海猫の塔攻略
「ここが海猫の塔か」
故郷の村コモンヘリーを出発して、気が付けば一年が経っていた。
未熟だった僕も、長い旅路を経て少しは成長できたのだろうか。
旅どころか、村からほとんど出たこともなかった僕が、今では生まれ育った大陸を離れ、魔王を倒すために海を渡ろうとしている。
仲間との出会い。幾多の魔物との戦闘。
苦しいことも、怖いことも、数え切れないほどあった。それでも今、胸の奥にあるのは不思議と寂しさだった。
「ついにブラッドレスリー大陸ともお別れなんですね……」
「おいおい気が早いなアルティ。まだ『海猫の火』を手に入れたわけでもないんだぞ?」
「そうでしたね、エーデルハイトさん」
戦士のエーデルハイトさん。
同じコモンヘリーの村出身で、僕に剣術を教えてくれた兄貴分だ。
勇者として村を出ることが決まった時、真っ先に手を挙げてくれたのもエーデルハイトさんだった。
豪快な性格で、細かいことは気にしないが、誰よりも仲間思いで優しい人だ。
「今までありがとうございます。エーデルハイトさん」
「はっ! 何を言っているんだ。お礼を言われるのはまだまだ先の話だ。そうだな、魔王を倒した後にお礼としてたっぷりと酒を奢ってもらおうかの!」
「ふふ。照れるなよエーデルハイト。勇者がそういう意味で感謝の言葉を口にしたわけではないことくらい分かっているだろう」
「うるせぃ! 茶々を入れるなよハードロック!」
戦士のハードロックさん。
隣村で子供たちに剣を教えていた人で、魔王討伐の志に共感してくれ、途中から旅に加わってくれた僕の剣の師匠だ。
エーデルハイトさんとは旧知の仲らしく、些細なことで言い争ってばかりいる。
だが、そのやり取りがどこか楽しそうで、二人の姿を見るのが僕は好きだった。
「勇者アルティ。それに二人も、緊張感に欠けていますよ。故郷の人たちの為にも、王の為にも我々は早く海を渡らなければならないのです。喋っている暇はありませんよ」
「ちっ! 若造のくせに相変わらず愛想のない奴だな」
「まあ、ベルナオラシオンの言うとおりだな。早速海猫の塔の攻略と行こうか」
戦士のベルナオラシオンさん。
若くして王宮第四騎士団長を務める凄腕の剣士だ。
南へ下るための通行証を得るために出場した王宮剣術大会。その決勝で剣を交えた相手でもある。
ミノタウロスの乱入によって決着はつかなかったが、共闘した縁から旅に同行してくれている。
今では、僕にとって剣を競い合う良きライバルだ。
大陸南東、メモカ地区。
そして、この大陸最後の冒険となるであろう海猫の塔。
これまでの旅の記憶が、次々と脳裏をよぎる。
それはきっと、皆も同じだろう。
だが、ハードロックさんが塔の扉に手を掛けた瞬間、僕たちの表情から自然と笑顔が消えた。
勇者として成すべきことを成す。
その覚悟も、また皆同じだった。
ギィィ…………
鈍い音を立てて、重厚な扉が開く。
目的はただ一つ。
海を渡るために必要な灯台の火、消えることのない炎――『海猫の火』。
塔の中は薄暗く、ひんやりと冷えている。
どこからか、微かに花の香りが漂ってきた。
魔物の住処らしく、通常よりもかなり高い頻度で魔物が襲い掛かってくる。
だが、塔攻略を見据えて十分にレベルを上げてきたおかげで、大きな障害にはならなかった。
二階、三階と、複雑な構造に迷いながらも着実に歩を進める。
まだ先は長そうだ。どうやら一日仕事になるらしい。
「なあ。さっきから気になっていたんだが……」
「? どうしましたエーデルハイトさん」
「いや、所々に花びらが落ちているだろう? この花びらが落ちている方向に向かって行くと階段に辿り着いているようなんだが気のせいか?」
「……確かにそうだな。エーデルハイトがそんな事に気が付くなんて熱でもあるのか?」
「うるせぃ! ハードロック!」
「でも何かおかしくないですか? 何故そんな足跡をつけるような真似を……それに魔物も襲っては来ますがいつもより消極的なような……」
「ベルナオラシオンは神経質すぎるんだよ! 取りあえずヒントがあるなら進んでみようぜ! このままじゃあ日が暮れちまう。なあアルティ?」
確かに、少し変だ。
だが、今までの冒険で魔物が罠らしい罠を仕掛けてきたことがあっただろうか。
――いや、ない。全くない。
むしろ、塔の最上階までの道を忘れないように、魔物たちが目印を付けている可能性の方が高そうだ。
「……そうですね。この花びらがある方向へ進んでいきましょう」
わずかな迷いの末、僕はそう結論づけた。
――――最上階
「ここが最上階か」
「おお! あっという間に着いたぞ!」
「……魔物もほとんど襲ってきませんでしたね」
花びらを道標に進んだ結果、驚くほどあっさりと最上階に辿り着いた。
魔物との遭遇がほとんどなかったことが、逆に不気味に感じられる。
だが、目的の『海猫の火』は、目の前の祭壇の囲いの中で煌々と燃えていた。
「これが『海猫の火』……」
炎が祀られた台座は取り外しができるようになっている。
少し重いが、そのまま持ち帰れそうだ。
「この大きさなら灯台の火にピッタリだな! わはは簡単だったな! っと、わ熱ちち!」
『海猫の火』を取り外しながら、エーデルハイトさんが豪快に笑う。
「油断は禁物ですよ。船を出す港町の灯台に火を灯すまでは慎重に行きましょう」
「あぁ。ベルナオラシオンの言う通りだ。我々は魔法を使えないからな、一足飛びで塔を脱出する事も街に戻る事もできない」
「そうですね……僕たちのパーティー唯一の魔法使いだったグッドバイさんはつい先日老衰でお亡くなりになってしまいましたし」
「大陸を渡ったら魔法使いの募集を掛けないとな」
「おお! それなら根性のある女戦士も欲しいな! ビシビシ鍛えてやるわ!」
「不埒な……」
「何か言ったか? ベルナオラシオン」
「助平と言われているのだよエーデルハイト」
「は、ハードロックゥ――!!」
最上階に、四人分の笑い声が反響する。
「……さぁ。そろそろ行きましょう。そして灯台に火を!」
僕たちは慎重に『海猫の火』を抱え、元来た道を引き返す。
新たな大陸を目指すために。




