頭の使い方が大事なのは冒険中だけではありません
「ナル、隠れてて。タク=コウノ、地上へ」
ナルが服の中に隠れるのを確認したタクが地上へ帰還する呪文を冒険者カードに告げると足元から光が立ち上る。幸い、タク達がここまで引き返している途中に魔物と遭遇することもなく無事地上へと帰還を果たせ、ほっと息を吐く。
光が収まると、目の前には迷宮へと侵入したときに見たのと同じように石柱が立ち並ぶ神殿になっていた。周囲には侵入する前と同じように、冒険者パーティーと思しき人たちが床に座り込んだり石柱にもたれていた。
「初攻略だ。一気に二階層まで行って、調査する」
「りょーかいだよ。あいつがいないから回復できないし、最初はどんな敵のフロアに転移するか見に行くだけなんだろ?」
「ですね。ポーションとかは持ってますが、怪我した本人しか使うのは難しいですし、慎重に行きましょう」
タク入れ違いに魔法陣に乗った冒険者たちは、どうやらこれから探索を行うようでミーティングを行っていた。
リーダーの槍使いのほか、大きい盾を持っている戦士風の人、弓使い、全員が女性のパーティーで、それなりに場数を踏んでいるのか、落ち着いた雰囲気を出している。
「大将、先に出しておかないのかい?」
「そうだな……。念のため出しておこうか」
戦士風の女性に声をかけられたリーダーは思案しながら答えた後、呪文を詠唱する。
「私の友よ。お前たちがともに歩んでくれることを願う。来たれ、『召喚』ナルキッソス、ケルピー」
リーダーの前に緑色の光を放つ光のサークルが出現し、そこから全身ナルの腕と同じような肌をした二メートルを越す巨人の男と、緑色した体の後ろ部分がない空飛ぶ馬がでてくる。
「いつみてもすげーよな。使獣契約のレベル上げすぎだろ」
「勉強すればできるようになるんじゃないかな? 魔力はあるんだし」
「できたら苦労しねえよ。あたしゃ盾を使って立ち回るほうがしょうにあってるからね」
「いいから、行くぞ。ヒーナ、一階層へ」
ヒーナと名乗る槍使いはいつものことのように盾を掲げる戦士をあしらいながら、魔方陣へと吸い込まれていった。
彼女らのやり取りと召喚された使獣というモンスターたちを見て呆然としてしまったタクは、服内にいるナルに引っ張られ、慌てて目立たぬように迷宮神殿を後にする。
(――まさか、ナルキッソスがでてくるとは思わなかった。ガチムチなナルキッソスなんて、ナルがあんなのにならなくて良かった。あんなの背中にいたら、まず歩くのも無理だったし、なによりブ男とガチムチとかキモイ)
神殿を出たタクはギルドへと向かいながら、一瞬そうなってしまった自分を想像してしまい顔をゆがめた。
ギルドは以前来たときと変わらず、一階はワンフロアを分断するカウンターに買取商人たちが立ち並び、その前には冒険者たちが並んでいた。あまりに早く帰ってきたせいか、冒険者の数はやや少なかった。また列の流れるスピードも早いようで、あまり待つことはなく商人に話しかけることができそうだ。
馴染みの商人もいないタクは、ひとまず一番人が並んでいるところへ向かい、周囲の冒険者たちの雑談で情報収集をしようと聞き耳を立てる。列自体はタクが並んですぐ後ろにも並ばれてしまうが、前のパーティーもすぐさま捌けていった。
「おれんとこの二階層は沼地でカエルだったから、火魔法をぶち込んでやったぜ」「あーあ、あのジジイども、人使い荒すぎだぜ。たまにはおいしい仕事よこしやがれってんだ」「冬に向けてそれなりにでかい毛皮の値段が上がるかも」「またハーリティーが違法奴隷市をつぶしたらしい」等々、流れてきた情報をそれなりに覚えていたら、タクの順番が来たようだ。
「お疲れ様です。なにをだしてくれますか?」
「これ、なんですけど」
タクは今回手に入れた皮一枚と肉二つをすべてカウンターにだす。それを見た商人は目を見開いて驚く。すると、後ろで愚痴を言っていた男だけのパーティーが笑い出す。
「おいおい! ジャイアントラット三匹分の買取とかありえねーよ! 子供でももうちょい集めてくるぜ! どんだけどんくさいんだよ!」
男の声を聞いてタクが振り返ると周りの冒険者たちも、吹き出したり、忍び笑いを浮かべていた。商人も苦笑いを浮かべながらタクに向かって告げる。
「そこの冒険者様がおっしゃるとおり、ジャイアントラットは最低各十個ないと買取ができません。初めてのお客様でしょうか?」
「……はい。今日初めて迷宮に様子見でちょっと入っただけだったので、これだけになったんです」
タクは男の言い草に腹は立ちつつも、それが事実なのはもとより知っているため、言い返すことなく商人に正直に話す。
「いくら様子見でもそれっぽっちで引き返すとか、おまえ冒険者向いてねーよ! ローブ以外録に装備もねえし、デブが何できるってんだよ! 良い恥さらしじゃねーか!」
タクの声にすばやく反応した男を見ながら、商人はしばらく思案しながらタクのほうへ視線を戻す。
