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第二十三話 間が悪い

 急激に気温が上がった。

 唐突に雑音が増えた。

 俄かに海の香りがした。

 生暖かい空気以外にも地面から熱気が噴き出されているようだった。

 とにかく蒸し暑い。

 そこは明らかに海。自分は砂浜を踏んでいる。そこまではわかった。

「……どこだ、ここ?」

 そう呟いてから、頭が急速に回転してくる。

 あたりには人、人、人。その人たちは風船配りのピエロを見るような目つきで一人を凝視している。

「これ、やばくねえか?」

 一人は思い直す。どちらかというと変質者を見るような目に近いと感じられた。

 彼らの肌の色は黒か白。どうりで先ほどから知らない言葉しか聞こえてこないわけだ。

 正確には少しはわかる。ただ、What? とかOh,My God! などが断片的に聞こえてくるだけで、何を言っているかはわからない。日本の高等教育は現地の英語を理解するほど高度ではない。そもそも、本当にOh,my God! と言っているのかも定かではない。

 いくつかの候補はあったが、視界の傍らにテレビで見たような伝統衣装を見つけて合点がいった。

「もしかして、ハワイ?」

 グアムかもしれない、と一瞬思ったが、たぶん、ハワイだろう。

 ハワイみたいな観光地は日本語が通じるとか聞いたことがあったけど。などと、どうでもよいことも頭に浮かんだ。

 よく見ると、アジア系の顔も多かった。さすが観光地、とまたどうでもよいことを思った。

 たぶん、ビックリしすぎて思考が麻痺しているのだろう。




「一人!」

 花梨の叫び声は虚しく倉庫に響く。つい数秒前まであった一人の姿はもうない。

「手の内ってのはね、何も全部隠す必要はないんだよ」

 堀田は体中の埃を払いながら立ち上がる。ゆっくりと歩き出し、落ちていたナイフを拾った。

「ちょっと見せびらかす。その方が勝手に決めつけてくれるから」

 優越感に浸ったような、気味の悪い笑みを見せて堀田は言う。

 気持ち悪い。

「一人をどこにやったの!?」

「今頃南の島でアロハシャツ着てバカンスかな? ま、不法入国で逮捕とかあるかもね」

 反吐の出るような笑みを絶やさない彼は、ナイフをしまうと手近にあった石を拾った。

 気持ち悪い。

「この……!」

「そうそう、動かない方がいいよ。君はどこへ行きたい?」

 堀田は石ころを掌で躍らせる。

 気持ち悪い。

 花梨はもう我慢できなかった。

「私を舐めないで」

 彼女は良介を抱えたまま地面を蹴り上げコンテナの上へと登る。その速さに堀田はついて来ることができていないようだった。どこに行ったのかもわかっていない。

 良介をそこに寝かせ、コンテナから飛び降りてから、やっと堀田がこちらを向いた。

「なっ、速……」

 そう言う彼の動きはとても遅かった。

 堀田が石を投げようと構えたときには花梨は既に堀田の横まで移動していた。足を払うと彼はうつ伏せに倒れこむ。無様なうめき声をあげた。埃が舞い、彼は咳き込む。

 膝で彼の背中を押さえ込み、懐から三節棍を組み立てて首筋に突きつけた。

「一人を元に戻して」

 我ながら冷たい声だったと彼女は思う。

「む、無理だ」

 今度は右手で銃を撃つ。堀田の顔のすぐ横だ。

 彼の鼓膜が破れたかもしれないが、どうでも良かった。今、何を言っても聞こえないだろうと判断して何か言い出すまでしばらく待った。

「……無理だよ。それは僕の能力を超えた範囲のことだからね。君がどれだけ脅そうと僕にはできない」

 花梨は怒りに任せてしまいたかったが、何の解決にもならないのはわかりきっていた。

 それでももう一度銃を撃つ。おそらく堀田は耳鳴り以外に何も聞こえていないだろう。

 腕に力が入る。眉間に皺がよる。

 殴りつけたい。蹴り飛ばしたい。

 すべて何の解決にもならない。

 大きく深呼吸。

 片手で棒を堀田に押し付けながらもう片方の手で携帯電話を取り出す。

「……あ、氷室さん。例の事件の犯人を捕まえました。……ええ、すみません。説教は後で聞きますから。それと手錠がないのでできるだけ早くお願いします。場所は……」

 今できることは堀田を警察に渡して、彼らに何とかしてもらうしかなかった。特命部が海外にまで手を出せるかわからなかったが、考えても仕方がない。

「立って。トラップ解除して」

「わかった。わかったから、その物騒な右手を引っ込めてくれないか?」

「無理な注文。そうだね、こっちはしまってあげる」

 三節棍を器用に三つに折って懐に入れる。右手は堀田の頭蓋を常に狙っている。

「彼はどうするんだい?」

「手、挙げたまま。良介くんは君を警察に突き出してからでも間に合う。早くトラップ」

 言葉が単語の繋がりにしかならない。相当苛立っているのが自覚できた。

 やけに落ち着いている堀田の態度も気に入らなかった。

「わかったよ」

 堀田は両手を挙げたまま歩き出す。入り口付近には十メートル四方ほどにわたってマス目があり、全てがトラップなのかはわからないが、危険極まりなかった。入ったときのように跳んで出ていくこともできるが、放置するわけにもいかない。氷室たちが来たときに事故が起こるのも防がなくてはいけない。

