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安心は家と奴隷と装備と信頼する仲間である

 卓が目を覚ましたのは、部屋に一つだけある窓から、街の城壁にある篝火だけが見える真夜中だった。

 (かなり眠ってたんだな。それでもまだ疲れが取れていないのか、寝たりない感じがする。腹は減ったけど、水だけ飲んでおとなしく寝直そう)

 卓は倦怠感を覚えたままの体を動かして籠に入れていた水筒を取り、ベットに戻って水を飲む。

 (昨日一日、ありえないことの連続だった。なんか遠い昔のことに感じるけど『妹』に失望させられたり、そのまま変なとこにきちゃうし、メリムたちに殺されたり拷問されなくてよかったって思ったら盗賊襲ってくるし、痛かったし、黒歴史確定の事で命助かっちゃうし。――――夢じゃなくてマジなのかー。キモオタで天涯孤独の自分としては奇跡なんだろうけど、今までの堕落のツケで身についた脂肪をかかえて冒険者になってやっていけるのかな。早く生活基盤を整えて装備と情報を入手しよう)

 眠気にまどろみながら一日を振り返っていた卓は、本人は自覚がないまま眠りに落ちていった。


 朝に無事起きられた卓は、食事を取ろうと一階の食堂に入っていた。

 (――メニューが分からない)

 食堂は夜には酒場になっているのだろう、ほのかな甘い発酵臭に木製のテーブルやカウンターがある。料理を作るのであろうカウンター越しに見えるキッチンの奥の壁には、メニューらしき黒板が飾られていた。

 卓はどうしていいか分からず、とりあえずカウンター席に座ってみる。すると厨房奥から昨日接客してくれたおばちゃんが出てきた。

「おや、おはよう。昨日は一日中寝てたんだね。腹が減ってるだろう? 文字が読めるなら黒板から言っとくれ。読めないならどんなのなら食べれるかいいな」

「おはようございます。じゃあ、無茶苦茶腹ペコなんで肉料理とパンをがっつりください!」

「あいよ。あんたはかなり食いそうだからね。たっぷり持ってきてあげるから、ちょいとまっときな!」

 どうすればいいか教えてくれたおばちゃんに心の中で感謝しつつ、百ルピを手渡しながら注文する。(助かったよおばちゃん。今度からお姉さんと呼ぶよ!) 一度も声に出しておばちゃんとは言っていないのにそんな約束を自分にかした卓がしばらく待っていると、大皿に乗った肉野菜炒めとパン、スープを一度にお姉さんが持ってきた。

「ほら、肉ばっかりじゃ体に悪いからね! しっかり食べてがんばんな!」

「ありがと、お姉さん! いただきます!」

 ―――卓のお姉さん発言に気をよくしたお姉さんと話をしながらすべての料理を完食した卓は、一度部屋に戻り荷物を纏める。部屋の鍵を返しにカウンターへ向かうと、そこに見覚えがある人物が立っていた。

「おはよう、スグル。門兵から証明書を持った少年が無事街に来たと聞いて安心したよ。生きていてくれて良かった。あの時はすまなかったな」

「メリルさん。いえ、こちらこそ自分だけ何もせずに逃げてしまってすいませんでした」

 そこにいたのは、昨日卓が一番お世話になったメリルだった。

「いや、あれが最善の選択だったよ。それより今日は色々生活するための準備をするんじゃないか? 私は昨日の功績で昼過ぎまで休暇を貰っているんだ。良かったら今から手伝わせてもらえないか?」

「そうして貰えると凄い助かりますが、いいんですか?」

「ああ。文字が読める者がいたほうがいいだろうし、昨日のことは私も気になっているんだ。悪いが付き合ってくれ」

「もちろんです。よろしくお願いします」

 メリルのありがたい申し出に喜びつつ、カウンターのお姉さんに鍵を返した卓は先に出たメリルの後を追いかける。

「まずは、昨日街でどんなことをしたのか聞いてもいいか?」

「あ、昨日は朝方に街について、疲れて寝ちゃいまして何もしてないんですよ。」

「そうか。なら、最初に決めるのは寝床だな。毎日宿を借りるのもいいが、せっかく貰った大金があることだし、借家にでもしてみたらどうだ? 荷物も置けるようになるし安上がりだ。料理はスグル自身ができるしな」