「確かに、現在のままでは生活どころか食事代を稼ぐだけで何日かかるかわかりません。それでも、冒険業を続けていかれるのでしょうか?」
商人の辛らつな質問に、それでもタクは最初からわかっていたことだと覚悟していたため、逡巡することなく返答する。
「自分が力不足なのは以前よりわかっていたことですので、あきらめるつもりはありません。もちろん、現状のままですごすことなく、精進していこうと思っています」
タクがきっぱりと答えたことで、商人は狙った通りとでも言うかのように口角を少しだけ上げる。
「でしたら通常はこれだけでは買取等は行っていないのですが、応援の意味を込めてこちらの廃棄用の折れたナイフと交換させていただいてもかまいません。武器としてはもちろん使えませんし、スキルも何もないですが、それでも鋳潰せばラット三匹分より価値があります。どうしますか?」
商人が取り出しカウンターに置いたのは、刃が真ん中から折れて十センチ程しか残っていないナイフだった。
(こんなの貰っても、戦闘には何の役にも立たない。でも、一応応援というんだし、たぶん本当に出した素材よりは価値があるんだろうな)
タクが商人の提案に対して検討していると、それが面白くなかったのか再度後ろの男が文句をつけてきた。
「おいおい、商人さんよ。そんな善意みたいなことを一人の冒険者に対してだけとか不公平じゃねーか。俺らが換金するときにも良くしてくれんのかよ」
(やばい。ここで交換するといらないトラブルが発生する。男が言うとおり商人にはメリットがない。それなのに何の縁ない上に将来性もなさそうな僕に提案してくるのは怪しいかも。断るべきか……?)
浮かんだ疑惑は人間不信のタクにとって、先ほどまで前向きに検討していた事柄についても即座に否定する方向へ向かわせるのに十分だった。その雰囲気を感じ取った商人は、目を細めて男を見つめ、ため息を吐いた後にしぶしぶと言った感じで説明を行う。
「私が提案したのは善意ではありません。この方に最初のころにたいして価値のないものを渡すだけで、将来的にこの方がもし冒険者として稼げるようになってきたときに私のところにきてくれる可能性が高くなると思ったからです。初めてに近い方が来られたときは、この方に限らず少しサービスすることにしているんです。そのうちの誰か一人でもものになれば元を取れますから。おかげで私はコウエで一番の買取商人をさせてもらっているんですよ」
商人の説明を聞いた男は成る程と納得し、それを横で聞いていたタクも前の世界では普通にあった先行投資という商売方法を思い出し、感心していた。
(この命がけの世界でそんなことを冒険者相手にしている人がいるんだ。意味わからない人情とかを大切にする人なんかより、理路整然としているこの人とのやり取りのほうがよっぽど信用できるかも)
「わかりました。ぜひ交換をお願いします。投資したかいがあったと思ってもらえるようがんばります。これからは商売相手としてはっきり言って頂ける方が互いにとって話が早いと思います」
商人は今までの感情任せの冒険者たちの中で理性的なやり取りのみを重視するようなタクに感心しながらも、実際の仕事相手としての期待値が低いことに失望する。もちろんそんなことを出さずに笑顔でラットの素材とナイフを交換した。
「かしこまりました。私はラウルと申します。では率直に申し上げます。以後は私へ持込を。ちなみに、ラットは儲けになりません。一刻も早く二階層へ行ってください。一ヶ月以内に行っていただければ、成長ぶりを評価してそこで出現したモンスターについての私が知っている分の情報を提供いたしましょう」
「了解です。対策は考えておりますので、問題ないかと。二階層についた際はモンスターを確認して一度引き返してきます。では、今日はこれで。ありがとうございました」
互いにすぐ商売的な思考に切り替えやり取りをし、タクは呆気に取られている後ろの男に待たせたことについて謝罪した後、ギルドを出る。
自身の家に戻ったタクはメイに声をかけ、メイたちの木屋裏にある薪置き場に連れてくる。
「ご主人様、どうされたのですか?」
めったにされたことない呼び出しと、連れてこられた場所の意味もわからなかったメイは若干タクに怯えながらたずねる。
「ああ、ごめん。ちょっとつくってほしいものがあるんだ。確かメイって『工作』できたよね?」
「はい。ただ、そのスキルを使う場合、目の前で一度それを作ってもらうことが必要です。薪を使って何か作られるのですか?」
「うん。ちょっと今回の冒険で、元からわかってた力不足を再認識してさ。ちょっと工夫しようかと思って。これから僕が作るやつを大量に作って欲しいんだ。いいかな?」
「もちろんです。薪もかなり多めに購入されておられましたので、よっぽどでない限り問題ございません。ただ、かなり質が悪いものとかも混ざっておりますので、それについてはご注意ください」
「うん。じゃあ、よろしく」