○える場所を選んだ結果は冒険者!
(スキルとは使えたからでてくるはず。一体いつの間に肉体なんて分け与えてたんだよ、僕!)
ガシャンと、甲高い音が聞こえたタクが音の発生源に目をやると、そこには地面に散らばった料理と目を見開いたメイが立っていた。
「――旦那様? どういうことでしょうか?」
敬語をやめてと頼まれても堅苦しい口調のままなメイの目線は、背中から抱きつかれているタクへ注がれていた。
タクが寝転んだまま後ろに振り向くと、緑色の髪と白目の部分も含めて緑の目をした美少女が、見えている上半身が裸の状態でタクの首に腕を巻きつけていた。
「うわあっ! 違う! これは誤解だ!!」
慌てて毛布を跳ね除け上半身を起こし、その勢いで少女を振り落としたタクは、メイに向かって意味の分からない釈明を叫ぶ。
しかしメイはタクの言葉に反応することも無く、更に口をあけてタクを見つめる。
タクの上半身はいつの間にか上着を脱ぎ去り、裸だった。
「違うから! 僕も状況は分からないけど、なんでもないから!」
「……いえ、旦那様とその女性の関係について奴隷の私から申し上げることはありません。それより、旦那様の体は大丈夫なのでしょうか?」
「待って! その言い方はちょっと良くない誤解がある気がする! 体調は何故か急に良くはなったけど、話を聞いてくれ!」
「体調が良くなったことは喜ばしいのですが、そうではなくて、その体はなんなのでしょう?」
「へ? ……なっなんじゃこりゃー!!」
上半身を晒しているタクは、自分の体を見ると朝魔力が戻りスキルを得ていたときよりも驚愕する。
以前のタクの体は、キモブタと自分で称するように胸囲も腹囲もメートルを超えていて、手も足もかなりの太さにあった。それが今のタクは、多少腹が出ていて標準体型よりぽっちゃりとはしているものの、今までトロロ体型だったのが身長の高い飛べる豚くらいの体型になっていた。
「お体は大丈夫なんでしょうか?」
「あ、うん。体調とかは今までで一番いいよ。どうしてこうなったのかわかんないけど」
「では、掃除道具とってきます。お食事無駄にしてすいませんでした。おばあちゃんに食事を作り直してもらってきます」
そう言ってメイは部屋から退室し、部屋にはタクと正体の分からない緑の少女が残った。
「そうだった! えっと、君は誰? なんでここにいるの?」
自身の体のことですっかり少女のことを忘れていたタクは、やっと存在を思い出し質問する。
少女は倒れたまま首を傾げるが、喋ろうとはしない。
「えーっと、言葉わかる?」
「んっ」
コクコクと少女は頷く。
「じゃ、喋れる?」
「んんん」
フルフルと少女は首を振る。
「そっかー。喋れないかー……」
少女の短く息を吐いたような返事を聞いたタクはその事実に落ち込むが、こちらの会話が分かるだけでもまだマシと思って会話を続ける。
「じゃあ、少し僕の質問に答えてもらっていいかな?」
「ん」
「よかった。えっと、なぜ君がここにいるか分かる? 僕の姿が前と違うんだけど、こうなった心当たりある?」
両方に頷いた少女は、自分の下半身へと視線を向ける。
「へ? って、見えない。ちょっと、動かないで。動かないでったら」
座ったタクの後ろに少女が倒れていたため、体を後ろに向けようとするタクだが、少女はタクの背中を追うように移動する。
何度か繰り返しても、変わらず背後に回りこむ少女に苛立ちながら、タクは再度尋ねる。
「ねえ、もしかして見られたくないってこと?」
少女が上半身裸の状態を恥ずかしがっていなかったからといって、さすがに下半身は無理なのかと思ったタクだが、少女はその質問に首を横に振る。
その仕草に余計疑問に思ったタクの左手が、何かに掴まれて自身の背後に回る。触れた場所は少女のお尻の部分で、たぶん少女の手が動かしているタクの左手は、そのままゆっくりと下に流されていく。
「……うそ、だろ?」