「そうですね。って、やっぱりこれ大金なんですね」

「そうだな。十数万ルピもあれば中古の家が買える。家に全てを使うわけにはいかないし、一人で住むのなら一年契約で一万ルピも払えばかなりいいところが見つかるぞ」

「了解です。家は最低限生活できれば十分なので、おまかせします」

「よし。ついてこい」

 メリルに案内された家にはにこやかな笑顔の老夫婦がおり、卓に対して近辺の家を管理している方だと紹介した。

 卓の希望を聞きながら選んだ物件は、大通りから少し入ったところの庭付きの一軒家で、道路に面しているところに小さい小屋があり、庭を抜けた先には二階建ての家があった。

 (……広い。でも、アパートみたいなのは防犯上この世界にはないらしくて、一軒家じゃなくていいって言ったらこれ以上小さいのはないって言われた。まあ、物騒な世界で見知らぬ人と同じ家なんて、宿屋以外にはないらしいからしかたないか)

 メリムに家の中を案内されながら説明を受ける。一階はリビングとキッチンで、トイレもある。庭には井戸があるらしく飲み水としても利用可能。二階には十二畳の寝室と十畳の書斎の二部屋。値段は先刻の説明どおり一万ルピ。しかも元からベットやテーブルなどの大きな家具は入っている。卓にとって文句ないどころか十分すぎるが、一つ気になることがあったのでメリムに尋ねてみる。

「メリルさん、この家を契約したいと思うんですけど、庭に入るときに通った小屋は何に使うんですか?」

「ん? あれは奴隷が使う小屋だ。ここは狭いから奴隷部屋は家の中に作れなかったんだろう。――そうだな。たぶん時間も余裕があるし、ここを契約したら買いに行こう」

「ええっ! 奴隷を買うの!?」

「当たり前だろう。一人で冒険者をしながらここの管理をするつもりか? 掃除や剪定、買出しにトイレの洗浄、どれだけの作業量があると思っている。しかもスグルはトイレ洗浄に使う火や土とかの魔法は使えないだろう」

「そうだけど……。(トイレって汲み取りじゃなく自家処理しなくちゃいけないんだ)」

「スグルのいた村には奴隷がいなかったのかもしれないが、街で暮らすには必要だぞ。誤解のないように言うが、奴隷と性奴隷は違うからな? 変なことしたら処罰されるからな?」

「そうなんだ……。どう違うの? どっちにしろ人に買われるんでしょ?」

「全然違う。奴隷はそもそも孤児や身寄りのない高齢者、身体に不具合が出てしまった人が自分で登録して住み込みで労働することだ。奴隷を持つものは衣食住の整備の義務はもちろん、尊厳を踏みにじる行為は当然処罰される。犯罪奴隷や、性奴隷のような違法奴隷と同じにしていいものではない!」

「なるほど、わかりました。(忘れてたけど、会話は翻訳されてるんだ。要は住み込みで雇うパートさんってことね。人を買うって辺りで奴隷に翻訳されたのか)」

「やはり地方では区別がついていないのか。そこにつけこまれて違法奴隷として身売りされたりするというのに……ブツブツ」

 奴隷について日頃思うことがあるのか、メリムは強い言葉で説明する。卓は翻訳について注意することに決め、未だに呟いているメリルの気をそらすため話題を変える。

「教えてくれてありがとうございます、メリルさん。ところで、食料とかはどこに保存すればいいんですか? 地下室とかはないみたいですし」

「ブツブツ……。ん? 保存? ああっ保管箱がなかったな! 食料用と冒険用と二つないといけない! よく言ってくれた! とりあえずさっさと契約して奴隷店に行くぞ!」

「了解しました。って聞いてないし」

 卓の質問に返答しながらテンションがあがったのか、メリムは猛ダッシュして老夫婦の元へ行く。本人の卓がまだ追いついていないのに契約しかねない勢いだ。何故か急かすメリムをなだめ契約内容を読み上げてもらい、不備がないことを確認した卓はこの家を借りることにした。

 卓は追加料金を払うと生活に必要な雑貨を一通りそれてくれるとのことなので、メリムがこだわっている保管庫以外のものを来客分も含めた四人分をお願いしておいた。

「お客様の条件に合う奴隷は五名います。奥へどうぞ」

 老夫婦から鍵を受け取った卓を挨拶もそこそこにメリムは引っ張り奴隷店へ駆け込む。家の保持に関する仕事ができる者という条件で奴隷商人に希望を出すと、メリムは応接室に残し卓を奥の部屋へ通す。

