再起動けついの襲撃
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二時間。それが卓の再起動に要した時間だった。銀髪緑眼の少女はその画面ごと二階洋室六畳の窓から外の庭へ紐なしバンジーし、卓が部屋の隅にて体育座りで休止状態に移行してから過ぎた時間である。
卓は再起動しつつも喋る元気までは取り戻せておらず、のそりのそりと隅から這い出て数刻前までパソコンがあった机へと向かう。
(もう、どうだっていいや)
変態的な心を入れながらとはいえ、家族がいない寂しさを多少でも埋めることができたかもしれない少女は自分の手で破壊してしまった。数年生活できる生活費以外のすべてをつぎ込んだ計画が頓挫した。今このときの卓は、まさしく茫然自失。先のことを考える余裕も、何かを考える気力も、その顔からは抜け落ちていた。
「そういえば、ずっと我慢していたんだっけ。花、摘みに行かなきゃ」
作業中は勿論の事、今まで無自覚に我慢していた生理現象がぶり返してきた卓は、意志が介在してるとは思えないほど静かな動作で椅子から立ち上がり、部屋を出ようとする。周囲には今までの計画書が乱雑に散らばり、部屋の出口にある木製のドアは暴れた際に傷だらけ。しかもドアノブ部分は外れて穴が開いている状態になっていた。にもかかわらずドアの中央に飾られている額縁に入った油絵だけは破損もなく、銀髪緑眼の少女が穏やかな笑みを浮かべていた。
外に向かって歩き始めた卓はそのドアを直視することができず、かといって剥ぎ取って投げ捨ててしまうほどの激情はもう沸いてこなかった。うつむき加減にドアを開け、そのまま歩いていると、気付いたことがある。
「花畑?」
卓の足元には小さな白い花が生い茂っており、顔を上げるとどこかの丘の上なのだろうか、一面を白い花で彩られたまさに花畑と言わしめる風景が数百メートル先に見える森まで卓を中心に広がっていた。
「確かに花を摘みに行くとは言ったけど、実際の花がほしかったわけじゃないんだよね」
どうやって此処にきたのかと考え出す前に、思わず口にする。
卓が真後ろに振り返ると今しがた通ったドアが蝶番の所から外れて花の上に倒れており、額縁が上になっているので、見ようによっては美少女が花畑に寝転がっているように見える。ドア枠や先ほどまでいた卓の部屋は見えず、花畑とその奥にある湖がうっすら見えていた。
「ふう。わけがわからないよ。こちとら自分の人生に諦観を抱いた時だって言うのに、ピクニックって気分じゃないだろう。――ってなんかこっちに向かってくる」
卓は自分の台詞に先ほどまでのことを思い出しかなり傷つきながらも、正面にある森に沿うような形で視界の奥からこちらへ一直線に向かってくる馬に似た生物とその上に騎乗している人を見つけ、少し冷静になった頭で考える。
件の人物が到着するまでさほど時間はかからないだろう。隠れる場所もない花畑での遭遇となる。馬上ランスを装備してる甲冑姿なんて明らかにお花見する人ではないどころか、まず見かけない姿。引きこもっていた卓ですら警戒しておくにこしたことはない事がわかる。
ひとまず自分が今ここにいる事情については考えても混乱するだけなので横に置き、目下の問題についての対処法を模索した卓は、重く動かしにくいドアよりも持って動くことができる額縁をドアから外し抱える。
卓が視認できる限りでは、甲冑姿の人は体型的には女性で身長は多分卓と同じ百七十センチぐらいであろうか。ランスは左腰に固定しながら左腕で支えているようだ。そのほかの武装は確認できないが、馬に似た生物にも鉄板が前方側を中心に取り付けられており、額の部分は開いている。
(――なんだあれ?)
