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第二十一話 コソコソ

 人気がないのを確認して民家の屋根に飛び上がり、屋根伝いに走る。通常では考えられないようなスピードで疾走する。まるで忍者だ、と一瞬だけ思った。だが、首を振って無駄な思考を排除する。こんなことを考えている場合ではない。

 予想外に時間を取られてしまった。急いで花梨と合流しなくてはいけないのだ。

「……はっ、はっ」

 息が上がる。

 いつも切羽詰った状態だったため気づかなかったのか、超スピードで動くのは思った以上に疲労が溜まるようだ。疲れ知らずの万能人間になったわけではないらしい。

 徒歩ならば二十分以上かかる道のりをものの数分で自宅までたどり着いた。肩が上下するほど息が上がっているが、百メートルか二百メートルを全力疾走したような疲労感だった。疲れてはいるが二キロ以上の距離を走ったのだから得だと思わなくてはいけない。

 そこでブレザーの内ポケットに入った、携帯電話が振動していることに気がつく。ディスプレイを一瞬だけ見て通話ボタンを押した。相手は予想通り花梨だった。

「もしもし?」

『どうしたの? 元気ないね』

 どうしてだろう、第一声がこれである。普通に電話に出たつもりなのに、彼女はすぐに見抜いてしまった。

「飛ばしたからな。今、家だ。すぐに行くよ」

 そう言ってごまかす。

『いや、そうじゃなくて。私が行ってから、何かあった?』

「わかんのか。いや、『何も話せない』ってつらいな、って」

『太一と何かあったんだ』

 彼女は何でもお見通しのようだ。だが、今はそんな話をしている余裕はない。花梨に現在の状況を尋ねた。花梨もそれをわかっているのか、何も触れずに状況を話し出した。

『目標は現在北上中です』

「北? 狩谷市か」

『そ、狩谷・稲川線を走ってるから。自転車取りに行って良かったね』

 狩谷市は稲宮高校を北に一キロほどで着く隣の市である。。狩谷・稲川線は文字通り狩谷市と稲川区を繋ぐ道路で、交通量が多い。

 最初は自転車を取りに帰らなくても、走って(つまり能力で)尾行できるのではと思ったが、人通りの多い場所ではいくらなんでも無謀すぎる。安全策が功を奏したことになる。彼女が良かったと言っているのはこのことだろう。

 一人は鞄を玄関に放り込み、自転車に乗って全速力でこぎ出す。だが、右手には携帯電話を持ったままで、左手だけの片手運転である。

「何でまた狩谷なんだ?」

『知らないの? 堀田くん狩谷市民だよ。てか、お父さんが市議会議員だし』

「マジ? あいつお坊ちゃんなの?」

『へえ、知らなかったんだ。まあ、市議会議員がお金持ちかどうかは知らないけどね。あ、今タナカ電機のとこ』

 一人は頭の中に地図を描く。相手のスピードにもよるが、追いつけないほどの距離ではない。

「了解。バレてねえよな?」

『たぶん。見失わない程度に離れてるから。あっ』

「どした?」

 行っているそばからバレたのか、それとも見失ったのか。

『左に曲がった。ちょっと待って。……コンビニに寄ったみたい』

「何だ。見失ったかと思ったぜ」

 一人は大きく息を吐いた。

『そんなヘマはしないよ。……ねえ、太一と何があったの?』

 急に花梨は話題を戻した。

 思わず先ほどの光景が浮かんでしまう。必死に訴える太一。何も言えずに立ち去る自分。

 脳内の映像に気を取られて電柱にぶつかりそうになってしまった。体勢を立て直してこぎ出す。

「……見失うぞ」

 何を言って良いかわからず、それだけを言う。

『大丈夫だって。どうせコンビニからまだ出てきてないし』

「……『なんで何も話してくれないんだ! 友達じゃねえのか』って」

『そっか。太一、気づいてたんだ』

「みてえだな。何も考えてねえようで、しっかりわかってんのな」

『わかるよ気持ち。一人のも太一のも』

「どうしたらいい?」

『私もわからないよ。私だって、ずっとそれで悩んできたから」

 そうなのだ。花梨だって今までずっと同じ状況だったのだ。自分が彼女の正体を知った時にどう思ったか。何と言ったか。それでいて、彼女に救いを求めるとはなんと自分勝手か。