タクの左手が少女のお尻から足にかけて下りてきて、膝にあたる部分を超える。そのまま下がると、ちょっと手触りがゴツゴツし始め、その部分すら超えた時にあったのは、タクの尻だった。
(え? 冗談だろ? 俺の背中に、この子植わってる? あ、スキルって、いや、ありえないだろ。でも、現に……)
タクが自分と少女がどうなっているのか理解したのを感じた少女は、無言でドヤ顔を決めている。それすら気付かないタクは、メイが静かに掃除をして作り直した料理をそっと隅の机に置いていったことにも気付かなかった。
ドヤ顔に反応しないタクに飽きた少女は、起き上がるとそのままタクの首に抱きつく。タクの尻上から生えている少女は、ちょうどタクの首に手が回る高さで、巻いた手の上に自分の頭を乗せた。
(……もう、何も驚かない)
タクは今日の朝だけで驚きすぎて疲れてしまい、逆に冷静になる。
タクの首に巻きついているのは、ひび割れているかのようにゴツゴツしていて、茶色の肌をしていた。
(まるで樹木。てか、まんまそれだよね)
後ろに首だけ振り向いたタクは、向いてくれたのを喜ぶ少女の顔からゆっくり視線を落とす。少女の体は貧乳な胸もすっきりした腹も普通の人間のものだが、肩から先は樹木の枝が伸びたような肌をしていた。先ほど触った尻から下の足もタクの体にくっつく部分まで恐らくはそうなのであろう。
それからタクは、少女に色々と質問し、現在の状態に至るまでの経緯を推察した。
(―――纏めると、多分背中を怪我した後に地面を転げまわったとき、この子の種が背中の傷の中に入った。魔力と体力が減っていたのは、体の中から養分を吸われていた為。痩せたのも体を形成するために脂肪を吸収されていたから。この子の体部分が人に近いのはこのせい。この子の根が僕の体中にはびこっているけど、それで死んだりとかはしない。無理に引っこ抜こうとしたら体の中があじゃぱー。根だけ残してこの子が分離したら、すぐこの子は死んでしまう)
これから生きていく上で、離れることが不可能に近くなった少女を見つめ、タクは頭を抱える。タクの内心を知らない少女は、タクに見られているのに気が付き、笑顔になっていた。
(この子、ホントかわいい。生まれたてのせいか純粋な感じがするから、人を相手にするような嫌悪感が沸かない。そもそも人ですらないけど。僕のオタ知識に当てはめるなら―――女性版ナルキッソスだ)
本来神話であるナルキッソスは男性で四肢も樹木になっているわけではないが、タクに馴染みがあるのはゲームやアニメに出てくる、この少女のようなナルキッソスだった。
「これから一緒にすごすしかないなら、仲良くやっていこう?」
タクは人を信じることができず、目標であったそばにいてくれる人を諦めていた。
しかし文字通りの一蓮托生状態であるこの子については、体に根を張っていることには恐怖を覚えるが、嬉しそうに頷くこの子と仲良くなろうと考えていた。
「とりあえず、名前決めなくちゃね。ナルキッソスからとって、ナルちゃんでいいかな? 僕はタクって言うんだ。よろしくね」
名前を貰ったナルは、相当嬉しかったのか万歳をしながらコクコクと頷く。そしてそのまま後ろに倒れてしまった。
「ありゃ。あー、樹木のところが柔らかくて踏ん張れないのか」
ナルの体に触ってみると、タクとの付け根である樹木部分から曲がっていた。どうやら自重を支えるほどには形を固定しておけないらしい。
ジタバタとしているナルに手を貸し、斜めに引っ張り起こしてあげる。ナルはあたふたしながらも腕を伸ばしてタクの肩に捕まり背中に抱きつく。
「成長したら、堅くできるようになるのかな? そっか、ならそれまで僕に捕まっていたらいいよ」
「んっ!」
嬉しそうなナルをおんぶ状態のまま、朝何も食べてないのを思い出し料理がおかれている机へと足を進める。
「ナルはご飯食べれるの?」
「んんん」
残念そうに首を振るナルは、手を窓に向ける。それを見たタクは、光合成かと机の上の料理を持って日が刺している床に座り込む。
ナルは日光が気持ちいいのか、うっとりした雰囲気を出しながら目を細める。それを見たタクは和みながら料理を食べていた。
