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第二話 鳴らない目覚まし

 さて、普通、人は朝起きるときにはどうやって起きるだろうか。

 何も使わずに起きられる? それは素晴らしい。是非とも真似したいものだ。

 親に起こしてもらう? ちょっと甘えすぎやしないか。そろそろ自立してみよう。

 目覚まし時計を使う? うん、それが一番無難だ。最近は携帯電話のアラームを使う人も多いだろう。どちらにせよ一緒のことだ。この方法が大多数だろう。

 さて、ここで第二問。前日、何があったか知らないが、帰ってくるなり全身に疲れがどっと出て、目覚まし時計もセットせずにそのままベッドに倒れこんでしまったらどうなるだろうか?

 答えは――――


「一人!! いつまで寝てるの!?」

 一階から母親の声がする。怒っているようにも聞こえる。

「……ん、う……ん」

 一人は寝返りを打つ。そして母の声に反応してゆっくりと目を開く。布団は剥ぎ取られ、ベッドの端にかろうじて乗っかっている状態であった。いつものことながら寝相の悪さが見て取れるのだが、逆にどうやってベッドから落ちずにいられたのかと自分でも思ってしまうほどだった。

 時刻を確認しようとするが、机の上に置いてある目覚まし時計はベッドに寝たままでは角度的に見えない。起きようとは思えなかったので、仕方なく向きを変えて壁に掛けてある時計を確認する。

 八時十五分。

 急に頭が覚醒してくる。行動予定、目的地、所要時間、大した量ではないとはいえ、自分でも驚くほどのスピードでそれが計算できた。

 朝のホームルームは八時半からで、学校までは自転車で十分。五分で準備ができればぎりぎり間に合うかどうかというところだ。つまるところ寝坊である。どうせなら潔く諦められるほどの時間に起きてみたかったと思わなくもない。

「起こすならもっと早く起こしてくれ!」

 部屋の外に聞こえない程度に叫び、急いで飛び起き、着替えようとする。だが、自分がグレイのチェック柄のスラックスに紺のブレザー、つまり制服を着たままであることに気づく。昨夜はそのまま眠ってしまったようだ。

 寝汗をかいたYシャツは気持ち悪いが、着替えている余裕はない。どうして、そのまま寝てしまったのか、目覚まし時計が鳴らなかったのか……。余裕はないはずなのにそんなことを考えてしまった。

「……あ」

 そして昨夜の惨状を思い出した。人が人に焼き殺され、殺した人がまた別の人に凍死させられ、そして自分が襲われそうになった。

 果たして、このまま学校へ行ってもよいのだろうか。自分は相手の顔を見ているのだ。向こうからすれば放っておく訳がない。登校中に襲われるかもしれない。学校で襲われるかもしれない。 

 どうすればいい? 警察に……、いや、馬鹿馬鹿しいと一蹴されて終わりだろう。

 いや、ちょっと待て――

「一人!! まだ寝てるの? いい加減に……」

「わかってるよ! すぐ行くよ!」

 そう、馬鹿馬鹿しい。有り得ない。人が燃えた? 人が凍った? そんなことあるはずがない。昨日は友人と遊びすぎて疲れてそのまま寝てしまったんだ。悪い夢でも見たんだ。昨夜は夢と現実がどうとか考えていた気もするが、夢の中では現実だと思っているのだから抵抗しようがないのは当然だ。

「それでも夢と現実の区別くらいつくと思ってたんだけどな……」

 一人は呟く。ゲームのしすぎかな、と自分を戒め、とりあえずYシャツを替えよう、と思った。


 一人は自転車を思いっきりこいでいた。日は高くなりつつあるが、風はまだ肌寒い。そんな春の気候を全身に受け、一人は自転車をこぐ。ホームルームは間に合わなかったが、一時限目には間に合わせたい。

 普段一人は徒歩通学である。理由は特にない。強いて言えば別に急いで登校する必要も急いで下校する必要もないから、とでもなろうか。忙しない世の中への小さな反抗である。

 ただ、今日はそうも言っていられない。別段真面目な生徒であるつもりではないが、遅刻やサボりは嫌だった。授業を一度休むと、朝に歯を磨かなかったような、そんな不快感に襲われるのだ。そういえば、今日は歯を磨いていない……。これももちろん不快だ。

