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おんぶ冒険者 ~モンスターと迷宮~  作者: でで
おんぶで赴く冒険者!
8/16

冒険者は体と頭どっちが大事なんだ

 コウエの町。そこには冒険者ギルドをはじめ、宿、歓楽街、そしてダンジョンが存在する。

 ダンジョンは冒険者たちの生活の糧を得る場所でもあり、墓場でもある。そこには魔物が生息しており、倒すと素材を落として消える。原理を研究する学者は、ダンジョンの魔力によって生み出される魔物が死する時に体の一部に魔力が凝縮されると考えているようだ。それは肉だったり皮だったり、もしくは魔力が固まってできた魔石だったりと、そのそれぞれが現在の人間の生活に欠かすことができないものとなっている。

 そんなダンジョンの入り口は、今タクの目の前にある直径三メートルの魔方陣だ。大昔の神々によって封じられたと伝えられるダンジョンには、その魔方陣以外からは基本的に出入りができない。周りには蓋をするように多数の柱によって造られている神殿のような建物が昔の人々によって建てられていた。

 冒険者たちはそこで作戦会議なんかをするのだろう、ちらほらとそれらしき人達が点在している。人間不信で尚且つ秘密があり、特に戦闘能力も持たないタクがパーティーなどを募集するはずもない。

「コウエのダンジョン。一階層は巨大鼠。たいした稼ぎにはならないだろうけど、リンさん曰く大群に襲われない限り死ぬ危険性も低いらしい。ナル、今日はよろしくね」

 タクは腰に巻かれているナルの腕をさすりながら声をかける。はたから見たらローブで全身隠している男がブツブツ言いながら自分のお腹をさすっているように見えるかもしれないが、ナルが見つからないように姿を隠しているのだから仕方ないと開き直っているようだ。

 ダンジョン入り口の魔方陣は蒼い光を放って明滅している。しばしそれを見つめていたが、意を決して魔方陣の中央へと足を踏み入れる。

「タク=コウノ 一階層へ」

 冒険者カードを出し、リンに教えてもらったとおり唱える。魔方陣から光が立ち上り、無事ダンジョンに転移した。


 足元の魔方陣が消え去り周りを見渡すと、四方に道がつながる四畳半くらいの小部屋。石造りの部屋はどういう原理か、照明もないのに通常通りの視界が広がるくらいには明るい。

「ナル、出てきて良いよ」

 ダンジョンはかなり広大で、しかも侵入する人の魔力によってそれぞれ別の場所に転移してしまう。パーティーを組んで一度に魔方陣に乗ると同じ場所に転移され、別々に乗った人達が広大な迷宮内でかち合うことは、意図的でない限りかなり難しい。昔、迷宮内の地図を作成しようとしたらしいが、一階層だけで国土よりも広く、転移先も人によって変わって明確な目印が置けないため、断念せざるを得なかった。幸い、別の階層に行く魔方陣は点在しているので、一つだけを求めて大陸並みの場所をさ迷い歩くというのはないらしい。その広大な場所のおかげで、人目を気にせずナルを出せる。

「まあ、ナルを出さないとなにもできないからってのが大きな理由だけどね」

 タクが思わず苦笑しながら呟いていると、ナルがローブの後ろ側から顔を出す。手は袖のところから出そうとしていたが、手の長さが足りず、うまく出せずに齷齪あくせくしていた。結局ナルは足の部分を少し伸ばして首のところから上半身を出してしまった。

「ナル、胸、当たってるよ!」

 ナルはタクの胸の部分とさらしのような紐でくくり付けているので、上半身を出したら当たるのは仕方ない。しかし、後頭部には布越しではあるけど感じる幸せが押し付けられいるタクは、それに動揺しないほどリア充ではなかった。ナルは何が悪いのかわからないみたいで、あたふたするタクを面白がって更にくっついて遊んでいた。

「もー! 初ダンジョンなんだから、油断なく行きたいのに……」

 ここ十日ほど戦闘訓練をしながら一緒に生活していたナルは、人間不信になったタクにとって癒しであることは間違いない。この純粋で無垢なナルは、喋ることはできないが言葉をちゃんと理解しているし、トイレなどの時はちゃんと手で耳を押さえて目も瞑ってくれる気遣いのできる子だ。ただ、甘えん坊の面があるのか、親と思われているのか、やたらとタクにくっつく。その際に慎ましやかながらも女性的な部分がくっつくのを気にしないナルに、タクはうれしい反面困ってしまう複雑な感情がわく。