卓が注目したのはその馬に似た生物の額部分、自分の腕くらいの長さはあろうかというネジのように螺旋を描きながら伸びている角があった。
ユニコーンもしくはバイコーン。卓のちょっと偏った知識の中ですぐ浮かぶ馬に似た生物の呼称。実際に目の前に現れているその生物と空想上の生物が一致するかどうかは分からないが、卓は現状の自分の状況を己の知識に当てはめて考察する。
(体毛が白で角が直線でひとつ、上に載っているのが処女かは分からないが女性が乗っていることを考えるに、ユニコーンかな? 夢でも幻覚でも現実でも、とりあえず設定はファンタジー世界みたいだよね。友好的にできればそれでオッケーだけど、もし言葉が通じなかった場合はこの状況では逃げ切れない可能性が高いから、地面に寝そべって手を後ろへ。問答無用の敵対行為に出られたら、相手の右側に回りこんで額縁を使って振り……いや、押し付けるようにして落馬を狙う? 申し訳ないけれどそのときはユニコーンの足をフルスイング額縁で攻撃してから離脱するとか? 成功率は絶望的だけど。もう考える時間はないし、出たとこ勝負だ)
卓は自身の身体能力が変わっていないこと、相手に魔法のようなの力があるか知らないことを認識し、自分の取れる対策を考えたところで、前方十メートルほど近くに来た相手をやや左にゆっくり移動しながら警戒する。
「私はタントラ連盟カーラ大公国コウエ軍東魔物調伏部第一部隊所属メリム・ユニ・カティーシャと申す。ここは大公所有の軍用地雪白花の庭園である。来訪者の予定がなく、現在無人であるべき場所におられる為、所属及びお名前とここに来られた理由を教えていただきたい」
ランスチャージができる間合いで止まったメリムという女性は、透き通るようなハスキーボイスで卓に問いかけてくる。問答無用の襲撃がなくてひとまず安心した卓だが、大公の軍用地なんて国として重要な場所にいる事情の説明として適当な理由が浮かばず、かといって正直に自分の部屋を出てトイレに行こうと思ったらここにいましたなんて言って好意的に受け止めてもらえるような状況じゃない現状に考え込んでしまう。
明らかな異常な事態に、卓の脳内は活性化されていた。
(公国ということと、この格好からおそらく明確なる身分があるはず。貴族全般の家名を覚えているかもしれない状態で、苗字を名乗るのはまずいよね。平民に成りすましたとして、軍用地にいる理由って何があるんだろ。拷問とか処刑は勘弁願いたいから、理由は不可抗力だということをでっち上げるしかない。くそっ、考えがまとまんない)
表面上は無表情のまま、現在は少しの挙動でも怪しまれると移動もやめた卓にメリムは聞こえなかった可能性と警告の意味を込めて先ほどよりも大きく張った声をかける。
「再度お尋ねする。ここは軍用地だ。所属と名、理由を答えろ。返答のない場合は捕縛する。抵抗の可能性があるのでその際には四肢を打ち抜く時もある。十数える間に返答を!」
明らかな警告に卓はあせりながら周りを見渡し、瞬間的に思い浮かんだでたらめな理由を叫ぶ。
「申し訳ありません! ぼ、私はスグルと申します! ここより西にある廃村に妹とともに住んでいた家にいた際、巨大な怪鳥に攫われ、夜分にここを通りかかったときに落とされてしまいました。現在地が分からず途方にくれていたところをメリム様に発見していただいた次第であります!」
かなり荒唐無稽な話を自分が喋ってしまったのに卓は冷や汗をかくが、これ以外に優位に話を持っていくことはできないと覚悟し、返答を待つ。
(情報を曖昧に話して相手から問い合わせさせたほうが、一気にこちらが説明するよりも相手は納得しやすいと心理学の先生は言っていたはず。頼んだよ、先生!)
