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どうせ滅びる魔物側らしいので、軍師として好き勝手やらせてもらいます  作者: ピラビタ


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命を賭けた航海

 ビースト軍団が管轄する三つの大陸。その内の一つが、ブラッドレスリー大陸だ。

 血の気を連想させる名とは裏腹に、その南東部――メモカ地区は、かつて海と共に生きる穏やかな土地だったという。


 この地では古くから『海猫の火』と呼ばれる炎が、決して消えることのない神の火として祀られてきた。

 夜の海に浮かぶその光は、航海者にとって道標であり、同時に信仰そのものだった。


 人の信仰は、時として軍勢にも匹敵する力を生む。

 だからこそ、魔王はそれを見逃さなかった。


 何十年か前、魔王の指揮命令のもと、火を祀る祭壇ごと塔を建て、その内部を魔物の巣窟とした。

 信仰の象徴を奪われた人々の心は砕かれ、メモカ地区は次第に活気を失っていったという。


 その後、四大将軍による統治地区の再編が行われ、この地はミックスベリー将軍率いるビースト軍団の領内となった。


「なるほどね。魔王は極端な馬鹿ってわけでもなさそうだな」


 ブラッドレスリー大陸へ向かう船旅の道中、サイ君からメモカ地区についての説明を受けながら、俺は素直にそう思った。

 民衆心理を理解し、信仰を削ぐという判断ができる程度には、魔王は理性的だ。


 正直、ホッとした部分もある。

 なにせ俺の属する軍団は、放っておくと勇者に滅ぼされかねない脳筋揃いだ。

 あまりに頭の切れる上司がいるのも困るが、戦略も何も考えない連中ばかりだと、安心して眠ることすらできない。


 とはいえ、俺の直属の上司は今のところ、その脳筋軍団の代表格とも言えるミックスベリー将軍である。

 出世の近道は二つ。

 上司に媚を売ること。

 そして、手柄を立て過ぎて疎まれないこと。


 つまり、自分の成果を上司の手柄にしてやるのが、一番安全で確実だ。

 幸いミックスベリー将軍は、人だけは良い。

 頭は悪いが、部下の活躍を横取りして踏み倒すような、救いようのない糞上司ではなさそうだった。


 ミックスベリー将軍の居城からブラッドレスリー大陸へ向かう手段は二つ。

 細く長く続く山脈を越えるか、船で海を渡るか。


 山脈越えは、ビースト軍団でも一週間はかかる難所らしい。

 そのため定石通り、今回は船を使うことになった。


 乗組員は、俺とサイ君、それから船を操るイルカの魔物が六名。

 加えて、力自慢のゴリラの魔物を数十名。

 なかなかに威圧感のある船旅だ。


 薄々気づいてはいたが、サイ君は俺のお付のような立場で、雑務兼護衛を担っているらしい。

 『ピクルス』たる俺の変化に、最も驚いているのもサイ君だった。


 話を聞くと、どうやら前の『ピクルス』は、致命的なまでに阿呆だったらしい。


 例えば、軍力強化月間に出した前『ピクルス』の案。

 軍内の魔物同士を戦わせ、レベルアップを図ろうというものだった。


 しかし、魔物に『経験値』という概念は存在しない。

 結果、五百体もの魔物が、仲間の手によって無駄死にしただけだった。


 また、同じ強化月間で装備品の強化を図ろうとし、大陸でも有名な人間の鍛冶屋をさらってきたこともある。

 領内全土からかき集めたレアメタルを使い、武具を作らせたらしい。


 だが、魔物は決まった武具しか装備できない。

 そのためレアメタルはすべて無駄になり、鍛冶屋には逃げられ、完成した武具の数々は今なお魔王軍の脅威となっているという。


 ……こんな失態を重ねておいて、よく殺されなかったものだ。


 しかし、前『ピクルス』の失敗談は、笑い話で済ませていいものでもない。

 俺たちは、生まれ持った強さが訓練や経験で変わることはない。

 武器で劇的に強化されることもない。


 つまり、勇者が経験を積み、力で一度でも上に行かれてしまえば――

 正面から戦っても、魔王軍に勝ち目はなくなる。


 そう考えると、出世のためにも、城での快適な生活のためにも。

 やはり勇者は、早めに始末しておくべき存在だ。


 船旅は三日を要した。

 だが特にやることもなく、俺は船上でほとんど寝て過ごしていた。


 心地よい波の揺れ。

 木造船が軋む音。

 ダラダラと貪る睡眠は、驚くほど質が良い。


 本当に最高だ。


「ピクルス様。もうすぐブラッドレスリー大陸に到着致します」

「んあ?」


 その最高の時間も、サイ君の声で終わりを告げた。

 甲板に出ると、霧の向こうに高く聳え立つ塔が見える。


「あれが『海猫の火』が祀ってある塔か?」

「そういえばピクルス様は初めてですよね。ブラッドレスリー大陸に来られるのは」

「ああ、うん。そうだな」

「目の前に見えるのが海猫の塔です。『海猫の火』は最上階に祀ってありますよ」


(塔の名前はそのまんまなんだな……)


「塔の軍備は?」

「海猫の塔は特定の管理主を置いておりません。近隣の魔物を集めて人が立ち入らないようにしているだけです。今まではそれで問題なかったのですが今回は勇者相手ですので防衛は厳しいですね」

「ふむ。灯台の火として『海猫の火』を利用するつもりなのだったな。元々の灯台の火が消えたのはいつごろだ?」

「もう随分前ですよ。元々は灯台なんてなくても往来できていたのですがここ数年でこの海域に濃霧が発生するようになりまして……ここら辺は岩礁も多く今の霧状態では船は出せても無事海を抜けられるかは完全に運ですね」

「そうか……(ん?)」

「どうしました?」

「いや、濃霧は魔王が発生させたのか?」

「自然現象です」

「そ、そうなのか。ちなみに私たちは今海を越えてきた訳だが何か特別な方法でも使ってこの海域を抜けたのか?」

「いえ。今回は運が良かったですね」

「うん? 運?」

「統計だとブラッドレスリー大陸へ渡る際に十回に九回は沈没するのですが今回は本当に幸運でした」


 ……危っぶねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!

 もう少しで海の藻屑になる所だったのかよ!!

 何でそんな状態で普通に海路選んでんだ!?

 山越より圧倒的に難所じゃねーか!!


 勇者との対決を前に、俺は偶然にも最大の試練を乗り越えていたらしい。


(勇者が居なくても絶滅するんじゃないか? こいつ等)


 一抹の不安を胸に抱えたまま、俺はブラッドレスリー大陸の地を踏みしめるのだった。

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