どうやら俺の親父は何処にでもいる親父らしい
魔法少女という摩訶不思議なものが本当に存在していると思うだろうか。お前は何を言っているんだと思われているかもしれないがもう少しだけこの茶番に付き合って欲しい。
まず大まかに魔法少女について説明させて貰う。最も俺自身には魔法少女の情報は良く知らないため、大体が友人からの情報だ。
まず魔法少女というのはいわゆるマスコットキャラクターという存在に近い。魔女という魔法を使う女性達をモチーフに現代受けとして設定を変えている、いわゆる魔女という存在のイメージの派生として出来たものらしい。実際には大昔に魔女狩りをしていたのは多くの人が知っている事だが、その魔女狩りをされてこの世に存在しなくなったおかげで皮肉にも魔法少女というキャラクターが存在したのが事実だ。
さて、大まかな説明はこれぐらいにして本題だ。さっきの通り魔法少女という存在はアニメやマンガという人間の想像、または妄想の副産物として出来た存在だというのは誰にだって分かってもらえるはずだ。当たり前だがそれは反対に、現実には存在することはないという事実にも繋がる。
だが、もし実際にその摩訶不思議で存在するはずがないであろう存在が目の前に現れたとしよう。
「魔法少女マジカルりりな!貴方の心を私が助けてあげる!」
俺はどうすればいいんだ、誰か教えてくれ切実に。
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季節は春先の4月中旬。
桜の花びらが爛漫に舞い散る時期が終わり、気持ちの入れ替えに差し掛かろうとしていた。微かに残る春の暖かさが町を覆い通勤途中の者や散歩等が細々と現れ始めた頃、とある普通の住宅地に佇む一軒家に住む家族の何の変哲もない日常の朝が始まろうとしていた。
チュンチュン・・・・チュンチュン
二階建ての一軒家。近所の家に比べると中々の大きさがあるのが分かる。その二階の一室にカーテンの隙間から雲に隠れながらも主張しているであろうかすかな太陽の光を感じた。
その光を感じてか、又はいつも通りの起床時間なのかベットから少年・・・いや青年が起き上がった。
黒髪黒眼、前髪は視界を妨げない程度に整えており後髪は肩より少し伸ばしたぐらいの長さ、顔立ちもそこそこ整えられている。起きたにも関わらず彼の目は眠気を感じられない程覚めていた。
彼は数秒程静止していた後、ベットの横に置いてある目覚まし時計を見た。
「7時…か」
「(そろそろか・・・)」
彼は音が鳴らないように静かにまたベッドの中に潜り込んだ。それから数分後、ドアの外から可愛らしい足音が聞こえて来る。
トテトテトテベタンッ!!・・・トテトテトテ
転けたのか大きな音を一度鳴らしたものの、また部屋へと足音が近付いてきた。そして、ドアの前でその足音は止まった。
トントントン・・・カチャッ・・・トテトテトテ
その足音の人物はドアを開けて入って来て彼のベッドの横に立ち、彼に声をかけた。
「恭ちゃん起きて~、朝ですよ~」
耳元で小さく可愛らしい声が彼に囁かれた。その声に反応して彼はスッとベッドから上半身を起こしその額が赤く腫れている人物に挨拶をした。
「おはよう、親父」
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「もう恭ちゃんが二年生に進級してから二週間経つんだね~、時間が経つのってなんだか早いね!」
「二週間ってまだそんなに経ってるとは感じないんだが…まあ楽しい事は早く過ぎるというからな。」
「楽しい事?あっ、そっか!恭ちゃんがいるのが毎日楽しいから早く過ぎちゃうんだ!」
「相変わらず変な解釈するよな親父は…」
二年目の高校生デビューから約二週間が経った。うちの高校は学年が上がるごとにクラスが変わるというイベントはないので、クラスのメンバーが変わることは転校生等が来ない限り変更することはないのだ。
