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第二十二話 妬み

 錆びた金属の匂い。古い建物の匂い。陰湿な雰囲気。用なしになったコンテナ、高く積み上げられた用途のわからない荷物があちこちにまだ残っており、四方の壁際にはゴミが堆積していた。

 入り口のすぐ左にはコンテナ、数メートルほど前にもコンテナ、まるで左に折れる迷路のようで先が見渡せなかった。

 それよりも目を惹いたのは。

「何だこれ?」

「迂闊に進まない方がいいかもね」

 コンクリートの床に書き込まれた無数の白線。チョークのようなもので書かれており、一辺五十センチほどの正方形が、少なくとも見える範囲にわたって存在していた。まるで教室のタイル床のようだった。

 風化していないことから、これが最近書かれたものだというのは明らかだった。

 花梨の言うとおり迂闊に進むべきではないと一人は思った。しかし、このままでは良介も堀田も見つけられない。

「良介! いるか!?」

 一人は大声で叫ぶ。頼むから返事を返してくれと願う。声も出せないような状態だけは止めてくれと祈る。

 少しだけ間があった。

「一人、来るな!!」

 良介の叫ぶ声。顔も見えない、しかも久しぶりに聞く友人の声を見極めてくれた驚きはあったが、それ以上に状況が迫っているのだとすぐにわかった。

「良介!!」

 これ以上の返事は返ってこなかった。

「良介くん……」

 花梨からも不安げな声が漏れる。

「堀田! 出て来い。いるのはわかってんだ!!」

 しばらくの間、反応はなかったが、視線の少し高い位置に人影が現れた。距離感を測るに手前のコンテナの奥にも別のコンテナがあるようだ。その人物はそのコンテナに乗ったらしい。

 その人物はチェックのシャツにジーパンで目出し帽をかぶっていたが、すぐにそれを剥ぎ取ると見知った顔が現れた。

「全く、余計なことを。あとをつけてきたのかい?」

 薄ら笑いを浮かべながら彼は言った。

「堀田、てめえ!」

「質問にくらい答えて欲しいね」

 堀田はやれやれと肩を竦める。

「まあいいさ。それにしてもよくわかったね」

 堀田は一人ではなく花梨を見て言った。彼女は眉ひとつ動かさずに視線を堀田に向けていた。

「良介はどうした!」

 良介が無事ではないかもしれない苛々。堀田の態度に対する苛々。それらがブレンドされて、どうしようもなく声が荒くなった。

「そこのプレハブの中で眠ってもらったよ。たった今、ね。あ、そこって言っても君からは見えないね。まあ、いいや。人を気絶させるのって難しいんだね。漫画のようには上手くいかない」

