太陽を消す魔法(3)
「……どうして、せっかく完成したのに……」
ウィンストンに次いで膝をついた母は彼の胸を拳で叩いた。鈍い音が不規則に響く。
「何度もあんたを呼んでもらおうとしたのに、あんたは一向に研究室に閉じ困って出て来やしなくて……。ノアはずっとお兄ちゃんが来ることを待っていたんだよ……!」
ウィンストンは頭を押さえたまま地面にくずおれ慟哭を上げた。
「……あ、うあ、うあああああ!」
「もう手遅れなんだよ、ウィニー……!」
――――――
『ノア! ノア聞いて! お兄ちゃん国家魔法使いになったんだ!』
ベッドで横になっているノアに、国王から授与された夜空色のマントを見せるウィンストン。このマントは国家魔法使いであるなによりの証だ。
『やったね、お兄ちゃん!』
『ふふん、でしょう?』
この時ウィンストンは11歳。ルイが現れるまで最年少国家魔法使いの称号は彼にあった。
『だから、思う存分魔法の研究ができる! そして、いつか絶対おまえを青空の下で歩けるようにするから!』
『……うん、待ってるね!』
それからウィンストンは“太陽を消す魔法”を編み出す為に勤しんだ。
三年経ってもなかなか成果は出ない。失敗も危険な作業も多く、何度も叱られ、しまいには個人の研究室が与えられた。
だが、ウィンストンにとっては都合が良かった。魔法の研究に没頭できる最高の環境が整ったのだ。
『ノア。これからお兄ちゃん研究室に籠って魔法を作るから、当分は会えなくなると思う。でも、完成したら必ず戻ってくるから!』
『……お兄ちゃん、もういいんだ』
ノアは、やせ細り、何かにとりつかれたように正気を失った瞳をしている兄を見て涙を零した。
『僕は今のままでも幸せだから。魔法が無くてもいいよ』
『ダメだ!! 絶対完成させる。……ここまで来たんだ、あと少しなんだ……!』
ウィンストンは両親の制止を振り切り、家を後にした。
『……お兄ちゃん、魔法の研究より、僕の傍にいてよ……』
ノアは家に背を向ける兄に、成長しきれていない細くて小さな手を伸ばした。
“太陽不適合症”。
それは、太陽の光を浴びると肌が焼けるように痛んでしまう病気である。
日光を浴びられないため体内に必要な栄養素が十分に作られず骨は脆くなり、抵抗力の低下により病気にもなりやすい。
気分の落ち込みも激しく、苦痛が強いられる病気だ。
ウィンストンが出て行って約半年、ノアは流行り病にかかってしまった。医師によれば長くは持たないとのこと。
両親はこのことを知らせるために国家魔法機関に訪れた。二人の言伝を請け負った魔法使いが彼の研究室を訪れ何度も知らせたが彼が出てくる気配はない。
『うるさい! 集中ができないじゃないか!』
と、逆切れされ追い出される始末。
ウィンストンには誰の声も届かず、“太陽を消す”ことそれだけに執着していた。
そしてとうとう、ノアは病にかかってから三日と立たず息を引き取った。享年10歳という若さで。
――――――
国家魔法使いがこぞって彼を嫌う理由には、弟を見殺しにした、という点も大いに含まれている。
だが、ウィンストンはなにも知らなかった。知ろうとしなかった。
それがこの現実だ。
「……ああ、ノア……、ノアっ! あああああ!」
後ろから離れて見ていたルイの頬にも伝っていく涙。彼は袖で強く涙を拭いウィンストンに近づいていく。
「ウィニーさん」
泣き崩れている彼の腕を掴んで立たせようと強く引っ張るルイ。
「……なにをするんだい?」
母は突然現れたルイの行動を見て眉を顰めていた。それでも構わず彼はウィンストンの腕を引く。
「立ち上がってください。あなたにしかできないことがまだ一つ残っています」
「……もう、ないよ」
「あります!」
「ないったらないんだ! ……ノアはもう死んでいる」
「います! ウィニーさんの研究室にずっといるんですよ!」
「……え?」
ようやく上がるウィンストンの顔。視線を合わせたルイは花が綻ぶように微笑み手を伸ばす。
「だから、会いに行きましょう」
「……本当に、いるの?」
「はい。一緒に、忘れ物を取りに行きませんか?」
「……うん……!」
青い空が赤く染まり始めるまでもう時間がない。二人は走って塔の研究室へ戻った。
「ノア! ノア! いるのかい? ノア!」
研究室を見渡し叫ぶがまだ彼の目にはノアの姿は映されていない。
「ノアくんからもらったものはこれですね?」
ルイはノアの霊が指さしている木の実が入ったカゴを手に取り言った。
「え? あ、うん。ノアが僕にと作ってくれたものだ」
「わかりました。‘Olu Makana」
ルイはカゴにそっと息を吹くように魔法をかける。
『……お兄ちゃん』
「……え? ノア?」
ウィンストンが不自然に物を置くことを避けたデスクの一角に彼の幻影は座っていた。
『お兄ちゃん、僕ね、ずっとここで見ていたよ』
「……ノアっ!」
涙を流しノアを抱きしめたウィンストン。だが、それは幻影。触れることのできない幻だ。ウィンストンに抱きしめる感触はないだろう。
「ごめん、ノア。間に合わなかったっ……」
『ううん、完成させたじゃん。僕まだここにいるよ』
「……うん、そうだね。一緒に外へ行こう」
微笑んだウィンストンはガラスのテラリウムの蓋を開けた。中に入っていた水の球体はゆらりと外へ出てきて、たちまち景色を透き通す透明な傘へと姿を変える。
傘の手元を掴んだウィンストンはノアに手を差し伸べた。
「おいで」
だが躊躇いを見せるノア。生前のあの肌が焼けるような痛みを思い出したのだ。
「心配いらない。僕が一緒だ」
その言葉を聞いてノアは意を決しウィンストンの体に飛びついた。強く目を瞑っていたが痛みは全くやってこない。
「ノア、ほら上を見てごらん。これが青空だ」
ノアはゆっくりと視線を上げていった。紫の瞳に映る本物の青空。
『……お兄ちゃん、あおぞらっ、きれいだねっ』
ノアの大きな瞳からとめどなく溢れた涙は、ウィンストンの腕をすり抜け地面に落ちていく。
『太陽、消えてる。ほんとうに、きえてるねっ。お兄ちゃんの魔法、すごいねっ!』
「……でしょう?」
二人は空の色が変わるまで青空の元を笑顔で歩き続けた。太陽は爛々と地を照らし続けているが二人には届いていない。
太陽を消す魔法の傘が、二人を太陽から隔てているからだ。
「……良かったね、ウィニーさん、ノアくん」
ルイは研究室の窓から二人が楽しそうに笑い合っている姿を、ひとり眺めた。
太陽を消す魔法 ―完―
ご高覧いただき感謝の至りでございます。
不気味な塔の魔法使いの正体は、弟思いの優しい兄でした。彼の魔法は、太陽に苦しむ人の希望となったのです。
次回『割れた手鏡とシルクハットの落し物』