面白みが無い反面、人付き合いには困ることはないメリットもある制度がある。俺こと華園恭也はその東花高校に通う高校二年だ。今年の4月に進級したが未だに二年になったという実感はない。
「そういえば、今日はゴミ捨ての日だから学校行くときに捨てて行って貰ってもいい?」
「ん?ああ、それぐらいなら構わないよ。昨日も遅かったみたいだけど今日の帰りは遅くなるのか?」
「今日はいつも通り帰れるよ~♪二日振りの恭ちゃんの暖かい晩ご飯が食べられるよ~♪」
鈴のような澄んだ声で俺に言いながらテーブル越しに栄養満点であるサラダを小さな口に嬉しそうに朝飯を頬張っている。
煌めく金髪のサイドポニーテールに蒼眼で身長は140cm程。ふっくらとした肌とパッチリとした瞳にシミ一つ見られない白い肌、見た目相応の可愛らしい声。この人物こそが正真正銘、俺の親父である華園奏である。
親父は周りから見ても見た目では俺の親父とは分からない外見をしている(今まで初見で分かったのは一人しかいない)。初めて俺と親父を他人が見れば必ず妹に見られることが大半だ。しかしそれでも戸籍はしっかりと親父が『父親』となって記入されている事は確認済みだ。
いや、可笑しいとは思うだろうが戸籍にはしっかりと書いてあるし親父のロリコンなら確実に落ちるであろう純度100%である無言の圧力という笑顔の前ではそれ以上聞くことは出来なかったんだ・・・
近所からは親父の精一杯の説得(ごっこ遊びで大人から茶々を入れられて反論しているようにしか見えなかったが)でなんとか『父親』という地位を獲得したらしい。その割には近所のおばちゃん達からから度々、色々なお菓子等を貰って家に帰ってくるが・・・本人は気にしている様子もないし(逆に喜んでいる)あまり意識していない。
まあそんな親父も息子を養うぐらいの仕事をしているようで、帰宅が遅くなる時があるからこうやってたまに晩飯がいるのか聞いている。
「ご馳走様でした。」
朝食を食べ終わる頃 、ふと親父の方を見てみると親父がある所を一点に見つめていた。何を見ているのかとその目線を追うと、ああそういうことかと納得した。
そしてそれと同時に8時になったんだという事実にも。
何故時間が分かるのかというと毎日決まってこの時間に我が家(殆ど親父だが)が鑑賞するアニメのおかげだ。そのアニメというのは最近爆発的な人気を誇っている『魔法少女マジカルりりな』という子ども向けアニメである。
『魔法少女マジカルりりな』(通称『りりな』)は去年の春、およそ1年前から放送されている最近では珍しい長編アニメである。『魔法少女マジカルりりな』の主人公である琴吹りりなは私立花月小学校に通う女の子で、ある日突然魔法の力を手に入れ、悪の心を持つ人たちを助けながらその魔法で人々を幸せにしていくのだが、戦闘シーンやストーリーなどがかなりしっかりと作り込まれているタイトル詐欺並みの結構熱いアニメだ。
毎週(土日祝日すら放送している)決まって朝八時に放送されていて、正直朝のアニメとしては約一年も放送されているのは正直驚いている。当初放送され始めた時はそこまで反応されないだろうと思っていたんだが、アニメ的には良い意味で外れたのだ。
しかし意外にも男女関係無くかなりの子供から人気があり、子供だけでなく大人にも見れる内容で年齢層が幅広いという事もあり現在も続いているのだと思う。
子供が一番好きなアニメでは男女共上位三位には必ず食い込んでくる程だ。そしてその大人というカテゴリーに入るうちの親父は『りりな』をとても気に入っているらしく、毎日欠かさず見ている。見ただけじゃ飽きたらず、全話Blu-rayに録画するほどだ。
それぐらいなら別に構わないんだが、親父は『りりな』を見始めたらエンディングが流れ終わるまでじっと見続けてしまい、他の行動が止まってしまう厄介な癖がある。チラッと親父の食器を見ると親父は朝食を食べ終わっていたようで空になっている食器だけが並べられている。