「早くして」

 語気が強い。早く一人を何とかしなくてはという思いと、一人を罠に填めた目の前の男への怒りであることは自明だった。

「急かさないでくれ。一個ずつ解除していくしかないんだ」

 堀田はしゃがみこむと一つのマス目に片手を添えて何やら呟いた。何を言ったのかは花梨には聞き取れなかった。

「こうやって一個ずつやっていくから」

「本当に解除したの?」

「疑り深いなあ。なんなら、ほら」

 そう言って堀田は先ほどのマス目を踏んだ。しかし、何も起こらない。

「とぼけないで。あなたは大丈夫なんでしょう?」

「な、何を……」

「簡単。私たちが十メートルも跳んだことにびっくりしていた君が、どうしてこのトラップを踏まずに中に入れたの? 次、撃つよ。殺さない程度に」

「すまない。勘弁してくれ」

 もう一度しゃがみ手を添えるとそこが仄かに光りだし、すぐにおさまった。これで本当に解除されたのだろう。だが、既に先ほどのやり取りで、堀田に対する不信は十分すぎるほどあった。やはり、コンテナから跳んだほうが安全だろう。

 その時、入り口のドアが開く音がした。入り口付近にあった障害物のせいで、その人物の姿は陰になって見えない。

「うわっ! 何だこれ?」

 聞きなれた声だった。

「太一!?」

 気を取られたのが、いけなかった。

 堀田が急に入り口に向かって走り出す。咄嗟に足が出かけるが、マスの一歩手前で踏みとどまる。

 右に折れて荷物の陰になって堀田が視界から姿を消す。

「わっ、堀田? ちょ、おい!」

「太一!」

 入って来たときにも登ったコンテナに登り、入り口のマス目が書かれていないところに飛び降りて外に出る。

 そこにあったのは、例えば、薬で小さくなった高校生が活躍する漫画によくある風景。例えば、名探偵の孫が主人公の漫画によくある風景。

 堀田が太一の後ろに回りこみ、首元にナイフを突きつけていた。つまり、太一を人質に取られた。

「動くなよ!」

「太一……どうして」

「あの、その、か、一人をつけて行ったんだけど、あ、あいつ速くて。この辺りをうろついてたんだ。って、どうして、こ、こうなってんの?」

 普段は緊張感もなく、悪い意味で何事にも動じないような太一も、首元にナイフを突きつけられているせいか、声が上ずり、激しく動揺している。

「太一を人質に取ってどうする気?」

 気の利いた言葉は出てこない。必死に今の状況を覆す方法を考える。だが、何も出てこない。

「どうも。君が動けばこいつを殺す。それだけさ」

 そう言って、太一を無理矢理屈ませる。太一の顔が苦痛で歪む。自らも屈み、地面に転がっている石を拾った。再び太一を立たせて盾にした。

 堀田が何かをする前に撃つことができるだろうか。撃つだけならば簡単だろう。問題は、太一が盾になっていることだ。彼に当てることなくことを成す自信はない。

「さて、君はどこへ行ってもらおうか」

 今日一番の不気味な笑みを花梨に向けた。

「う……」

 太一が呻いて抵抗する。何もわかっていないだろう太一も悪い方向にしか進んでいないことはわかっているだろう。

 だが、能力者の堀田の力にはどうしようもできないようだった。

「うるさいよ。少し黙れ」

 堀田は太一の首筋にナイフを少し食い込ませた。肌に赤いラインが引かれた。

「まあ、僕もそれほど色んなとこ行ったことがあるわけじゃないからね。あ、そうだ。有蘇山の火口なんかいいね」

 堀田は石を握り締めて何事か呟くとその握りこぶしから光が漏れる。

「避けたらどうなるかはわかるよね?」

 左腕でナイフを突きつけながら太一を拘束し、石を持った右腕を振り上げる。

 避ければ太一の命はない。避けなければ火山の火口へまっしぐら。打開策は思い浮かばない。

「さよなら」

 堀田が右腕に力を込める。だが、その腕を何者かが掴んだ。

「なっ!?」

「あっ!!」

「いきなり公衆の面前に現れたもんだから万国びっくりショーにでも連れてかれるかと思ったぜ」

 自分は何て馬鹿だったんだろう。彼にはその力があるじゃないか。

「一人!!」

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