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第二十四話 一区切り

 成功して良かったと、切に思う。

 あんなに長い距離を移動したことはなかったから、うまくいく自身はなかった。

 終わりよければ全てよし。とにかく帰ってこられた。

「何で、誰もいねえの?」

 だが、帰ってきてみれば誰もいない。

 錆臭い、ゴミだらけの倉庫を見渡してみても、見えるのはやはりゴミだけである。自分がいない間に何があったのだろうか。窓辺に寄ってみる。

「……は?」

 窓を覗いてみればなぜか太一が堀田に捕まっている。

 堀田に飛ばされたせいか、自分が飛んできたせいか。はたまた両方か、とにかく疲労感たっぷりの頭では何が起こっているかを把握するには時間がかかった。

 それでも、明らかに状況はよくない。とりあえず、おそらく太一は人質なのだろうというのがわかった。そのせいでか、花梨は動けないでいる。見れば堀田が何かを花梨に投げようとしている。それは自分にしたことを彼女にも行おうとしているということだ。

 だから、彼はすぐにそれを止めるために、その場から消えた。



「一人!!」

 時間にすれば十数分の出来事だったはずなのに、まるで十年ぶりの旧友に会ったように声を弾ませて花梨が言う。彼女は本当に泣きそうな表情だった。けれどそれは、いわゆるうれし泣きというものなのだろう。

 あまりにも顔をくしゃくしゃにしているものだから、何か声をかけてやりたかったが、彼女に声をかけている余裕はなかった。依然として太一の首元にはナイフが突きつけられているのだ。

 もっとも、堀田は何が起きているかわからずに呆然としているようだった。

 チャンスは今しかない。堀田の左手首を掴んで太一の首から引き剥がす。堀田も咄嗟に離さんと力を込めるが、もう遅い。太一も堀田の腹に肘鉄を食らわしてから、自力で距離を取った。

「太一、大丈夫?」

 花梨が太一に駆け寄って聞いた。太一は腰が抜けたのかその場に座り込む。

「やべえ、やべえ。死ぬかと思った……」

「さて……」

 一人は腕の力を強める。

「ぐぅ……」

 やがて、堀田の手首はその力に耐えかねて握っていたナイフを落とす。一人はそれを蹴飛ばして遠くに追いやった。

「くそっ!」

 堀田はやっとのことで一人を振り払う。その息は上がっている。若干の興奮も見られる。

「何故だっ! どうして戻って来れた!?」

「どうしてって、なあ。それが俺の能力だからだよ」

「能力、だと?」

「そ、テレポーテーションっていうの? うん、それ」

「テレポートだと? だが、僕の能力で飛ばされて意識を保ってるなんて……」

「いや、すげえ気持ち悪かったぜ。吐くかと思った。けど、何となく感覚が自分の能力と似てたからかな? 気は失わなかったぜ」

「くそっ!」

 彼は右腕に握っていた小石を地面に投げつける。もう役に立たないということだろう。

「さて、えっと……あった」

 一人はポケットを漁り、手錠を取り出す。先ほど花梨から預かったままの物だ。

「覚悟はいいよな。イタズラの度が過ぎたってことだ。牢屋で反省しな」

 果たして堀田が本当に牢屋に行くかはわからなかったが、とりあえず脅してみる。

「うっ、うわああ!!」

「あっ、待てコラ! ……うわっ」

 逃げ出した堀田に対して慌てて走り出そうとするが、躓き、転んでしまう。起き上がろうとしても力が入らない。

 この感覚は何度も経験していた。能力の使いすぎだ。いつも三度使うとヘトヘトになってしまっていた。だが、今回は二度しか使っていない。ハワイから帰って来るのと、倉庫から堀田の後ろに移動するときだ。

