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第十五話 勉強会という名の

「試験も近いってことで、みんなで勉強会しようぜ!!」

 昼休みに太一がそんなことを言い出した。

 事実、一学期の定期考査まであと二週間に迫っていた。二週間前から範囲表が配られて、生徒たちは勉強計画を立てたり、立てなかったり。

 ちなみに、校則で試験二週間前からは大会がない限り部活動も禁止となる。帰宅部の一人たちには関係のない話だが。

 一人は焼きそばパンを頬張りながらその話を受け流した。良介も興味がなさそうだ。

「うおいっ! 聞けよ!!」

「聞いてるよ」

 良介が素っ気なく言う。

「反応しろよっ!」

「嫌だ」

 今度は一人が返す。

「何か理不尽……」

「だってよお。勉強なんてひとりでするもんだろうが」

 昔から、勉強会と称して集まると結局のところゲーム大会になったり、漫画を自宅にない漫画を読み漁ったりというのはほぼ自明である。三平方の定理くらい、確かなことだろう。

「そんなこと言うなよ。みんなで集まらないとできないことだってあるはずだっ」

 太一が右手に拳を作って熱弁する。演歌歌手か何かの真似だろうか。今時そんなポーズをとる人も珍しいな、と一人は思った。

「何だよ、その、みんなで集まらないとできないことって」

「そりゃあ、パワプロとかウイイレとか……」

「ゲームじゃねえか」

 一人が言うと太一は体を強張らせて身構えた。

「何やってんだ?」

「いや、ツッコミが来るもんだと」

 警戒を解ききらずに太一は言う。

「突っ込む気にもなんねえよ」

 実際、この体になってからは、かなり加減をしないと大惨事になってしまうのだ。迂闊に人を叩いたりできない。

「とにかく、やろうやろうやろうやろう」

「駄々こねんな、ガキか」

「いいじゃねえか。果山とかも誘って楽しくやろうぜ」

「なんでそこで花梨が出てくんだよ?」

 正直なところ、それは避けたい。抗議するように声を低くして一人は言った。

「だってよ、教えてくれなきゃ勉強会の意味ないじゃん。お前とか良介とか絶対教えてくれないじゃん」

「お前に分け与えてやる知識なんて微塵もねえ」

「ほらそう言う」

「……わかった」

 しばらく興味なさそうに口を閉じていた良介が言い出した。

「は? おい、良介。勉強になんねえぞ」

「いいよ、それでも。いつ? 場所は?」

「あー、考えてなかったな。まあ、いいや、今週の土曜に一人ん家で」

「おい、勝手に決めんなよ」

「わかった」

「おい、良介」



 水無月。 

 梅雨が明けて水が枯れてなくなる月である旧暦六月をさし、新暦でいうと六月下旬から八月上旬にあたる。今では新暦の六月を指すことが多い

 だが、そもそもこの地方では梅雨がそもそもないし、そうでなくてもどうでも良い。

 定期考査。

 学校で、それぞれの教科・科目の学習効果・教育効果を評価するために行われる試験のこと。呼んで字のごとく、実施される時期が決まっているため「定期」考査と呼ばれる。それに対し、時期が決まっておらず、単元ごとに効果を評価する試験を単元別試験と呼ぶが、この際どうでも良い。

