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第十話 ビショ濡れ

「あれか……」

 一人は良介に電話で言われた通り、最初の広場に戻ってきた。

 この広場は公園の南東にあり、北へ、そして中心部を通って戻ってきたため、公園の半分ほどを走りきったことになる。「こんな体」じゃなかったらとっくに疲労困憊で倒れていただろう。

 もちろん、今も息は上がって、汗は噴き出し、もう走りたくなかった。 

 確かに、広場の脇に大きな建物があった。最初は公衆トイレかと思ったが、それにしては大きいし、良介の話だと管理室らしい。

 その前に二人がいるのが見えた。だが、並んではいない。良介が前に出て、何かを抱えている。太一が奥の方で何かをしている。

「何やってんだよ!!」

「伏せろ!」

 一人の質問に答える暇もなく良介が叫ぶ。それにしたがって一人は身を伏せた。すると、一人の頭上を大量の水が通過していった。

 二人が用意したのは消火栓だった。良介がホースを持って、太一がハンドルを回していた。

 ホースから大量に放たれる水は見事に黒島に命中した。

 この行動は黒島の能力を知っていないと思いつかないだろう。ならばどこかで見ていたということになる。逃げろと言ったはずなのに。

「お前ら、どこでやつの!?」

「お前置いて逃げられるわけないだろ! 最初から物陰に隠れて見てたんだよ!」

 わかったと言いながら、最初からそんな気はなかったようだ。

「てめえら、ふざけんなよ!!!!!」

 最初は水圧に圧倒されていた黒島だが、水を避けて、こちらに駆けてくる。

 一人は咄嗟に構えようとしたが、体が言うことを聞かなかった。やはり疲労が溜まっているようだ。体が反応したころにはもう遅かった。

 数メートル吹き飛ばされる。

「っく!」

 それでも、何とか受け身を取って体勢を整えた。芝の上だったのでそれほど痛みはなかった。

 だが、起き上がってみると、黒島が良介の首に手をかけているところだった。

 良介の表情が痛々しい。

「良介!」

 太一が水を止めることもせずに駆け寄ってくる。だが、どうすることもできないのを悟ってか、距離を取って足を止めた。

「クククッ……」

 黒島のケダモノのような目に吐き気を覚えた。

「濡れてるから何だってんだ。このくらい何ともねえよ」

 このままでは……。

「燃えろ、クズ」

「やめろおおおおおお!!!!!!」





 初めてだ。初めて自分で意識して、一人は黒島のすぐ横に『移動』した。

「なっ!?」

 数メートル先にいたはずの一人が自分のすぐ横に一瞬にして移動したのを見て、黒島は唖然としている。

 一人はその黒島の横っ腹に蹴りを入れる。うめき声を上げて良介を手放したところにもう一度蹴りを入れ、黒島を吹き飛ばす。

「良介!!」

 太一が駆け寄ってくる。良介は咳き込みながらも、大丈夫だ、と答えた。

「お前ら、今度こそ逃げろよ」

「逃げる暇なんてねえよ」

 太一が答える。

「ああ、その通りだ」

 黒島が起き上がり、地面に唾を吐きながら言う。

「てめえら全員、黒焦げにしてやる!!!」

 黒島は両手に先ほどより大きな炎を作り上げた。

「……下がってろよ」

 一人のその声に二人は頷き、数歩下がる。

 これまでのまとめ。

 やつは手からしか炎を出せない。全身に炎を纏えるのだったら、一度も蹴りの攻撃をしてこなかったのはおかしい。

 そしてもう一つ、炎を飛ばすことはできない。できたならとっくにやっているはずだ。

 つまり、対策は遠距離で闘うか、もしくはやつの死角に回り込むか。

 遠距離攻撃は道具がない。

 死角に回り込むなんて、簡単にできない。そう思っていた。

 だが、今ならできる。

「高木一人」

「あ?」

 先ほどと逆の構図になる。

「いや、倒された相手の名前も知らないなんて、不憫だと思ってさ」

 そういった瞬間、一人は、消えた。

「な!?」

 一人は、黒島の背後上空に『移動』した。足を振り上げた体勢で空中に現れた。黒島は気付いていない。

「うらああああああ!!!!!」

 そしてそのまま足を振り下ろす。

 声に反応して振り向こうとした黒島の脳天を直撃した。よろめいたところに、背中に肘打ちを浴びせて突き飛ばす。

「こ、……のっ!」

 立ち上がった黒島は、炎の出ている手で一人に殴りかかるが、虚しく空を切る。一人は黒島の左に『移動』し、頬に拳を打ち付ける。続けざまに横っ腹に右足を捻じ込む。

「ふざけんな……ちくしょう!」

 自棄になった黒島はただ真っ直ぐに一人目掛けて炎の拳を振るう。

 これならば避けれる。能力を使わずにかわすと、膝蹴りを腹に、蹲ったところで蹴り上げる。

「はあ、はあ…………?」

 いける。そう確信したかったが、体の調子がおかしい。息が切れてきた。スタミナが切れかかっているのだろうか。

「調子に乗るんじゃ」

 黒島は血走った目で一人を睨む。右手に大きな火球を作り出す。

「ねえよ!!!」

 真っ直ぐに向かってくるが、思ったより速い。自力では避けきれないかもしれない。能力を使おうとして、それは一人に、

 

