迫る影、揺れる雪霞
総領府での言い合いから五日目。
ユキヨは御前の間で、珍しく苛立ちを隠そうともせずにいた。
「……この時期に呼び出しとはな。
総領府への召喚、何か企んでおるとしか思えん」
低く吐き捨てるような声。
傍らに控える文子が、静かに言葉を添える。
「可能性は大いにあるでしょうね。
それでも……行かれるのですよね?」
ユキヨは一瞬だけ目を伏せ、嫌そうに、だが迷いなく頷いた。
「行かねばならぬ。
逃げたとあらば、それこそ連中の思う壺じゃ」
しばし考え込んだ後、ユキヨは立ち上がり、
この場に控えていた杉山善徳と吉沢夜伽へと視線を向ける。
「今の状況で、ワラワが街を離れるのは不安じゃ。
じゃが、もし狙いがワラワ自身であれば……
ここに留まっても、いずれ襲撃は避けられまい」
一拍置き、はっきりと告げる。
「街の指揮は京士郎に任せる。
主ら二人は、ワラワと共に来てくれるか?」
「御意」
善徳と夜伽は、即座に膝をつき応じた。
こうしてユキヨは、総領府へと向かう決意を固めた。
出立の準備の合間。
杉山善徳は京士郎を呼び止め、この街を託す。
「京士郎。
俺たちが離れる間、雪霞の守りはお前に任せる」
「お任せください、隊長」
即答する京士郎に、善徳は一度だけ頷き――
少しだけ声を落とした。
「もしもの時は、月兎と世一も戦力として使え」
京士郎が目を見開く。
「未熟な部分はある。
だが、俺と夜伽が不在となれば、戦力は一人でも多い方がいい」
善徳は真剣な眼差しで続けた。
「何かあった時の責任は、すべて俺が取る。
……頼んだぞ」
「……承知しました」
京士郎は深く頭を下げた。
一方その頃。
またたび探しの旅から戻る途中の
月兎、世一、仁羅、はるかの四人は、全力疾走で雪霞を目指していた。
「日数オーバーだよ!!
これ絶対、世一のせいだからね!」
はるかが怒鳴る。
「ふざけんな!
お前が“温泉の香りがする”とか言って、道を逸れたんだろうが!」
「温泉の香りがしたら進むのが乙女なの!
女の義務!!」
「意味わかんねぇよ!!」
言い争う二人をよそに、
仁羅と月兎はやれやれといった様子で走り続けていた。
雪霞まで、あと半日ほど――。
その時だった。
仁羅が足を止める。
「……気配がある」
同時に全員が戦闘態勢に入る。
ガサガサと、草木をかき分ける音。
次の瞬間――
勢いよく飛び出してきたのは、一人の猫の娘だった。
「うわっ――!」
世一にぶつかりそうになるが、
猫の娘は直前でひらりと身を躱し、
世一だけが体勢を崩す。
しゅたっと軽やかに着地したその姿を見て、
はるかが目を見開いた。
「……かえで!?
こんな所で何してるの!」
この辺りは幽体が出ると噂され、人が寄りつかない場所だ。
かえでは悪びれもせず、首をかしげる。
「えーっとね。
変な人がいたから、こっそりつけてたにゃ」
「……で?」
「見つかって、逃げてたにゃ」
焦りも反省もない表情に、全員がため息をつく。
仁羅が一歩前に出る。
「追ってきたのは誰だ。
人数は?」
「うーん……最初は二人だったんだけど」
かえでは指を折りながら言う。
「ついてったら、十人以上の大男がいたにゃ」
その言葉に、空気が一気に張り詰めた。
「……場所は?」
はるかが真剣な声で問う。
「ここから少し先の平原だね。
他にもいそうだったけど……見つかって逃げてきたから、まだいるかも?」
緊張感の欠片もない言い方に、再びため息が漏れる。
だが、事態は軽くない。
「報告しないと……」
月兎の言葉に、全員が頷く。
四人と一匹――
いや、一人の猫の娘を加えた一行は、
不穏な気配を背に、雪霞へと急いだ。
――嵐は、すでに動き始めていた。




