笑って戦え、笑って終われ
豪凱の一撃が、これまでとは比べものにならない重さで月兎を吹き飛ばした。
地面を転がり、息を詰まらせながらも、月兎はすぐに立ち上がる。
何度弾かれても、何度倒されても。
その足は、迷わず豪凱へと向いていた。
「……あなたが教えたんだ」
月兎は、叫ぶように言う。
「戦いは、楽しいものだって。
だから――そんな顔で戦うな!」
豪凱の表情は、空っぽだった。
感情のない眼差しで、決められた動作のように剣を振るう。
「笑えよ! 戦うなら、笑って戦え!!」
月兎の刃は弾かれ、身体はまた吹き飛ばされる。
それでも、月兎は歯を食いしばり、立ち上がった。
「俺の中に“戦いの楽しさ”を植え付けたのは、あなただ!
だったら、責任を持って――俺と向き合え!!」
返事はない。
剣だけが、無機質に振り下ろされる。
その機械じみた動きに、月兎の胸の奥で何かが軋んだ。
怒りでも、恐怖でもない。
納得できないという感情。
月兎の瞳が、わずかに色を変える。
半覚醒――理性と衝動の境界が、曖昧になる感覚。
少し離れた場所で、その様子を見ていたはるかが眉をひそめる。
「……ねえ。月兎の目、あれなに?
なんか、すごく嫌な空気なんだけど」
「わからねぇ」
世一は短く答えた。
「だが、何度か見てる。
あの状態なら……多分、大丈夫だ」
はるかは不安を拭えないまま、再び視線を月兎へ戻す。
「……絶対に、こんな戦いは認めない」
低く、月兎は呟いた。
「必ず、あなたを――戻してやる」
半覚醒状態のまま、月兎は再び踏み込む。
これまで豪凱は、来る攻撃を捌くだけだった。
だが、月兎の攻撃が鋭さと重さを増すにつれ――
豪凱が、自ら剣を振るう。
「……まだだ!」
月兎は叫ぶ。
確かに、戻りつつある。
だが、その顔に“楽しさ”はない。
何度も刃を交え、ついに豪凱の身体に傷が刻まれる。
よろけた、その一瞬。
月兎は、刀を引いた。
そして――
頭突き。
鈍い音が響き、豪凱の巨体が後方へ倒れた。
沈黙。
数秒後――
「……っははははは!!」
豪凱の、豪快な笑い声が平地に響いた。
身体を起こし、血を拭いながら、
豪凱はかつての笑顔を浮かべる。
「聞こえてたぞ。お前の声」
その表情を見て、月兎の顔にも笑みが戻る。
豪凱は立ち上がり、真正面から月兎を見る。
「よし。最後の戦いをしようじゃねぇか」
「……はい!」
月兎は、弾む声で答えた。
だが――
「ただしな」
豪凱の声が、少し低くなる。
「今回は、前みたいに“楽しいだけ”じゃ終わらねぇ」
「……どういう、意味ですか?」
「今はな、意識が少し戻っただけだ」
豪凱は、自分の胸を叩く。
「俺が“俺”として戦えるのは、これが最期だろう。
この先、心から楽しんで戦うことは……もう出来ねぇ」
月兎の胸が、きしむ。
「だからよ」
豪凱は、にやりと笑った。
「最後は――本気の殺し合いだ。
俺を、全力で殺しに来い」
言葉が、突き刺さる。
「前にも言ったな。
お前に殺されても、俺は恨まねぇ」
豪凱は剣を構える。
「俺も全力で応える。
それが、俺の最後の戦いだ」
月兎は、言葉を失った。
戦いたい。
だが、殺したくはない。
その葛藤が、顔に浮かぶ。
「……初めての死闘だろ?」
豪凱は、楽しそうに言う。
「この先も、同じ状況は必ず来る。
ならよ――ここで最初の死闘を経験しちまおうぜ」
「……俺は」
月兎は、震える声で言う。
「あなたと戦いたい。
でも……殺したくはない……」
一瞬の沈黙。
そして――
「ははははは!!」
豪凱の大笑いが、再び響いた。
「いい顔だ。
だがな、俺は――」
豪凱は、まっすぐ月兎を見る。
「勝っても負けても、笑って戦えるのはこれが最期だ。
最後くらい、俺の我儘に付き合ってくれねぇか?」
その声は、冗談めいていて。
同時に、紛れもなく本心だった。
「楽しく戦って――笑って死にてぇんだ」
月兎の脳裏に、
かつて交わした言葉が蘇る。
これは、嘘じゃない。
本当に、最後の願いだ。
月兎は、深く息を吸い――
静かに、頷いた。
「……わかりました」
悲しみを滲ませながらも、微笑む。
「俺も、あなたに殺されても後悔はしません。
ここで――俺たちの勝敗を決めましょう」
刃が、静かに構えられる。
楽しい戦いの、最後の幕が上がろうとしていた。