卓がかなりむちゃくちゃな責任の押し付けをしている間にメリムが告げる。フルフェイスのせいでメリムの表情は見えないが、明らかに懐疑のこもった口調でさらに問いかけてきた。
「そのようなことが本当にあるのか? 人を抱えて飛行できるほどの怪鳥など、みつか……ああ、夜分だったと言っていたか。ただ、殺さずに持って、怪我もさせずに落とすなど考えられん。スグルよ、それが起こったという根拠はあるのか? とても信じがたいが」
メリムの問いかけを聞いた卓はメリムが善人よりの思考の持ち主であると感じ、ひそかに胸をなでおろし、今までの言い訳ばかりだった人生で培った嘘をつく能力を駆使して用意した理由を返答する。
「はい。示すことのできる根拠は三つございます。まず私の格好ですが室内着で靴も着用しておらず、荷物等も持っておりません。また、私の横にあるドアは怪鳥に襲われた際に私が掴んでいた瞬間だった為か、一緒に持ち上げられました。私が怪我がなかった理由はドアにしがみついていた為に直接握られることもなく、落下した際もドアが下にあったからだと思います。時が立てば打ち身くらいは出るかもしれませんが、現状痛みのみでございます。最後の根拠と致しましては、この雪白花の庭園でございます。メリム様が来られた跡以外に足跡がございません。ドアを持って私のような太い体格のものが歩いてきたとしましたら、到底隠すことはできません。私が空から落ちてきた根拠となりましょう」
今までの友達がいないコミュニケーション能力不足だった卓ではありえないくらいすらすらと理由を述べる。
卓の胸中は、非現実感による一種の開き直りと、|日常の間(ぼっち時間)にしていた妄想と似た今の状況によるで、いわゆるハイになっていた。
「……なるほど。確かに周りは踏み荒らされていない。ドアはかなり痛んでいるのも事実だ。ここにはめったに魔物が出ないとはいえ近くには普通に出る。その中で無防備どころかドアを持ってここにくるのは自殺行為だ。それに、そんなものを持って庭園の真ん中に来る理由なんて思い浮かばんな。……信じがたい、信じがたいが、私にはスグルのいった理由以外で状況の説明ができない。仕方ない、ある程度説明としては納得できる」
卓の言い分を一通り受け入れたメリムは左手にはめている金色のブレスレットを右手で触り、先ほど卓が述べた状況とその根拠をブレスレットに向かって話す。
(通信機かな? なんにせ、すぐに殺されたり、拷問されたりってのはなさそうだ。真実はいつもひとつ!って言ったら明らかにまずい。嘘だし)
卓が思案していると、話し終わったメリムが再度ブレスレットを触り、そこから伸びた光がユニコーンの後ろ側に向かうと、いきなり木製の簡素な荷車が出てきた。
「おおっ!」
「おっと、驚かせてすまない。とりあえず拠点に連れて行く。ドアを載せてスグルもそこに乗ってくれ。ユニコーンは女性しか乗せられないし、一応警戒する必要がある。しないとは思うが、妙な真似はするなよ」
思わず声を出してしまった卓にメリムが口早に指示を出してくる。卓はすぐにドアに額縁をかけなおして持ち上げ、荷車へと運び込む。卓も荷車に乗り込むと、メリムは先ほど来た森の方向へと進みだした。
混乱する状況が続く中、ひとまず考える時間を確保した卓は、パソコンに向かい合っていたときのように意識が切り替わり、いわゆるゲーム脳のような状況になっていた。
(やっぱりあいつはユニコーンなんだ。てか、名前が同じで言葉が通じるということは、この国が日本語……いや、ユニコーンは日本発祥ではないから、どちらかというと相手が持っている知識に基づいた自動翻訳が双方にされているってのに近いのか。東魔物調伏って言葉から怪鳥のような生物がいることに賭けてなおかつ西から来たと話してみてよかった。調伏ってのは厳密には倒すではなく祓うや呪い関係に由来することから、僕の知識として翻訳されていることからすると、魔法もしくはそれに類する特殊な能力を、軍を数箇所編成できるくらいの人数が使えるってことかもしれない。対策のしようもないけど、何かあったときに思考停止しないよう、その認識で行動しよう。)
