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楓-3

「今日、新しい親父候補と二人で飯食うんだ」

いつものように公園に現れるなり、少年はそんな台詞を言った。

照れと、戸惑いと、僅かな気落ちが見てとれる。

その気落ちを、楓は緊張のせいだろう、と思った。

「良かった、仲良く、できそう、な、カンジ…」

「……に、見える?」

「じゃ、ない、ですか?」

問いかけると、少年はブランコに座り込んで子供がむずがるかのようにゆらゆら左右に揺れて口を尖らせた。

「まだ複雑だ。でも、ま、いい人っぽいし」

「どん、な?」

「ん?親父候補?太ってて、背が高くて、なんか気弱そうな人。……けど、まぁ、優しそう、とも言える、かな」

饒舌なのは、好意的な証拠だろう。

楓は小さく笑って自らも少しだけブランコをこいだ。

「なんか、想像できる、カモ」

「でしょ?俺も想像できる」

「学ラン君は、想像じゃなくて知ってる、じゃない」

「あはは、そりゃそうだ」

二人小さく笑いあうと、少年ははぁっ、と何か吹っ切れたような息を吐いて空を仰いだ。

「どんどん日ィ短くなるね。もみじさんち近いの?」

「ん、ウン、すぐ、そこ。なの」

「あ、そっか、なら安心だ。暗くなってきたら、公園に一人でいるのって危ないし」

案じるような台詞を言う少年に、楓は少しだけ俯いて笑った。

「私は平気、だよ、お」

「なんで?実はすげえ強い、とか」

「ううん、バケモノ、なの」

無邪気に問いかけてくる少年のおかげか、自ら言い放った台詞は不思議と自分を傷つけなかった。

キ、とブランコのゆれを不自然にとめたのは、少年の方だった。

「何それ?誰が言ったの?」

「え……」

真剣な顔に、楓の方が戸惑う。

「わ、ワタ、シ」

「…なんで、バケモノなの?」

「…………」

フェアじゃない、のかな。

楓はぽつりと心の中で呟いた。

自ら聞きだした訳ではなくとも、少年の家庭事情をいつの間にやら教えてもらった状態になっている。

「あの、ね。……私、鼻の横に、大きな傷が、あって」

「……マスクの下?」

「う、ん、そうだよ」

触れたくない会話だった。

思い出したくも無い出来事だった。

家族でさえ、その話題に触れないようにしていた。

名前も知らない少年に問いかけられて、楓はその話題を自らすんなりと口にしている。

「なんでそれが、バケモノ?」

「え、……だって」

「見せてって言ったら、……嫌、かな」

「……」

その申し出には、さすがに戸惑った。

困って俯いてしまうと、少年がキィ、とブランコから降りた音がした。

「もみじさんは葉っぱのヨウセイだ」

「はぁ?」

「………………とか、勝手に思ってただけ、だけど」

思わず顔を上げると、少年はカァッと顔を真っ赤にして、掌で口を覆って顔を逸らしてしまっていた。

なんとも少年らしいその様子に、ついつい小さく笑ってしまう。

「笑うなよ!!とにかくバケモノとかそんなんじゃないから。…って俺は思ってるかんね。絶対」

「…………」

「ごめん。見せてとか言って。怒った?」

「あの、ね」

「うん?」

中々、言葉が出てこない。

これは昔からの楓の癖で。

言葉に詰まった時、ようやく少年との会話が心地良い訳がわかった気がした。

少年はじっとまっすぐに人を、楓を、見る。

その瞳を見ていたら安心して、自然と言葉が口から零れるのだ。

「あのね、…ありがと、ね。あの、嬉しい…ね、嬉しい」

必死に伝えて、それから、楓はふわりと笑った。

顔半分を隠してしまっているマスク越しにも、柔らかくその目元が緩んだのが見えたらしい。

さきほどとは若干違う意味合いで、少年が照れてみせたが、楓はそこまでは気付けない。

「うぁ、もうこんな時間か。暗くて時計見えなかったや。じゃあ俺、武志さんが待ってるから」

恐らく無意識であろう、少年が名前を口にした。

タケシさん。

きっとそれが、少年の新しい父親となる予定の彼の人の名前なのだ。

なんだか微笑ましくなってしまって、また楓の表情が緩む。

「また、ね」

「うん、またね」

挨拶は、さようなら、ではなく、また。

どちらかが意識した訳ではないのだが、どちらもその言葉を使う。

うまくいけばいいな。

見えなくなった背中をいつまでも追いかけて、ポツリと楓はそんな独り言を零した。

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