生き残った後に待つ安心
盗賊が暴れる馬に叩きつけられた場所は卓の攻撃地点よりやや離れていた為、馬から零れ落ちた荷物と盗賊には卓の攻撃は届いていなかった。
襲撃を生き延びた卓は馬に言葉を贈った後しばし呆然としていたが、自身の格好を思い出し盗賊の落ちた地点に向かう。
倒れていた場所にはいくつもの道具やロングソード、盗賊が着ていた服と皮鎧があったが、盗賊の死体だけは何故か忽然と消えてしまっていた。
なぜ死体だけ消えたのか分からなかった卓だが、ひとまず着替えをと自身の使えなくなった元寝間着を使って体の汚れを落としていく。
「うわああ!」
盗賊の服を拾い着込もうと持ち上げると、服の中にあったのかいきなり落ちてきた物体に驚き、服を放り投げながら背中から倒れてしまった。
「ぐおおおお!」
地面に倒れこんだ背中の傷に、ピンポイントで尖った石のようなものが突き刺さり激痛にもんどりうつ。すぐさま横向きに寝転がり痛みにうめいていた卓は、視界の端に見えた盗賊の散らばった道具の中に、青い液体が入った小瓶を発見した。
「これ、いくつかは割れてしまっているけど無事なのが五本ある。近くには同じような紫色の液体の瓶もあるし、多分ポーションだ! どうせこのままじゃ出血で死んでしまう。飲むしかない!」
卓は意を決し、青い小瓶を勢い良くあおる。飲んだ瞬間に体がわずかに発光し、背中の痛みが消えていった。
「よ、よかったー。死ぬかと思った。てか自分ビビり過ぎだって。服から落ちてきたの腕輪じゃん。あー、あほらし。って、ここで言う台詞はあれだよね。―――認めたくないものだな。自分自身の若さ故の過ちというものを」
安堵とともにお巫山戯に走った卓は、盗賊の服を着込み、靴を履く。盗賊と違い横幅がメートル越えしている卓でも、上着は大きめでズボンと靴は紐でとめるタイプだったため着用することができた。
「んっぐっくはっ! さすがにこの皮鎧は無理か」
明らかにサイズが違う皮鎧を諦め、近くにあった袋に先ほどの青と紫のポーション、よく分からない腕輪を入れる。後は盗賊の持っていた憎きロングソードとひも付き水筒だけだったので、水筒を金貨袋と逆サイドに提げ、ポーション類は左手、ロングソードは右手に持つことにした。
「ロングソード重! どうせまともに振れないし、引きずりながら行くしかないか」
盗賊に襲われる前に見つけた街の灯りに向かって歩き出す。靴という文明の力に感謝しつつも、再度盗賊に襲われないために、静かにかつ全速力で向かう。
卓が街の門につくころには朝日が昇り、不眠不休だった卓は数人ほどいる通行許可待ちの列に並ぶ。
(視界に入ったからといって、灯りが地平線辺りに見えたってことは相当距離があることくらい、考えたら分かるはずだった。魔物や盗賊がいる外で野宿するのは怖すぎるけど、今の疲労状態だったらどっちにしろ起きてても逃げるなんて行動取れなかったよ)
「おい、あんた。剣を剥き出しで町を歩かせるわけにはいかねえ。魔法で収納するか鞘にしまってくれないか」
気がつくと卓の前には門兵しかおらず、卓の持っているロングソードに視線を当てながら話しかけてきた。
「あ、はい。(そっか、そらそうだよな) すいません、魔法は使えなくて鞘がないんですけど、引き取ってもらうことってできますか?」
卓は収納するすべを持っていないし、自分が持ってても筋力が足りなさ過ぎて扱えないため、あっさり手放すことを決める。
「そらいいけど、金とかは払えないぞ」
「大丈夫です。それと、通行証の代わりの軍からの身元保証書です」
「ああ。――――詳しいことは書かれていないけど、大変だったんだな。しかもさっきその拠点の部隊の人たちが帰ってきてたぜ。盗賊の襲撃があったんだって? 今は残党狩りしているらしいけど、良く生きてここに来れたな。お疲れさん」
「ええ、お陰で死ぬかと思いました。不眠不休でここまできたんでかなりきついです。もしよかったら安心できる宿の場所を教えてもらえませんか?」
「それなら門を入って、そのまま大通りをまっすぐ歩いていけ。左手にベットの絵が書かれてる看板がある。ラクルの宿ってんだが、街中央にある貴族街ほどじゃないけど人通りも多いし腕利きの宿主もいるからまず安心だ」
「わかりました。そこにいってみようと思います。ありがとうございました。お仕事がんばってください」
「おう、サンキューな」
卓の渡した証明書を見て労いの言葉をかけてくれた門兵は、卓が渡すロングソードと見終わった証明書を交換しながら快く宿の場所を教えてくれる。門兵に礼を言いながら門を通り抜けると、そこにはいかにも中世の北欧を思わせる異世界のイメージらしい町並みが待っていた。
「本当ならここで感動でもするべきなんだろうけど……。今はとにかく眠い。宿に早く行こう」
周囲には卓が興味を惹かれるであろう見たこともない果物や野菜を扱っている店、剣や盾などが描かれた看板を掲げる店などがあったが、今の卓にはソレを意識するほどの余裕はなくベットの絵の看板が見つかるまで歩き続けていた。
言われた通りの看板を掲げている建物は三階建てで、一階の半分は食堂なのか入ってもいないのにいい香りがしてくる。卓は見つけてすぐに入っていき、受付なのだろうカウンターにいるおばちゃんのところへ向かう。
「いらっしゃい。ラクルの宿へようこそ。食事かい? 泊りかい?」
「泊まりでお願いします。とりあえず一泊で、一人です」
「了解。百五十ルピだよ。食事はないから食べたくなったら一階で金払って食べな」
「はい。これでお願いします」
卓は多分合っているだろうと銀貨を二枚金貨袋から出し、カウンターへ置く。
「ん? 現金かい。はい。お釣りの五十ルピ。二階入って突き当たりにある剣の部屋だよ」
「わかりました。明日はいつぐらいまで部屋にいれますか?」
「チェックアウトは昼になる前だね。今日も本当なら二日分もらうんだけど、ものすごい眠そうだから、サービスしといたげるよ」
「あ、そうなんですね。ありがとうございます」
お釣りと鍵を受け取り、カウンターの横にある階段から二階に上がる。(多分今の人が腕利きなんだろうな) 根拠もなくそう思いながら奥に進むと、正面に剣の絵が描かれた部屋の扉を見つけ、鍵を開けて中に入る。部屋の中は八畳ほどでベットと物を入れる籠、隅には机が置かれているだけだった。
卓は扉に鍵をかけなおし、持っていたポーション袋と水筒を籠に入れてベットの枕元に金貨袋を置いた。靴を脱ぐのに時間がかかったが、うつ伏せに倒れこんだ(仰向けはまだちょっと背中が怖い)ベットは申し分ない柔らかさで、すぐさま卓の意識を刈り取っていった―――。