 並んでいたのは二十代の女性が二人、男性が一人、五十代の女性が一人と十代になったばかりの女子が一人だった。

「えらく女性が多いんですね」

 卓はふと疑問を口にする。それに奴隷商人はにまりと笑い、各奴隷の資料を渡しながら返答する。

「ええ。家事のスキルは女性のほうが持っていることが多いので。それに、そこの若い二人は夜のお世話も得意です」

「え? 奴隷と性奴隷は違うんじゃないの?」

「騎士様から教わったのですね。確かにそこには明確な違いがございます。ですが、奴隷本人が望めばしても良いことでもあるのです」

「あー、なるほど。実際の労働の緩和か衣食住の質の向上を条件に出せば、ということですね」

「その通りでございます。なので若い女性は人気が高く値段も少し上がります。しかし通常若い女性が奴隷になるケースは少ないため、本日二人もご紹介できたのは幸運かと思われます」

「なるほど。(これはメリムにはとてもじゃないけど言えないな) それで、五人それぞれいくらぐらいなの?」

 資料によると二十代女性の二人は家事スキルが少し少なく、他のスキルも特にない状態で一人三万ルピ。残りの三人は得意分野のスキルとそれぞれ同じくらいの家事スキル持ちだったにもかかわらず一万五千ルピだった。

「――――わかりました。じゃあこの二人をください」


 支払いを終え応接室に戻るとメリムがうつらうつらと舟をこいでいた。

「お待たせしてすいません。無事購入することができ、明日から来てもらえることになりました。次はメリムさんが言っていた保管庫ってやつを買いに行きましょう」

「お、おお。そうだな! こっちだ!」

 卓の「保管庫」という言葉を聞き、一気に覚醒したメリムは、意気揚々と奴隷商店を出る。なぜ保管庫がそこまで彼女を掻き立てるのかは分からないが、先ほど買った家とは逆方向の道を指差し、笑顔で歩き出した。

「そういえばメリムさん、保管庫って結局何なんですか? 保存するためのものってのはわかるんですけど」

「知らないのか!? 保管庫というのは、中に入れた生ものや劣化するものに対して中に入れたままであるのなら、自動で『不変』というエンチャントをかける凄い道具だ! 大きさによって値段もピンきりだぞ! 平民の家庭で使う食料用サイズなら六百ルピ、私の家にある大きいのだと千二百ルピだ!」

「なるほど。中に入れている間は腐らないってことですね。冒険で集めた皮や肉とかも保存できる。良い物ですね」

「だろう? 保管庫のお陰で旬じゃない食べ物も年中食べられるようになったんだ。私は保管庫がなくなったら生きていけない自信があるよ!」

 (うわ、メリムさんって大食いで花より団子を地でいっている人なんだな)

 メリムの熱烈な説明に卓がドン引きしていると、商店に着いたのかメリムが一つの建物に入っていく。

「さ、ここだ。ここは保管庫を家まで配達してくれるし食料品も扱っているから、まとめて買うと割り引いてくれるんだ。冒険者の場合、そう毎回買い物にいけるわけじゃないから、奴隷の分と非常食も含めて、一年分は常備しておいたほうがいい」

「そうですね。あ、奴隷の分も僕と同じもので買いこみたいです。食料を三人の一年分と、保管庫を二つですね」

「よし。選ぶのは私に任せろ!」

 メリムが吟味に吟味を重ねて選んだ保管庫は一個金貨一枚もする、卓が両手を広げるくらいの幅がある大きな宝箱の形で、中は更にファンタジー要素によって広くなっているものだった。卓が見てもどんな食材か分からないものを大量に詰めて今日中に老夫婦に言って搬入しておいてくれるらしい。

「―――――生活に必要なものは大体買ったし、いよいよ冒険者登録だな。借りた家のすぐ近くにあるから、一回戻ろうか」

 午前中いっぱいを使って普段着や食料以外の消耗品を買い込んだ卓たちは、借りた家に戻る。まだ保管庫は届いておらず、ひとまず先に買ってきたもろもろを配置する。

 朝からの倦怠感が取れていない卓は思わずベットで休みたくなったが、メリムがいなくなると文字を読み書きするものがいなくなるので、気力を振り絞って冒険者ギルドに向かう。

