商人の理(ことわり)
店に足を踏み入れた瞬間から、蓮は鼻につく違和感を覚えていた。
愛想はいい。言葉も柔らかい。
だが――その奥に、商売人特有の計算が透けて見える。
前置きは不要だった。
「この街で医師として働いてる、津田慧一郎。
あんた、知ってるわよね?」
蓮は一歩踏み込み、低い声で続ける。
「異国へ売るための薬を、あんたが受け取ってることも把握してる。
鬼妃様には話、通してる?
それと、どんなルートで輸送してるの?」
一瞬、店の空気が張りつめた。
「この街を守る立場として、聞く権利があるわ。
正直に答えなさい」
ユキヨの対外名を出したその言葉には、
誤魔化せば拘束も辞さないという圧が込められていた。
だが――
大虎は、眉一つ動かさず、ゆっくりと息を吐いた。
「ほぉ……なるほどなぁ」
糸目のまま、穏やかな笑みを崩さない。
「正直に言わしてもらいますけどな」
声は低く、落ち着いている。
「鬼妃様に直接お話を通したことは、ありまへん。
そもそも、あのお方と直接お会いできる立場やありまへんさかい」
逃げではない。
事実だけを切り取った言い方だった。
「せやけどな」
大虎は、指先で軽く台を叩く。
「うちは、この国の規律に従うて、
まっとうに商売させてもろてます」
そして、輸送の話に移る。
「異国への輸送については、正直、うちも詳しいことは知りまへん。
ただな――」
少しだけ声を落とす。
「総領府内の外政顧問の方が、
輸送については取り計ろてはる、っちゅう話ですわ」
言い切る。
「せやから、正規のルートで運ばれてることは、
まず間違いありまへん」
その言葉には、揺らぎがなかった。
蓮は一瞬、納得しかける。
だが京士郎が、静かに口を挟む。
「外政顧問……その人物の名は?」
視線を逸らさず、淡々と続ける。
「念のため、鬼妃様に確認を取る。
教えてもらえるか?」
大虎は、ほんの一瞬だけ考える素振りを見せた後、首を横に振った。
「名前までは、知りまへんなぁ」
悪びれもせず、しかし即答だった。
「うちに品を取りに来はるんは、
外政顧問の遣いの方ですさかい」
肩をすくめる。
「鬼妃様に確認してもろたら、
すぐ分かる話やと思いますで」
京士郎は数秒、大虎を見つめた後、頷いた。
「……そうか。
情報提供、感謝する」
そして、念を押す。
「また確認に来ることもあるだろう。
その時は、確実な情報を伝えてもらえると約束してほしい」
大虎は、にこりと商人の笑みを浮かべた。
「もちろんですわ」
胸に手を当て、少し大袈裟に頭を下げる。
「商売人にとって、信用が第一。
この街で商いを続けさせてもらう以上、
一市民として、正確なことはきっちりお伝えしますさかい」
「いつでも、聞きに来てもろて構いまへんで」
懸念は残る。
だが、これ以上ここで踏み込んでも、得られるものはない。
京士郎と蓮は簡単に挨拶を交わし、店を後にした。
背中越しに、大虎は変わらぬ笑顔で見送っていた。
――すべてを話したわけではない。
だが、嘘もついていない。
それが、
商人・大虎の流儀だった。




