ボキャ貧自称面白人間
誰かが場の空気を少しだけ歪めるような冗談を言った時、
だいたい決まって同じ声が飛んでくる。
「えぐい」
「怖い」
それだけだ。
最初は反射だと思っていた。
考える前に口から出る、便利な緩衝材みたいな言葉。
けれどその人は、毎回同じだった。
言葉の意味も、文脈も、面白さの方向も関係なく、
笑いながら「えぐい」「怖い」を連呼する。
その笑顔が一番怖かった。
まるでその二語を言えば、
場に参加したことになると信じているみたいだった。
理解しなくていい。
咀嚼しなくていい。
自分の言葉を差し出さなくていい。
ただ、強めのリアクションを被せれば、
それで「ノってる側」になれる。
その人の笑いは、いつも少し遅れてやってくる。
誰かの冗談が着地して、
空気が一度静まったあとに、
慌てて追いかけてくるような笑いだった。
「えぐいって」
「マジ怖いんだけど」
笑いながら、何度も。
周りは最初、愛想笑いをする。
けれどだんだん、その言葉が冗談を殺していく。
話の余白を潰し、
次に続くはずだった別の誰かの一言を、
無音に変えていく。
面白さを受け取れない人の声は、
思った以上に大きい。
その人は、自分が面白い側に立っていると
信じて疑わない。
「今のやばかったよね」
そう言いながら、
何も言っていないことに気づかない。
私はいつも思う。
怖いのは冗談じゃない。
えぐいのも冗談じゃない。
自分の言葉を持たずに、
他人の笑いの残り滓にしがみついている、
その姿の方がよほどきつい。
だから最近は、
その二語が聞こえた瞬間、
少しだけ距離を取るようにしている。
笑いの場からじゃない。
その人から。
本当の冗談は、
ちゃんと受け取ろうとする人の前でしか、
生き残れないから。