 借りた家からギルドは徒歩五分もかからないほど近く、すぐにたどり着いた卓はギルドを見て内心驚く。

 ギルドは卓の酒場みたいなイメージとは違い、庭がない大きな三階建ての白い石でできた屋敷だった。門というべき大きさの玄関を開いて中に入ると一階は大きなフロアになっており、冒険者であろう人たちがフロアを奥と手前で分断するようなカウンターにいる人たちに皮や肉などを渡していた。カウンター奥はまるで運搬会社のように、多種多様な荷物を一まとめにして搬出していたりする。

「一階はダンジョンで見つけた素材を引き取る商人たちのブースだ。引き取り値段はほとんど上下しないが、珍しいものとかは買ってくれる商人を見つけるのが大変だな。登録は二階でできるから行こう」

「へえ、あそこにいるのはそれぞれ出張ってきている商人で、ギルドで一括して買取とかはしてないんですね」

「当然だ。ギルドはただ単に冒険するものとそれに関連する人たちの寄り合いでしかない。冒険者登録も、身元保証にもお金の出し入れにも使える特殊なカードを貰うためだけのものだからな。まあ、量が必要な魔石とかはいくらでもどの商人も同じ値段で買い取ってくれるよ。その辺は商人たちで回しているようだ」

 どうやらこの世界のギルドは、本来の意味である『冒険関連業』ともいわれる人たちの寄り合いという意味のようだ。身分とかは無く、マスターや管理者、組織立った動きとかは存在していないのだろうと卓は認識した。

 二階に進むとそこは階段前の小スペースを中心に四方に通路があり、防具商人が販売するブロック、武器商人のブロックなど、分野ごとに販売スペースを作っていた。二人は階段前に設置されているフロントのような場所に行き、卓の冒険者登録をしたい旨を伝える。

「軍による身元保証ですね。かしこまりました。カード作成費用が二万ルピになりますがよろしいですか?」

 卓が了承し金額を支払うと、登録用の用紙であろう紙を渡してくる。卓はもちろん読めないので、メリムに代筆してもらいながら作成する。

「スグル、これから冒険者として生きていくならこの機会に名前を変えたほうがいい。冒険者は平民でも苗字を付けることが許されているんだ。将来名を上げたときに苗字があると、子供たちが家名に守られて生きていきやすくなる」

 魔力やスキルを書いたメリムは、卓の名前を書く時に手を止め、卓に尋ねる。

 (将来非モテのデブな自分が家庭を作れる自信はないし活躍できるような気もしないけど、自分が一番欲しいと思っている家族のためになるのならやらない理由は無いな。ついでにちょっと名前も変えておこう)

「わかりました。今日から僕はタク=コウノとして生きていこうと思います」

「タク=コウノだな。聞いたことが無い言葉だが、そのほうが印象にも残るか。わかった。これからは私もタクと呼ばせて貰おう」

 メリムは言われた通りに記入し、フロント嬢に用紙を渡す。

「タク=コウノ様ですね。登録料をお願いします。また、カードに入金される場合はその分もお出しください」

「メリムさん、カードに入金するってどういうことですか?」

「ああ、カードにはお金を入れておくことができる。カードがなくても物の売買ができるが、冒険者はずっと大量の硬貨を持ち歩くことができないし、家にも不在がちだ。そのために有志と商人たちが身に付けられる大きさのカードで金銭のやり取りができるように開発したんだよ。高い料金がかかる冒険者登録はそれを作る費用といっても良いな」

「なるほど。考えてみたらそれがないと凄く不便ですね。どこのお店でも使えるんですか?」

「もちろんだ。ダンジョンがある都市で商売するのに、カードのやり取りができないなんて商売できないからな」

「それもそうですね。じゃあ、全額お願いします」

「かしこまりました。作成にはご本人様の血液が必要になります。こちらへお越しください」

 卓は持っていた全ての硬貨を渡す。フロント嬢は金額を確認し、奥の個室になっているブースへ卓を連れて行く。

「こちらに一滴お願いいたします」

 連れてこられたところには何かの装置にのせられたトランプサイズの透明なカードが置いてあり、フロント嬢はナイフを卓に渡しながらカードを指差す。

 卓は覚悟を決めて左手の人差し指をナイフで切り、カードに血をたらす。カードは数十秒薄く発光し、光が止まったカードを卓が拾うと、卓の手の中に消えていった。

「うわあ!」

「大丈夫です。こちらも盗難の防止のために施された技術で、心の中でカードが出るよう意識すると出てきますよ」

「え? あ、ほんとだ」

「これで登録は完了です。カード内の情報は、本人がカードに内容を見たいと念じれば半透明の画面が出ます。本日よりタク=コウノ様は冒険者となりました。おめでとうございます」

