それぞれの戦場
猫の娘・かえでから怪しい集団の情報を聞き出した月兎たちは、休む間もなく雪霞へと駆け戻ってきた。
「ちょ、ちょっと! またたびの話は!?」
息も切らさず走る世一の背に、かえでがしつこく絡みつく。
「後で渡す! 今はそれどころじゃねぇ!」
「約束だからね! 絶対だからね!」
そう念を押し、かえでは渋々その場で別れた。
雪霞に到着すると、隊は変わらず訓練を続けていたが――
いつも指揮を執っているはずの杉山善徳の姿が見当たらない。
代わりに前に立っていたのは、菊池京士郎だった。
事情を簡潔に報告すると、京士郎は一瞬だけ目を伏せ、すぐに顔を上げる。
「来たか。……この街への襲撃は、できる限り阻止したい」
短く言い切り、即座に指示を飛ばす。
「東の平地には――仁羅、はるか」
そこで一拍、間を置き。
「月兎、世一。お前たち二人も含めた四名と、外の隊員数名で向かってくれ」
その言葉に、月兎と世一は思わず固まった。
自分たちが“隊員と共に出る”――
そんな想定は、これまで一度もなかった。
だが京士郎は、迷いなく続ける。
「月兎と世一は正式な隊員ではない。だが今回に限り、戦力の一助として協力してもらえと、隊長から言付かっている」
視線が、二人を真っ直ぐ射抜く。
「無理だと感じたら、逃げてもいい。
だが――戦えそうなら、他の者と共にこの街を守るために戦ってくれ」
一瞬の沈黙。
月兎は小さく息を吸い、世一と視線を交わす。
そして、二人同時に、こくりと頷いた。
「……行きます」
「やるしかねぇだろ」
こうして四人と数名の隊員は、東の平地へと走り出した。
一方その場に残った京士郎の元へ、蓮が歩み寄る。
「話は聞こえてたわ。
でも、東に集まってるのよね? 西の方は大丈夫?」
京士郎は少し考え、即断する。
「念のため確認しておこう。
蓮、妖狐、正太。三人で西を見てきてくれ」
「了解」
妖狐と正太も無言で頷き、三人は西へと駆けていった。
残る隊員には街中の巡回を命じ、京士郎は全体の指揮に戻る。
――戦場は、確実に広がり始めていた。
同じ頃。
総領府から雪霞へ戻る帰路、猪車に揺られながら、ユキヨは苛立ちを隠そうともせず呟いた。
「……だらだらと、つまらぬ話ばかりして終わりとはな」
隣に控える千代ではなく、前方を見据えたまま吐き捨てる。
「やはり、ワラワの読み通りじゃ。
あやつら、何かを仕掛けてくる気じゃろう」
杉山善徳が、軽く肩をすくめる。
「雪霞への襲撃が本命……ですかね?
俺には、もう一つ別の目的があるようにも見えましたが」
ユキヨはちらりと善徳を見やり、すぐに視線を外へ戻す。
「……わからん」
その瞬間だった。
――パァンッ!!
乾いた銃声が響き渡る。
次の瞬間、猪車を引く綱が撃ち抜かれ、車体が大きく跳ねた。
「っ!」
激しい衝撃に、ユキヨ、善徳、夜伽、千代の身体が揺さぶられる。
だが、善徳と夜伽は即座に体勢を立て直し、周囲を警戒する。
森の茂みから、銃煙が立ち上っていた。
その奥――
大勢の気配。
「……来やがったか」
善徳が低く呟く。
やがて、茂みを割るように現れたのは、
この国の者とは明らかに異なる、大柄な異国の男たちだった。
「人数が多いな」
夜伽が静かに告げる。
その背後で、ユキヨと千代も体勢を整える。
「千代」
ユキヨの声は、冷静だった。
「ワラワの護衛より、まず敵の数を減らすことを優先せよ」
「ですがっ!」
「もしもの時は、ワラワも戦う。心配するでない」
その言葉に、千代は歯を食いしばり、深く頷いた。
――そして。
異国の男たちの後方から、
見覚えのある“異形”が姿を現す。
オオショウ。
真神。
アシナガ。
オオショウが、楽しげに笑う。
「はっはっは!
あの女だけじゃなく、もう一人……楽しそうな玩具がいるじゃないか」
真神が肩を鳴らし、獣のように嗤う。
「いいだろう。
……あっちの二人は、なかなか楽しめそうだ」
視線は、善徳と夜伽へ。
「俺の邪魔はするなよ」
その瞬間。
森の空気が、完全に殺気へと塗り替えられた。
――こうして、
雪霞を巡る戦いの火蓋は、静かに、しかし確実に切って落とされた。