 だが、心当たりはあった。倉庫に戻ってきたときにいつも以上に息が切れた。つまり、移動する距離が長かったのだ。

「くそっ……」

 堀田が遠ざかっていく。

 その時、誰かが一人の横を猛スピードで通り過ぎていく。考えるまでもなく花梨だった。

 彼女は既に武器を組み立てていて、すぐに堀田に追いついた。彼を追い越し振り返り際にその回転力を持って三節棍を顔面に叩きつけた。

 鈍い衝撃音とともに、言葉にならない声を堀田は上げた。

「うわ……」

 痛そうだ、では済まない。思わず声が漏れる。

 堀田は後ろ向きに吹き飛び、仰向けに倒れる。

「大丈夫か?」

 体がほとんど動かないので首だけ上げると、太一が側まで寄ってきていた。

「お前こそ」

「俺は……大丈夫じゃないな。頭がおかしくなったみたいだ。それじゃなきゃ夢でも見てるんだな」

 彼はテストで〇点を取った時のような顔をしていた。その顔が少し面白かった。

「残念ながらどっちもハズレだよ」

「説明してくれよ」

「とりあえずあっちまで運んでくれ」

 一人は話をはぐらかした。太一に肩を借りて花梨のところまで行く。堀田は完全に気を失っているようだ。見るに堪えないので顔はあまり凝視しなかった。

 太一に礼を言って自力で立ってみる。ふらついたが、何とか倒れずにいられた。

 だが。

「うわっ!」

 花梨がいきなり抱きついてきてそのまま慣性に任せて倒れこんでしまう。

「か、花梨、お」

 重い、という言葉を寸前で飲み込む。女性に対してそれが禁句だというのはさすがに知っていた。

「どうした、急に。どけてくれよ」

 花梨は何も言わない。入らない力でなんとかどかそうとするが、それもすぐに止めた。花梨の啜り泣く声が聞こえてきたからだ。

「良かった……本当に良かった」

「何だよ。たかが五分か十分いなくなっただけだろ」

「だって、だってぇ……」

「花梨」

 彼女は顔を上げる。

「ただいま」

 一人は微笑んで言った。

「うっ、う、うわあああ!!」

 彼女は声を上げて泣き出した。



 事件から二週間がたった。テストも終わって、学校は二週間後の学校祭へ向けてあわただしかった。テストという地獄から開放され、学校祭というお祭りが控えているということで生徒たちのボルテージは相対的に急上昇している。

 さて、テストはというと良介が通算四回目の学年一位という結果に終わった。あのような事件に巻き込まれて勉強する時間もほとんどなかったというのに、である。

 とはいえ本人はそのことについてはほとんど覚えていない。置換機は使っていない。良介の母、学校の生徒、その他諸々に対する影響が大きかったため、特命部が直接対応したらしい。その中で置換機を使ったのかもしれないが。もちろん太一にも忘れてもらった。

 どうやら通常の監禁事件として処理されているらしかった。良介本人もそう記憶している。詳しいことは話したがらないのでわからない。それで構わないと一人は思った。ただ、トラウマになってはいないかというのが心配だったが、特命部がそんな下手な処理をするとは思えなかったので、考えないことにした。

 今回、一人は非常に迷った。良介と太一に全てを打ち明けてしまおうかと思った。友人に隠し事をするのが後ろめたいを通り越して悲痛だった。

 だが、そうしなかったのは、彼らを護りたいという思いが芽生えたからだった。否、護られているという自覚すらなしに生活して欲しいと思ったからだ。

 何故自分がこんな目にという思いはもう捨てた。考えても無駄だからだ。

 力を使うのも自由、使わないのも自由。考えるのはそこだ。

 これに関しては、ひとりではないことがとても心強かった。

「ふう……」

 Yシャツをバタバタさせて空気を送る。汗が吹き出るほどではないが、日に日に上がっていく気温に一人は滅入っていた。

 街中はヒートアイランドなのか市内北西の稲川よりも確実に暑い。ビル風が生暖かい風を送ってくるのも厄介だった。

 早く日陰に入りたいと思っていた頃に、目的地に到着する。中に入ると空調が効いていて心地よかった。

 毎度ながらここからが面倒だ。特命部の名前を出すと変な顔で見られてしまう。誰か知った顔がいれば良いのだが、心当たりは片手で数えても余ってしまう。

「あれ、一人くんじゃないか」

 どうやら片手のうちの一本が葱を背負ってやってきたようだ。

「お久しぶりです、有澤さん」

「今日はどうしたの? また何かあったの?」

「いや、ちょっと。氷室……さん、に」

 有澤は驚いたようで目を見開く。だが、それだけで一人が言わんとしていることがわかったようだ。

「そう……。君は絶対やらないと思ったんだけどな」

「俺も思ってました。絶対やるもんか、って」

「お人よしなんだね」

「馬鹿なんですよ、俺って」

「あれ、君に話したっけ?」

「何がです?」

「あ、いや、いいんだ。まあ、いいや。行こうか」

 有澤の後をついて特命部の階層へと下る。相変わらずの殺風景だった。エレベーターを出部屋に入ると有澤は自分のデスクへと向かっていった。

 一人は氷室の元へと向かう。一人に気が付くと彼は至極面倒くさそうな顔をした。

「よく来るなお前。今日は何だ?」

「氷室さん」

 そう言うのは先ほどと合わせて二回目だった。

「な? 気持ち悪いな。どうした急に。頭でも打ったか?」

 ゴキブリを見るような目だったので一人は少しへこんだ。それでも思い直す。

「いや、バイト先の社員にくらい敬語使わないとって思って」

「あ?」

「俺、非常勤になります」

 しばらく沈黙があった。やがて氷室は声高々に笑い出す。

「面倒くせえぞ?」

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