 テストでケアレスミスをしてしまった、くらいの口調で彼は言う。それを聞いて一人の怒りはさらに高まっていく。すぐにでも堀田に殴りかかりたかった。

「てめえ!」

 思わず足が一歩前に出る。それを花梨が制した。

「君とはもう話したくないな。野蛮すぎる。果山さん、よく僕だって気がついたね」

「良介くんだけが戻ってこなかったもの」

 彼女は淡々と言う。

「それで僕かい? 随分と疑われたものだね」

 堀田は鼻で笑う。

「良介くんを返して」

「返すつもりだったさ。最初から遊びだったんだから」

「やっぱり遊びだったんだね。遊びで人を攫ったりして!」

 彼女の語気が強くなった。

「ちょっとその言い方には語弊があるな。まあ、いいさ。返して欲しければ力ずくでやってごらんよ」

 彼は大げさに手を広げる。演劇の振り付けのように仰々しかった。

 もう我慢の限界だった。

 一人は思いっきり地面を蹴って踏み出そうとした。

 だが、彼の腕を花梨が掴む。

「花梨!」

 一人は花梨を睨むが、花梨は強い眼差しで一人を見た。そして、視線を堀田へと移す。

「堀田くん。そんな見え透いた罠には引っ掛からないよ」

 堀田は何も言わない。

「この白線、何もないのに書くわけないよね。これは罠だ」

「それが? 君は、面白いことを言うね」

「とぼけないで。私たちは全部知ってる。君は能力者だ」

 堀田は細い目をギリギリまで見開くと右手でその顔を覆った。そして、堪えるように笑みを漏らし、やがて声を張り上げて高々と笑った。

 狂ってる。一人はそう思った。

「そうか。そうか、君たちもか!! 面白い、実に面白い。僕だけじゃなかったんだ! そりゃそうだ。考えればわかる。しかし、こんなに身近にいるとはね!」

「君は自分に目覚めた能力を試したくて、イタズラで何人も攫ったんでしょ?」

「ははは! そこまでお見通しか。脱帽するよ果山さん! そうだよ、ある日突然頭に浮かんできたんだ。この能力が! 最初は信じられなかったさ。それでも試してみたらどうだ! 目を疑ったよ。けど、紛れもない事実だった。それでももっと確かめたくて、何度もやったさ。

 そのうち、確かめるためじゃなくて、遊んでみたくなったのさ。……まあ、最後の方は完全に惰性だったけれどね。けど、僕は運が良かった。きたのが佐野良介だったんだから!」

「落ちてきた?」

「いいよ。この際だ、僕の能力を教えてあげよう。僕はね『他と何らかの境界で区切られた領域、物質的な切れ目でも、書かれた線でも、何でもさ。それに指定した空間への落とし穴を作る』ことができるんだよ。落ちる先はここだよ。ここは子供の頃から秘密基地にして遊んでいたから、使われてないのは知ってたからね」

「はっ! てめえに遊ぶ友達がいたとはな」

「減らず口を叩くなよ高木一人。君は富士の樹海にでも落としてやろうか?」

「くっ……」

「冗談だよ。僕の能力じゃ行ったことのないところには繋げられないからね。……ただ、行ったことのあるところならどこにでも、と言っておこう。

 さて、話の続きだ果山さん。僕は自分の能力に気づいて、落とし穴を仕掛けた。マンホール、排水溝、縁石……色々ね。けど、無闇に仕掛けても後の処理が大変だからね。一区に罠は一つと決めたわけだ。遊びにはこのくらいの制約が必要だろ? 

 最初は興奮していたんだけどね。後の処理が面倒だった。空間の移動が堪えるのか、落ちた人たちは半日は意識を失った状態だったから、抵抗や脱走はされなかったんだけど。さすがに殺す勇気はなかったよ。殺してしまったら警察が本格的に動く。さすがに遊びでやって一生牢獄なんて笑えないからね。

 だから、わざわざ見つかりにくい場所に繋げて、もう一度落としたんだ。面倒だったよ。ただ、止めようにも、もう仕掛けた場所なんて覚えてなかったからね。解除のしようがなかったのさ。

 佐野くんだけは監禁することにした。逃げられないように、この倉庫の端から端まで落とし穴を仕掛けて倉庫の中に再び落ちるようにしたんだ。落とし穴は一回きりだったけど、作動したかは自分でわかったから作りなおしたりもしたけど、最終的には抵抗を止めたみたいだったね」

「なんて酷いことを!」

「まあね、自分でも途中で馬鹿馬鹿しいと思ったよ。けど、どうせだから計画は最後までやってしまおうと思ってね」

「テストが終わるまで?」

 自分の言葉に悦に浸っていたような堀田の表情が変わり、血の気が引いたようなものになる。

「テストで一番を取れないから、監禁してしまおうなんて、馬鹿じゃないの?」

「……遊びだよ。ちょっと贅沢な、ね」

 狂ってる。一人はそう思った。悪戯にしても妬みにしても、人を傷つけてまでできる精神が理解できなかった。度を過ぎている、では足りないような理解不能な行為に思えた。

 花梨が声を張り上げる。

「何で自分が努力しようとしないの? 子供じゃない! 弱虫じゃない!」

「うるさいっ!」

 堀田が花梨以上の声で叫んだ。さっきまでとはまた様子が違う。

「毎度毎度、親父に馬鹿にされる僕の気持ちがわかるものか! 『志望校を下げてこんな高校に来て、一番も取れないのか?』だって? どいつもこいつも馬鹿にしやがって!!!」