 相変わらずの小心者である卓は、フロント嬢が言ったとおりに念じる。左手からカードが出てきたことにほっとし、言われた言葉から決意を新たにする。

 (僕の名前はこれから、タクだ。自分のそばにいてくれる人を作るのと、オタクとしてファンタジーを満喫するのを目標に、頑張ろう!)

「おめでとう。タク。あっちに食事ができるスペースがある。カードの説明もあるし、一緒に昼飯でも食べよう」

「はい。今日は本当に助かりました。一人ではとてもここまでできていなかったと思います」

「そう言ってくれるとうれしいよ。さて、なんでもいいだろう? 祝いにここは私が出そう。適当に席を取っててくれ」

 モールとかで見かけるフードコートのようになっているところに着くと、タクにそう言い残しそのままメリムは楽しそうに売っている料理を見に行った。

 (やっぱり、食事が大好きなんだ。好きにさせておこう)

 メリムのことをひとまず置いておくことにしたタクは、先ほど良く見てなかったカードを出して画面を見てみる。


_________


【タク=コウノ】


『到達』

 なし

『使獣・奴隷』

 リン(女 53)

 メイ(女 11)

 

『所持金』

 138400ルピ

『魔力』

 800

『スキル』

 算術(8)▽

 料理(7)▽

_________


 (あれ? 魔力が減ってる。拠点ではたしか千だった。切られて血が流れたときに一緒に消費したのか……?)

「うげっこいつかよ! やりたくねー」

 タクがカードを眺めて考えていると、メリムと一緒に料理を持って現れた女がタクを見て苦い顔でメリムに声をかける。

「そんな顔をするな。さっき約束しただろう。タク、彼女はライアだ。この前偶然会った友人で、冒険者だ。私は食べたら軍に戻るから、彼女に冒険者として必要なことを教えてもらったらいい」

「いいんですか? 嫌がっているように見えるんですけど」

「かまわないよ。ライアは私に借りがあるからな。変なやつに任せるより安心できるし、このタイミングで会ったのは幸運だった」

「……仕方ないわね。タクだっけ? 今日だけ教えるのはかまわないけど、変なことしたら殺すからね!」

 タクが確認すると、メリムの言葉を聞いて渋々了承したライアは卓のテーブルに着く。ライアの姿は栗色のショートヘアーに身軽そうな皮鎧を身に付け、腰には二本のダガーが鞘に納まっていた。

「またお前はそんなことを言って……。とりあえず食べている間は私がいるが、その後はちゃんと仲良くしろよ?」

 タクが確保していたテーブルにメリムは持ってきた料理を降ろし、席に着く。ライアもそれ以上口答えする気が無いのか、おとなしくご飯を食べ始めた。

「タク、何でも良かったよな? ここに並ぶ店のはどれもおいしいから、好きなのをとって食べてくれ」

「ありがとうございます。いただきます」

 テーブルには肉を挟んだパンや何かのから揚げ、たぶん魚らしきのフライが並ぶ。タクはその中からから揚げを手に取り、ほおばる。何かの肉のソレは、噛んだところから肉汁があふれ出し、タクは慌ててすすり飲む。