 そんな水無月の定期考査前の土曜日。

 例えば、体育会系の部活に所属する生徒ならば、勉強しなくてはと思いつつも、久々の何もない休日に浮かれて遊び呆けてしまうかもしれない。

 例えば、部活に所属していない生徒ならば、あくまで日常の延長でしかなく、結局のところ遊び呆けてしまうかもしれない。

 例えば、部活に所属していようがしていまいが、自分を律することのできる生徒ならば、しっかりと勉学にいそしんでいるかもしれない。

 そんな土曜日。

 高木一人という一個人について考えるとどうだろうか。彼は部活には所属していない。鑑のような生徒ではないが、成績は悪くない。

 そして、集団で勉強することの効率の悪さを中学の時点で身をもって体験していた。

 だから、考査前に誰かが自分の家にやってくるなど、予想外で。

 さらには、それが集団であることなど、想定外で。

「……俺は一言もいいなんて言ってねえぞ」

 目の前の四人に対してそう言ってしまうのは至極当然のことであった。

 西村太一、佐野良介、そして……果山花梨。さらには遠山柑奈までいた。

「……何、その『ああ、何かおまけまで付いてきた』みたいな顔」

 柑奈は怖さ二割増しの三白眼で一人を睨んでくる。

「うるせえな。んなこと思ってねえよ。てか、お前ら全員邪魔だよ」

「そんなこと言うなって。せっかく来たお友達をにべもなく追い返すっての?」

「ったく。しゃあねえな。ちょっと待ってろ」

 一人は彼らを玄関に残して家の中へと入った。そのまま二階の自分の部屋へと入る。

「俺と良介と太一と花梨と遠山。……五人は入んねえじゃねえか」

 一人の部屋はそれほど広くはない。その上に、ベッド、机、箪笥に本棚と面積を奪う家具が揃っている。

 しかし、かといって他に場所はない。

 一階へと降り居間へと出るが、母がソファで寝ころんでくつろぎながらテレビを見ていた。テーブルにはお菓子まで載っている。

「こりゃ、見せらんねえな」

 母の「何が?」という問いを無視して玄関へと戻る。狭いが、あの自堕落な母は見せたくない。

「いいよ。上がれよ」

「エロ本は隠したかな?」

 柑奈が何を思ったのか、皮肉っぽく言ってきた。

「ねえよ。んなもの」

 近頃は全部パソコンの中なんだよ。とは言わないでおいた。

 部屋へ入ると押入れから折りたたみのテーブルを出して広げる。三人だと狭いが我慢してもらうしかない。クッションも押入れから出す。

 机の上のノートパソコンを隅へと追いやる。自分はここで勉強しよう。

 適当に指示して座ってもらう。

「あれ?」

 もちろん余ったのは太一である。

「俺の場所、なくね?」

「お前、勉強する気あったのか?」

「俺、企画者なんだけど?」

「ちょっと待ってろ。何か飲み物持ってくるから」

「話聞けよ。おい!」



「良介、ここどうやって訳すんだ?」

「辞書引けよ」

「いいから教えろよ。俺、英語苦手なんだよ」

 そう言いながらも一人は机の上の辞書を取り出す。だが、結局単語を調べても訳すことができなかった。文法がわからないのだ。

 一人は良介の方を向くが、彼は我関せずといった様子で黙々と筆を進めていた。

「ああもう! 何でベクトルって矢印なのに数式なんてあんの!?」

「えっとね、数字が大きさで、+-が向きを表してるんだよ」

「そんなこと言われてもわかんないわよ」

 声を荒げる柑奈に花梨が説明するが、理解はできなかったようだ。

「一人、この漫画の続きは?」

 ひとりベッドの上で漫画を読んでいた太一が尋ねる。

「ない」

「んだよ。最後まで集めろよ」

「うるせえな。勉強しろよ」

「場所がねえっつうの」

「じゃあ、漫画読んでろ」

「おい!」

 一人はそれには反応せずに席を立つ。

「おい!」

「ションベンだよ」

 そう言い残して部屋を出て階段を降りる。降りたところを左に曲がり物置の扉ひとつ挟んで左側にあるトイレのドアノブに手をかけた。

「一人」

 ノブに手をかけたまま左を向くと、やや神妙な面持ちの良介がいた。

「ションベンしたいんだけど」

 一人は眉にしわを寄せて抗議するが、良介は引かなかった。

「今日、果山と話したか?」

「……あ?」

 良介は二階に聞こえないようにか声のトーンを落として言った。一人は質問の意味を図りかねて反応が遅れ、結局意味がわからないまま聞き返した。

「お前と果山に何があったかなんて見てればわかる」

「関係ないだろ」

「ってことは何かあったことは認めるんだな?」

「……何もねえよ」

 まずい切り返しだったと後悔したが、もう遅い。もはや知らないの一点張りをするしかない。

「ま、確かにお前と果山の仲がどうなろうと知ったことじゃないけどな。けど、今年に入ってからのお前、変だぞ」

 咄嗟にズボンのポケットに手をかける。だが、置換機は制服のポケットの中だった。どちらにせよ、こんなとこおえは使えない。

 しかし、前の事件のときは置換機で忘れたのではなかったか。いや、確かに忘れているようだが、直接接触のあったことだけ忘れているようだ。どうにも微妙に使い勝手がわるい代物だ。

「相談も、してくれないのか」

「何もねえってば」

「果山も関係してるのか」

「何もねえって言ってんだろ!!」

 つい声を荒げてしまった。二階からドタドタという音が聞こえ、三人が二階からこちらを覗いている。

「何だぁ? どした?」

「…………いや、何でもない」

 良介は静かに告げて階段を上っていく。

 一人はトイレの扉を開けて乱暴に閉めた。



 その後の空気が最悪だったのは想像に難くない。そして、間もなくお開きになったのもごく当然の流れと言えよう。

「……それじゃ」

 わけもわからず陰険な雰囲気になったことに納得がいかないのか、自らも眉間にしわを寄せて陰険な雰囲気に貢献した柑奈が真っ先に部屋を出て玄関をくぐっていった。どうやら怒っているらしい。

「はあ、何も勉強しなかったな」

 次に出て行ったのは太一。だが、勉強しなかったことと雰囲気が悪くなったことには一切の関係がないだろうと思われる。

「…………んだよ。帰んねえのかよ」

 残ったのは良介と花梨。良介は腕を組み奈良の大仏のようにその場に胡坐をかいている。だが、その表情は金剛力士像に近い。

 花梨はどうしていいかわからずにモジモジとしていた。視線を一人、良介、一人と忙しなく動かしている。

「帰るよ」

 先に動いたのは良介だった。憮然とした表情を崩さずに鞄を持って一人の部屋を出て行く。

「…………帰れよ」

「……うん」

 思えば今日の彼女との会話がこれだ。全くもって最悪である。

 花梨も部屋から出て行く。やがて下から玄関のドアが閉まる音がして、その瞬間、糸が切れたように一人はベッドに倒れこんだ。

 最悪だ。

 それ以外の何ものでもない。

 何が最悪か。

 俺が最悪だ。状況が、ではない。

 一体自分は何をしているのか。何がしたいのか。

『相談も、してくれないのか』

 できるなら相談したい。けど、そんなことどうしてできる? したところでどうやって信じてもらう?

 もしかしたら信じてもらえるかもしれない。事実、一度信じてもらったのだから。

 だがそれは目の前で異能が起こっていたから飲み込まざるを得なかっただけだ。もし、何もない状態で打ち明けたとして信じてもらえるとは思えない。

 相談できるのは、真実を、異能を知っているのは……花梨だ。だが彼女には相談したくない。むしろ彼女も原因の一つといっても良いのだ。

 ならば、あとは――

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