「皿は俺が洗っておくから親父はりりなを見てなよ。」
「え?あっうん、ありがとう恭ちゃん!ご馳走様!」
そう言うとテレビの近くのソファに座り、ソファに常時横たわっているミミちゃん(クマのぬいぐるみ)を抱き締めてじっと『りりな』を見始めた。自分と親父の食器をキッチンで洗っていながらその姿を見ていると、年相応の女の子が真剣にアニメを見ているようで微笑ましさを感じる。
洗った食器を乾燥機に入れて、そのまま自室に戻り高校の制服に身を包む。うちの高校は男女共にブレザーなのだが、女子の制服は地元の中でもかなり可愛らしい制服らしい。中にはその制服を着たいがためにわざわざ東花高校に入学してくる女の子も多いぐらいだ。最も男子の制服には工夫といえる工夫は一切感じさせない何処にでもありそうな普通の制服だ。
必要な物を入れた鞄を持って一階の洗面所へ行き、顔を洗って歯を磨いてから身嗜みを整えてリビングへと戻り親父の手作り弁当を入れる。親父は未だ絶賛放送中の『りりな』を見ているようでミミちゃんを握り締めていた。いつも可愛いといってるのに何故あれだけ強く握るんだ?
丁度りりなのクライマックスシーンのようでテレビから熱い音楽が流れている。ついでにそのりりなをしっかり見たいという残念過ぎる理由から買った無駄にデカいテレビで時間を確認した。
AM8:20
丁度良い時間だな。さて、そろそろ行くか。未だにアニメを見ている親父に声を掛けた。
「じゃあ時間だから、行って来ます。」
「は~い、行ってらっしゃい恭ちゃん♪」
どんな事をしていても返事だけはしっかり返してくれる所は有り難い。
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玄関を開けると暖かい風が入ってくる。高揚とした気分を感じながら家を出ると、丁度隣の家からも騒がしくしながら誰かが出て来た。
「奈々~!お弁当忘れてるわよ~!」
「へっ?あっほんとだ、ありがとうお母さん!」
家の隣に住んでいる幼なじみの白河奈々(しらかわなな)は物心着く頃から一緒に遊んでいた程長い間柄だ。思わず振り返ってしまう程美しく靡く茶髪の長髪に、黒く輝いて見えるパッチリとした黒い瞳。見事なプロポーションにシミ等無い白い肌。まさに美少女という言葉に当てはまる女性だ。
一見何でも完璧にこなすように見えるが、実際はかなりの天然で周囲が思っている奈々と本人のギャップの差はかなりある。どうしてこう見事なまでに天然になったのかと心の中で溜め息を一つ吐いていると、奈々がこちらに気づいたようで声を掛けてきた。
「あっ!お~い!恭く~んおはよ~!」
「あら、おはよう恭也君。ほら、恭也君も来てるんだからさっさと弁当鞄の中に入れなさい。」
「は~い!」
可愛らしいナプキンに包まれた弁当を鞄の中に入れる奈々を見て溜め息をついている人物に挨拶をする。
「おはようございます美咲さん。」
「おはよう恭也君。」
俺に笑顔で挨拶をしてくれた人は白河美咲さん。奈々の母親で子供がいるとは思えない程(家の親父も同じことがいえるのだが)の若さである。奈々と同じ茶髪を後ろ髪が肩に掛かる程度の長さに整えられており、大人びた雰囲気に無意識に緊張してしまう。
「ごめんなさいね恭也君、いつもこの子ギリギリまでりりなを見ちゃうから待たせることになって。」
「いえ、気にしてませんよ。いつもの事ですし、それに奈々と同じようなのがうちにもいますから。」
「む~、別に遅れないからいいじゃん。」
~花園家~
「くしゅん!ズズッ…あれ?風邪引いたかな~?」
~白河家前~
「あ~奏のりりな症候群はもう割り切るしかないからしょうがないわ。でも、奈々は学生なんだからしっかり学生生活して貰わないと。」
