深い。
胡散臭い事この上ないけど、どのような選択肢が提示されるのかには興味がある。
「勇者になって魔王の城に向かうか、素直にこのまま死ぬかかさ!」
「待て」
いくらなんでも選択肢が酷い。
ヤンデレにナイフが良い? 包丁が良い?って聞かれてるようなもんだ。
「ん?」
「なんでそうなるの? 普通に世界に帰らせてくれるって選択肢はないの?」
「ないねー」
無いのかよ。
「だって君、死んでるもん」
は?
いやいやおかしいだろう。
人間(みたいな姿をした自称神様)をぶん殴って10mほどぶっ飛ばせるほどには元気なんだが、死んでる・・・?
突然の死の宣告に背筋がぞっとする。熊に襲われて死んでしまった隣の家のおじさんとか、魔族に攫われて、見つかったのは手首だけだったというお姉ちゃんみたいに僕も死んでしまっている・・・だと?
「まぁ勇者になる為には身体の構造を分子やらDNAレベルから色々いじくりまわさなくちゃいけないからねー。ちょっと悪いかな、とは思ったんだけど、さくっと一回死んでもらったよ。そうでなくちゃ崖から落ちて死なないわけがないじゃん? 奇跡じゃあるまいし」
神様が奇跡を否定しちゃダメじゃないのか? と言うツッコミはさておき、死ぬか生きるかどうするかと言われれば…(つーか分子って何?でぃ、でぃーえぬえー?って何だ?)
「ああ、君にはなじみのない単語だろうけどね。まぁ僕は神様だし? 色んな知らない事を知ってるんだよ」
僕が首を捻っているとそんな事を言う。まぁそういうもんか。一応神様らしいしね。
と、言うかこの流れはやっぱり勇者にならざるを得ない…のか?
いまいち腑に落ちないのだけど…。
「最後にひとつ聞いていい?」
「最後と言わずにどうぞどうぞ」
人の話を聞く気はあるらしい。
同意を求めるつもりはないらしいけど。
「どうして僕なの?」
「サイコロを振ったら君の名前が出たから」
「は?」
「ほらーこれこれ」
そう言いながら神様がポケットから取り出して、見せてくれたのは凄い歪な形をした石だった。
「これを作るの凄い苦労してねー。正三億六千万七千五百十二面体。この世界に住んでる人間の数でサイコロ作って振って出た人にしようかと思ったんだけどさ」
なんか色々とおかしな事を言われた気がするのだけど、きっと気のせいだ。
これは夢。悪い夢。現実は夢、夜の夢こそ現・・・ってそれはダメだ!
これが現実になってしまう。
「あはははは。現実逃避しようとしてもこれ現実だからね。まぁ作ってる最中に三十年位かかっちゃって、名前刻んだ人が死にまくっちゃったんだよ」
馬鹿なんだろうか?いや、なんかとんでもない物を作ってる気がするんだけど・・・。
「で、もうちょっとだけ時間をかけずにやろうと思って作ったのがコレ」
次に出てきたのは普通の正二十面体のサイコロと五面のサイコロが十個だった。
「仕方がないので文字数を選んで、そこから今生きてる人の名前が出るまでサイコロ振り続けるの。三十時間位かかっちゃってこれはこれで大変だったけどね~。三十年に比べればマシって事で。そして選ばれたのが君って訳さ!」
そしてズビシッ!っと僕のことを指差す自称神様。
よくわからないけど、ひとつだけわかった事がある。
この世界の神と言う奴は、思った以上に暇人で、そして馬鹿だ。
なんだか話している事に疲れた僕は、しぶしぶ勇者になることを了承した。
まぁ勇者なんだし、そんなに変な目には遭わないだろう。
こうして僕は勇者になった。