食事が終わり、ナルの目も開いてきたところで、着替えようとタクはタンスに近寄る。
下のズボンは紐で止めるためスムーズにはけたタクだが、上着を着るときになって気付く。
(ナルが邪魔で着れない……)
シャツを着ようにも、ナルとくっついている部分がつっかえて、ぽっこりお腹がこんにちわしてしまう。どうしようと考えてるタクに、ナルがタンスから首元が開いている服を手に取り渡してくる。
「そっか、ナルごと着れる服ならいけるね。痩せてるお陰で、服がぶかぶかだし、ちょうどいい。ナルありがと」
「んっ!」
ナルごと服を着て、タクは手を伸ばしナルの頭をなでる。ナルは嬉しそうに目を細め、頭を手に擦り付けていた。
「あ、でもこれ、背の高い人から見たら、隙間からナルの胸が丸見えだ」
服の首のところからタクとナルは顔を出しているが、ナルがタクの肩から顔を離すと隙間が開いて中が覗けてしまう。それに気付いたタクは、今更ながらに少女と裸でくっついていることに気付いた。
(うわっ意識してなかったけど、ずっと裸で胸が当たってたんだ。そういえば抱きついてきたとき後ろから柔らかい感触が……)
首まで真っ赤になったタクにナルは首をかしげてしまう。
(この子、その辺はまだ良く分かってないみたいだし、僕が何とかしないと。とりあえず僕はさっきのシャツを着て、ナルにはメイから何かかりて着せよう。その上にこれを着れば大丈夫。ナルの下着についてはどうしようもないから諦めよう)
なんとか対応策をひねり出したタクは、ひとまず先ほどのシャツを内側に着なおし、食器を持ってメイの元へと向かう。
見つけたメイは、リンと一緒にキッチンの掃除をしていた。
「ごちそうさまでした。メイ、ちょっとお願いがあるんだけど」
「はい。なんでしょう旦那……様……」
「タク様、その子は……?」
(あ、女の子をおんぶしながらまとめて一つの服を着ているのって、かなり怪しいじゃん! いや、どっちにしろこの二人には説明しなきゃだし)
タクは呆然としている二人をテーブルに連れて行き座らせ、ナルのことを今までの体調不良や、自身の体の変化も含めて説明した。
「という訳で、メイから上着を借りれないかと。今日中に街に出てナルの服を買ってきます」
「なるほど。わかりましたわ。メイ、上着を一枚持ってきて頂戴。タク様、私が買いに行きますからその子の服を買うためのお金をもらえるかしら?」
「えっと、はい。お願いします。」
一通り説明を受けたリンは、目先の問題の解決としてメイに指示を出し、自分は買い物の準備をし始めた。タクは残り少ない残金から、リンの奴隷用のカードにお金を振り込む。この奴隷カードも冒険者カードと同じで、ステータス等は見れないがお金の出し入れができるようだ。冒険者が奴隷を買うことは多く、買出しや不在時の用事においていちいち現金化をしなくてすむように奴隷購入費に最初から組み込まれている費用で作ることになっているらしい。
「では、行ってきますね。タク様、ナルちゃんのようなことは聞いたことがありません。ばれたらどうなるか分かりませんし、ばれなくてもその格好では目立ちます。下手したら衛兵を呼ばれてしまうので、外出するときは気をつけてくださいね」
(そっか、まんま犯罪者って格好だもんな。僕、これからどう生活していこう)
がっくりと肩を落とすタクをナルは服の首の穴から手を伸ばして頭をなでる。戻ってきて早々そんな奇妙な姿を見たメイは、顔をこわばらせながらタクに服を手渡した。
「頭なでてくれてありがとう、ナル。これを着てくれないかな?」
タクは二人できていた服を脱ぎ、タクの見えた腹とナルの裸を見て慌てて後ろを向くメイを尻目にナルに服を渡す。ナルが着た麻の服はぎりぎりナルのお尻の部分を隠すサイズで、その上からまとめて着た服にうまく隠れていた。
「メイ、助かった。リンさんが帰ってきたら返すよ。ナル、抱きつくのって脇の下からでもできる?」
「んー、んっ」
