霧の街への到着
霧は、音を吸っていた。
常闇月兎が最初にそう感じたのは、街の輪郭がぼんやりと浮かび上がった瞬間だった。
白く重たい霧が、道も人も建物も包み込み、足音さえ柔らかく飲み込んでいく。
冷たいわけでも、湿っぽいわけでもない。
ただ――拒絶と保護が、同時にそこにある霧。
「……ここが、霧に覆われた街。雪霞か」
烏丸世一が低く呟く。
黒い長髪を一本に束ね、鋭い目つきのまま霧の奥を睨んでいる。
白目の多いその瞳は、警戒を隠そうともしない。
隣では、亜華巴が小さく周囲を見回していた。
儚げな顔立ちに、淡い緑色の瞳。
黒髪のセミロングの中に混じる長い緑の髪が、霧の白さに溶け込むように揺れている。
「不思議ですね。怖いはずなのに……落ち着きます」
そう言って、亜華巴はほっと息を吐いた。
月兎はその二人の少し前を歩いていた。
黒髪に、わずかに長い襟足。
華奢ではないが、決して強そうには見えない体つき。
茶色の瞳は、霧の奥を真っ直ぐに見据えている。
霧の向こうに見える建物は、どれも静かで、過剰な装飾がない。
人影はまばらだが、視線に刺はなく、値踏みもない。
ここでは、誰かを測る必要がない――
そんな空気が、街全体に漂っていた。
「おやおや」
柔らかく、どこか楽しげな声が霧を揺らす。
金色の髪が、白の中からふわりと現れた。
「迷い子かしら?」
青柳妖狐。
艶やかな笑みを浮かべながら、三人をゆっくりと見渡す。
「……へぇ」
妖狐の視線が、まず亜華巴に留まる。
「可愛らしい子。
その髪……混じりものね。霧に嫌われない色だわ」
次に、世一へ。
「鋭い目。
その目つきで、よく今まで生きてきたわね」
「余計なお世話だ」
世一がぶっきらぼうに返す。
最後に、妖狐は月兎の前で足を止めた。
「あなたが……中心ね」
値踏みではない。
だが、確かな興味。
「……ユキヨに用がある」
月兎が短く答えると、妖狐はくすりと笑った。
「そう。なら案内するわ」
そして、ふっと肩越しに振り返る。
「――姫さん、また面白いのを拾ってきたみたい」
霧の奥へ歩き出す妖狐。
その先から、煙草の匂いと、地に足のついた気配が漂ってきた。
「よく来たな」
杉山善徳が立っていた。
大柄な体躯。
片目を刀傷で閉じたまま、気だるげに腕を組んでいる。
「ほう……」
善徳は三人を一瞥し、軽く口角を上げた。
「気配が静かなのが一人。
目が悪そうなのが一人。
で……一番弱そうなのが先頭か」
月兎を見て、そう言う。
「だが、折れてはいないな」
その瞬間、月兎の胸の奥で張り詰めていた何かが、すっと緩んだ。
「大丈夫だ」
善徳は煙草をくわえ直し、低く言った。
「ここでは、誰も無理に剣を抜かせはしないさ」
理由は分からない。
ただ、この男がいる限り――
この街では、壊されはしない。
そんな確信にも似た安心感が、そこにはあった。




