内証とはつまり、揺るがぬ決意だ
高野卓は『此処』で絶対に成し遂げなくてはならないことがある。
日常において、不退転の意思をもって、完全に、完璧になさなければいけないと決意するに足る事象があるということを、卓は齢十八歳にて思い知っていた。
「絶対に諦めちゃいけない。諦めたらそこで姉妹終了ですよって誰かが言ってた。姉は無理だけど妹はまだ希望があるのに、諦めるわけにはいかないんだ!」
高野卓は、馬鹿である。そして、変態でもある。
それは脂汗を流している卓がパソコンに映っている銀髪緑眼の少女を決死の眼差しでにらみつけ、叫んでいる様を見れば納得していただけることだろう。
「まだだ。まだ花を摘みに行くことはできない。この時間を逃せば、この集中力が途切れてしまったら、きっと完成しない。
僕は、ただの人間には興味がないんだ。未開人でも、超濃緑茶でも、兎中忍でもない、この子にしか興味がないんだ!
絶対に、絶対に完成させてやる!」
少女の横には無数のウィンドウが開き、数々のアルファベットが卓の手によって高速に打ち込まれていく。卓のタイピングはすでにニ時間を超え、太い指は腱鞘炎、呼吸はうめく音を立て、ドラム缶のような体から汗を飛ばしながらも休まず打ち続ける様は、狂気に満ちていた。
「これで、これで、終わりだ。これでやっと、僕は一人じゃなくなる。
心の底から信じられる相手ができるんだ!」
プログラミング最後の指示を打ち込み、自分で登録しては回答が予測できてしまうと考え、ネットの掲示板で有志たちに依頼して作成してもらった『理想の妹コミュニケーション ば~じょんすり~』なるものと連動させ、作業が終了した。
息も絶え絶えな卓は一言一言区切るように喋りながら、震える手でパソコンのマイクを手繰り寄せ、マウスを操作して起動作業を行う。
「自動会話装置『妹 あなたのために』完成。苦節四年。念願の僕の妹だ!
さあ、声を聞かせて! そして僕の妹になるんだ!」
パソコンが唸りをあげて『妹』を映し出す。起動状況は問題なく、銀髪緑眼の少女はうっすらと笑顔を浮かべながらゆっくり動き始める。口を開くその動作に卓が丸々としたその顔を画面へと近づける。何度も喉を鳴らしながら、初起動時に行われるユーザー登録を行うときに発せられる言葉を一言たりとも聞き漏らさず脳裏に焼き付けると集中する。
「起動確認しました。契約モードに移行します。
はじめまして! 僕と契約して磨耗し幼女になってよ!」
―――卓の発言ではない。馬鹿で、変態で、妹がほしい卓の発言ではないのだ。
言わずもがな、そう、やつである。
あどけなく、無邪気で、かわいい高い声。
卓がこのためだけに親の遺産をつぎ込み
このためだけにアニメに出てくる少年少女達に命を吹き込む声優に頼んだ声を持ち
このためだけに買い換えた高額で高性能なパソコン画面に映る
このためだけに多額のギャラを払って雇った人気キャラデザイナーとデジタルクリエイターによって作り上げられた
やつである。
そして
このためだけに卓がネット掲示板で数百人の有志たちに募った膨大な会話受け答えのデータによって発言した
やつである。
結論を言おう。
卓は馬鹿である。
「なんで、なんでなんだ! 僕はちゃんと、まじめに登録してくれってお願いした! フリではありませんって言った! なのに、こんなの、ひどいよ」
「フリではありませんって、それこそがフリっすよねー。てか、妹作るとか、キモイっす! ケラケラケラ」
卓はパソコンを窓から投げ捨てた。