ナルはもぞもぞと体を動かし、指示されたとおりに両脇の下から腕を伸ばしタクを抱きすくめる。
「そのまま服の中に顔を埋めてみてくれないかな? どうかなメイ、わかりやすい?」
「いえ、服がだぼっとしているので、ぱっと見には分かりません。たぶん旦那様の戦闘用のローブとかは厚みもゆとりもありますし、顔を出さない限りまったく分からないと思いますよ」
(確かにサイクロプスのローブは太っていたころの僕でさえゆったりと着れてた。今後外出はアレにして、ナルには隠れてもらおう。ただ、ナルといる限り普通の職業は無理だね)
「ナル、今後人目につくときは今みたいに隠れて動かないようにしてもらうことになるけど、お願いできる?」
「んっ」
少し我慢をさせることに気が引けたタクであったが、ナルは頭を出して肩に置き、大したことは無い感じで了承する。
(植物が入っているから動かないとかには抵抗が無いのかも。それに、素直だからか)
ナルに感謝しつつ、頭をなでる。背中側にいるナルを撫でるのは、肩に頭を置いているとき以外難しい。
買い物から戻ってきたリンから服を受け取りメイに服を返すと、タクは寝室に戻ってベットの上に座る。
「あー、仕事どうしよう。普通の仕事も無理なのに、ナルを背負ったまま戦闘なんて、僕には無理だよ」
一年の間は買いだめで何とかなるとしても、ただでさえ戦闘ができないタクにナルが加わり、タクはお金を稼ぐ手段を見つけられないでいた。
ナルはタクの言葉に首をかしげ、じっとタクを見つめている。
「あ、ナルが悪いんじゃないんだけど。って、ナルってモンスターだよね? 何か戦う方法とかある?」
タクが駄目元でナルに聞くと、ナルはしばし考えた後、頷いた。
「あるの!? どうやって!?」
予想外の返答にタクはナルに目を向ける。するとナルはまとめて着ていた服を脱ぎ、おもむろに樹木肌の両腕を上げる。タクが注目していると、ナルの両手が変形して太さ十センチほどの、まさに枝というべき形に変化していた。
「んっ!」
ナルが変形した両腕を思いっきり振ると、ナルの両腕はゲームにでてくる触手のように伸びながら鞭のようにしなる。長さは三メートルほどで、勢いから考えると、人に当たっても骨折はしないが酷い内出血はしそうな威力だった。
「うわっ! すごい! 樹木部分は伸びるんだ! 先を尖らせて突いたりもできる!?」
タクに褒められて嬉しそうな顔をしていたナルは、腕を元の長さまで縮め、先端に集中する。しかし、少し細くなったかなといったところで変化が止まってしまった。
「あらら、それはまだ無理か。もうちょっと成長してから試してみようね」
失敗してしゅんと落ち込んでいるナルをタクは撫でて慰める。
「けど、現状だと敵を倒せるほどの攻撃力はないし、僕は完全に足手まといだ。武器も無いから、どうしようもないな……」
そんなタクの様子を見たナルは、再度両腕を伸ばし触手となった腕をタクの両手に巻きつけていく。二本伸びたそれは座り込んでいるタクの手の上まできて絡み合い、八十センチほど絡まったあと、折り返して更に太く絡まる。
「これは、棍棒?」
手に取ったそれは、棘などは無いがそれなりの大きさで、ナルが支えているために筋力の少ないタクでも容易に振りかぶることができる。
「おー、これなら最低限の戦闘はできるかも! ナルが弱らせてこれで止めを刺せば、一階層の鼠とかは倒せるはず!」
タクがそう分析して喜んでいるのを見たナルは、ムフーと形容したくなるようなドヤ顔を決めていた。
「ナルは本当偉いね! 装備を盗られてから、どうしようもなかったはずなのに、ナルのお陰で何とかなりそうだよ!」
「ん!」
「これを作っているときはナルの触手攻撃はなくなるけど、その辺は一緒に練習して連携しようね!」
タクは連携の仕方などの方法を考えながら得意げなナルの頭を撫でる。そこには自身の体に巣食うモンスターという恐怖感はすでに存在していなかった。
「―――背中の傷は剣士の恥だ。けど、僕にとっては背中のナルは戦士の始まりだ!」