楓-4
「仲良く、出来なかった、の?」
いつものように児童公園へと現れた少年に、ついつい楓はそんな問いを向けた。
というのも、ブランコに座り込むなり、いかにもどんよりと暗い表情で少年が俯いてしまったせいだ。
「………よく、わかんねー……」
呟くように零された言葉に、それ以上何を聞けば良いのかわからず、楓は黙ってブランコを漕いだ。
「気持ち悪いのって、やっぱりまだどっかで母さんを取られると思ってるからなのかな」
すると沈黙が居心地悪かったようで、少年の方からそんな話題を切り出してきた。
「気持ち悪い……?」
「なんか、気持ち悪い。それが一番近い」
「んん」
思わず考え込んで、楓は小さく唸る。
「今日も、辛い……?考えると気持ち悪い、とか?」
「え、あ、今日は…母さん休みだからまた病院寄ってから三人で飯。思い出したら気持ち悪いっていうほうがしっくり」
「んんん」
ますます考え込んでしまう楓に、不意に小さく少年が笑った。
「アハ、ごめんごめん。別にそこまで深刻に考えてくれなくていいよ」
「でも……」
「なんか、もみじさん見てたら和んだし、いーよ別に」
何気ない風で言われたその台詞に、妙に照れくさくなった。
今度は考えこんでいるせいでなく、押し黙る。
キコキコと申し訳程度にブランコを揺らしながら、少年は小さく肩を竦めた。
「もうちょっと色々話して、慣れてみるべきかぁー……」
「ん、そ、だね。共通の趣味、とかは…」
「わかんね。趣味か……ご趣味は?とか、お見合いみたい」
自分で言ってぶはは、と噴出す少年を見て、つられて楓も小さく笑う。
「お母さん、とは、どう、知り合ったのかな」
「え?」
「……」
「あぁ、二人の馴れ初め?馴れ初めか……聞きたいような、聞きたくないような」
複雑そうに呻く様子を見て、失敗したかな、と楓の眉が垂れ下がったが、うん、とその空気を払拭するように少年が力強く頷いた。
「そうだな、そういうのって後回しにすればするほど聞きづらくなりそうだし。丁度良い機会かな」
「う、ウン、そ、だよ。会話の糸口になる、カモ……」
「確かにな!ありがと、もみじさん」
満面の笑みで礼を告げられて、楓の胸もあったかくなる。
トクン、トクン。
ときめきというほど早くなく、平静というほど静かではない。
少年といると感じる心地よい胸の高鳴り。
「俺達の馴れ初めってさ」
「…………え!?」
「あっ、ゴメ、ン……」
突然の言葉に思わず大きめの声で聞き返すと、途端に少年は顔を赤に染めた。
「俺達の、出会いってさ。人に聞かれたらどう教えればいいか困るなーって、ふと」
ゴホン、と咳払いをして改めて告げられた言葉に、確かに…と楓は少し首を傾げる。
「学ラン君は、私の、妄想の世界に居たの」
「へ?」
「えっと、童話を…」
「何?」
纏まらない言葉に少し黙ってから、もじもじと楓は足で地面を蹴った。
「童話、トカ、お話を、作るのがすきで。学ラン君は、毎日決まったような時間に公園に来てたから、私の、妄想の、餌食、に。」
言っているうちに、なんだか妙な台詞だなぁ、と自覚した。
少年にとってもそれは、妙な台詞として伝わったようで。
「何妄想の餌食って」
「………」
「変なの!」
けらけらといかにも少年らしく、素直な笑い声を彼があたりに響かせ始める。
恥ずかしかったが、最初は暗い顔をしていた少年が楽しそうに笑っているのが、楓には嬉しかった。
「童話っていいね。もみじさんにぴったりかも」
「そ、そう、思う!か、な」
「うん、いつか作ったら、俺にも読ませて」
「う、うん…あ、でも、恥ずかしい…」
「人を妄想の餌食にしといて今更そんな事言うなよ」
そんな台詞に、二人で笑いあう。
吐き出す息が白い事さえ、気にならなくて。
いつも、二人で過ごす時間は不思議にあっという間に過ぎていくのだった。