第二十話 仲間外れ
「どういうことだよ!?」
一人は思わず声を荒げてしまった。
ここは高木家の一室、一人の部屋である。父はもちろん仕事、母もパートで出かけているのでこの家には一人と花梨以外に誰もいない。
「わからない」
花梨は俯き首を振るだけである。
良介が学校に来なくなったのが月曜日。いなくなったのは日曜日か月曜日の朝。ラグビー部の部室で事件について話し合ったのは火曜日。その日のうちに戻ってくるとの予測から二日たって木曜日。
未だに良介は学校に来ていない。
事件の後で休養なりしているのではという希望的観測は、放課後に良介の家を訪ねて打ち砕かれた。やつれた良介の母の表情を見れば、彼女が何も語らずとも一目瞭然であった。
「……とにかく、事件を整理しよう。こないだの続き頼む」
「うん」
自分たちに何ができるのかわからない。だが、じっとしてはいられないし、事件の概要を知らなければ何もできないのは自明であった。
「昨日は三人目まで話したよね。じゃあ、四人目から」
四人目は南区の主婦。五人目は清原区のフリーター。共に翌日には発見されている。
「で、六人目が良介くん」
「何で次の日には見つかってんのに、こんなに騒がれてんだ?」
「一人目がちょっと長かったから。記憶がなかったっていうのもあって、少し騒がれて。それから似たような事件が続いたから。最後の方は、神隠しにあったって被害者の方が自ら騒いでたみたい」
「何だよそれ。お祭り気分じゃねえか」
「まあ、実質被害はほとんどないしね」
花梨は苦笑しつつ肩をすくめた。
「そう、それだよ。何で犯人はこんなことしてんだ? 何の得もねえだろ」
「うーん……」
二人は考え込むが、答えは出ない。
しばらくして花梨がため息を吐いた。
「まさか、遊び半分じゃねえだろうし」
一人は半ば投げやりに言った。
だが、花梨はそれに反応して動きを止めた。
「……それ」
彼女はゆっくりと言葉を紡ぎだす。
「は?」
「犯人は普通の人じゃないんだよ。能力者なんだよ。能力に目覚めた、だから自分の力を試してみたくなった。ただのイタズラ。ただ、それだけ。それだけだから、すぐに解放してるんだよ」
「ちょっと待てよ。イタズラで人攫いなんてするのかよ?」
「イタズラで人の家の壁に落書きしたり、イタズラで学校の窓ガラスを割ったり、イタズラで建物に火をつけたり、全部犯罪だよ」
「じゃあ、何で良介だけ戻って来てないんだよ?」
「解放されたけど発見されてないか、解放されてないか。解放されたなら、心配だけど多分そのうち見つかる。けど、解放されてない場合は? 良介くんに目的があったのかもしれない」
「さっきのイタズラってのと食い違ってるだろ。良介が目的なら最初からやってるだろ」
「食い違ってないよ。イタズラでやってた。そしたらたまたま良介くんが引っ掛かった」
「どういう状況だよ?」
「つまり、能力にそういう制約があるんだよ、きっと。つまり、罠を仕掛けるような能力で、対象を選べないとか。最初は本当にイタズラで、適当に罠を仕掛けてたら良介くんが引っ掛かったってわけ。これはチャンスと良介くんを監禁、もしくは……」
花梨のトーンが下がる。何を言おうとしているかはすぐにわかった。
「言うなよ」
「大丈夫。多分相手に人を殺す勇気はないと思う。今までもわざわざ手間かけてまで解放してるんだから」
「じゃあ、何してるんだよ? 身代金誘拐か?」
「違うんじゃないかな? だってそれならもっといいターゲットがいるはずだもん」
「じゃあ何だ? 殺さない、金も要らない。監禁だけって意味あんのか?」
「うぅ……。わかんない」
「くそっ……。とりあえず、犯人は良介に恨みを持ってるやつだ。そんなやついるか?」
「良介くんいい人だからね。思いつかないや」
そのとき花梨の腹が鳴った。彼女は跳ねるように反応すると顔を赤らめて恥ずかしそうに俯いた。
一人は時計を見遣る。もうすぐ七時だった。
「そろそろ帰れよ。腹減ったんだろ?」
「大丈夫だよ!」
「俺が腹減ったんだよ」
「うう……。そうだよね。それにテスト勉強もしなきゃいけないし。そんな場合かって思うけどね」
「……あ?」
ふと一人の頭に一つの考えが浮かんだ。とても馬鹿馬鹿しいものだが、一応の説明はつく。この理由なら一時的な監禁だけで済む。
「こんなイタズラを平気でやらかすんだったら、些細な理由で良介を監禁してもおかしくないよな? そいつにそんな度胸があるか知らねえが、そんな理由を持ってるやつをひとり思いついた」
耳が隠れるほどの長さの髪。細目に色白の肌。痩せ型の体型で姿勢は良い。授業の合間の休み時間にもかかわらず彼は机に向かって何か作業をしているが、おそらくやっていなかった宿題を急いでやっているのではなく、自主的に先の範囲を予習しているのだろう。
そんな彼に話しかけるものはいない。だが、それは嫌われているというわけではなく、皆が勉強中の彼に気を使っているのだろう。
それが証拠か一人の女子が彼の元に駆け寄ってくる。彼女は自分のノートを指差して何かを尋ねているようだ。それを彼は嫌がる風もなく淡々と教えていた。
「良介と同じタイプだな」
一人は思った。
「そうかな?」
一人と同じく教室の入り口から覗き込んでいる花梨が言った。
「良介くんの方が優しそうだけど」