 刹那、銃声が響く。

 一瞬、時間が止まった。

 興奮気味だった堀田の表情が青ざめる。

「次、当てるよ」

 花梨が冷たく言い放つ。

「もうね、君の話は聞き飽きたの」

「……ははっ。それが君の能力か! 面白い!!」

 堀田が視界から消える。どうやらコンテナから飛び降りたらしい。

「だがこれならどうだ? ても足も出ないだろう? 察しの通り入り口の白線はトラップだよ! 行き先はたった今、変えておいたからね。落ちてからのお楽しみさ!」

 一人は少し助走をつけて飛び上がる。五、六メートルほど先のコンテナの上に飛び上がる。上から見渡すとトラップが仕掛けてあるのは壁際だけのようだ。奥のほうにはプレハブも立っているが、中にいる良介は見えなかった。一人からは堀田が丸見えだったが、来るとは思っていない堀田は一人に気づいていないようだ。

「言っておくがな、逃げてみろよ。佐野を殺してやる。ここまで来たらどうしようもない。三人とも殺すしか道はないよ。まったく余計なことをしてくれた。たかが遊びだったのに。……なっ!?」

 一人はコンテナから堀田の目の前まで一度で跳ぶ。目の前に一人が現れたことに彼は驚き、慄く。

「どうやって……。それがお前の力か?」

 どうやら能力者の肉体が活性化されることには気づいていないようだ。

「知らないならそれでいいさ」

 花梨が一人と同じようにして跳んでくる。それにも堀田は驚愕の表情を見せた。

 苦虫を噛むような表情の堀田は懐からサバイバルナイフのような刃物を取り出す。

「物騒なモン持ってんじゃねえよ」

「うるさいっ! お前たち、殺してやるっ」

「花梨、良介を頼む」

 花梨は頷くと跳躍し、堀田の上空を通り過ぎるとその先のプレハブへと向かっていく。

 堀田はそれを一瞥すると血走った目つきで一人へと向かってくる。

 火事場の馬鹿力か、先ほどまで自分の体の変化に気づいていなかったはずの堀田のスピードは常識のそれを逸していて、能力者のそれだった。凄まじい速さで突進してくるが、今までに経験したそれのどれよりも単調で、遅かった。

 体を捻って避けるついでに堀田の腹に蹴りを入れる。堀田は蹲るが一人を一度睨み両手で握ったナイフを突き上げてくる。

 それを仰け反るようにして避けた後一歩下がるとつんのめって体勢を崩した堀田の腕を蹴り上げた。ナイフが弾かれて離れた地面に小さな音を立てて落ちる。

 短い悲鳴を上げると堀田は尻餅をついて後ずさる。

「一人!」

 プレハブから良介を右肩に担いで花梨が出てくる。良介は力なくだらりとしていて、意識があるようには思えない。

「大丈夫、気を失ってるだけ」

 その言葉にホッと胸を撫で下ろす。

「こいつはどうする?」

 一人は目の前で怯えるようにしている男を指差す。

「もちろん氷室さんに突き出す」

 そう言って花梨はブレザーの内ポケットから手錠を取り出す。少なからず一人は驚いた。

「非常勤は一個だけ手錠を携帯するように言われてるの」

 なぜ、前の事件のときは使わなかった、という疑問は湧いたが今は黙っておくことにする。花梨はそれを一人に投げてよこした。

 一人が花梨の目を見ると、黙って頷いたので一人はそれを持って堀田に近寄る。法律的にどうなるかなどどうでもよかった。

 化け物を見るような目をしていた堀田が、一瞬、笑った。

「何が可笑しい?」

「一つだけ言っていなかった。『落とし穴』という表現は僕のお気に入りなんだ」

「何が言いたい?」

「僕の正確な能力を教えよう。『他と何らかの境界で区切られた領域を指定した空間へワープさせるキーにする』んだよ。つまり、別に地面じゃなくてもいいのさ!」

 堀田が投げつけた石を一人は咄嗟には避けることができなかった。

 視界が揺らぐ。

 感覚が麻痺して、自分がそこに立っているのかもわからなくなる。

 立っているのか、座っているのか。

 目を開いているのか、閉じているのか。

 起きているのか、寝ているのか。

 自分が果たして存在しているのか。

 強烈に気持ちが悪い。しかし、これは……。

 次に一人が感じたのは「暑い」と「青い」だった。

「……どこだ、ここ?」

 知らない、風景だった。

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