美咲さんこそ俺と親父の関係を一発で理解した本人である(親父から聞いた)。
「ちゃんと学生生活してるもん。それにお母さんと恭君が話してると学校に行けないじゃん!」
そういって奈々が俺の手を持って歩き始める。
「じゃあお母さん行ってくるね!」
「はいはい本当に慌てん坊ね。恭也君奈々を宜しくね。」
「もう、お母さん!」
「今に始まったことじゃないですから大丈夫ですよ、じゃあ行って来ます。」
「恭くんまで~」
恨めしそうにこちらを見る奈々を刺激しないように一緒に学校へ向かい歩き始めた。
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奈々と俺の家から学校までは歩いて二十分程度だ。近すぎず遠すぎずといった丁度良い距離だと思う。そしてその登校時間での話の話題は全て今朝の『りりな』の話で潰れる事になる。
『りりな』の話をするのは俺で はなく奈々だ。奈々も親父とまではいかないが毎日『りりな』を見ている程好きなのだ。偶に日曜日に家に来て親父と『りりな』鑑賞会を何度も開いている。そして必ず俺も強制的に鑑賞会に参加させられるため憂鬱だと思ってしまうのは致し方無いと思う。
去年の四月から放送されていたのだが、最初の一週間は学校の話等普通の登校風景だったのだが、その次の月曜日に登校途中に奈々が『りりな』の話を持ちかけきたのがキッカケだ。その日は偶々親父と『りりな』を途中まで見ていたので話していたのだが、その次の日、そのまた次の日も奈々は俺に『りりな』の話をしてきた。
俺はその時偶々見ていたのであって、あまり見ていないと言うとその日から奈々は『りりな』の話を熱心に教えてくれるようになり、気付けば毎日その話を聴くのが登校時間の日課となった。そのおかげで『りりな』の話題で分からない(使う機会はないが)日は無かった。
「今日のりりなでね、なんとりりなのクラスに新しい転校生が来たんだ。」
「へ~珍しいな。やっぱり、りりなが二期に入ったのも関係があるのか?」
「うん!OPもEDも新しくなってますますこれからが楽しみだよ~」
『りりな』は今年の4月から二期が開始されており、一期の続きとなっているようだ。一期は去年の4月から今年の3月まで放送されていた。なので、3月上旬から下旬までの『りりな』が放送されていない期間、親父と奈々と一緒に一話から見直しさせられたという地獄の期間があったのはあまり思い出したくない。
「でね、その転校生が新しい魔法少女だといいな~って思うんだよ!あっ、名前は榊原ゆいって言うんだよ。可愛い名前だよね~♪もちろん、りりなちゃんと同じぐらい見た目も可愛いんだよ!」
「…ああ、そうなんだ。」
「………」
俺が地獄の日々を振り返りながら奈々の話を聞いていると奈々がいきなり黙ったのでどうかしたのかと横を見ると頬を膨らませてこちらをジト目で見ていた。
「ん?ど、どうしたんだ奈々?」
「…今の話聞いてなかったでしょ。」
どうやら俺が適当に返していることに奈々はかなり怒ってらっしゃるようだ。ちゃんと聞いてはいるんだけどなと思わず苦笑いしてしまう。
「いや、聞いてたぞ?新しい魔法少女のことだろ。しかも可愛いらしいな。まあ奈々がそこまで言うなら見てみたくもなるな。」
「ふ~ん。まあ、聞いてならいいんだけどね。ゆいちゃん見たいなら明日りりな見てみてよ!それで見た感想をちゃんと教えてもらうから♪それでねそのゆいちゃんが・・・・・・」
何故か不安をよぎる言葉を聞いたが、その後も奈々の『りりな』話が続きながら学校へと向かっていた。しかも無視をするにもあまりに詳しくそして分かりやすい内容なのでついつい話を聞いてしまうあたり奈々の解説力の良さと親父のりりな好きに影響されているというのもあるのだと思う。