廃人である卓の脳内ではゲームの攻略を目指す様に「設定」「選択肢」「フラグ」などの単語が行きかい、さまざまな「ルール」「攻略方法」などが浮かんでは消えていった。
「スグル、そろそろ拠点が見えてくる。軍の施設だから不用意に周りを見渡さないよう頭を下げておけ。心配せずとも報告した際の感じから、いきなり牢獄につないだりはしないだろう。再度の状況説明とスキルや魔力の確認くらいだ。やましいことがないなら明日にでも最寄の町までは送ることができるはずだ」
卓が思考にふけっている際に目線をきょろきょろとさせてしまっているのを見て、不安にかられていると勘違いしたのかメリムが安心させるようにやさしく語りかける。フルフェイスフルアーマーの重騎士然とした姿でなければと少しばかり残念がりながら卓は森の淵にまで差し掛かったところで、目線を下に落とした。
(スキル、魔力って言っていた。やはりそういう特殊な能力を確認するのが当たり前な世界なんだ。廃村とはいえこの国だと認識させるように言ってしまったあとじゃ著しく常識に欠けるであろう質問はできない。結局は成り行きに任せるしかない。でも、一先ずの現状は理解できた。異世界もしくは何らかのゲーム世界へと迷い込んだと考えてるべきだ。心身の異常も向上もなく、姿形も醜い豚のまま。メリムが外見で最初から悪者と決め付けるほどの蔑視をする人物じゃなくてよかった。戦闘になっていたら確実に殺されもせずに四肢をもがれていただろうし。これから行く基地で最初に立てなきゃいけないフラグは、生存とスタート地点の設定ってところかな)
自身のおかれた「設定」を理解した卓は、今までテンパっていたのが嘘のように、冷静にイベント攻略に目を向けていた。
「着いたぞ。周りを見渡さず、ドアを持って降りろ。私は厩舎に行くがすぐに戻ってくる。その場で待機だ」
卓がこの状況をゲームのように対処することで思考を落ち着けていたときに、頭の上からそんな声が降ってきた。
卓は急ぎドアを降ろし、言われたとおりに下を向いたまま、音でメリムが去っていくことを認識する。
数分もかからないうちに戻ってきたメリムは「こっちだ」と告げ、近くにある一戸建てサイズの石造りでできている建物に入っていく。あわててドアを持ち上げ卓が中に入ると、玄関や廊下などもなく、いわゆる作戦会議室のような真ん中に十人は余裕で着席できるでかいテーブルがある広間に出た。
入り口入ってすぐ脇に立っていたヘルムのみを外したメリムとおぼしき金髪白人美女に卓は並び奥を見ると、一人が対面にその斜め左右にある席に二人ずつの計五人の男性が卓を観察していた。
「第一部隊隊長メリムです。報告にあげました雪白花の庭園にいた人物を連行してまいりました」
メリムの申告を受け、中央に座っていた一番若く見える一際豪華そうな軍服を身に付けている二十代前半くらいの男が答える。
「ご苦労。我等の紹介は省く。状況説明は聞いている。再確認は必要ない。メリム部隊長、彼を魔証石で調べてくれ」
「はっ」
メリムは厩舎に行った時に持ってきたのであろう赤黒く染まった占いに使うような水晶玉に似たものを卓に上下から挟み込むように持たせ、卓がまったく反応もできない速度で水晶玉の上においている手の指先をナイフで切りつけた。
「くっ……。(これで計測するんだろう。叫んでも驚いてもだめだ。怪しまれる!)」
卓が必死に挙動や表情を動かさないように気張っていたら、水晶玉から前方へ光を放ち、三十センチほどのところでちょうどスクリーンに映ったみたいに文字が浮かびだす。
【魔力】 1000
【スキル】 算術(8)
料理(7)
数値についてはよく分からないが、名前が表示されなかったことに安堵した卓であるが、メリム、そして男性人も唖然として固まっているのを見て硬直する。
(もしかして数値がおかしい? 転移にはチートもつき物だし、実は魔力が異常に大きいとか。まずい、もしそうならスパイ疑惑が濃厚になってしまう。しかし、僕から何か話すわけにもいかない。誰か何か言って!)