 命中した。


「なっ……」

 なぜ? どうして? さっきまで完全に使えていたのに。

 吹き飛ばされ、服に火が燃え移る。転がって火はすぐに消えたが、立ち上がろうとしても、体に力が入らなかった。

「あらあらあ? もう終わりかあ?」

 一昨日のことを思い出す。最初に能力が発現したときのことだ。あの時、屋根の上に上った瞬間、体が重くなった。

 能力の使いすぎ……?

 今日は三回能力を使った。つまりこれが限界値。三回使うと能力が使えなくなる上に、体の疲労も凄まじいものになるということか。

 つまり、

 ここで終わりか。

 もう、反撃する力は残っていない。太一と良介が何か叫んでいるがそれももう聞こえない。

 黒島がすぐそこまで来ていた。

「終わりだなあ」

「お前がな」

 低い声がする。そして、冷気が周りを包む。

「あ?」

 瞬間、黒島は氷漬けにされていた。

 芸術品にしては酷く醜いオブジェクトになった。

「遅えよ」

「そう言うな。これでも飛ばしてきたんだ。立てるか?」

 黒島の後ろには氷室が立っていた。

 氷室は手を差し伸べる。だが、一人はその手をとることすらできなかった。むしろ完全に力が入らなくなってその場に大の字に倒れこむ。

「立てねえよ」

「一人!!」

 太一と良介が駆け寄ってくる。二人は一人の両脇に立って彼の肩を担いだ。

「大丈夫か?」

「大丈夫に見えるか?」

「見えないな」

「おい、三人。離れとけ」

 氷漬けにされた黒島の両手が明るみを帯びていく。それに危険なものを感じ取った二人は一人を担いで後ずさった。

 赤みを帯びていたそれはやがて炎となって氷を溶かし、熱が伝わって全身を完全に溶かした。

 氷漬けになっている間、脳や心臓はどうなっているのだろう。氷室が来たことで一人にはそんなことを考える余裕さえできていた。

 黒島は肩で息をしながら、氷室を睨みつける。

「てめえ……また、邪魔してくれたな」

「てめえのせいでクビが飛びそうだ、面倒くせえ」

 こんな時だというのに氷室は黒島から目を離し、ポケットを探った。どうやら煙草を探しているらしい。

「うるせえ! ぶっ殺してやる!!」

 黒島は駆け出す。一直線に氷室に向かうと寸前で飛び上がった。氷室の背後に回ると、右手から炎を出し、氷室に殴りかかる。

 氷室は煙草を探すのを諦めた。

「氷のてめえじゃ炎の俺には勝てねえよ!!」

 だが、氷室はその拳をいとも簡単に避けるとカウンターの右を黒島の顔面に打ち付ける。

「なっ!?」

 黒島は十メートルは吹き飛んだ。しかし、それに留まらず、すぐさま追いついた氷室は彼を蹴り上げる。

「かっ……!」

 浮き上がったところを左手で背中を押さえ、右で腹に三連発。

 うめき声と多少の血を吐いて黒島はその場に蹲る。

「はっ。確かに俺とてめえじゃ相性が悪いわな。だがな、相性だけで勝負が決まったら面白くねえだろ。てめえなんざ、力を使わなくたって伸してやるよ、格下」

「クソクソクソクソクソ!!!!!!」

「下品だなあ、おい」

「うるせえ! うるせえ! バケモノが!!」

「お互い様だろうよ」

「死ね!!」

 黒島は左フックを仕掛ける。だが氷室は難なくその手首を掴む。だが、黒島はニヤリと笑みを零す。

「は、燃えちまえ! がっ!?」

 掴んだその手に炎で攻撃を仕掛けるつもりだったのだろうが、それよりも先に肘から先が凍りついた。すぐに振りほどいて距離を取った。右手でその氷を溶かす。

「クソがあああ!」

 彼は怒り心頭でがむしゃらに突っ込む。

「クソクソ言い過ぎだっての」

 嵐のような、いや、氷室にとってはそよ風程度の攻撃なのだろう。それを氷室はほとんど受け流す。黒島の息が上がってきたところで、蹴り飛ばした。

 黒島は地面に力なく倒れこむ。体をわなわなと震わせながらも立ち上がったが、その表情は恐怖が現れていた。

「もう、いいや……」

「お、諦めたか?」

「みんな燃えちまえ!!」

 黒島は両手を高々と上げ、炎を生み出す。その様は邪悪な悪魔にも見えた。

 その手を勢いよく振り下ろし、芝で覆われた地面へとかざした。

「ああ、面倒くせえ……」


「やばい!」

 太一が叫んだ。黒島は両手の炎でこの公園の芝を、木を、森を焼き尽くす気らしい。そんなことをすれば黒島本人も無事では済まないだろう。