 それにしても、いつも自転車で登校していれば、昨日のように放課後に直接友人と遊んで、徒歩で帰ることなどなかったのに。自転車があれば昨日のような――

「だ、か、ら!!」

 あれは夢だったのだ。そう自分で納得したではないか。馬鹿馬鹿しい。

 一人は自転車をこぎ続けた。


 昨日の(夢だ!)川沿い通りより一本住宅地側にある道路、通称バス通りを真っ直ぐに徒歩二十分、自転車十分。それが一人の通学路である。中規模の公園が一つと、宗派はわからないが庭の桜が綺麗な寺が一つ、それ以外は文字通り住宅しかない。

 漫画などであれば、通学路に商店街があったりして、駄菓子屋のおばちゃんが親切だったりするものだが、あいにくコンビニすらない。

 真っ直ぐに、何にも目移りすることなく、一人は学校へと到着した。時刻は八時三十五分。一時限目は四十五分からなので、ようやくゆっくりできる。どうせホームルームには間に合わない。

 自転車を駐輪場に止め、籠から学生鞄を取出して歩き出す。

 稲宮高等学校。駅から徒歩二十分ほどという微妙な立地だが、市内に数十ある高校の内、学力的には上から数えた方が早い、割と進学校と呼べる公立高校である。一方、部活動といえば、下から数えた方が少しは早いかな、というくらいの中堅校の下くらいである。もちろん、部活動によって差はある。ただ、総括すると、お世辞にも強豪の仲間入りは無理そうである。

 伝統ある古い学校でもないし、最近できた新しい学校でもない。別に際立った行事があるわけでもないし、校則も、厳しいとは言われているが、内に入ってしまえばなんてことはない。どこの学校でもそうだろうが、携帯電話の持込を禁止したところで、守る生徒などいないし、たいていは見つからないのだ。それを外から見たときに厳しいと見えるかどうか、である。

 授業にも間に合う時間なので急ぐことなく玄関で上靴に履き替え、歩いて階段を上る。さすがに人は少なかった。同じように遅刻したらしい生徒が数名いただけである。

 三階が一人の在籍する二年次の階である。大体のクラスはホームルームが終わっているようだが、一時限目がすぐに始まるので廊下に出ている生徒は少ない。

 遅刻した場合はまず職員室に行かなければいけない気もしたが、遅刻をしたことがないので一人は覚えていなかった。後でどうとでもなるだろうと彼は自分のクラス、二年三組の教室の後ろのドアを開けた。扉の音につられてクラスの大半が振り返った。

「お、珍しいな。お前が遅刻なんて」

 廊下側から二番目、後ろから二番目と、なかなかおいしいポジションとも思える席に座る眼鏡の男が話しかけてきた。

 佐野良介。一人とは高校からの友人なので一年と少しの付き合いだが一緒にいることの多い男である。昨夜ももうひとりと三人で駅前のゲームセンターで遊んでいた。

「目覚ましが鳴らなかった」

 そう答えると一人は自分の席へと歩き出す。すると後ろからドタドタと足音が聞こえてきた。

「ギリギリセーフ!! 痛っ!!」

 後ろから走ってきた少女は中を確認することなく教室に走りこんできた。そのせいで、入り口にいた一人と衝突し、不意を突かれた一人はバランスを崩し、隅にあった掃除用具入れに頭をぶつけることとなった。

 クラス中がどっと笑いに包まれた。心配の声がないあたりがなんとも切ない。

「いたた……。あ、一人、おはよう!。一人も遅刻?」

 ツインテールの少女は尻餅をついたが、すぐに起き上がって、一人に挨拶をする。あはは、と笑いながら尋ねる様を見ると謝る気はなさそうである。

「花梨、てめえ……! まず、謝りやがれ!」

 果山花梨、一人の幼馴染である。寝坊・遅刻の常習犯。ツインテールが特徴的で、一部男子に人気があるとかないとか。花梨はどういう意味か笑顔を見せるとそのまま、自分の席へと向かった。