卓が戦々恐々としていると、真っ先に立ち直ったのか、指示した男が呟くように言う。
「……まさか、これほどまでに魔力が低いとは。一般的な平民の子供でも倍はあるぞ。スキルも生活術すら覚えていない男に密偵などできようはずがない。どうやって生きてきたんだ。そのくせ、火も熾せないのに料理のスキルが異常に高い。こんな変な人間などいるのか」
「魔証石の不具合や偽証というのは……有り得ませぬな。こやつ、どんな人生を送ってきたのやら。言語スキルがないにもかかわらず、算術においては政治文官と並ぶレベルであるのも意味が分かりませぬな」
「確かに素性がかなり不明な人物ではありますが、懸案事項である密偵の線はまずありえないでしょう。魔証石の光が変色していないところを見ても、他者の魔力を奪っておりません。戦闘用や語学のスキルもなく人も殺めてもいない人物を装備もない意味不明な状態で諜報活動に送り込むものなどいないでしょう。冒険者としても生きていけないくらいです。気になるようでしたら、このようなスキルになった経緯は後で報告書を誰かに作らせるぐらいでかまわないと思います」
「そうだな。ただ、最後に確認しておきたいことがある。その扉についている絵画だ。かなり高級な作りに見える。メリム、持って参れ」
中央の男、恐らく一番役職が上の男が私見を述べた後に老将らしき人物と参謀のような人物が議論を起こす。話の流れの中でどっちに断ずるのか心配していた卓は本日もう何度目になるかも分からない安堵をかみ締めながら、メリムに額縁を渡す。
(魔力は残念だけど、低くて正直助かった。言語スキルは異世界の分は入らないのか。生活術ってのは後で考えるとして、あの元『妹』の絵画だ。額に入れるために高級な画材を使ってるし、ガラスを填め込んだ一品だ。中世レベルの文化じゃ、かなり高級で目立つだろうな。廃村の平民が持っていていい物じゃない。次から次へと難問が続くなあ)
自己のスキルについてある程度流し、あっちの世界で自分を絶望させた元『妹』にこちらでも嫌がらせを受けるのかと、変な逆恨みのため息をつきながら言い訳を考える。
「ふむ。やはりかなりの品だ。紙も染料も見たことがないくらい上等なもので、ガラスもこのような透明度は初めて見た。それになにより、モデルの少女がかなり美しい。現実感よりも象徴化されているのか、美しさと可憐さが合わさった見事なデフォルメがされている。正直、我が欲しい位だ。これをどうしてお主のような者が持っているんだ?」
男は最初はいぶかしむ目で額縁を見ていたが、絵を気に入ったのか上下左右と角度を変えながらニマニマと笑みを浮かべながら眺めつつ卓に尋ねる。気持ち悪いと思いながらも、昔の自分のほうがもっと気持ち悪かったと凹みながら、男が眺めている間に考えた言い訳を述べる。
「はい。かなり昔のことですが、村の近くで行き倒れている男女二人旅の旅人を自宅にて保護いたしました。男性は騎士様ほど重装備ではありませんが武装しておりました。女性のほうは男性の引く馬に乗りローブで身を包み、顔は見ておりません。女性に男性は敬語を用いておりましたので、位の高いお方だったのだと思います。女性が体力が回復するまで自宅にて保護しておりましたら、女性の方よりお礼にといただいた品でございます。男性の方は強く反対されていましたが、最終的にいただくことになりました。幸い、放していた馬も捕まり、ご出立されましたので、その後のことは分かりません。私なんぞでは価値が理解できないくらいの品というのは話振りから分かったので、寝室の扉につけていつでも見張ることができるようにしておいたのでございます」
「なるほど。ならばこの絵画を我に売ってはくれないか。見たところ路銀も持つ余裕もなかったのだろう? 帰るにせよ、近辺で暮らすにせよ、そのままではまずかろう。どうだ?」
卓としては、忌々しい絵なので手放すのは問題ない。それが生活費になるのだから当然だ。一も二もなく了承する。
「よし。後で持って行かせよう。今日は下級隊員用の宿舎横にテントを張っておかせる。そこで待機し、金とスキルの経緯を聞くためにメリムが行くから指示に従うように。メリム、下級兵を呼んで案内させろ。その後我のところまで来い」