「うまいっスね」

 塩で味付けされた身と肉本来の甘みが詰まった肉汁がタクの口内を蹂躙する。タクが思わず感想を述べてしまうと、ソレを聞いたメリムは嬉しそうに笑っていた。

「――――さて、すまないが私はそろそろ行くよ。ライア、後はよろしく。タク、これから大変だろうが無理はするな。命があってのことだからな」

「肝に銘じます。ありがとうございました、メリムさん」

 食事が終わり、メリムは席を立つ。残された二人は少し気まずい雰囲気を出しながら、今後の予定を相談する。

「これから冒険者について教える前に聞きたいんだけど、タクは何か戦闘に役立つスキルとか持ってんの?」

「いえ、武道とか学んだことはないです。魔力は八百で、スキルは算術と料理だけですね」

「はあ!? それで冒険者とか無謀でしょ!」

 ライアはタクに教える内容を考えるためにタクの基本能力を確認するために聞いた質問の返事を聞くと、あまりの酷さに叫んでしまう。

「そうなんですけど、地道にやっていこうかと。なにか戦えるようになるスキルって取ることできますか?」

「ねぇ、あんた、スキルのこと誤解してない? スキルは『取ったから使える』じゃなくて『使えたから取れた』だよ。何も知らないんだね」

「えっと、どういうことですか?」

「つまり例えば私は『短剣術(5)』ってスキルを持ってるけど、スキルを持っているから短剣で戦うことができるんじゃなくて、『短剣術(5)』を取得できるくらいの短剣を扱う技能を持っているからスキルを取得できているの! スキルがないと短剣で戦えないなら、スキルを持ってない人は短剣を振ることもできないってことになるでしょーが!」

 (なるほど。スキルはここまでできますよーって記す資格みたいだってことか。どうしよう、僕のこの体型と運動神経じゃ近接戦闘なんて学んだところで知れてるし、魔力が低いから魔法とかの取得も難しそう。ファンタジー世界といっても現実なんだな……)

「わかりました。大分誤解していたようです」

 タクは落ち込みながらもなんとかライアに返答する。

「わかったならいいわよ。スキルは使えるからこそ取得できるけど、取得したら技能が高まるから誤解を招きやすいの。だからたまに分かってない人もいるからね」

「それって?」

「魔法の練習をしてて、同じ技能だった二人が片方魔法に関係するスキルを取得した場合、スキルが表示されたほうが詠唱が早くなったり威力が上がったり差がでるの。ただし、新しい魔法とかを覚えるわけではないってこと。カード作ったんでしょ? 自分の持ってるスキルの横にある三角に意識を集中すれば、今持ってるレベルでどんな効果があるのか分かるわ」

 タクはすぐに自分のカードからウィンドウを出し『算術(8)』の横にある三角に意識を集中する。


算術(8)

 暗算加速

 視野補正

 執筆速度上昇

 並列思考

 思考障害無効


 三角が消えカードの算術の下に補正内容が表示される。

「えらい変なスキルのレベルが高いわね。てかあんた、むっちゃ金持ちじゃない!」

「え? ちょっちょっと、覗かないでくださいよ!」

「アハハ、ごめんごめん。さっき言ってたスキルとかを確認しときたくてね」

 身を乗り出してカードを覗き込むライアは、タクに注意されるが意に介さずに軽くあしらう。

「――――ちょっと良い事思いついた。あんたの戦闘どうにかなるかもよ。さっきの話し振りだと、武器も決めてないんでしょ? 何か持ってる?」

「武器とかは持ってませんね。僕が持っているのはたまたま手に入れたこれくらいです」

 カードを見て少しばかり思案していたライアはかなり悪どい顔をしながらタクに聞く。タクが返事をしながら出したのは、怪我した際に飲んだ青の小瓶と紫の小瓶。それと盗賊の服から出てきた腕輪だった。

「ふむふむ。下級ポーションと下級エーテルはそのまま持っときなさい。こっちの腕輪は鑑定してもらわないと分からないわね。ちょうどいいわ、装備を整えに行きましょ!」

 先ほどまで何を教えるか考えていたのをすっかり忘れたようにライアは晴れ晴れとした様子で歩き出す。

「いい? タクはその体型の上に何の技能も魔力もない。通常だったら冒険者とかは死にに行くようなものだけど、名案があるわ。これよ!」

 ライアが連れてきたのは武具フロアにあるガラスのカウンターなど高級な雰囲気を醸し出す店舗で、指を指している方角には炎のように真っ赤な反り返った刀身をもつ短剣が飾られていた。

「これは『炎熱のジャンビーヤ』っていうかなりレアなナイフよ。ダンジョンの五十層こえたところにいるフレイムドラゴンの牙と炎龍の魔石で作られてる凄い代物なの! 『炎刃』のスキルがあるから刀身から炎が出てショートソードぐらいの長さまで伸びるから間合いも広がるし、かなり強いモンスターでも一撃でしとめられるわ!」

「てことはこれがあれば冒険者としてやっていけるってことですか?」

「そう! タクは使えないけど、炎刃を魔力を消費して飛ばすこともできるのよ! 私がずっと欲しかったんだけど値段が高くて買えなかったの。これがあれば戦闘技能が無いタクでも、浅い階層なら楽勝のはずよ!!」

