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楓-1

その公園のブランコの上は、(かえで)にとって山の頂上にも匹敵した。

大きな進歩だった。

ずっと室内の窓から眺めるばかりだった小さな空が、頭上に果てしなく広がっている。

150センチにも満たない身長の彼女がブランコに座り込み、ゆらゆらと小さくその身を揺らし遊んでいる姿は、何の違和感もなく景色に溶け込んでいる。

しかし、楓は幼い少女ではない。

久しぶりの外気は、予想以上にひやりと冷たかった。

ぶるりと体が震えたのは、恐怖ではなく寒さのせいだと思う。

自宅マンションからほんの一歩の距離にある児童公園。

そこへ踏み出すのに、実に6年もの間迷い続けた。

出てこようと思ったきっかけは、ここ数週間の間、毎日見えるようになった学ラン姿のせいだ。

近くの中学校の制服だ。

それは楓の母校の、制服でもある。

その日も少年は、例にもれずにやってきた。

(………あ)

一瞬、目が合った気がした。

いつも少年が座っているブランコに、楓が座っているからだろう。

少しだけ迷ってから、少年はブランコには近づかずにベンチに腰掛けた。

楓が見えていた風景が狂う。

変わらないものは空と遊具くらいだと思っていたのに、毎日毎日変わらず少年はブランコに座り続けた。

その景色が、楓のせいで。

(狂う)

(狂ってしまう)

どうしようもない恐怖にかられて、楓はその場にへたりこんだ。

ずざっ、と膝を擦りむく熱い感触がして、主を失ったブランコが後方に大きく揺れる。

かと思うと、ガツン、と、戻ってきたブランコが背中を強打して、楓は思わぬ痛みに悶絶する事となった。

いや、思わぬ痛みではなく、容易に想像できる痛み、のはずであったのだが。

自分の行動に返る反応、反動、時の流れ、物事。

長く自分だけの世界に引きこもっていた彼女は、そんな当たり前の事すら忘れていたのだった。

「大丈、夫?……す、か」

突然の楓の行動に驚いたのであろう少年が、ベンチから腰を浮かせて怪訝さと心配さの混じった表情で問いかけた。

自分だけの世界では風景の一部のように物も言わずブランコと同化していた少年が動き、喋る。

それも当然、楓の頭にはなくて。

鬱陶しくない程度のショートにさっぱりと整えられた染めた形跡のない自然な黒髪はいつも見ていたが、存外はっきりとした目鼻立ちは遠目には見えなかった。

彼が多少の洒落っけを見せてウルフっぽくその髪をワックスで整えているのにも、遠くからでは気付けなかった。

新たな発見ばかりで、頭がパンクしそうになって。

真っ赤に染まっていく顔を止める術すら、今の楓にはないのだった。

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