新たな脅威
「ピクルスよ。本当に良くやってくれた。礼を言うぞ」
ミックスベリー将軍が、小柄な体躯全身を使い深々と頭を下げた。
「いえ……頭を上げてくださいミックスベリー将軍。私は軍師として当然の事をしたまでです」
「そ、そうですぞミックスベリー将軍! このような若造に頭を下げるなどあってはなりませぬ!」
「ほほ、キュービックよ。そう目くじらを立てるな。ミックスベリー将軍がこういう御方なのはお前も良く知っているじゃろう」
勇者を仕留めた俺たちは、ミックスベリー将軍の城へと帰還していた。
自室で腰を落ち着ける暇もなく、勇者抹殺の報告を行うため、すぐさま会議室へ呼び出された形だ。
出席者は五名。
ミックスベリー将軍。
三人の軍師――俺、キュービック、スクエア。
そして進行役のサイ君。
「いえ、キュービック殿の言う通りですミックスベリー将軍。私は将軍に仕える身、軍師として当然の働きをしたまでの事。この度の勇者討伐の成功も私を信頼し指揮の全権を委ねてくださったが故でございます」
「そうか……余の知恵が足りぬばかりに迷惑を掛けるな」
「いえ、全ては将軍の仁徳あってこそ皆思い切り働けるのです」
謙遜と称賛の応酬。その様子を見ていたキュービックが、見る見るうちに顔を赤くして割って入ってくる。
「し、しかし随分ずさんな策だったなピクルス。『海猫の火』を偽物とすり替えるという策は大した考えだったが勇者が航行中に偽物の火が消えるかどうかは完全に運任せではないか!」
来たか、と内心でため息をつく。
「そうですね。しかし勇者が海猫の塔に来る日取りと天候を知っていれば大体の出港予測を立てる事はできます」
「なんだと!?」
「塔の中でも何体か魔物を送り込んで勇者が丁度夕方頃に塔を攻略できるように時間調節をしましたからね。町に噂を流して出発を早めるように促しましたし、ここ数日の天候を考えれば『海猫の火』を奪取した翌日の朝に出港する可能性は高かったですよ。後は台座に航行中に切れてしまうくらいに調節した炭と蝋燭を仕込むだけです」
淡々と説明する俺に対し、キュービックは甲高い声を上げる。
「ひゃ100%ではないであろうがぁ!! も、もし出港が予想より遅かったり塔からの帰り途中で火が消えて偽物だとばれた場合はどう責任を取るつもりだったんだぁ!?」
フッ、と鼻で笑い、キュービックを見る。
「……もし出港が遅れたり、途中で消えて偽物だとばれたとしたらそのまま私たちだけ帰って来ていただけの話ですよ? 今回の一番の目的は勇者達に本土の土を踏ませない事。火が消えても偽物だとばれても航行自体は阻止できるのですから目的は達成しています。だから勇者の航行日程を『最短』に誘導したんです。それくらいお分かりになりませんか? 軍師キュービック」
「ぐ、ぐぐぐ愚弄するかぁ!!」
感情だけで動く愚者ほど扱いやすいものはない。
「いえいえ、滅相もない。塔での戦いを見て勇者たちは近接戦闘しかないと分かっていましたから足場と視界さえ封じれば後は数で押せると思ってはいました。それでもついでに勇者の命まで取れたのは運も良かったと言えますからね」
「ついで? ついでだと!? 貴様ぁ!! 勇者たちの命を何だと思っているんだぁぁぁぁ!!」
ギャアギャアと騒ぐキュービックを横目に、俺は内心で肩をすくめる。
本当に運は良かった。勇者一行に魔法使いがいなかった。それだけで難易度は激減した。もし魔法があれば、ここまで綺麗には終わらなかっただろう。
……そういう意味では、この馬鹿キツネ自慢の『毒沼』作戦でも成功していたかもしれないな。
「しかし意外ですじゃ」
「なにがですか? スクエア殿」
長い髭を撫でながら、スクエアが口を開く。
「いや、ピクルスの今回の知略には恐れ入った。正直わしでは考えつかなかったからのぉ。しかし今回の作戦の冴えもさることながら自ら船上で勇者と対峙したというのも驚いておってな」
「……えぇ。自分自身の目で勇者の最後を確認しないと気が済まなくて、ね」
本音を言えば、俺自身にも理由はよく分からない。
ただ――眼下で勇者たちが絶望し、命を失っていく様を見るのは、最高に快感だった。
……まあ、もう完全に魔物側の思考なんだろう。今さら気にする事でもない。
「……それではサイ君。後の報告を頼む」
「かしこまりました。では、まず今回の作戦においての我が軍の被害状況と出費額の報告ですが……」
報告会の後は勇者抹殺祝賀パーティーが予定されているらしい。
主賓だの称賛だの、正直面倒だが仕方ない。平穏な日々のための通過儀礼だ。
――そう思っていた。
「……以上で報告終了となります」
「うむ、ご苦労だったサイード」
さあ、終わった。ソファーにダイブだ。
「では、引き続き本土の北から進攻して来ている勇者たちをいかにして阻止するか、について議論したいと思う」
……は?
「勇者進攻に備えて北部の関所に支援部隊を出す予定ですじゃ」
「うむ。もう勇者は我が城目前に迫っておる」
……何を言っているんだ、こいつ等は。
「(な、なあサイ君……俺達勇者一行殲滅の報告を今したばかりだよな? 将軍たちは何を言っているんだ)」
「(何言っているんですかピクルス様。すでに本土に上陸している危険度Bの勇者ファーウェルたちの件ですよ)」
「(えっ? あれって勇者アルティたちじゃなかったの? っていうか勇者って何人もいるの?)」
「(勇者アルティたちは危険度Dですよ)」
頭が痛くなってくる。
「……優先順位が違うだろうがぁぁぁぁ!!!!」
机を叩く音が会議室に響き渡る。
「ミックスベリー将軍! 私に勇者ファーウェル討伐指示を! あとサイ君、分かり得る範囲での戦力図を用意してくれ!」
もう分かった。
こいつ等は放っておいたら世界を滅ぼすタイプの馬鹿だ。
――俺が何とかするしかない。
この世界で安穏な日々を手に入れるために。
誰にも、邪魔はさせん。




