無言の刃、落ちる矢
平地に立っていた敵は、もはやほとんどが倒れていた。
残っているのは、二人だけ。
一人は、
かつて「戦いは楽しい」と豪快に笑っていた大男――豪凱。
そしてもう一人は、
大きな岩の上に立つ、小柄で華奢な女――コハク。
黒髪と白髪が混じったセミロング。
優しげな顔立ちは変わらないが、その表情には感情がなく、
人形のように、ただ弓を構えていた。
「……あの人なら、話せると思う」
月兎はそう言い残すと、豪凱に向かって駆け出した。
「ちょっ!? 勝手に動くなー!」
はるかが慌てて声を上げる。
だが、追おうとした彼女を、世一が止めた。
「多分、大丈夫だ」
「え?」
「前に、あの二人は戦ってる。
それに、京士郎とも会って、協力者になるって話も聞いてる」
はるかは眉をひそめる。
「じゃあ、なんで今こんな事してるの?」
「……わからねぇ。
ただ、前と明らかに様子が違う」
世一は視線をコハクへ向ける。
「あの大男は月兎に任せる。
俺たちは、あの女を捕まえて状況を確認したい」
「了解!」
はるかは即座に切り替えた。
「仁羅! 私たちはあの子を捕まえに行く!
こっちは任せた!」
「……めんどくせぇ」
ぼそりと呟きながら、仁羅は倒れた異国の大男を縛り上げる。
豪凱の前に立った月兎は、静かに声をかけた。
「……あの時以来ですね」
豪凱は反応しない。
「あなたは、1対1で戦うのが好きだと言っていたはずだ。
それなのに、こんな人数を集めて……何をしようとしていたんですか?」
返事はない。
以前のような豪快な笑みも、楽しげな気配もない。
ただ、死んだような目で、月兎を見ているだけだった。
嫌な沈黙が流れる。
月兎が、さらに一歩踏み出した――その瞬間。
豪凱の大剣が、無言で振るわれた。
「っ――!」
月兎は咄嗟に跳び退く。
言葉はない。
対話は、最初から拒絶されていた。
一方その頃。
岩の上から、複数の矢が次々と降り注ぐ。
「くっ……!」
はるかと世一は、矢を避けながら前進を試みるが、
一定の距離より先へ踏み込めない。
「近づけない!」
はるかが歯噛みする。
「遠距離で攻撃できる人がいれば……!」
「俺の武器じゃ、どっちにしても無理だ!」
世一が叫び返す。
そんな中――
世一は、コハクの背後に忍び寄る影を見つけた。
「あいつ……」
目を凝らす。
「……うなぎ野郎じゃねーか!」
そこにいたのは、
スキンヘッドで背が高く、ひょろひょろとした男。
怒っているような顔つきだが、どこか頼りない。
――ヌル兵衛。
「知ってるの?」
「ああ。あの女の仲間だ」
はるかも視線を向ける。
「……近づいてるね」
「何する気かはわからねぇ。
だが、あいつが捕まえてくれりゃ、この矢の雨も止む」
世一は歯を食いしばる。
「視線をこっちに集中させるぞ!」
二人は、あえて派手に動き、
攻撃を加えながらコハクの注意を引きつける。
その間に――
ヌル兵衛は、少しずつ、確実に距離を詰めていった。
そして。
コハクが次の矢を放った、その瞬間。
「――今だ!」
ヌル兵衛は飛び出し、
コハクに抱きつくように、がっちりと捕まえた。
「なっ……!」
二人の身体は、そのまま岩の上から落下する。
その瞬間を逃さず、
世一とはるかは一気に距離を詰めた。
倒れたコハクを押さえ込む。
だが――
「……っ!」
異様な力。
華奢な身体からは想像できないほどの抵抗に、
拘束が一瞬揺らぐ。
はるかは、ほんの一瞬、躊躇した。
だが――
「ごめんね……!」
薙刀の柄で、コハクの頭を叩く。
鈍い音。
コハクの身体から、力が抜けた。
その表情は、
最後まで無表情のままだった。




