戦いの後、目覚めぬ者の傍で
戦いは、終わった。
だが、すべてが終わったわけではない。
負傷した隊員たちの治療。
こちらに刃を向けた異国の男たちへの聴取。
各地で起きた戦闘の報告と、その整理。
雪霞の街は、
静けさを取り戻しつつも、
どこか慌ただしい空気に包まれていた。
その中で――
月兎は、津田慧一郎の治療院に運び込まれていた。
白い天井。
規則正しく刻まれる呼吸。
だが、意識は戻らない。
ベッドの傍で、亜華巴が不安そうに手を握りしめている。
「……月兎は、本当に大丈夫なんですか?
まだ目を覚まさないなんて……このまま、起きないんじゃないかって……」
震える声に、慧一郎はいつもの調子で応じた。
「心配しなくても大丈夫ですよ」
穏やかな笑みを浮かべながら、カルテを閉じる。
「君の治癒も行いましたしね。
それに――正直、理屈はわかりませんが」
ちらりと月兎を見る。
「銃で撃たれた箇所も、すでに塞がりつつあります。
後遺症の心配も、今のところはなさそうです」
「……よかった」
亜華巴は、胸をなで下ろした。
その様子を見て、慧一郎はふと思い出したように視線を動かす。
ベッドの反対側。
腕を組み、無言で月兎を見つめ続けている世一へ。
「そういえば、君たちは旅をしていた仲間なんですよね?」
慧一郎は、亜華巴に向き直る。
「亜華巴くんは……彼らのどちらかを好いているのですか?」
「えっ!?」
亜華巴の声が裏返る。
「す、好きじゃないです!
どっちも別に好きじゃないです!」
慌てて否定するが――
その言葉に、世一の眉がわずかに動いた。
「あっ!違います!」
亜華巴は慌てて手を振る。
「恋愛的な意味で、です!
人としては……好きですからね!」
その様子に、慧一郎はうんうんと頷き――
次の瞬間、とんでもないことを口にした。
「そうでしたか。
……では、私と子を作りますか?」
「「――は?」」
二人の声が、ぴたりと重なった。
その横から、冷ややかな声が飛ぶ。
「やはり……一度、頭の検査をするべきでは?」
慧一郎の助手、千冬だった。
「前にも言いましたけどね」
慧一郎は悪びれもせず続ける。
「本当に、亜華巴くんの能力は特殊なんです。
血が途絶えたら困るでしょう?」
「今回のような戦いで、命を落とす可能性だってゼロではありませんからね」
「……失礼しました」
千冬は淡々と頭を下げる。
「つい、本音が漏れてしまいました」
そのやり取りに、
世一と亜華巴は思わず小さく笑った。
――ほんの一瞬、
戦の匂いが薄れた時間だった。
一方、ユキヨの御前。
今回の戦いについての報告が、
杉山善徳、大石蓮、帆保はるかの三人から行われていた。
「尋問している異国の者たちは、言葉が通じません」
蓮が淡々と告げる。
「すべての戦闘結果から見て、
雪霞にいた敵は街の破壊ではなく――
鬼妃様を足止めすることが目的だったように思われます」
「……うむ」
ユキヨは、静かに頷いた。
「して、敵であった二人からは何か聞けたのじゃな?」
視線が、はるかへ向く。
はるかは背筋を伸ばし、元気よく答えた。
「はい!
なぜ強大な力を授かったのかは――わからないそうです!」
……沈黙。
「……わからない、とは?」
ユキヨの声が、低くなる。
「はい!」
はるかは勢いのまま続ける。
「一人は戦闘中の記憶がなくて、
もう一人の男は隠れていたみたいで――」
「飲ませた薬は、前に何かあった時のために盗んだもので、
効能は話を聞いた限り、解毒薬だと思ったそうです!」
「……」
ユキヨは、深く息を吐いた。
「その瓶は、津田慧一郎の元へ届けておるのじゃろうな?」
「はい!もちろんです!」
「そうか。……では、結果を待つとしよう」
その一言で、報告は終わった。
部屋に残ったのは、
ユキヨ、千代、文子の三人だけ。
「姫様」
文子が、静かに声をかける。
「少年の元へは行かれないのですか?
まだ目を覚ましていないようですが……」
「一度、顔を見に行くだけでも、なさった方がよろしいかと」
「……そうじゃな」
ユキヨは、少しだけ視線を伏せた。
「あの医者にも、聞きたいことがある」
ゆっくりと立ち上がる。
「月兎の顔を、見に行くとするか。
千代、ついて参れ」
「はっ!」
こうして――
鬼妃ユキヨは、
眠り続ける月兎のもとへと歩き出した。