 (って、そんな場合じゃなかった。ここは油断すれば命を落とす危険があるダンジョンなんだ。実際今の体勢のほうがナルが戦闘しやすいことを考えると、我慢するしかない)

 動揺する気持ちを何とか静め、改めて周囲を見渡し現状について考えるタク。

 (四方に道があるということは複数の魔物が同時に来てしまった場合、背後を取られてしまうかもしれない。転移先の状況は運次第だけど、魔方陣があるからって魔物がよってこないわけじゃない。僕らの戦闘スタイルは部屋より通路のほうが良いから、せめてどこかに進むべきだ。ただ、進む指標となるものがないので、勘で進むしかないんだけど……)

 なんとも頼りない作戦ともいえない行動指針にため息が出そうになるが、なにもかもが足りない自分達では仕方ないと割り切る。

「ナル、どこへ進みたい?」

「んー、んっ」

 マッピングが必要になるほど進むつもりはないタクは、周囲の警戒だけして、ナルが適当に示した道に進む。

 石造りの通路を暫く進む。ダンジョン内の気温は一定で暑くも寒くもないはずなのに、タクは恐怖からか手に汗が滲む。自分の足音以外の無音な世界が、酷く精神を圧迫してくる。ナルの背中の温かみがなかったら、恐怖でまともに動けなかったかもしれない。

 (――――――いた。ジャイアントラット一匹)

 直線の通路の奥で、膝下くらいの高さに二つの赤い眼が光っている。ナルも気付いたのか、顔をタクの肩に乗せて両腕を地面に付くくらいに伸ばしてる。

 タクは武器もないので、いつでも動けるように軽く膝を曲げて、両腕を使って腰の後ろでナルを支える。おんぶの格好だ。

 近づいてきたジャイアントラットは灰色の毛に覆われてる五十センチくらいの鼠で、攻撃方法は体当たりと転倒した敵へのかみつきの二種類だけ。力はないけれど、速さについては人が走るよりは速い。

「ナル、射程圏内に入ったら片腕で横殴りだよ。左右交互に攻撃するんだ」

 縦振りのほうが威力は有るが、速いのならミスする可能性がある。不用意に接近されるとタクには有効な攻撃方法がない。

 ジャイアントラットはタク達の存在に気付いたらしく、鼻を動かしていたが、一気に駆け出し体当たりを仕掛けてきた。

「今だ!」

「んっ!」

 目測で二メートルくらい手前まで走ってきたジャイアントラットの首元に、ナルの右腕からの横殴りが当たる。バランスを崩したラットが体当たりを中断させられ、慌てて体勢を立て直したときには、ナルの左方向からの攻撃が頭からお尻までの全体に与えられた。

「よし! そのまま壁に向かって弾き飛ばせ!」

 攻撃によって転倒したラットに駆け寄りながらタクがナルに指示を出すと、間断なくナルの両腕の連撃がラットの右半身を襲う。壁際に追い詰められたラットが弱弱しく起き上がろうとしたところを、タクはサッカーボールを蹴るのと同じ動作で思いっきり壁とはさむように蹴りつけた。

「ボールがっともだちーー!!」

 ラットの腹に突き刺さった足から酷く嫌な骨が砕ける感触を受けつつも、そのままラットが光となって消えたのを見て、思わずタクはへたり込んでしまった。

 (案外、なんとかなった。……いや、ナルが最初に相手の動きを止めてくれたからだ。僕だけだったら、動きを捉え切れていなかった)

「ナル、やったね! 僕らは良いコンビだと思うよ!」

「んっ!」

 初勝利に安堵したタクは後ろから頭を伸ばしてくるナルの頭をなでる。タクがへたり込んでいたあたりからドヤ顔を決めていたナルの顔がほころぶ。

 二人は暫くそのまま喜びをかみしめていたが、いつまでもへたり込んでるわけにも行かないので、ラットの落とした物を拾いに行く。

「皮だね。これが三十枚で宿一日分かあ。先は長いから、気を引き締めないとね」

 皮は三十センチ四方の小さいもので、ラットの体毛がそのまま付いているものだった。タクはナルに手渡し、ローブの中にあるナルとタクの間につけた特製の布袋に収容する。ここならば戦闘中に落とす心配も、盗まれる心配もない。