 芝に引火した炎は瞬く間に広がっていく。

「逃げるぞ!」

 良介が言い、一人を抱えなおした。だがそれを一人は振り払った。

「大丈夫だよ」

 一人は冷静に言う。このくらいで事態が逆転するほど氷室は弱くない。そんな確信があった。あってたかが数日だが、曲がりなりにも直接闘ったのだから、彼の実力は嫌でもわかる。自分と戦ったときは力を抑えていた。そして今も。

 だから、全くもって心配していなかった。

「ほら」

 急に炎が消えた。黒島は信じられないという表情をしている。氷室は片膝をついて右手を地面に添えていた。芝はといえば、すでに凍り付いていた。一人たちのあたりまで霜が降っている。

 氷室は立ち上がると、再びポケットを探り、今度こそ煙草の箱を取り出した。

「火、貰ってからでも良かったな」

「畜生……」

 冗談だ、そう言ってすぐに箱をしまう。

「さて、終わりだな」

 氷室の姿が消えた。正確には高速で動いているだけだ。黒島の背後に回りこむと腕を締め上げて、押し倒す。そして手錠をかけた。一瞬だった。

「はっ、こんな手錠くらい……?」

 彼は炎を出そうとしているようだが、うまくいっていない。

「残念、特注品だ」

 黒島の能力なら、手錠くらい簡単に溶かすことができるだろう。それができないということはあの手錠に何か仕掛けがあるのだろうと一人は考えた。置換機といい、その手錠といい、能力以外にも信じられないものが多すぎる。

 氷室は黒島を目で威嚇したまま携帯電話を取り出し、電話をかけた。話の内容からするとどうやら相手は有澤らしい。十分後、パトカーに乗った有澤が到着した。


「よく頑張ったな」

「は。元はてめえが逃がしたんだろ」

「……耳が痛いな」

 有澤と数人の警官が黒島を連行していった後、その場には一人、氷室、太一、良介と最初からいたメンバーが残った。一人は立てるほどにまでは回復していた。

 これからある作業が残っている。

「さて、一人。そろそろ説明してもらおうか」

 良介が眼鏡を直しながら言う。その睨みつけるような眼光に一人はたじろいだ。

「そうそう。説明してもらわなきゃな」

 太一が首を縦に振って激しく同意している。

「別にあなたでも構いませんよ。えと、氷室さんでしたっけ? 一人とはどういう関係なんです?」

「面倒くせえ」

 氷室はそれしか言わない。良介は肩を竦めると再び一人を睨み直した。

「怖えよ。睨むなって」

「じゃあ、説明しろ。何なんだこれは。全く理解できない。何が起きてる? 何でお前が? おかしすぎる。屋根の上まで高く跳んだかと思えば、火を出し、氷を出し。異常すぎる。何だこれは!? 夢か!? 夢なのか!?」

 良介はダムが決壊したかのように早口でまくし立てた。今まで冷静だったのが嘘のようだ。今までが嘘だったのかもしれない。

「まあまあ、落ち着けって」

「説明しろ!」

「わかったよ」

 一人はポケットからライター状の物、置換機を取り出し、良介の目の前に持っていった。

「何だそれは?」

 一人は黙って置換機のスイッチを押した。小気味よい爆発音をたてると、良介はその場に倒れこんだ。

「悪いな」

 良介が倒れたのを見て太一の顔が恐怖で引きつる。その表情に胸が痛みながらも太一にも置換機を使用する。

「忘れてくれ」

 太一もその場に倒れこむと、一人は置換機をポケットにしまい込み、ため息をつく。

 気絶した二人を氷室はいとも簡単に担ぐと歩き出した。駐車場に向かっているようだ。一人もその後を歩く。

「しかし……」

 しばらくあって、氷室が口を開いた。

「よく持ちこたえたな。初めてなのに」

「あんたと闘っておいてよかったよ」

「だろ?」

「皮肉だコノヤロウ」

 そうは言ったが、半分は本心だった。

「まあ何だ」氷室は一度舌打ちをしながらも会話を続ける。「お前はセンスがある」

「は?」

 急な話題転換に思わず声が出る。

「まだまだ荒いが、磨けば光るものがある」

「何言って……」

「非常勤にならないか?」

 一人はそのとき何を言われているのかわからなかった。

 だが、とても良くないことなのだろうということだけはわかった。

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