 一人は虫の良すぎる考えに、少し自己嫌悪に陥った。

 そんな一人の内情には気付かずに彼女は続ける。

「答えなんてないよ。だから、良介くんを無事に助けて、『ほら、何もなかったよ』って言う。それしかないよ」

「何もなかった、か」

 できるだろうか。否、そうするしかないのだ。

「……そう、だな。よしっ! 堀田は?」

『今出てきた。何買ってるかは見えないけど、多分お弁当じゃないかな? あ、私服に着替えてる」

 放課後のこの時間に弁当とは不自然すぎる。

 だが、今更になって、たかがテストのためにここまでするだろうかと考えた。あまりにも理由が幼稚すぎる。

「なあ。やっぱり、おかしいよな、動機が」

『一人がそう言ったんじゃない』

「そうだけど……」

『まあ、ついて行けばわかるけど。そうだね……。例えば、昔読んだ漫画で、仲良しの同級生を成績がらみで呪っちゃうってのがあったよ』

「それなら読んだ」

『あ、公園を左に曲がった』

 もう考えるのは止めた。堀田の行動は見るからにおかしいし、動機なんてものは後からわかるものだ。気合を入れなおして、一人はペダルを強く踏んだ。

「おけ。今、狩谷市に入った」

『了解。随分景色が変わったなあ。何か草っ原が増えてきたよ』

「ちょっと待て。たぶん、新港の方だ」

『えっ、海?』

「そこまで行かなくても住所的には新港だからな。確か倉庫とか工場がわんさかあるぜ」

『ああ、それ、臭いね』

「今、公園曲がった」

『ちょ、速くない?』

「飛ばしてっからな。もうすぐ追いつくぜ」

『飛ばしすぎて万国吃驚ショーに連れてかれないでね』

「大丈夫だって。そこまで飛ばしてねえ」

 一人は慌ててスピードを落とした。

『ちょっとヤバイ。人気が少ないから近づくとバレちゃうかも。けど、建物が増えてきて入り組んできた。距離を保つと見失っちゃうかも』

「おいおい、大丈夫か?」

『仕方ないから。自転車乗り捨てるね。屋根から追う』

「見つかんなよ。堀田に、というか人に」

『慣れてるから大丈夫』

 慣れていることがすでに大丈夫ではないのではと一人は思った。それだけ非常勤の仕事が、非日常が日常になっているということだ。急に彼女のことが心配になった。

『一人?』

 ずっと黙っていると彼女が不安そうに尋ねてくる。

「ああ、悪い。あ、これか? 交差点のガソリンスタンドの向かいの草っ原に捨ててある自転車」

『そう、それ。そこ左に曲がって、すぐ右、で、またすぐ左で真っ直ぐ。あ、ヤバイ。建物なくなって、空き地ばっかりなんだけど、まだ進むみたい』

「ちょっと待ってろ、すぐ着くから。二ケツで行くぞ」

『いや、堀田くん以外誰もいないから大丈夫。走ってくよ。あ、てか、もう着いたよ』

 一人は最後の左折を済ませたところだが、その先が長かった。延々と空き地で草っ原が広がっていたが、しばらく進んで、寂れた倉庫のような建物が見えた。他の建物は見当たらず、取り残されたようにポツンと佇んでいた。

 倉庫の前に花梨が立っていた。

 一人は自転車から降りて一息ついた。深呼吸して早くなっている鼓動を落ち着かせる。

「早かったね」

 花梨は息ひとつ切らしていない。自分とのこの差は何なのだろうと一人は複雑な気持ちになった。

「ここに入っていったのか?」

 花梨は頷く。

 周囲は草が無造作に生えていて、建物は巨大だが見るからにもう使われていなさそうで、そこら中が錆か何かで赤茶けている。しかし、重機でも入りそうなシャッターは堅く閉ざされていて人間の手では開けられそうにない。

 その右側には人の出入り用の扉があった。

 一人はそこまで行きドアノブに手をかける。だが、それは回らなかった。

「駄目だ。鍵がかかってら」

 一人は首を横に振った。

「一人、ちょっと下がって」

 一人は花梨の指示に従って数歩下がる。逆に花梨は一歩前に出て右手を構える。親指を立て人差し指を伸ばす。子供がピストルの真似をするポーズだ。

「バンッ」

 小学生のような幼稚な掛け声、耳を劈く爆発音、高く響き渡る金属音。三つが同時に重なった。

 某数字三つがコードネームのおっさんが良くやる光景だ。

「一度やってみたかったの」

 嬉しそうに笑みを溢す花梨。

「弾はどうなってんだろうな」

「さあ? 私もわかんない」

 わざとらしく首をかしげながら花梨は扉を開けた。

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