 一息ついた後、そのまま進んだ次に接触したのは、先ほどと同じジャイアントラット。今回は二匹同時だった。

「ナル、一匹は僕が何とか足でひきつけるから、もう一匹のほうを動けなくなるまで攻撃しててて」

 二匹は多少左右にずれながら、ほぼ同時に突っ込んでくる。

 ナルは一薙ぎにしようとするが片方のラットはぎりぎり射程外だったのか、うまく打ち据えられた片方を抜いて、足元に迫る。

「うおっと! ちょまって、ちょいちょいちょいちょいちょい!」

 タクは片足を上げて体当たりを回避したが、そのままラットは足元を駆け回り、隙あらばブーツを齧ろうとする。それでダメージを受けるわけではないが、ブーツをぼろぼろにされたらたまらないと、タクは必死になって避ける。あまり乱暴に回避すると、ナルの邪魔になってしまうのでかなり焦りながらの回避になってしまっていた。

 ナルはその間にも、もう片方のラットが動けない程の連打を浴びせていた。一撃がそれほど重くはないため、ラットに骨折などは起こっていないが、先ほどの戦闘を参考にしたのか、ナルはラットを壁際に追い詰めている。

「んっんっ!」

 必死に動くタクの上で上手にバランスをとりながら見事に壁に追い詰めたナルは、合図を送りながら足元の地面に両腕を叩きつけて近くのラットをけん制する。

「了解!」

 急いで壁際でダウンしているラットに駆け寄り、先ほどと同じように蹴りこんでしとめた後、ナルが攻撃しやすいように残るラットへタクは体を向ける。

「わっ!」

 ラットはすぐそばまで駆け寄っていて、振り向いたときには片足に体当たりをかましてきていた。タクは思わず体勢を崩され四つんばいになってしまう。

 ナルは体勢のせいでラットに攻撃するも威力が足りず、慌てて上半身を起こしたタクだったが、ラットはタクの背後にいるナルめがけて襲い掛かってきた。

「こっのおおおお!」

 (ナルに怪我をさせるわけには行かない!)

 横に転がることもナルを傷つけてしまうため、残る手段である前方へのジャンプを無理やり膝立ちの状態から繰り出し、体をひねる。

「ぐぶぇっ」

 しかし下半身はその無茶な挙動について来れず、上半身だけなんとかラットに向けたタクのお腹にラットが突っ込む。思わず苦しくて吐いた息は醜くてしかたなかったが、タクにそんなことを気にする余裕もなく、ラットに向かって土下座するような体勢になってしまっていた。

「んーんっ!」

 両手を絡み合わせ棍棒のように太くしたナルは勢い良くラットに振り落とす。

 寸前で回避を試みたラットだったが、完全にはかわし切れず、半身に攻撃を浴びる。その攻撃によって片足を骨折したのか走ることもできないようだ。

 ナルがそのまま棍棒状態の腕をタクの前に持ってくる。ナルの力では決定的な一打にはならないので、タクの力もあわせて攻撃するつもりだ。

 タクは苦しいと弱音を吐く自分を押さえつけ、ナルの手をとり惨めに動くラットに止めを刺した。光が消えると、肉の塊が落ちている。先にしとめたほうもどうやら肉のようだ。

「あぶなかったー」

 やはり一匹のときよりかなりやりにくい――。

 通常の冒険者は剣や槍などの刃物で一撃でしとめていくのだろうが、タクたちにはそれができない。それ故一匹に取られる戦闘時間や同時に捌ける攻撃も限りがある。いくら殺傷力の低いジャイアントラットの攻撃でも、今のタク達では複数に囲まれた場合対処ができない可能性のほうが高かった。

 (でも、僕には刃物はもてない)

 タクの背中にはナルがいる。剣や斧を振りかぶると怪我をさせる恐れがあり、両者が攻撃しながら姿勢制御や重心を取るのも難しく、短剣とかはラットの場合かがまなくてはいけないので、ナルの攻撃が弱体化してしまう。なによりその素養も筋力もないタクでは、現状より命中率も攻撃力も落ちてしまうだけだろう。

「ナル、お疲れ様。足引っ張っちゃってごめんね」

 肩越しに心配そうに見つめてくるナルの頭をなでながら、タクは課題点の改善を考える。問題点が色々ありすぎて考えることが多すぎると考えたタクは、これ以上の探索を断念する。

「今日は様子見ってことだし、かなり早いけど今日はもう帰ろうか」

 (とにかく、万が一があった場合やり直しがきかない。僕はゲームでも序盤にレベル上げをしてボス敵を危なげなく倒すプレイスタイルなんだ。現実に命を落とす危険がある以上、そのゲームのときより慎重に進めていくべきだ)

 今回の短い探索で数多くの問題点が判明したが、魔物については容赦なく攻撃できる自分に、その点については良かったと、多少安堵しながらタクはダンジョンを後にした。



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