メリムはすぐに兵を呼び卓を連れて外に出る。日が傾きかけていて、何気に長い時間を室内で過ごしていたのを知った卓が案内されたテントは三畳位で、中には木のベットと毛布が用意されていた。卓がいた前の世界の寝床よりは不便そうだが寝る分には申し分なさそうだ。
やっと一息つけるようになった卓は、自分が異世界へときてしまったことについて今後の方針とあわせて思案し始める。
(とりあえず、あっちの世界でやり残したことも、気にしなければいけない人も残っていない。ネットのやつらに仕返しができないのは残念だけど、それだけ。こっちは一度は夢見た剣と魔法のファンタジーみたいだし、さっきまでは人生を投げ捨てるつもりだったのだから、好きにやってみよう。冒険者という職業があるみたいだし、やってみるのもいいかもしれない。向こうの世界で作れなかった家族も、冒険者なら、パーティーとか作ればそばにいてくれるはず。最初は一人かもしれないけど、きっとできるはずだ。まあ、その為にはこのオデブな肉体と人間不信をどうにかしないと、まともに組んでくれる人ができなさそうだけど……)
「スグル、入るぞ」
羊皮紙のような紙束と、お金が入っているのであろう音がする袋をもったメリムが軍服姿で入ってきて、袋を卓に向かって放り投げる。
「さっきの代金だそうだ。当座の生活どころかかなり多く入っているが、素直に受け取っておいたらいい。あと、予定通り明日にはコウエの街に行く部隊とともに出ることができる。よかったな」
メリムのよこした袋の中には金貨が十数枚と銀貨が多数あった。卓としてはこれがどれくらいの金額か分からなかったが、金貨や銀貨ということはそれなりの大金なんだろうと、袋についている紐で肩から斜めにかけて持つことにした。
「ありがとうございます。助かります。ご迷惑をお掛け致しますが、よろしくお願いします」
「いや、気にするな。スグルの災難に比べたらどうということはない。ところで、スグルは家に帰るつもりなのだろう? 妹がいるといっていたか。途中の街に入る際には身分証を持っていなければ犯罪奴隷として捕まることもある。持ってはいないのだろう? 何かアテはあるのか?」
奴隷という言葉に驚きつつも、卓は嘘の中でいた妹について、それらしい表情を作って説明する。
「いえ、持っておりません。妹は怪鳥が襲ってきたときにすでに……。なので、危険なのは承知しておりますが冒険者にでもなろうかと思います」
メリムは卓の痛々しい告白に、そのことを想像しなかった自分に後悔してしまう。
「申し訳ない。浅慮な言葉だった。ただ、冒険者は卓には厳しいんじゃないか? 確かに、身分を作るにはいいし、金を稼ぐには雇い先を見つけるよりも早くできるが……。卓は体を動かすことはあまり得意でなさそうだし、魔力も少ない。従えられるモンスターもせいぜいゴブリン程度だ。その日の宿代ぐらいしか稼げないかもしれないぞ?」
「はい。それでも、今の自分にはなにも背負うものがないので、自分がどこまでやれるのか試してみたいと思います」
「そうか、わかった。なら私のほうから登録できるよう、ことの経緯を書いてギルド用の報告書として渡しておこう。あまり無理せず、ゆっくりやることだ」
メリムは罪悪感から、卓の手助けにと羊皮紙に冒険者登録しやすいよう簡易的な身元保証書を認める。
「ありがとうございます。それと、すいません。スキルの経緯を説明する前にお手洗いを借りることはできますか? ずっといけていなかったので」
卓は羊皮紙に経緯とメリム自身の署名を書いてすぐ渡してくれたメリムに感謝しつつも、話し始めたころに緊張の連続で再度止まっていた生理現象がぶり返してきたため、切羽詰ったように頼み込む。
「ああ、厩舎の脇に厠がある。一人にはできないから案内はするが、入り口の見張りは下級兵にさせるからな」
「もちろんです。お願いします」
さすがの変態の卓も、自分のトイレの音を女性に聞かせるのは恥ずかしすぎるので、否応なく賛成したのだった。
下品で申し訳ないです。