「当たり前だ。良介はあいつの百倍いいやつだ。あくまでタイプだよ。傾向、雰囲気。イチローと同じタイプの高校球児だってごまんといるけどイチローの方が百倍上手いのと一緒」
「例えが悪い」
「悪かったな」
一人たちがいるのは隣のクラスの二年四組の教室の入り口である。観察している男は堀田冬二。成績優秀、運動神経良好の嫌なやつ。テニス部所属。
性格を覗けば出木杉くんだが、一人たちがつけているあだ名は”無冠の帝王”。テストは良介に負けるし、体育は運動部の中では上の中か下。
「本当に、堀田くんかなあ」
「知らねえよ。ただ、あいつならやりそうってだけだよ」
犯人がイタズラで犯行を行っていたのなら、些細な理由でそのまま監禁するというのは想像に難くない。
殺してはいない。それまでの被害者を解放していたことからも、人を殺す一線は越していない、越したくないと思っているはずである。
ならば、テストまでの一週間、監禁しておけば学年一位の座は自分のものになる、と考えてもおかしくない。
それ以外の理由で、身代金も要求せずにずっと監禁しておく理由がない。
「けどなあ」
「発破かけてみるか?」
入り口近くの男子に堀田を呼んでもらう。彼は面倒くさそうにしながらも堀田の側まで行って声をかけた。
堀田は一人の方を見るとあからさまに不機嫌になるも黙ってこちらに近寄ってくる。
「何だい? 僕は忙しいんだけど」
「まあ、そう言うなって」
俺だってお前となんか話したくねえ、という言葉を一人は飲み込む。
「良介が最近学校来てねえんだ。知らねえか?」
「へえ、佐野くんがねえ。何で僕が知ってるんだい?」
堀田は眉一つ動かさずに答える。
「知らねえかって聞いてんだけど」
「知るわけないじゃないか。入院でもしてるんじゃないのか?」
「担任は何も言ってねえよ」
「櫻庭先生はいつもそうじゃないか。授業だってそうだよ」
「そうか、知らねえか。わかった。悪かったな」
「どういたしまして。変なことを言うね」
一人は踵を返す。花梨も慌ててついていくが、一人が急に足を止め振り返ったのでぶつかりそうになった。
「おっと。そうだ、言い忘れてたよ。おめでとう」
「何がだい?」
「だってよ、良介がいなけりゃ今度のテスト、学年一位じゃん」
そこで初めて堀田は目を見開いた。一瞬、親の仇でも見るような、そんな表情を見せた。
「じゃあな」
今度こそ一人はそこを去り、自分の教室に戻った。
「何だ、全然違うじゃん」
「何が?」
花梨はそわそわしている。あんなことを言って良かったのかと言いたげだ。
「良介とは違うタイプだわ。あれ、ただの劣等感の塊」
「これからどうするの? あんなこと言って」
「さあな。誘いに乗ってくれるといいんだけど」
「誘いって、一人に何かしてくるってこと?」
「あ、やばい。始末しなきゃ。ってなってくれればな」
「乗らないと思うよ。だってこのまま無視してればいいんだもん」
「え? あ、いや、でも。普通は乗ってくるだろ?」
言っておいて自信がなくなってきた。
「だって、疑われたとしてもやり方がわからないんじゃ、なんともないと思ってるんじゃない? だって、向こうは私たちもそうだって知らないんだから」
「あ……」
「密室殺人よりも不可能に近いんだから。ちょっと言われたくらいじゃ観念しないと思うよ。それより、尾行とかした方がいいんじゃないかな?」
「あー……」
「だって、良介くんをどこに監禁してる? 家? まさか。家族にばれずにどうやって? 家族もグル? それこそまさかでしょ? じゃあ、人目につかない工場跡とか倉庫とか。アパートとかは高校生じゃさすがに借りれないし。それじゃあ、監禁するにあたって必要なものは? まず、ご飯じゃないかな? 餓死されたら困るし。どうやって届けるかって言ったら、直接届けるしかないよね? そうでなくても様子見ぐらいはするだろうし」
「あぅ……」
「ま、尾行の結果、堀田くんじゃなかったってことも有り得るけど、やるなら尾行じゃないかな?」
「でもよ、尾行なんてしたことねえし」
「私がする」
「いや、ちょっと待て」
「何? 第一、一人自転車で来てないんだから無理でしょ。尾行まがいのことなら何回かやったことあるし、大丈夫だよ。ね?」
力強く言う花梨に一人は首を縦に振るしかなかった。
放課後、作戦決行である。といっても、花梨が尾行し、その間に一人は家に自転車を取りに帰る。花梨の連絡を待って合流、これだけである。
いつも通りのHRを終えて、掃除のために机を後ろに下げ、いざ帰らんと教室を出かかったところで思わぬ邪魔が入った。
「どこ行くんだよ」
振り返ると太一がいた。珍しく真面目な表情である。見渡すと花梨はもういない。
「あ、悪い、急いでんだ」
それだけ言って立ち去ろうとするが、太一が腕を掴んでくる。
「俺が知らないとでも思ってんのかよ? 知ってるぞ、果山と二人でコソコソやってんの。良介がいなくなったのと関係あるんだろ!? 俺だけ仲間外れかよ?」
置換機を使おうか迷ったが、この公衆の面前では無理だ。そもそも、記憶を置換するものであって気絶させるものではない。
「何言ってんだよ? 俺が良介に何かしたってのか?」
「そうじゃない、そうじゃないけど! 何で俺だけ……!」
「そんだけか? なら行くぞ」
「友達じゃねえのかよ!!」
その言葉に一人は立ち止まりそうになる。だが、結局はそのままその場を立ち去った。