刃のあと、湯のぬくもり
依頼の最中、森の空気は張りつめていた。
月兎は、息を整えながら刀を構える。
一本の刀。飾り気はないが、彼の動きに合わせて無駄なく振るわれる。
前方では、世一が低い姿勢から間合いを詰め、
投げナイフを一閃、続けざまに鎖鎌を振るう。
無骨だが実戦的、敵の動きを止めることに特化した戦い方だった。
「今だ!」
世一の声に合わせ、亜華巴が一歩下がった位置から手を伸ばす。
淡い緑の光が揺らぎ、幻影が敵の視界を歪ませる。
直接的な攻撃はないが、確実に仲間を生かす力。
「援護は十分ね」
蓮が、弓を引き絞る。
迷いのない動作で放たれた矢が、敵の急所を射抜いた。
最後に動いたのは、京士郎だった。
眼鏡の奥の視線は冷静で、刃の大きな刀を最短距離で振り抜く。
戦いは、短く終わった。
「……終わったな」
息を吐いた蓮が、真っ先に声を上げる。
「もー無理!
湯あみがしたい!!」
「わかります!」
即座にアゲハが手を挙げた。
「この辺り、温かい湯が湧く場所があるって聞きました。
行きませんか?」
反対する者はいなかった。
湯気の立つ岩場に着くと、自然と男女に分かれる。
女湯
「ふぅ……生き返る……」
蓮が肩まで湯に浸かり、大きく息を吐く。
「そういえばアゲハちゃんって、いくつなの?」
「十五歳です」
「若っ!」
「蓮さんはいくつなんですか?」
「私は二十二。
ちなみに京士郎は二十七」
「へぇ……」
年齢の話から、自然と笑い声が広がる。
「体つき、細いのにしっかりしてるわね」
「そ、そんな……」
「大丈夫大丈夫。
今はそのくらいが一番いいのよ」
戦場では見せない、年相応の空気がそこにあった。
男湯
「ふぅ……」
京士郎が湯に肩まで沈み、目を閉じる。
「風呂はいいな。
昔は水で体を洗うだけだったから」
「はぁ!?」
世一が即座に声を上げる。
「水浴びなんて暑い日にやるもんだろ。
家に風呂があるなら、そこに入れよ」
「なかったよ」
京士郎は淡々と言った。
「一日一食食べるだけでも苦労する家庭だったからね」
「……そんなこと、あるのか」
世一は言葉を失った。
その沈黙を破るように、世一が月兎を見る。
「お前はどうなんだ」
「俺?」
月兎は湯に浸かりながら、少し考える。
「昔の記憶が、ほとんどないんだ。
覚えている限りだと、見習いとして働いていたから、
湯あみは普通にできていたよ」
「……そうか」
深掘りする者はいなかった。
湯の音だけが、静かに響く。
刃を交えた者たちが、
こうして同じ湯に浸かり、笑い、語る。
戦いのあとに残るのは、血ではなく、ぬくもりだった。
その夜、五人の距離は、
確かに一歩近づいていた。