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県立高等学校東花高校。この高校の名を知らないと言う人物は日本中を探してもいないだろう。しかし、この高校が建ったのは去年というごく最近建てられた高校なのだ。この高校は県立と付きながら日本で唯一、超大企業『東花グループ』の資金(7割程度)で建設された高校なのである。
『東花グループ』という名も誰もが知っている名である。業界のピンからキリまでほぼ8割を掌握していると言っても過言ではない日本最大の企業だ。
なら何故その東花グループが個人経営で東花高校を運営していないかと言うと、曰く経営をするために投資したのでなはなく娘を近くの学校に通わすためだとか言う超親バカの仕業といったことらしい。娘のために建設費を8割出しているという所は流石日本最大企業といっても過言ではないな。
しかもその行為を国は称えて高校にその名を付けたことで、言わずもがなマスコミが反応し登校日初日は校門前にテレビ局が総動員で取材に来ていた。あれはもう味わいたくないな一面に広がる黒い機材を持った人に囲まれるのは・・・
この事件の後に毎日来るマスコミに痺れを切らせた校長が行事時の学校への許可にするかわりに他は問答無用で関わらないように指示をした。最初は反論していたようだが東花グループの名前を出すと誰も反論しなくなかったそうだ。東花グループぇ・・・
誰にしているかも分からない説明をしているといつの間にか東花高校に着いたようだ。相変わらず馬鹿デカイ学校だ。下手をすればそこら辺の大学より大きいのではないかと感じるのはこの学校に通う全員が思うだろう。
「何してるの恭君?ボーッと学校なんか見て。」
「いや、何度見ても相変わらずデカイなと思ってさ。」
「もう、まだそんなこと言ってるの?一年以上も見てるんだからそろそろ慣れようよ。」
確かに一年もあれば慣れるのかもしれないが、それでもたまにこうやって学校を見るとよく家から近いと思っただけでこれだけの威圧を放つ学校に通おうとしたなと今更ながら。
奈々にそうか?と苦笑いをしながら一緒にクラスに向かう。俺と奈々は一年時に同じクラスなためこの学校のシステム上二年でも同じクラスなのだ。
奈々と並んで廊下を歩いていると何度か生徒が挨拶をしてくる。まあ、何人かは俺にも挨拶をしてくれるが殆どのやつは隣で歩いてる奈々に向けての挨拶だ。
奈々は外見からもそうだが学校でもかなりの優等生をしている。そのため奈々を慕うやつは少なくない。まあ、例え学校でも俺への話し方は変わらないんだがそこはどうなんだと前に聞いたことがあるが、奈々は他の人は他の人、恭くんは恭くんだからと接し方を分けているらしい。
確かに分けて言葉を使うことに俺は何も言うつもりはない。だが、誰かがいるときに奈々流のスキンシップをしないでくれ。いつか後ろからグサッなんて怖いことになりそうで怖いんだ。
奈々流のスキンシップといっても対して過激というわけでないこいつはただ俺に抱き付くだけでなく何かと俺の名前を言って抱き付いてくるのだ。そのためこの学校の殆どは俺の名前を知っているだろう。良い意味ではなく。
そんな俺の心情など奈々が知るよしもなく程無くして俺たちの教室に着いた。奈々は俺と一緒にいるときには自分でドアを開けない。何でも殿方の後に付いていくのは妻の役目だとかなんとかと言って開けようとしない。・・・まあ妻という発言はスルーするがな。
ドア開けるといつも通りの一年から何も変わっていないいつものクラスメイトがいた。そして、教室に入って感じるこの圧倒的男子からの威圧感がヤバい。いや、お前らもう一年間以上この光景見てんだから慣れろよとつい心の中で叫んでしまう。
クラスメイトに声を掛けながら自分の席に座った。俺と奈々の席は離れていて奈々は真ん中より少し後ろで、俺はいつもの窓側の後ろから二番目の席だ。なんでいつもかって言うと、くじ引きとかしても絶対にこの席なためである。そのおかげで席を間違えることもないんだがな。
