楓-7
休日が来た。
恐らく今日は少年は来ないだろうなと楓は思っていた。
楓の頭に写真のように飾ってある公園の景色にいるのは学ラン姿の少年で、私服の彼のイメージはない。
それでもついついなんとなく窓から公園を見下ろして、楓は小さく目を見開いた。
ブランコの所に、少年が座っている。
見た事のない私服を着ているが、その背格好は間違いなく少年のものだ。
もはや、学ランを来ていなくとも少年を判別できるくらいには同じ時を過ごした。
(どうしたんだろう)
考えながら、楓はごく自然に上着を着てマフラーを巻いた。
「楓、出掛けるの?」
「う、ウン」
迷い無く体が玄関へと向かう。
約束をしている訳じゃないし、互いのために公園に出向いている訳でもない。
…否、楓は少年のために公園に出向いているが、少年の真意はわからない。
それでも、行けば歓迎される確信があった。
根拠はないが、迷いもない。
「…………あ」
マンションから公園まで駆け足で向かっていくと、途中で気付いた少年が顔を上げた。
少しはにかむように笑って、片手が挙げられる。
「……」
暖かそうなセーターに、少し緩そうなジーンズ。紺色のマフラー。
学ラン姿ではない少年の姿はなんとも新鮮で、妙な気恥ずかしさを覚えた。
ともすればもじもじしてしまいそうな自分を押さえ込んで、楓も小さく手を挙げ返してから隣のブランコへと座った。
「どう、したの?休日に来るのって、珍しいね」
「え…………………あ、そうか、妄想の餌食にされてたくらいだもんね、俺。結構前から見られてたんだ」
「……そ、それ、忘れて……オネガイ……」
ぼふんと湯気を出した楓に少年がけらけらと笑う。
どこかでよかった、と思った。
ちょっとだけ普段より大人びて見える少年にドキドキしてしまって、無意味に赤くなる顔を誤魔化すのに必死だったから。
赤い顔への理由付けが出来て、ホッと胸を撫で下ろす。
「なんか……ちょっと息が詰まるっていうか」
「へ?」
「親父候補」
はふ、と大袈裟に息を吐いて少年が空を仰いだ。
それから少し困ったような眉を垂らした笑いを楓へとむける。
「今日、母さんは仕事だし……家に二人きりなんだ。仲良くしようって気になれたよ、嫌とかじゃないんだけど。なんかどうしていいかわかんなくて」
「……ナル、ホド」
私だったら、などと考えてみて楓はぶるりと一つ身震いした。
部屋は唯一安心できる自分の部屋なのに。
そこで他人同然の男と一日中居るだなんて、考えただけでずしんと肩やら頭やら重圧で重くなる。
「だから今日はちょっと病院に妹のお見舞い行ったり…色々して時間潰そうと思ってて。何気なく公園に来てみたらもみじさんが来てくれた」
へへ、と嬉しそうに笑う少年に、また少し照れを色濃くしつつも楓もまた嬉しそうに笑みを返した。
気温は日々下がる一方なのに、むしろ少年といる時は暖かさが増しているような気さえする。
「あ、そういえばもみじさん知ってる?今年から、中央商店街でイルミネーションやるんだって」
「え?」
「街灯派手にしたり電球増やしたり……いつからだったかな、もうやってるはず。良かったら一緒に見に行こうよ」
問いかけられてドキン、と楓の心臓が竦んだ。
商店街。
この公園に出てきたのがやっと、という状態の今の楓にとっては、未だそこは行動範囲外という事になる。
距離にしてみれば歩いてでも辿り着けるほんの近場であるのに、まるで未知の世界の話をしているかのようだった。
「………あ、嫌だった?」
俯いてしまった楓に気付き、少年が眉を垂らして問いかける。
慌ててぶんぶんと首を横に振ってから、楓はぐっと強くブランコを握り締めた。
「……あの、…きょ、今日じゃ、なくて。……あの…だから」
「………えーと、じゃあ。……その内一緒に行こう。約束」
少年は小さく笑うと、スッ、と片手を差し出す。
「あ」
楓は慌てて手袋を脱ぐと、少年の小指に自らの指を絡めた。
繋がった箇所からじわりと熱が伝わる。
また顔が熱くなる。
「へへ、俺、楽しみにしてる」
少年となら、どこへだっていけるかもしれない。
ぶんぶんと緩く上下に絡めた手を振りながら、楓ははにかむように小さく笑った。