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巧-5

(あれ?)

キィキィと戯れのように揺らし続けていたブランコをとめて、巧はゆっくりと辺りを見回した。

いつも少女が現れる時間はとっくに過ぎている。

ブランコを握る手はすっかりかじかんで感覚がなくなっていて、結構な長い時間を待ったのだろう事が知れる。

鞄から携帯電話を取り出して時刻を確認すると、既に夕方の六時を過ぎようとしている所だった。

(携帯……持ってるのかな)

ふとそんな事を考える。

彼女が持っているのなら、今すぐこの手の中にある携帯で連絡が取れるのに。

だが、彼女の様子からして、何か複雑な事情があるのは明らかだった。

携帯を持っているかどうかは勿論、操作が出来るのかすら怪しい。

四苦八苦している姿を思わず想像して、巧は小さく噴出した。

今夜はもう来ないのだろう。

待っていてもしょうがないと悟り、ゆっくりと公園を後にする。

家に帰ろうとして、どうしても必要な参考書を買いに行こうと思っていたのを思い出した。

そこらの書店にはなくて、街中で見つけたと友人に教えてもらったものだ。

(今から行ったら遅くなるな)

再び携帯を開いてはみたが、巧は武志の番号も、メールアドレスも知らない。

二人で過ごすのはまたなんだか億劫で、まぁいいか、とそのまま携帯をポケットにしまいこんだ。

一応急ぐ気はあったが、いざ書店に辿り着くと、必要以上にゆっくりと店内を散策している自分に気がつく。

理由は当然、時間稼ぎだ。

いつか、慣れる日が来るんだろうか。

無意識に彼を避けているのは、本当に母の件でわだかまりがあるからなんだろうか。

人間として、好きじゃないだけなのかもしれない。

浮かびかけた思考を、ぶんぶんと大きく頭を振って振り払った。

性格として欠点のあるような人間じゃない。

きっと幼稚で欲張りな自分に非があるのだ。

今日は、公園で彼女に会えなかったせいか、やたらとぐるぐると思考が巡った。

そんな事をしていたら、自宅アパートに辿りつく頃にはもう夜の八時半を回っていた。

「……ただい、ま」

一応、そろりと覗き込むようにしてドアを開けた。

心配、していたのだろうか。

食事を作ってくれていたのなら、冷めているかもしれない。

慌てて出てくるのではと思ったが、室内からの反応はない。

(……寝てんのかな)

居間に足を踏み入れて、ギクリとした。

開け放たれた扉の所に、武志が腕を組んで立っていたからだ。

「あ……武志さん?ただいま…あの、遅くなって」

「どこに居た」

言葉を遮るように、低い声が短く響く。

巧は一瞬、それが武志から発せられたのだと気付かなかった。

「………、え?……あっ…と、参考書を」


「どうして早く帰って来ないッッッッ!!!!!!!」


ビリ、と空気が揺れた。

巧はまるで凍りついたように、そのまま言葉と動きの一切を止めた。

その大声は、確かに目の前にいる武志から発せられたもので。

まるで人が変わったかのように、武志は激昂していた。

ただただ、驚きで呆然、としてしまう。

下手をすれば今何が起こっているのかも理解できないくらい、びっくりしてしまって。

これほどの怒号を人に向けられたのは生まれて初めてで、しかもそれが穏やかなはずの男だと言うのだから、頭が真っ白になっても無理はなかったと思う。

何も言わない巧に焦れたのか、ぬっ、と武志の手が伸びた。

かと思うと、その手は思い切り巧の髪を鷲掴みにして、そのまま這い蹲らせるかのように思い切り下へ圧をかけた。

「いッ………!!!!」

目を見開いたままで低く呻く。

ぶちぶちと、無理矢理髪が頭皮から引き抜かれる焼けるような痛みが走った。

「どこに居た。お前は不良な子だったのか?信じてたのにッ!!!」

「た、…武志、さん」

ようやく頭が状況に追いつく。

ただならぬ怒りを全身にぶつけられ、ドクドクと脈が速くなるのを感じた。

「信じてたのにッ!!!」

手が振りかぶられたかと思うと、バッ、と目の前に火花が散った。

体が一瞬浮いたような感覚がして、しこたま壁に頭をぶつける。

平手で思いきり殴り飛ばされたのだと、衝撃の後にゆっくりやってきた痛みと口内に広がる血の味でようやく自覚した。

驚きのせいではなく、ひどい動揺と早すぎる脈にドクドクと思考が飲み込まれていく。

見開いたままの目で見上げると、ふらつきながらまた武志が手を伸ばしてきた。

反射的に腕で頭を庇うと、今度はその足が思い切り腿を蹴飛ばした。

「いァッ……!!」

衝撃で勝手に跳ね上がった足が、ちぎれるかのように痛んだ。

足も庇うように引きずりながら折り曲げると、今度は腹へと足が叩き込まれる。

「ぐっ…ふ…!!ぅ、や、…やめ!!!」

そこでようやく制止の言葉が口から零れた。

わからない。わからない。わからない。

何が起こっているのか。何故彼はここまで怒っているのか。何故殴られるのか。

勝手に震える身を自覚しながら腕の隙間から彼の様子を窺うと、再びその手がみしりと頭皮を引っ張りながら髪を掴んだ。

「痛えっ…!!」

「巧。連絡一つよこさない子は悪い子だ。わかるな」

顔が近づけられ、囁くように言葉が向けられる。

そこでようやく、彼の顔がひどく赤らんでいる事、そしてその呼気が濃いアルコールに侵されている事に気がついた。

「よ……酔って…る、の?」

「ごめんなさい、だろうッ!!!!!!」

再び激昂。

ガッ、と顎先に強い衝撃を受けて、脳が揺れた。

ずるずると壁伝いに倒れこむと、容赦なく蹴りが背中や腹に叩き込まれる。

そこまでされても、巧にはわからない。何がわからないかもわからない、そう、とにかく、思考そのものが凍り付いてしまっていて。

助けを求めるように周りを眺めて、ここがアパートの部屋の中である事に気付く。それほどまでに、頭が真っ白だった。

とはいえ、怒鳴り声や物音は、室外にも響いているだろう。壁の薄い安アパートで、武志はひどく激昂している。

しかし、元々このアパートには母同様に夜職の人間が多く、夕方以降に明かりのついている部屋を見止められる事は滅多にない。

思考のストップした頭に、真っ暗だったほかの部屋の窓の景色だけがぼんやりと浮かぶ。

そのまま巧は、身を丸めて激しく与えられる暴力に耐える事しか出来なかった。

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