そんなどうでも良いことを考えていると俺の一つ前の席の椅子に座っている人物に気が付いた。
「あっ、やっと気が付いた。恭也が椅子座ってからずっといたんだけど。何か考え事でもしてたの?」
「うん?なんだ、理央か・・・」
「むっ、何その言い方。そんなに私より奈々の方が良かった?」
「別にそんなこと思ってねぇよ」
「ふ~ん、どうだかね~」
どこかのギャルゲーのヒロインが言いそうな台詞を言ってるのはこの学校に来て初めて出来た友達であり、そして俺の唯一無二の親友である神崎理央だ。
台詞だけではなく、その容姿もゲームのヒロインレベルだ(奈々もその分類に入るが)。どの角度から見ても幻想的に思える綺麗な銀髪のウェーブのかかった長髪に真っ赤に燃えているような印象を持つ瞳。何をしたらそこまで白くなるんだと女子が愚痴を言いたくなるような真っ白な肌で、守ってあげたくなるような美少女なのだ・・・外見だけは。
そう、初対面でこいつと会ったら大抵の人はそう判断するはずだ。しかし、こいつは美少女ではなくれっきとした男だ(ちゃんと男子の制服も着ている)。俺も最初は疑うのも悪いと思いながら見てたんだが、別に不審に思う点は無かったし、なにより身体測定でも普通に男子と一緒に並んでたので男だと確信した。
まあそんな理央は奈々とも仲が良く、たまに俺の家にも遊びに来ているぐらいだ。けど理央は奈々とそこまでりりなの話はしない。俺と同じようにたまに見る程度のようだ。まあ俺がりりなを見るのがどうなのかと言われれば反対のしようがないんだが。
理央は基本的に、奈々より俺と一緒にいる時の方が学園では多い。理央はあまり人混みの中にいるのが好きではないため、学園の時には奈々は人に囲まれている時の方が多いので近づきにくいらしい。
突然だがこの学園は比較的男女ともレベルの高い美形が必然と集まっているのか、美男子美少女揃いだ。幼なじみである奈々やこの学校の現生徒会長、そして理央…うん、あいつは男だから美男子か。
そして、このクラスにもう一人飛び抜けた容姿の人物がいる。
「おはよう皆さん。」
騒いでいるクラスに透き通った声が聞こえた。
「あっ、恭也。東花さんが来たよ。」
「大丈夫だ。声ですぐに分かった。」
そう、この東花高校が作られた理由の人物である東花日和である。
艶のある長髪の黒髪に同色の瞳。大和撫子という言葉が似合うのはこの学校において彼女しかいない。そして誰にでも優しく人当たりの良さで生徒先生関わらず生徒会長に続いての人気者だ。
しかし、何故か俺だけは彼女から嫌われているのだ。しかも彼女は決まって俺の隣の席にも関わらずだ。
クラスメイトに挨拶をしながら俺の隣まで来ると自分の席に座らず、その場で止まる。彼女の方を見てなかったのでどんな顔をしているのか分からないが理央の顔が苦笑いしているのである程度の予測が出来た。
覚悟を決めて横を向くと俺をジト目で見ている東花の姿が映った。その視界の端で俺に苦笑いしてくる奈々の姿が見えた。……後で絶対に弄ってやる。
「お、おはよう東花。」
「……おはよう。」
明らかに他の人とは違う棒読みの挨拶をしてから東花は席に座った。このやり取りは去年からずっとしているためこのクラスでは日常茶飯事になっている。
いつか東花と普通に挨拶できるぐらいにはしたいなと思っていると担任がクラスに入ってきた。
「起立、気を付けて、礼」
「「おはようございます」」
「着席」
クラス委員長である東花の号令で始まる。それまでが今までの学校風景だったが、その日は違った。
「皆さんおはようございます。今日は転校生が来てます。」
いつものように話を流しながら聞いてると流せない単語が出てきた。『転校生』と。その言葉に一瞬空気が止まった。そして……
「「「ええっーーー!!」」」
学校中に届くであろう声が響いた。