巧-2
うまくこなしている、と、巧は思う。
佳織の変わらぬ容態を見に病院へ行った帰り、武志の言っていた通り母が切り出した。
『今日、あんたに武志さんを紹介しようと思ってるんだけど』
もう会ったよ、と、なんとなく言えなかった。
自分なりに最高の立会いを演出しようとしたのかもしれない。
初めてみた武志に、がっかりした気分を隠せなかったのは本当だ。
だが、次に会う武志は、巧にとっては二度目である。
笑顔で挨拶をした。
笑顔でファミリーレストランへ行って。
笑顔で食事をしている真っ最中という訳だ。
武志と会話を交わすと、眞由美は嬉しそうだった。
武志自身も、その人の良さそうな笑みに安堵と嬉しげな様子を少しずつ色濃く露にしている。
これでいいのかもしれない。
(もみじさん、ありがと)
頭の中で、名も知らぬ少女へと礼を告げる。
公園でほんの少し言葉をかわしただけではあったが、あれから嘘のように心が落ち着いていた。
武志の人の良さそうな笑みに苛立ちすら覚えていたのが、今は安心感がわく気さえする。
「武志さんと巧が仲良くしてくれそうで良かった」
「うん、僕たちは大丈夫だよ、眞由美さん。だから、せめて週の半分だけでも僕に任せて」
「え?」
突然知らない会話が交わされて、巧は顔を上げた。
武志が笑顔のまま少し眉を垂らす。
「あ、ごめんね、巧君。眞由美さんが朝も夜もなく働いてるのは知ってるよね。このままじゃ体を壊してしまうから、結婚が決まる前からでも構わないから僕にも佳織ちゃん
の看病や、君の夕飯とか…家事を分担させてってお願いしてたんだよ。一人暮らしが長いから、これでも料理も得意なんだ」
「……」
初耳だったことにムッとしたのは勿論、勝手に言い切られた台詞にあからさまに巧の顔が歪んだ。
何も、母が無理をしているのは看病をするためだけではない。
何よりも、金がないのだ。
だからこそ、巧も学校をやめて働くことまで考えていたのに。
表情に出たのを察してか、フォローするように口を挟んだのは眞由美だった。
「巧、武志さんは全部わかった上で言ってくれてるんだよ。巧が学校辞める事はないってすごく心配してくれて。お給料も入れてくれるんだって。武志さんはね、会社でも幹
部を任されてる偉い人なんだから」
「…………」
思わず再び黙り込んだのは、勿論ムッとしたからではなく、その言葉に驚いたからだった。
再婚。事実にばかり頭が向かっていて、現実的な身の回りの変化に思考が及ばなかったのはやはり幼さゆえか。
一人稼ぎ柱が増えるという事は、余裕も出るという事で。
完全に学校を辞める気だった巧は今更、本当に今更そんな事に気がついたのだ。
「何驚いてるの?いい大人同士が結婚するんだから当たり前の事でしょう」
「あ……う…ん」
それではまさに願ったり、な状況になるという事か。
拍子抜けしてしまって、曖昧な返事しか出来ない。
「結婚自体は、佳織ちゃんが良くなってからって思ってるんだ。だけど、それまでも…宜しくしてくれるよね、巧君」
優しげな口調と笑みで、武志が言う。
案じてくれたという武志。
ここで意地を張るほどは、巧とて子供ではない。
「……有難う、茂木さん」
「武志でいいよ。そう呼んでくれないかな」
「……武志さん」
その会話に、横でいかにも眞由美が嬉しそうにしたのがわかった。
喜んでいる母を見るのは、当然悪い気分ではない。
「良かった!有難う武志さん、巧!……じゃあ…急には休めないから、明日は早速巧の夕飯お願いしていい?」
「うん、勿論だよ。巧君、何が食べたい?」
「え……俺、……いや、好き嫌いとか、別に、ない、し…から、大丈夫です」
とんとん拍子に進む話に、やはり少し胸がざわついたが、少女のようにはしゃいでいる母を見て異論を唱えるようなことは既に出来なかった。
今の巧は、少しだけぎこちない愛想笑いで、武志と視線を交わすのが精一杯だった。