「こ、の……!」

「やめとけ、いつものことだろ」

 良介が嗜める。一人のほうは見ず、参考書を読みながらではあるが。「手、出したら負けだぞ」

「言われなくてもそんくらいわかってるっつーの」

 そう言って、一人は窓際一番後ろの席に座る。お気に入りの席である。できることならもう席替えはしたくないと思えるほどのベストポジションだ。

 一人の一つ前に座っている男が振り返った。「よお、相変わらず朝っぱらから騒々しいな、お前ら」

「うるせえな。お前ら、って言うな。騒がしいのは花梨だけだ」

「ま、どっちでもいいけどな。用具入れに頭ぶつけたときのお前の顔、傑作」

 男はこらえるような笑みを見せた。

「おい、太一。今度はお前がぶつかってみるか?」

 一人は唸るような低い声で彼に言う。

 西村太一。昨日遊んでいたもうひとりである。小学校が一緒で、中学の時に転校していったのだが、高校でまた一緒になったという、なかなかの腐れ縁である。

「よせよお。お前本気でやりそうだからな」

 一人以上にツンツンの頭を振って太一は言う。

 もちろん、本気以上の力でぶつける気である。


 授業とは、勉強をする時間である。教師という、勉強を教える側が一人と、生徒という勉強を教わる側が多数。生徒とはお金を払ってまで勉強したいと思っている人間であるはずである。たいていは親が払っているのだが。最近は国が払ってくれるようになった。

 だからだろうか、こういう生徒もいる。「授業は昼寝の時間だ」

 思っているかどうかは別として、授業中に寝てしまう生徒は少なくない。おそらく一時間何もするなと言われれば、退屈でありながらも眠ることはできないかもしれない。それが授業の形式を取っただけで用意に眠れてしまうのはどうしてだろうか。授業という形態が、人間の長い歴史にわたって、催眠効果を催すものであると人間の遺伝子に組み込まれているとしか思えない。

 話は逸れたが、要するに、一人は授業中に眠ってしまうような人間なのである。授業をサボったりして休みたくないと思いつつも、いざ授業となると熟練の催眠術師の術中にはまってしまうのである。このように内容よりも参加することに価値を見出している輩が他にも多数いると一人は自分に言い訳していた。

 午前中の四つの授業の内、どれだけを睡眠に費やしただろうか。さらに、四時限目が終わっても一人は机に突っ伏していた。

 豪快に眠る一人の頭に分厚い参考書が降りかかる。それはコツンと心地よい音を立てた。

 一人は頭をさすりながら、ぜんまい仕掛けの人形のようにゆっくりと上半身を起こす。あたりを見渡して自分の頭を叩いた犯人を探した。そして片手に参考書を持っている良介を睨みつけた。そして、それを見て笑っている太一も睨みつける。太一には一割増しの睨みをプレゼントした。

「ほら、飯買いに行くんだろ? 無くなるぞ」

 一人の睨みなどものともせずに良介が口にする。見た目通りに冷静な人間である。眼鏡キャラは伊達ではないということだ。

「うぃ」

 一人は風船から漏れた空気のような声を出した。それほどに眠いのである。

「そんなに眠いなら寝てていいぞ。俺が買ってきてやっから」

 太一が立ち上がる。が、それに反応して一人はスイッチが入ったかのように立ち上がった。

「お前が買ってくるとろくな物じゃないだろ」

「あたぼうよ! ろくじゃない物を選んでるんだからなっ」

 そう言った瞬間に一人の右ストレートが太一を襲う。それを予測していたかのように太一は身を屈めて避ける。だが、一人はそのまま太一の頭を掴んで机に押し付けた。もちろん、軽くである。それでも顎をぶつけた太一が悶絶する。

「行くぞ、良介」

 太一に構うことなく背を向けて教室を出ようとする一人。

「……気の毒に」

 哀れみの視線を太一に送ると良介もそれに続く。もっとも、いつものことなので哀れみの量もたいしたものではない。

「ちょ、ちょっと待てよお」

 顎を押さえながら慌てて後を追う太一。

 三人で教室を出ようとしたところだった。

「あ、一人?」

 教室の真ん中あたりで友人と昼食をとっている花梨が一人に話しかけた。

「あん?」

「えっとさ……」

「何だよ? はっきりしろよ」

「ジュース買ってきて!」

「パシリかよ!」

 

 三人が出て行ったあと、花梨は下を向いてため息をついた。そして友人の遠山柑奈に頭を小突かれた。




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