鎖は応え、書は囁く
黒く染まった鎖鎌を、世一はじっと見つめていた。
白から黒へ。
ただ色が変わっただけのはずなのに、
手の中にあるそれは、まるで生き物のように重く、落ち着かない。
「ついてこい」
赤い面の者が、短く告げる。
家の外へ出ると、
そこには大きく開けた更地が広がっていた。
何もない場所――
ただ、人の背丈ほどの木が、数十本、まばらに立っている。
「その鎖鎌で、感触を確かめてみろ」
顎で、木々を示す。
世一は小さく息を吐き、
鎖鎌を構えた。
振る。
――だが、鎌は木に届く前に落ちる。
もう一度。
今度は、木をかすめるだけ。
「……っ」
鎖の長さ。
刃の重さ。
遠心力。
どれも、計算が合わない。
何度振っても、
思った軌道を描かず、
狙った位置に当たらない。
苛立ちが募る。
「くそっ……!」
力任せに振り抜いた、その瞬間。
鎖鎌の刃が、
妙な軌道を描いた。
――戻ってくる。
「っ!?」
反射的に身を捻る。
鎌は、世一のすぐ横を掠め、
地面に突き刺さった。
世一は舌打ちし、鎖を引き戻す。
「ちっ!なんだよこれ!
全然、思った通りに動かねー!」
鎖鎌を使った経験はある。
だが――
ここまで、言うことを聞かない武器は初めてだった。
赤い面の者は、動じない。
「最初は、そんなものだ」
淡々とした声。
「使っていれば、身体が勝手に反応するようになる。
その武器はな、使えば使うほど馴染む」
少し間を置き、続ける。
「だが――
扱えぬからと諦めた瞬間、
余計に言うことを聞かなくなる」
世一は、鎖鎌を見下ろした。
本当に、使いこなせるのか。
その問いに、
武器は何も答えない。
「用は終わりだ。帰っていい」
赤い面の者は、あっさりと言い放つ。
だが、その時。
「あー……」
仁羅が、気だるげに手を挙げた。
「帰る前にさ。
家の中にある書物、少し見てもいいか?」
やる気のなさそうな声だが、
目だけは、確かに興味を帯びている。
続いて、月兎が口を開いた。
「俺も……一冊だけ。
どうしても、確認しなきゃいけない気がする書物があるんだ」
二人の言葉に、赤い面の者は少しだけ考え、
「読む分には構わん。
古いものばかりだ。破らぬよう気をつけろ」
それだけ告げ、家の中へ戻る。
積み上げられた書物の山。
仁羅は、その中から一冊を引き抜き、
ぱらぱらと頁をめくり始めた。
月兎もまた、
薄く、傷んだ書物を手に取り、
真剣な表情で読み進めている。
しばらくして――
「なあ」
仁羅が、顔を上げた。
「この本に出てくる
**魔黄**ってのは……事実なのか?」
赤い面の者へ、問いを投げる。
「口伝では聞いたことがある。
この国を脅かした存在だとか、
人の心に住む闇だとか……」
小さく肩をすくめる。
「でも、場所や人によって言ってることが違いすぎる。
真実が、気になってな」
赤い面の者は、少し考え、
「どうだろうな」
静かに答えた。
「事実かどうかは、わからん。
だが――
私は、その小僧が読んでいる
“個人の書きなぐり”が、
一番、事実に近いと思っている」
その言葉に、仁羅は眉を上げる。
気づいたように、
月兎が読んでいる薄い書物を覗き込んだ。
月兎は、顔を上げる。
「俺も……この話は、真実だと思う」
どこか、確信めいた声。
月兎は、
自分が読んでいた薄い書物を、
仁羅へ差し出した。
そこには――
魔黄は、外から来るものではない
という一文が、刻まれていた。
鎖が応え、
書が囁く。
四人はまだ知らない。
この山で触れた“知識”が、
いずれ、世界そのものを揺らす種になることを。