「へー、いくらぐらいするんですか?」

 (さっきライアが言っていた思いついたことってこれのことか。足りない能力を装備で補うのは確かに基本かも)

「そちらの商品は十二万ルピです。普通の鞘だと燃えてしまうので、専用の鞘もあわせると十三万ルピとなります」

「うわっそんなにするんですか?」

 凄いきらきらした目でジャンビーヤを見ているライアに値段を尋ねるタクの背後から近寄ってきた店の商人は料金の説明をする。タクはその値段に驚き、考える。

 (ほぼ全財産じゃないか。これを買ったら防具を買うことすらできなくなるかもしれない)

「なに悩んでるのよ! タクは体型見たら分かるけど、筋力ないみたいだから短剣以上の武器は扱えないし、防具も金属製のものは身に付けたら動けなくなるわ。防御能力の高い皮製の服は五千ルピもあれば良いのが買えるし、ここでかわなかったら次いつあるか分からないのよ!?」

「でも、それだけ払っちゃったら三千ルピしか残らないし……」

「あんたね、三千ルピあれば十分でしょ。金持ちの生活でもしたいの? それに、ダンジョンで稼ぐ覚悟が無いなら冒険者なんか諦めたら? 他に浮かぶ手段なんて無いわよ」

 ライアに矢継ぎ早に説得されたタクは、確かにダンジョンで稼ぐ冒険者として生きていくことを決めたのは自分で、最初にこれだけの装備を手に入れれるお金を持っている自分がどれだけ恵まれているのかに気づいた。

 (いわれている通りだ。これだけの装備を使ってお金が稼げないのなら、ここでお金を渋っても後が続かない。最悪生活に必要な食料とかは十分あるし、覚悟を決めるしかない!)

「購入します。この『炎熱のジャンビーヤ』を、ください」

 タクが商人にそう伝えると、かなり高級な商品が売れて嬉しいのか、商人は見てるタクが分かるほどに嬉々として渡す準備をする。

「よし、えらいえらい! それとさっきの『腕輪』を鑑定してもらいなさい」

「鑑定ですか? 高級なものを買っていただいたサービスとして、今回は無料で承りますよ」

「あ、はい。じゃあこれをお願いします」

「じゃあカードを出して商人のカードとくっつけて言われた料金を払うって意識してみなさい。支払いができるわ」

 タクは腕輪を渡して商人が出したカードに自分のカードを重ね、十三万ルピ払うと念じる。カードが光り、ウィンドウで所持金の欄を見るとちゃんと念じた分だけ減っていた。

「では。『識者に示せ。鑑定』」

 商人がカウンターの上に置いた腕輪に手をあて呪文のようなものを呟くと、腕輪からカードと同じ半透明なウィンドウが飛び出した。

「これは『魔復の腕輪』ですね。スキルは『魔力回復速度上昇』です」

「へえ、良い物じゃない。売れば一万ルピくらいにはなるけど、手放すのはもったいない代物ね」

「僕にはあまり使い道がなさそうですけどね……」

 品物としてはいいものみたいだが、タクは自分の魔力が低く魔法も使えないため素直に喜べなかった。

「では、こちらが『炎熱のジャンビーヤ』です。お買い上げありがとうございました」

 商人が持ってきたジャンビーヤは炎を模した紋章がついている鞘に収められ、身に付けるためのベルトに取り付けられていた。

「じゃあ次は防具ね。タクは金属鎧はもちろん、横にでかいから皮鎧とかも効果が薄いわ。魔法師たちが使うローブみたいなので丈夫なのと、ブーツを買いに行きましょう」

「あー、オデブですいません」

「しばらくはどうしようもないけど、早く体鍛えて痩せないと危ないわよ」

「がんばります」

 ジャンビーヤを身に付け軽く言葉を交わしながら二人はローブを扱う店舗へ向かう。

「サイクロプスのローブとブーツになります。あわせて四千四百ルピですね。ありがとうございました」

 店舗に着いた二人はタクに合うローブを探すが、タクの体型が邪魔をして選べるローブが少なかった。タクでも着れるサイズの中で色々悩んだ結果、スキルはついていないが素材自体が丈夫なサイクロプスという巨人の皮を使ったローブとブーツを購入した。

 ギルドを出たときには夕方近くになっており、タクがお礼を兼ねて夕食をご馳走すると誘い、新しい我が家へと二人で向かう。

 途中調理済みの食料や飲み物を買って帰った二人は、リビングのテーブルに対面で座る。

「ライアさん、今日はありがとうございました。メリムさんとライアさんの二人には感謝してもし足りません」

「いいわよ。メリムは気にしてないだろうし、私は私で都合があるから。それより乾杯しましょ」

「あ、ちょっと待ってください。今日のお礼にこれを貰ってくれませんか?」

 ライアが乾杯しようとするのを止め、タクは鑑定してもらった『魔復の腕輪』をライアの前に置く。

「嬉しいけど、いいの?」

「はい。僕が持つよりライアさんのほうがいいと思いますし」 

「そう。ありがと。大事に使わせてもらうわね」

「はい。じゃあ、乾杯」

「乾杯」

 ライアは受け取るとその場で左手首に腕輪を付ける。乾杯したときに見えた腕輪はライアの白い腕に似合っていて渡して良かったとタクは思った。

「そういえば、ダンジョンってどんな感じなんです?」

 食事をしながらタクが質問する。

「そうね。一階層にでるのはジャイアントラットね。膝くらいの大きさの鼠で、落とすのは皮と肉よ。肉は家畜のえさとしてしか利用できないし、皮も使い道がほとんど無いから数十匹狩っても一日の宿代ぐらいかしら」

「落とすって剥ぎ取りとかはしないんですか?」

「しないわよ。魔力をもった生物は死んだら消えるの。その時に一部の部位に魔力が残って固定化された時は素材が取れるわ」

「それは人もですか?」

「そうよ。人の場合はその人が思い入れのあるものが形成されるわ。魔石は人からはでないみたいだけどね」

 (そういうことか。だから盗賊が消えてあの腕輪が出てきたんだ。てか、ドロップとかやっぱりゲームみたいな世界だな)

「ライアさんはダンジョンにはどれくらい潜ったんですか?」

「んー、私はこことは違う都市で活動しているんだけど、そっちだと二十三階層かな」

「一人で?」

「そんなわけないでしょ。六人パーティーよ。これ以上人数が増えると魔物が大量に出て危ないからね」

「そうなんですか。なんでなっ!」

 ライアにずっとダンジョンのことを尋ねていたタクは、いきなり椅子から転げ落ちる。

 (なっ動けない! なんだっ!?)

 タクが動こうとしても体はまったく反応せず、それを見たライアはテーブルをまわってタクに近寄る。

「ごめんね、タク」

 そう告げるライアの顔は笑顔で、動けないタクから『炎熱のジャンビーヤ』を外し、自分の腰に身に付ける。

「どうしても欲しかったんだよねー。借金立て替えてくれたメリムに最初こんなキモイやつの世話を頼まれたときはむかついたけど、あんな大金持ってたなんて、私なんて運がいいの!」

 (それが目当てだったのか! 道理でカード覗いてからテンション高かったんだ。あれもかなり強く勧めてきたし。キモデブな僕に優しくしてきた時点でなんで気づかなかったんだ!)

 タクはライアの真意に気づき悔しさで涙を流すも、ピクリとも体を動かすことができない。そんなタクを嘲りながらライアはご機嫌に喋り続ける。

「いやー、メリムには感謝しなくちゃ。子供のとき嫌いだったメリムに会ったと思ったら、適当な嘘の理由話したら借金立て替えてくれるし、大金持ってるブタを紹介してくれるし。最高だね!」

 ライアはジャンビーヤを抜いて刀身にうっとりしながら、借金は踏み倒すに決まってるのにとか呟きながら、出口に向かう。

「フフフ 最後に冒険者としていいことを教えてあげる。人を直接殺したらカードがその人の魔力吸収しちゃって記載されちゃうから、冒険者できなくなるのよ。だから仕方ないけど、プレゼントを自主的に渡してくれたし、生かしといてあげる。痺れが取れるころには遠くにいるからメリムに伝えても無駄だよ」

 出口の前でタクに振り向きながら語ったライアは、満足そうな笑みを浮かべながら出て行った。

 タクが悔し涙を流しながら数時間経った後、体の自由が戻ったタクは椅子に座りなおす。


「――――もう、人なんか信じない」


 前の世界でも、この世界でも、人の醜さに直接晒されたタクは、いつものように台詞を引用することも無く、呟いた。



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